2018年8月16日木曜日

恵庭OL殺人・死体遺棄損壊事件

※この事件は確定判決が出ている上に被告が懲役刑を終えて釈放されている事件ですが、被告側から何度も再審請求が出ているいわゆる「冤罪」も考えられる事件ということで取り上げようと思います。

この事件の被害者が発見されたのは平成15年3月17日の朝8:20のことです。恵庭市北島の雪が残っている農道脇に、黒く焦げたような物体が横たわっていました。
恵庭市北島の農道、現場付近
死体が横たわっていたと思われる草むら跡(2017年現在)
2000年当時の現場

この道路をその時間に通りかかった、幼稚園の送迎バスを運転する女性運転士が、近所の主婦(バスに子を乗せに来たお母さん)に黒い物体について確認してくれるよう依頼し、主婦が現場に別の自家用車で確認に行くと、人の肋骨が見えた焼死体をそこに発見し、消防署に通報しました(本来は警察に通報するケースですが、慌てていたため消防署に通報してしまったようです)。

遺体は前日夜から行方不明になっていた、日本通運東札幌支店キリンビール事業所契約社員の女性、Hさん(24)で、下半身が炭化するほど燃やされていました。死因自体は絞殺でした。絞め殺されてから火をつけて燃やされたことになります。

現地で火柱が上がるほど何かが燃やされているのを目撃した人が3人ほどおり、時間は3月16日の夜23:00頃ということは共通しているので、死体が遺棄され燃やされたのはこの時間付近であることは間違いないと思われます。

道警の捜査が進むにつれ、一人の人物が重要参考人として浮かび上がってきます。Hさんの同僚の日本通運契約社員、Oさん(29)という女性です。

Oさんと被害者、そして日本通運社員のIさん(男性)は当時、三角関係に陥っており、その上、死体が発見された3月17日の前日、最後に被害者と接触した人物がOさんだったのです。Oさんと被害者は3月16日の夜21:30ごろに連れ立って会社を退勤しています。

当日、残業していた男性社員が、「この二人が一緒に帰るのは見たことがなく、こういったことは初めて目撃した」と証言しています。

またOさんは当日、仕事の量がだいぶ残っており、被害者はさほどでもなかったため、20:00ごろにOさんが被害者に対して「私を置いて行かないでね」と声をかけたのを聞いた社員の証言があります。

被害者のHさんの車(パジェロジュニア)は長都駅前駐車場の脇に駐車されており、これは3月18日に発見されましたが、出社時と位置が変わっていないようです。
職場から駅前駐車場までは500mほど

Oさんは約2ヶ月後に逮捕され、裁判が行われ、最高裁で控訴棄却となり懲役16年が確定しました。
私にはOさんが冤罪で裁かれたのか、それとも実行犯なのかというのははっきりとはわかりません。そこで判決文からなぜOさんが懲役16年に処されたのか確認していこうと思います。

確定審の審理経過(リンク)
判決の理由

【裁判では、被害者の職場であった「日本通運札幌東支店キリンビール事業所」の従業員が非常に高い確率で犯人である、と考えられていた】
・被害者の携帯電話が、被害者死亡(3月16日23:00)の後も発信されており、犯人が死亡時刻を遅らせる工作によって、アリバイを偽装するために発信したものと考えられた。

・被害者の携帯電話は、移動しながら発着信していた。携帯電話は発着信の際には、もっとも信号を強く受け取れる基地局と、電波をやり取りするシステムになっている。この性質を考え履歴の追跡をすると、Oさんの移動とこの携帯の発着信位置がほぼ重なった。

・被害者の携帯電話は、3月17日の15:30頃に、日本通運キリンビール事業所の被害者が使っていたロッカーから、電源を切った状態で発見された。移動しながら発着していた携帯電話が、いつの間にかロッカーに戻されていた事になる。ロッカーがある女子更衣室は、事業所2階の部外者立ち入り禁止の場所にあるため、携帯を戻した犯人は社内の人間であると判断できる。

・女子更衣室は移転したばかりで、被害者本人のロッカー位置を知っている人間は社内の女子の一部であった(ロッカーには名札もついていない)。つまり部外者には知りえない情報であった。

【死体を燃やすのに使われた油は灯油を含む油類であった】
・Oさんは事件の直前にコンビニエンスストアで10L入りの灯油ポリタンクを買っていた
・Oさん母に部屋の掃除をするように言われ、掃除中の暖房用に購入したもの。

(この灯油についての証言が理解不能のものだったため非常にOさんの立場が悪くなったと思われます。裁判官が疑問に思った箇所を抜き出してみます)

●灯油ポリタンクの蓋が緩んでおり、車内に灯油がこぼれてしまった
→何らかの使用をしたためにこぼれたと連想されます
●事件発生後、「Oさん、あなた警察に疑われているよ」と忠告してくれる人がおり、怖くなって灯油がほぼ10L入ったタンクを草むらに捨ててしまった
→灯油がほぼ10L入っていれば「この灯油を使って被害者を焼いてない」証拠になり、裁判自体が一気にひっくり返るほどOさんが有利になります
●灯油ポリタンクを捨てた後、また別の10Lポリタンクを買っている
→なぜ捨てた場所に最初のタンクを見つけに行かないのか疑問

【Oさんの車のタイヤに通常では出来ないはずの燃えた跡があった】
●タイヤ店のピットクルーが確認した際、200度以上にならないとつかない変形跡がタイヤに存在していた。

【Oさんに被害者を殺害する動機があること】
・交際していたOさんとIさんの間に別れ話が出ており、Iさんが新たに交際を申し込んだのは被害者だった。Oさんは過去に交際していた男性に、このことを何度も相談しており、彼女が通常の状態でなかったと証言している。なお、OさんはIさんが被害者と何度もプライベートで会っているのを目撃していて、心変わりを十分に承知していた。

●3/12の午後、Oさんは小学校からの付き合いである友人と会い、Iさんとの交際がうまく行っていないことを泣きながら訴えた。友人は普段とあまりにも違うOさんの様子に驚いたと証言している。

・Oさんは被害者の携帯電話、家電話に3/12~3/16の間220回も電話をかけている。実際に電話が通じたのはそのうち14回で、あとの通信は呼び出し中に電話を切るというものであった。これはいわゆるいたずら電話と考えられる。

●3/16、23:00(被害者死亡時刻)以降にはこの手のいたずら電話はプッツリと止まった。

●職場の係長が、事件日の20:00頃に怖い形相で被害者を睨むOさんの姿を2度目撃している。被害者は机に向かっていたので気づかなかったが、普通の話をしているのに鬼の形相で被害者を見ているOさんのギャップを変に思ったと後に証言した。

【Oさん以外の事業所従業員にはアリバイがあるか、携帯電話の移動履歴から割り出される移動行動がなかったこと】
・事業所職員51名中47名には3/16 21:30~23:30のアリバイがあり、残りの4名についてはアリバイが無いものの、動機や被害者携帯電話の移動履歴と住所などの一致性がない。(Iさんにはその後も会社で残業をしていたと言うアリバイが存在します)
・アリバイ一覧に修正が加えられた件については、誤記を修正したに過ぎず信頼性が損なわれるものではない。

弁護側反論とそれに対する裁判所側の判断

【Oさんにはアリバイが存在する】
・死体遺棄現場付近に立ち上る火を見ていた人が3人ほど存在し、その中に2頭の犬の散歩をしていた1名がいた。
・23:15頃に初めて見えた炎が、散歩を続けた23:22頃には1/3ぐらいの火勢になっており、その後2頭目の犬の散歩に出かけた23:42頃にはまた火の勢いは元のように戻っていた。翌0:05頃に散歩を終えてから見ると、また1/3ぐらいの火勢になっていた。
・つまり火の勢いは強→弱→強→弱と変遷しており、これは23:42頃に灯油を継ぎ足したと考えられる。その後犯人は現場からいなくなった。
・この説が成り立てば犯人は現場に23:42頃に滞在していたことになり、ガソリンスタンドにいた23:30頃のアリバイが成立する。
>裁判所側の判断
・人体には皮下脂肪という物があり、いったん灯油により燃え上がった炎が弱まった後、皮膚を突き抜けて皮下脂肪に達した場合、炎は勢いを得て当初のような状態になることがある。
・警察側豚燃焼実験により、10Lの灯油をかけて燃やした際2~30分で火の勢いは弱くなったが、皮下脂肪の独立燃焼がこれを助け、1時間43分燃え続けた。
・故に火の勢いの変化によって現地に犯人がいたという証拠にはならない。

【たった10リットルの灯油では人が炭化するほど燃えない】
・被害者の体重は燃やされる前後で9kg減っている。
・人体の60%が水分だとすると、5.4kgの水分を気化させるために3287kcalが必要である。
・灯油10L分の熱量は864kcal(灯油自体の気化エネルギーを引いたもの)であり全くこれに足りない。
>裁判所側の判断
・灯油の燃焼温度は1000度で、皮下脂肪に到達した場合、皮下脂肪は350度で発火する。
・皮下脂肪の燃焼温度は800度に達する。
(ちなみに皮下脂肪1kgの熱量は7200kcalだそうです。どの程度の熱量が純粋に利用されるのかわかりませんが)

【被害者携帯電話の移動履歴のデータを提出した携帯電話会社の証言は信用できない】
・エクセルで携帯会社社員が作成したデータは、証言の方法では正しく作ることが出来ない。
・故に携帯電話会社の位置情報を含めたデータは信頼性に欠け、Oさんが移動した履歴と携帯電話が移動した履歴を重ねあわせて犯人であるという証拠にはならない。
>裁判所側の判断
・確かに携帯電話会社側の証言によるデータ作成法と、再現されたデータは異なる可能性がある。
・しかし確認可能な3月17日のデータを、被害者携帯電話と携帯電話会社が提出した資料の2者で照らし合わせると、きっちりと合致する。
・さらに携帯電話会社の通話履歴データ作成者はこの事件の利害関係者ではなく、データを改ざんする必要性がない。
・以上を鑑みると、データ作成者は作成法について勘違いの証言をしただけで、データそのものについて信頼性を欠くものではない。

【死体焼損現場からガソリンスタンドまでは20分以上かかる】
・死体焼損現場からガソリンスタンドまでは法定速度ないし指定速度を超過して車で走行しても20分以上を要する。
・仮に犯人が死体焼損現場を23時15分頃に離脱したとしても,23時30分にガソリンスタンドにいたOさんは犯行を行えるはずがない。
現場、ガソリンスタンド、職場の位置関係

>裁判所の判断
・道路凍結、信号待ち、その他の要素を加味した場合、2点間の移動時間は18分30秒~21分程度かかると予想される。
・死体発見現場から炎が上がったのは23時頃であり、23時15分頃に炎が強かったと言えども犯人がそこにいたかどうかは不明である(アリバイが成立するための条件にはなりえない)

現場からガソリンスタンドまでのおおよその所要時間(2018年夏・深夜)

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