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ラブレーの名言★良心を欠いた学問は魂の廃墟、・・・世界の偉人達の名言格言03.21今日はフランソワ・ラブレーの名言 [フランソワ・ラブレー]



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フランソワ・ラブレー(フランス語: François Rabelais、 1483年? - 1553年4月9日[1])は、フランス・ルネサンスを代表する人文主義者、作家、医師。ヒポクラテスの医書を研究したことで著名となり、次いで中世巨人(ガルガンチュア)伝説に題材を取った、騎士道物語のパロディー物語『ガルガンチュワ物語』と『パンタグリュエル物語』からなる『ガルガンチュワとパンタグリュエル』で知られる。これらは糞尿譚から古典の膨大な知識までを散りばめ、ソルボンヌや教会など既成の権威を風刺した内容を含んでいたため禁書とされた。

経歴には不明な点が多い。中部フランスのロワール川流域の町シノン近郊の村で、法服貴族出身で国王直轄シノン裁判所付き弁護士、ブルジョア地主の父アントワーヌ・ラブレーの三男として生まれる[2]。ベネディクト会修道院で初等教育を受け、1511年頃にラ・ボーメットのフランチェスコ会修道院に入る。
1520年頃にはポワトゥー州フォントネー=ル=コントにある、フランチェスコ会の厳修会派に属するピュイ=サン=マルタン修道院に在籍し、哲学、神学、ギリシア語を学び、この地の法学者アンドレ・チラコーのサークルにも出入りしていた。しかし当時のギリシャ語習得への逆風のため、マイユゼのベネディクト会修道院に転籍する。1524年には、チラコー『婚姻の掟』に「チラコー讃」を掲載。この頃ヘロドトス『歴史』のラテン語訳を試みる。1525年頃にはリギュージェの付属修道院にいて、ポワチエの詩人ジャン・ブウシェから作詩の手ほどきを受けた。1528年から30年頃まではパリに滞在し、2児を儲けたとみられる。1530年にモンペリエ大学医学部に入り得業士となり、1531年の講義実習においてヒポクラテス『箴言集』、ガレノス『医術について』を(ラテン語でなく)ギリシア語原典によって述べ、聴講者を多く集めた。1532年にはヒポクラテス、ガレノスをラテン語に翻訳して出版の盛んだったリヨンから出版し、リヨン市立慈善病院の医師として勤務を始める。
(ウィキペディアより)

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良心を欠いた学問は
魂の廃墟以外のなにものでもない。


Besides the ruin where the learning which chipped conscience is a soul, something it isn't also a thing.

※英訳は翻訳ソフトによるもので、本人が語ったものでは有りません。

はようございます。

昨日は貴方にとって良い1日でしたか?




■今騒がれているM学園は良心を欠いてるように感じますね。

 今日は一日、良心を欠いた学問には近づかないようにしよう!!

今日の1曲


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