「再婚はしないの」
「面倒でさ」
「そうか、結婚できない期間があるんだよね」
「当てはあるの」
「親父はいくらでも連れてくるよ」
「いやなの」
「あたし、あなたが思っているほどファザコンじゃないから」
「なんか全部放り出したい気分」
何かあったんだろうか。元嫁はちょっとだけ今までと違う。
まあ僕は彼女が持たされているパブリックイメージと
本来の彼女が違うってことはわかっていたのだけれど。
「僕のせいなの」
「そんなわけないじゃない。もうあたしとあなたは他人なんだし」
彼女は徐々に変わりつつあった。ただ僕が受け止めきれなかったから。
離婚の原因は僕が浮気をしたということになっている。
でも本当に浮気をしたのは彼女のほうだった。
彼女に振り回されて僕が放り出された。そうだよ、放り出されたのは僕のほうだ。
「補償はしたじゃない」ちょっと上目遣いに元嫁がポツンと言う。
「彼女はどうしてるの」
「わかるわけないじゃない」
「そうだよね」元嫁の納得したような表情。
「いいじゃないもう、昔の話だよ」
おたがいにもう会う理由なんてないのに、どうしてこうして会っているのだろう。
世の中はどうにもならないことが多すぎる。
僕はいったい何をしたいのだろうか。こんな年になってしまって。
彼女はもう一度リセットしたいのだろうか。
でも、リセットできないことは彼女自身がよくわかっている。
僕はすっかりリセットされてしまった。はずなのだが。
「あなたに似た人をレストランで見かけたの」
「そうか、見かけたんだ」
「レコード屋で知り合ってね、家族の代わりをやらされた」
「それだけなの」
「そう、何となく流れでね」
「あなた流されやすいから」
流されてばかりの人生。たしかに僕は存在していないのかもしれない。
流れの中でタダ人と関わっているだけ。
「それもいいかもね」元嫁はそう言って笑う。