2022年 1月15日
私は何十年も思っていた。
力で人間を従わせるのは、神様には簡単な事ではないか…と。
パウロを従わせるのに目を潰した様に、世界中の権力者の目を潰せば、神に従わせることは簡単ではないか…と。
旧約聖書を見ると、昔は神様も荒い方法で人類に対処していた。
エリヤでは、逮捕に来た五十人を天からの火で焼き殺したとか、バアルの預言者を四百五十人殺したとか…。(列王紀上18章)
こんな方法を使えば、現代でも世界を自由にできるのではないか…。
最近、私もエリヤの真似をしてみようと、無神論者四百五十人の目を潰そうか…とか、拉致家族で神の命令に従わない人の目を潰そうか…とか、上皇陛下にもメールで近隣諸国に謝罪することを預言者の名前で、こないだ送ってもらった。
どちらも何の返事も来ないが。
関係者は気狂いと思ったか、当惑したか…。
もう何ヶ月にもなるが…。
でも最近少し分かった。
神様は、こんな方法で世界を支配されないという事が…。
イエス様は自分を逮捕するために来た兵隊を、地に倒れさせた…と書いてある。
ピラトをはじめ、全員の目を潰すことはできたと思う。
でもイエス様はそれをしなかった。
「私に与えられた盃は、受けるべきではないか」
と、十字架を選ばれた。
−−−−−−−−−−−
【ヨハネによる福音書18章】
イエスはこれらのことを話し終えられると、弟子たちとともに、ケデロンの川筋の向こう側に出て行かれた。
そこに園があって、イエスは弟子たちと一緒に、そこに入られた。
ところで、イエスを裏切ろうとしていたユダもその場所を知っていた。
イエスがたびたび弟子たちとそこで会合されたからである。
そこで、ユダは一隊の兵士と、祭司長、パリサイ人たちから送られた役人たちを引き連れて、ともしびとたいまつと武器を持って、そこに来た。
イエスは自分の身に起ころうとするすべてのことを知っておられたので、出て来て、
「だれを捜すのか。」
と彼らに言われた。
彼らは、
「ナザレ人イエスを。」
と答えた。
イエスは彼らに、
「それはわたしです。」
と言われた。
イエスを裏切ろうとしていたユダも彼らといっしょに立っていた。
イエスが彼らに、
「それはわたしです。」
と言われたとき、彼らはあとずさりし、そして地に倒れた。
そこで、イエスがもう一度、
「だれを捜すのか。」
と問われると、彼らは「ナザレ人イエスを。」と言った。
イエスは答えられた。
「それはわたしだと、あなたがたに言ったでしょう。もしわたしを捜しているのなら、この人たちはこのままで去らせなさい。」
それは、
「あなたがわたしに下さった者のうち、ただのひとりをも失いませんでした。」
とイエスが言われたことばが実現するためであった。
シモン・ペテロは、剣を持っていたが、それを抜き、大祭司のしもべを撃ち、右の耳を切り落とした。
そのしもべの名はマルコスであった。
そこで、イエスはペテロに言われた。
「剣をさやに収めなさい。父がわたしに下さった杯を、どうして飲まずにいられよう。」
−−−−−−−−−−−
現在、原爆戦争の危機を叫ばれている。
神様はそれを必死で止めている。
「私の子供たちよ、死なないで!」
と叫びながら…。
人間も天地創造の神に向かい叫ぼうではないか。
「私たちを滅ぼさないでください!」
と…。
関連記事
-------------------------------------------------
このブログはブログランキングというものに参加しています。下のボタンをそれぞれクリックして頂くと、ランキングが上がります。ランキングが上がるとこのブログの読者も増えると思いますので、どうぞご協力をよろしくお願い致します。
スピリチュアル ブログランキングへ
キリスト教 ブログランキングへ
スピリチュアル ブログランキングへ
キリスト教 ブログランキングへ