社会福祉士×ちょっと図書館司書の関心ごと~参考文献覚え書き

対人援助の実践、人材育成、図書館学を中心に気まぐれに書物をあさり、覚え書きをかねて投稿中~

「成年後見人と医療・介護従事者との合意形成における現状と課題」永野叙子(2022)『社会福祉学』第63巻第4号

2024-04-18 16:48:17 | 社会福祉学

副題:身寄りのない認知症高齢者の医療合意に焦点をあてて

第三者後見人への半構造化面接調査を実施し、語りを丁寧に分析している。面接対象者は1名であるため一般化するには限界があるとは思うが、

先行研究をうまく活用し、リアルな現状と具体的な課題を提起している。

 

引用

・多くの場合、後見人は専門的な医療知識を持ち合わせていないため、医療の選択では医療従事者によるエビデンスに基づいた医療的情報に委ねざるを得ない実情がある。本事例では後見人と医療従事者との間には医学的情報の格差がみられ、「情報の非対称性」を指摘できる。

・後見人が一時的に医療従事者の言動にたじろいだとしても、これまでの後見活動で把握してきた本人の意向に基づき、本人の代弁を根気よく努めることが重要であったと思われる。

 

「認知症になったときに、意思疎通ができなくなった時のために…」事前に意思表示を残しておく必要性について、盛んに言われている。しかし本事例のように、積み重ねてきた意思表示のひとつひとつが、「月日が経っているから」「認知症になる前のもので、いまのこの状態のものではないから」といった理由で、活用されないこともある。

節目節目で意思確認をしておく、そして支援者がひとりでその意思確認をし記録を残すのではなく、チームで共有していく必要性がある。これは先日、介護支援専門員の更新研修で何度となく講師から言われたことである。

単身高齢者が増加するなかで、支援者が、そして自分たちが、肝に銘じていかねばならないことなのだと思う。

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「自殺企図後のうつ病患者の企図前・後における感情および状況の分析」長田泰子、長谷川雅美(2013)

2024-04-10 20:19:28 | 看護学

副題:ナラティブ・アプローチによる語りから

『日本精神保健看護学会誌』 Vol.22 No.1

 

自殺企図後のうつ病患者(11名)を対象に、非構造化インタビューを実施。自殺企図前後の感情と状況を丁寧に分析し、まとめている。

 

引用

・本研究における「自殺企図」の定義…「自殺とはどういう行為かを知っている者が、自らの意志で死を求め、致死的な手段・方法を用いて自らの

 命を絶とうとすること」

・インタビュー結果より。自殺に至るまでの感情

  【生への絶望感】<病気がよくならなかった> 

  【自殺の衝動】<死ぬしかないと思った>…死ぬ前に電話しておいでって言う人もいるんだけど、本当にそうなると、携帯電話なんかそこに

    持っていかないですね。相談とかできない。

・分析により明らかになったこと⇒参加者は、自殺が未遂に終わったため、精神科病棟での入院治療を受けていた。しかし入院中、あるいは退院

 後の外来受診の場においても、強い自殺念慮が続いていることや今回の自殺の原因については、主治医をはじめとした医療スタッフに対し、本

 音を語っておらず、【医療者への隠された本音】が存在することが明らかになった。

  ⇒医師や看護師のみでなく臨床心理士やソーシャルワーカーなど多職種が連携して自殺未遂者の評価を行い、それに基づいた支援を包括的に 

   行うことが求められ、組織的介入の必要性が示唆された。

 

最近まで担当していた方は精神疾患があり、季節の変わり目ということもあったのか不安定な時期が長く続いたため、何かの参考になればと本論

文を手にした。

主治医である精神科医は、「傾聴」を重んじ、そのクリニックの精神保健福祉士さんは「医師が本人に伝えたところをカルテで確認すると…」が

常で、誰がその方に向き合っているのだろうか…と愕然とさせられた場面を何度か経験した。その方は複数の内科的疾患を持ち、「治らないのに

薬をたくさん飲まないといけない」という残酷さに、打ちのめされていた。複数の医療機関、複数のサービス事業所が関わることのメリットを見

い出せぬまま、なんともモヤモヤしていた。

包括的に…多面的に…というケアのかじ取りを、だれがどのように行うのか。それは本当に難しい、と実感している。

 

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「一般市民への老衰死に関するインターネット調査」今永光彦、外山哲也(2021)『日本在宅医療連合学会誌』第2巻・第2号

2024-02-27 12:33:50 | 医学

インターネット調査を実施しその結果を用いて、一般市民は「老衰死」についてどのようなイメージを抱くかを論じている。

引用

・「老衰と死亡診断されるのに妥当だと感じる年齢の目安について」は、90歳以上が最多で、次いで85歳以上、95歳以上であった。

・先行研究を提示し…上記と同様の質問において、「年齢的な目安はない」が最も多く、次いで80歳以上、85歳以上、90歳以上であった。

・死に対する否定的態度である「死からの回避」のスコアが高いと、有意に老衰を志望診断時の死因として妥当と感じていなかった。

 

先日、ケアマネの更新研修を受け、認知症の方、精神障がいの方に親族がいなかった場合、医療的な処置を誰がどのように担えるのか?

という議論があった。長い時間議論が続き、ひとつの解決策として、ACP*)の活用が有効だという意見で一致した。

医療が進歩し、いろんな形での「生存」が可能となってきた。

個人的には本論文の調査結果で、90歳以上の死が老衰として妥当であるという意見が最多であったという結果が驚きであった。

私の父は84歳で亡くなり、死亡診断書としては「間質性肺炎の増悪」であるが、私としては「老衰」と受け止めている。

それはきっと父が、

「痛いのは嫌い」「管でつながれるのは嫌い」「よぼよぼで生き続けても恰好悪い」と、常々言っていたからだと思う。

だからこそ、「もう一回手術をするとよくなるかもしれません」「IVHをすることで生命が維持できるかもしれません」

「まだ80代前半ですから、手術適当だと考えます」という主治医の見解とは異なる選択をした(できた)のだと思う。

手術で症状が軽快しても、在宅酸素は持ち歩くことになるだろう。それは本人が望むことだろうか?またお腹を切ることになるだけで、

嫌ではないのだろうか?…この問いを、私たち家族は、数日間ずっと考え続け、そして看取った。

高齢でも健康で生き続けられればベストであるが、死は常に並走しているものである。それは私が仕事を通じて教えてもらったことである。

年齢うんぬんではないけれど、年齢を重ねていくからこそ、常にどう生きたいか、どう死にたいかを、口に出すことも大切なんだと

思っている。

*「ACPとは?」日本医師会ホームページより引用

ACP(Advance Care Planning)とは、将来の変化に備え、将来の医療及びケアについて、 本人を主体に、そのご家族や近しい人、医療・ ケアチームが、繰り返し話し合いを行い、本人による意思決定を支援する取り組みのことです。
 

 

 

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「福祉事務所ワーカーの専門性とは何か―現場から社会福祉主事のあり方を再考する―」高木仁根(2021)

2024-02-05 15:51:05 | 社会福祉学

『社会福祉学』第62巻第2号

福祉事務所ワーカーに求められる専門性について、「公務員の専門性」にも焦点をあて、現役ワーカーへのインタビュー調査をもとにその全体像の素描を試みている。

インタビュー調査対象者は3名と少ないが、その声を丁寧に分析、考察している印象を受けた。

 

引用

・最低生活保障は必ずしも経済給付だけを意味するのではなく、相談支援の実践と一体となった生活保護実践によって達成される。

・調査結果から導き出された概念的カテゴリー:面接、人権保障、連携、計画的実践、法適用、能率性、専門性の自覚、外部視点

・調査回答より:

「ケースワークをしたというより訪問数をこなして記録を書いて事務処理を早くするという方がやっぱり評価されるところに多少のジレンマを感じる」

「数字の評価となってしまって、日々の実践、目に見えない努力が軽視されていないか不安」

 

公務員のお給料は税金から捻出されているため、その公平性と効率性が求められているのであろう。

しかし一方で、公的な立場だからこそ、指導や強い忠告を率先して行ってくれる立場であって欲しいとも思う。

最近の私の勤務先での経験。いわゆる生保ビジネスで、管理人さんが経済的搾取をしているかもしれないとヘルパー事業所から連絡があった。

地域包括の職員は区の窓口にその報告について相談をした。「それでそちらはどう考えていますか?」としか聞いてこない。

虐待の定義として当てはまるのか?という外枠をとても気にしている。

「他の業務に追われ、このケースに関わる時間がないのかもしれない」と推測し、地域包括とヘルパー事業所で経過を慎重にみていた。

そして数日後、「そういえば、先日のケースは虐待の定義に入りましたか?答えは出ましたか?」と区から問い合わせが入った。

定義の範疇に入るかどうかがグレーであるが、食材を買うお金を奪われている様子であったため、

フードバンクと連携をしていることを説明すると、「では虐待という定義に入ったら、教えてください」と電話を切られた。

定義優先?地域住民の人権優先?どこに向かって仕事をしているのか。

本論文を読み、ジレンマを抱えながらも地域住民を向いて仕事をしている公務員の方々が、もっと報われそして増えて欲しいと切に思う。

そのためには何が必要なのか。現業員のたくさんの声なのか、地域住民からの感謝の言葉なのか、関係機関からの報告なのか…。

大きな組織であるがゆえに、難しいことなのだろうということだけは、理解できた。

 

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「障害者就労継続支援B型事業所における工賃向上の阻害要因と対策に関する研究」遠山真世(2020)

2024-01-24 16:20:01 | 社会福祉学

副題:5事業所のインタビュー調査からみた 現状と課題 『中国・四国社会福祉研究』第7号

私の勤務しているエリアでは、B型作業所の利用がブーム化している。そして同時に、B型作業所の良くない話を多く耳にする。

本来、障害者就労継続支援B型事業所は、何のために活動をしているのか。その本質を知るために本論文を読んだ。

本論文は、インタビュー調査を実施し、その現状と課題を丁寧に論じている。

 注)・B型事業所とは?…一般雇用の難しい障害者に就労支援を行うことを目的としている

 

引用

・利用者の支援ニーズが増加・多様化しており、個々の利用者のニーズに合った作業や支援を提供することが重要となっている

・作業は利用者に合っているものの、それらの単価が安いことが指摘されていた。それでも、利用者に合った作業を提供するために、単価が安い 

 作業を引き受けざるをえない構図になっていると考えられる。

・工賃向上に限界を感じるとともに、利用者支援と工賃向上の間でジレンマに陥っていることが明らかとなった。

 

生活に張り合いをもたせ、社会性を身につけることができる。それが就労支援の目的のひとつであろう。利用者ひとりひとりに対し、見守り(支援)と労働(教育)といった、2つの側面からアプローチをすることは本当に難しいのだと思う。それを事業所の自助努力だけに頼ることは、本論文でも指摘されているように限界がありすぎる。

一方で、事業所と親しくしているクリニックが診断をつけ、作業所に通えるように道筋をつけているという話も聞く。それが利用者に有利に働くことであればよいのだが、そうとは限らない。そこも行政は見て見ぬふりをしている様子も見受けられる。

民間の力で伸びる部分、強制力をもった公的な力で伸びる部分(守ることができる部分)、うまく掛け合いができればと切に思う。

 

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「ケアプラン作成支援AIを活用したケアマネジメントの展望」西口周(2023)『日本在宅ケア学会誌』Vol.27 No.1

2023-10-08 14:52:02 | その他

ケマプラン作成業務について、AIが支援できる可能性について紹介している。

すでに何段階かの検証は済んでいるとのことで、現実味を帯びた取り組みであることが分かる。

引用

・AIを活用してケアプラン第2表原案を作成することで、第2表原案作成時間が3~4割短縮された。また、約6~7割のケアマネージャーが業務負担軽減や新たな気づきの獲得を実感した。

・AIはケアマネジメントの一部を代替し専門職を支援するという位置づけであり、ケアマネジメントにおける専門職としての価値は変わらない。むしろ、AI活用に係る倫理的な配慮を行いながら人間とAIが共存し、ケアマネジメントの質や利用者像の解像度を高めていくという視点では、ケアマネジメントに係る専門職としての価値はますます高まる未来があるのかもしれない。

前任者から引き継いだケアプランについて、それを目標とする根拠や意図が不明確で、全体像が把握しにくいという経験は、少なくはない。

また専門職うんぬんという以前に、作文力(国語力?)の乏しいケアプランも目にする。

そういった面でもAIを活用することで、読み手にやさしく、根拠に基づいたケアプランができるのかもしれない。

また特に要支援者は、長期目標、短期目標が通り一遍になりがちであるため、ケアマネージャーが気づきにくい何かを提示してくれるのかもしれない…

そんな期待をおおいにしている。

 

 

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「独居高齢者の自己決定権に基づいた退院支援の一考察」福田順子、他(2018)『日本看護倫理学会誌』

2023-09-17 10:18:04 | 看護学

1事例を深く掘り下げた実践報告論文。自己決定について、丁寧に説明されている。

引用

・介護に対する思考にはジェンダー差が存在し、女性特有の「介護の現実思考」と男性特有の「家族一体規範」があること、そして、両者の視点がよりよい形での「家族一体」を作り上げ、高齢者の自己決定をサポートする一助となることが示唆された。

 

本論文内には、「傾聴」「自己決定」「尊厳」という言葉がよく登場する。

病棟看護師としての専門性(立場)を退院支援にいかに生かすか、その“もがき”、“迷い”を感じ取れた。

地域でケアマネージャーとして働く立場から読むと、「本人が望んだからと言って、その気持ちだけで送り出すなんて…」と、

モヤモヤする部分もある。おそらく退院支援には、もっとたくさんの院内や地域の専門職が関わっていたであろう。

退院のその1週間後、個人的にはそこがとても気になった。

 

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「在日コリアン高齢者の福祉アクセシビリティ」木下麗子 『ソーシャルワーク学会誌 第29号』(2014)

2023-09-03 11:20:20 | 社会福祉学

副題:地域包括支援センターによる夜間中学校へのアウトリーチ実践から

 

在日コリアン高齢者の福祉アクセシビリティについて、阻害要因、促進要因の分析を行い、その構造と構成要素を明らかにしている。

調査対象者は、夜間中学校と地域包括支援センターの職員(インタビュー調査)、夜間中学校の生徒(量的調査)としている。

*管理者:注)アクセシビリティとは?

 →高齢の方や障害をもっておられる方などを含め、誰でも必要とする情報に簡単にたどりつけ、提供されている情報や機能を利用できること意   

  味する(国立障害者リハビリテーションセンターHPより)

 

引用

阻害要因:

・区役所の人たちも地域包括支援センターのことが何なのか分かっていない。

・役所への問い合わせで主訴が伝わらず認知症と勘違いされることや色々な所を回されるケースが未だに多い。

・住所を書くのが難しいから区役所へ行くのはハードルが高い。

・病院の先生、学校の先生が難しいことを言われると、耳が遠いこともある「うんうん」というけれど本当は分かっていない場合があり、どの病

 院に行っていいのか分からないという相談もある。・・・など

促進要因:

・申請の手続きには手助けが絶対にいる。個別訪問などで申請の手助けをしてもらう、というのが理想。

・マイノリティの人たちに対しての人権は常に意識をしなければならない。そこに格差があることを認めないから逆差別という発想になる。

・連携は個人の力とは違う大きな力となる。

 

 マイノリティの人たちに対する働きかけは、点ではなく、線ではないといけないことは周知の事実である。

この働きかけは時間も労力も必要となる。できれば関わりたくないという雰囲気は、あくまで個人的な印象であるが、行政機関に色濃く残ってい

ると体感している。

そしてこれもまたあくまで個人的な印象であるが、在日コリアン高齢者は、とても陽気で人懐っこい。こちらが話をすると、何倍にも返して反応

してくれる。

でも本論文を通して、これはもしかしたら「つないだきっかけを離したくない」という必死の表現なのかもしれない。そうも思った。

そうであるならば、いま目の前にいる人たちの声は、できる限りいろんな人や機関につないでいかないとならないと、強く思った。

 

     

 

 

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「やがて訪れる春のために」はらだみずき(2023)新潮文庫

2023-08-30 10:23:53 | その他

表紙のうつくしさに魅かれて手に取った。

読み物として秀悦でありながらも、認知症ケアにたずさわる者として、「症状」から人を見るのではなく、

「人」をまず見たうえで、その人をとりまく環境やしんどさを見ていくことの大切さに気付かされた。

引用

認知症と診断されたハルが娘に向けて…「だれだって忘れることはあるでしょ」「じゃあ、あなたは忘れたことがないの?」「忘れることはそんなにわるいこと?」

 

一人暮らしの家に、「あの子が来るから」と言う。

●●さんのおすすめの物が欲しい。

生花を引きだしにしまい、枯らしてしまう。

…いずれもこの物語で綴られていることである。認知症を診断されたハルの言動で、長らく一人暮らしをしており、

家族はどのような生活をしているのかをきちんと知っていなかった。

それゆえに、「一人暮らしなのに、子どもが来るわけがない」「●●さんなんて人は近所にいない」=幻覚

「花を本来ある場所ではないところにしまい込み、それを忘れてしまう」=収集癖(しまい込み)と記憶障害

と、とらえてしまう。

 

物語を読み進めると、これらの言動は現実に起こったことと一致していて、

幻覚でもなく、収集癖や記憶障害ではなかったことが分かる。

 

いったん診断がついてしまうと、それのフィルターを通して理解を深めようとする。

認知症ケアにおいて、その症状を適切に理解して、それをその人の言動理解につなげようとする。それ自体は悪いことではない。

しかし「本当にそうなのか?」といったん距離を置き、俯瞰で物事(もしくは人)を捉えることの大切さも忘れてはいけない。

そう考えさせられた。

 

 

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「人生の最終段階に向けた医療・ケアの話し合い経験の関連要因ー埼玉県A市における横断的調査の結果から―」山口乃生子、他(2023)

2023-06-14 16:18:24 | 看護学

『日本エンドオブライフケア学会誌』Vol.7,No.1

死が間近に迫ったとき、もしくは意思表示ができない状態になったとき。そんな「もしも」の時に備えて、家族間で話し合いをしているのか?

もししているのであれば、何がきっかけとなって話し合いをしたのか等の要因を明確にすることを目的としている。

調査方法は、20代から80代以上の地域住民を対象とした質問紙調査である。

*本研究における「もしも」の時の定義、「例えば事故や病気などで死が近い時、あるいは自分の意思を誰かに伝えることができなくなった時」

 

引用

・(管理者 注「死を考える経験」←身近な人が病気になった、大きなけがをした等 を糸口に)その経験が話し合いの糸口となる可能性がある。

・家族と意見が異なる時、「話に触れない」ことが話し合い経験に負の関連を示した。

・話し合い経験に関連する要因⇒話し合いの必要性の認識、死を考える経験、代理意思決定者の選定、書面への記載、かかりつけ医の決定、

               意見が異なる時でも話ができるよう関わること

 

「痛いのは嫌だから、必要以上の注射とか点滴はしなくていい」「口から食べられなくなったら、自然に任せて欲しい」

…一見あいまいに聞こえる意思表示かもしれないが、こういったささいな事がきっかけで、本腰を入れて話を詰めることにつながることもある。

「子どもたちのいいように」とか「あなたに任せる」といった意思表示が、周りの人を苦しめることも少なくないように思う。

元気なうちに、とは言っても実感がわかないと何を話していいのかすら分からない。

そのため、誕生日にとか、結婚記念日にとか、その人の大きな節目に、

支援者があえて「もしもの時のことを話してみませんか?」と切り出してもいいのでは?と思った。

 

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