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【書評】佐藤正午「冬に子供が生まれる」ーこれはUFOを見たというマルユウとマルセイに起こった「ねじれた運命」の話なのか?それとももっと違う話なのか?

 

 これはまさしく佐藤正午ワールド!ワールドではあるけれど、やたらとディープだ。導入の第1章が美しい。物語の幕が開く。主役の一人である丸田君の元にショートメッセージが届く。「今年の冬、彼女はおまえの子供を産む」。困惑する丸田君。

 さらにテレビではミュージシャンになった級友が彼マルユウのことを話している。途中脱退して「有名になりそこねた」と。しかし、丸田君にはそんな記憶はない。マルユウ、そして、小学校の頃は双子のようによく似ていた同姓のマルセイ。この2人に転校生の佐渡君を加えた3人の話が続く最初の数章は、いろいろな記憶や現実が入り混じり混沌とし、読む側を激しく混乱させる。5章の「高校時代」から現実に着地するので少しは落ち着くが、霧が晴れるかと思ったらさらに何だか分からなくなってしまう。しかもこの物語を語る「私」っていったい誰??

 今38歳の3人はその昔「UFOの子供たち」と呼ばれていた。これはUFOを見たというマルユウとマルセイに起こった「ねじれた運命」の話なのか?それとももっと違う話なのか?彼らの他にもこの物語にはその周辺にいる何人かの人々が登場する。妻を亡くした失意の中で生きる夫、先に夫に死なれ娘からの愛も失った母、期待した息子に裏切られたと思っている父、大切な人の変心を受け止めきれない女性。UFOに遭遇したことで運命が変わった(ようにも見える)人間とそんなとんでもない出来事はなかったけれど、それぞれの苦悩を抱えながら日々を生きてきた人々。「平凡な人生なんていったいどこにあるんだろう」という言葉が強く心に残る。

 

 これは「人生」の物語だ。生きているという実感をしっかりと持って生きていくということ、宇宙の彼方からではあるけれどこの物語からはそんなメッセージが伝わってくる。迷宮の中に入ったまま出口が見つからないような話ではある。それでもこの小説には物語を読む楽しさが溢れている。その中をさまよう喜びが。酒井駒子さんの装画がうれしい。 ◆DATA 佐藤正午「冬に子供が生まれる」(小学館)

 

 ◯勝手に帯コピー(僕が考えた帯のコピー、引用も)

 

 

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