こんにちわ~
一日遅れちゃったんですが
昨日はイースターでした
イースターって何かというと、約2000年前、神であるお方であるイエス様が人間となり、この地上に誕生されました。
そのイエス様が33歳のとき、私たちの罪を一身に背負い、本来私たちがかからなければならなかった十字架に身代わりにかかられ、十字架上で死なれました。
そしてイエス様は死んで葬られ、お墓に入られました。
でも、もしイエス様が死んでそれでおしまいだったら、私たちの罪の身代わりに十字架にかかられ、死なれた可哀想な、そして、尊敬する偉人っていうことになりますよね。
でも、イエス様は死んで葬られておしまいじゃなかったんです。
そう、3日目によみがえられました。
たま~に、「イエス様は霊的に復活された」とか、「弟子たちの心の中で復活した」とか、わけのわからない説明をされる方がいます。
ま、理性では信じられないからでしょうね。。。
でもね、イエス様は確かに3日目によみがえったのです。
そして、霊的とかじゃないですよ。
肉体をもって、人間として復活されたんです。
この記念が、イースターなんです。
今日、イエス様は天におられます。
弟子たちに会われたイエス様、天に上げられました。
そして、今、大祭司として天のおとうさまの右の座に座られ、私たちのために日夜とりなし祈っていてくださっています。
そして、弟子たちの目の前で上げられたイエス様、上げられた後、天使が言いました。
「ガリラヤの人たち、どうして天を見上げて立っているのですか。あなたがたを離れて天に上げられたこのイエスは、天に上って行くのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになります。」(使徒1:20)
イエス様は天に上げられてのと同じ有様で、再びおいでになるって約束されたんです。
そのことをパウロはコリント人への第一の手紙の中で書かれました。
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第一コリント15:20~25
しかし、今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。
死が一人の人を通して来たのですから、死者の復活も一人の人を通して来るのです。
アダムにあってすべての人が死んでいるように、キリストにあってすべての人が生かされるのです。
しかし、それぞれに順序があります。まず初穂であるキリスト、次にその来臨のときにキリストに属している人たちです。
それから終わりが来ます。そのとき、キリストはあらゆる支配と、あらゆる権威、権力を滅ぼし、王国を父である神に渡されます。
すべての敵をその足の下に置くまで、キリストは王として治めることになっているからです。☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○☆★○
この箇所は、イエス様の復活について書かれている箇所です。
イエス様は眠った者の初穂としてよみがえられました。
初穂って何でしょう?
初穂とは、最初に刈り取った収穫物です。
初穂があるということは、後に続く穂があります。
イエス様は最初によみがえられたお方です。
そして、イエス様の後に続くよみがえりがあると書かれているのです。
その日、その時、まずイエス様が天からこの地上に降りて来られます。
それは、私たちを迎えに来るためです。
だから、よくこのことを「空中再臨」という言葉で言われたりします。
空中まで来てくださるからです。
そして、まず先に亡くなったクリスチャンがよみがえります。
その時、完全な姿形でよみがえります。
そして直ぐに空中で待っておられるイエス様のもとに上げられます。
そして、その時生きている真のクリスチャンが完全な体に変えられ、一気にイエス様のおられる空中に上げられます。
そして天に上げられるんです。
これを携挙といいます。
イエス様はそのことを約束されました。
そして、その後、この地上は患難時代に突入します。
それは人類への裁きです。
しかし、クリスチャンは罪赦された存在なので、裁かれることはありません。
まるで出エジプトの時、エジプト人は裁かれたけど、ゴシェンに住んでいたイスラエル人は裁かれなかったのと同じです。
パウロはこう言っています。
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第一テサロニケ4章18節
ですから、これらのことばをもって互いに励まし合いなさい。
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パウロは、この携挙の恵みを味わい、待ち望み、お互いに励まし合いなさいって言っています。
イースター、イエス様が復活された恵みを味わい、喜ぶ記念日です。
しかし、それだけじゃありません。
この日は、真のクリスチャンを迎えに再び来てくださるイエス様を待ち望む日でもあるんです。
世の中は本当に暗いです。
何が真実かわからないし、メチャクチャな世の中ですよね。
そういう中で、イエス様は私たちを迎えに来てくださいます。
だから、イエス様に何時お会いしてもいいように、主に喜ばれる歩みをしていきましょう。
その時、イエス様はきっと満面の笑みで、「よくやった、よい忠実なしもべよ」って言ってくださいます。
マラナタ、主よ、迎えに来て下さい
でわでわ~