Zen禅

心理学に基づく坐禅の研究-心の風景を眺め、流れていく気持ちの音を静かに聴く(英訳)

体の軸② Axis in the body 2nd

2024-03-08 | バレエ

 

バレエでの基本は

体の中心をコントロールすることである。

要は、自分の体重をコントロールすることである。

 

坐禅は自分の思考をコントロールすることだから、

脳内回路の配線問題になる。

バレエと坐禅では

脳内と体内の管轄領域が異なるように思えるのだが、

神経伝達物質をコントロールする面では

実際その基本は同じである。

 

バレエを習い始めて4年過ぎているが、

私は未だに自分の体重に支配されている。

自分の足一本を上げるにも

重たく、体の軸も崩れがちである。

 

両方、体重に支配されているから、

坐禅の時も時間が経つと

坐りの軸が脆く、崩れてしまう。

 

これらの軸問題に意識できたのは2年も前なのに

未だに克服できていない。

だが、問題が認識できた分、

どうすれば克服できるかを考え直し

あれやこれやとトライできてはいる。

 

軸の安定は、人それぞれ、

生まれ持った遺伝子構造によって

管理システムが異なる。

私は自分の遺伝子構造に合った

身体管理システムを安定させたいのだが、

思ったより簡単ではない。

 

勿論、バレエ教科書や辞書的な教えは、

基本中の基本を教えているが、

頭で理解したのは体で現れない。

 

去年までは頭で理解できれば、

脳がどのように納得したかが

体に自然のように表れると思った。

それが、安易で愚かな考えであったと

分かったのはつい最近である。

 

所見だが、バレエをやっていない人も、

自分の体の中心を見つけ、

コントロールしようとすれば、

その中心が坐っている時と立っている時に

変わることを見つけられると思う。

 

バレエや坐禅だけでなく、

軸を安定させる作業は

体の整列を正しく整え、

体の動作をキレイにさせる。

 

みなさんも気が向いた時に

軸探しに集中するのも

自己開発に良いかもしれない。

 

Axis in the body 2nd

The basis of ballet is how to keep the central axis in the body.

The key point is to control one’s body weight.

Zazen-meditation is how to control one’s thoughts,

so it is about how to wire up the circuit of brain neurons.

 

Both ballet and zazen-meditation look different

in the jurisdiction of the body or brain,

but actually, they are the same in terms of controlling neurotransmitters.

 

It’s been four years since I started taking ballet classes,

but my weight still dominates me.

Even lifting my one leg gets really heavy

and my body's axis often crumbles.

 

In the case of doing zazen-meditation also,

my sitting form often gets fragile and crumbling

when I try to keep the central axis over time

because I was controlled by my own body weight.

 

Two years have passed since I was aware of those problems,

but I still haven’t overcome them.

However, from the moment I recognized it,

I began to rethink ways to overcome the problems by trying this and that.

 

The management system stabilizes one’s axis in different

depending on the genetic structure of each person.

 

I wanted to develop my body management system

to keep stability that matches my genetic structures,

but it was not as easy as I expected.

 

Of course, ballet textbooks and dictionaries

teach us the basics of the very basic,

but what I figured out is

how much I understood with my head

it does not help in manifesting my body.

 

Until last year, I expected that

if I were able to understand with my head,

my body would also understand

as my head experienced naturally.

Finally, I did realize that it was a fool-proof facile thought.

 

If I can give a tip to someone who never tried any ballet practice,

if you focus on where the body axis is in your body

and give it a try to control, you will find that

it can change your posture of sitting and standing to be right.

 

Not only ballet or zazen-meditation,

but also working on stabilizing one’s body axis

and body arrangement make body movements righteous.

 

So when your mood allows you to find

where your body axis is and try to focus on it,

it may help self-develop better.

 

 

その他

添付した写真は2階の部屋から見える裏庭です。

2年か前に撮っておいた古ものですが、

なんだか懐かしく思えてきましたんで...

 

それと、今までは英文と和文を行ことに訳してきましたが、

急に慣れてきたことを変えたくなったので、

和文と英文を分離してみました。

英語は天秤のように、1には1或いは1対1のように

両辺が同じくなるべきものでなく

意味合いが同じなのかが肝要だと思います。

なので、単語や文章を一々計算するよりは

あの国の言語文化ではそう言うのかと

気軽に理解すると脳に負担が少なくなります。

 

 

 

 

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弱点克服トレーニング(編集分)

2024-03-01 | 身体症状

 

目は自分が目であると分からない。

目は見るために作られたのでなく、

結果的に見るようになった身体器官の一つにすぎない。

 

この前、神経構造が知りたくて

その関連のサイトを観ていたら、

ある脳神経医者のケース研究に興味が湧いた。

脳の言語解釈をする領域が損傷された人は、

他の日常の音は聞けるが、

言語だけは聞いても理解できない実例が紹介されていた。

 

左脳にあるその脳部は聞くことと

見る視神経を司る部位に近接しているようで、

自分の視神経はどうなっているかを試してみた。

まず、左目を完全に塞いで見て、

次から右目を塞いで見た。

 

びっくり仰天したことに

私の左目はほぼものが見えないほど悪くなっていた。

濃い煙の中にいるように全てがボヤけて見えた。

今まで見ることができたのは、

何の問題の無い右目が左目の分まで頑張って

左目の弱点を完全にカバーしていたからだった。

 

私には、もう何十年耳鳴り問題もある。

それも左耳だけ耳鳴りがあって、

医者も原因が分からないと言っているし、

これといった治療法も無いと医者から聞いた。

左目がこんなに悪いのに

左耳も良いはずがないのは明白である。

 

勿論、耳鳴りに関するYouTubeとか医学論文とかは

あるだけ観て読んでいるが、何も効いた試しがない。

耳鳴りの不愉快さに気にしていたら、

私はすでに気が狂っていたかもしれないが、

幸い坐禅をやっているから

心理的な苦しみはなんとかコントロールできている。

 

私は医者の話に依存しない。

ただ医者の見解を参考にして、

自分でできることは無いか

工夫する方式を定着させている。

 

なので、左目に弱点があるならば、

どんなに弱いか問題を明確にして、

どうすれば弱点を克服するかを考えるのが

我流であり、独りよがりでもある。

弱点を弱点のままに放置しないのもあるが、、、

 

方法として右目をほぼ完全にカバーして

左目だけで生活してみることにした。

今も左目だけでこの文字を打っている。

 

左目だけだと全てに焦点が合わず、

ものの境界線もぼやける。

食べる時は箸やスプーンの位置がズレって、

つまみだしたり、

すくいあげたりすることが困難になる。

 

特に面白いのは、

人の顔の特徴が見えづらくなり、

画面に映る人の顔表情が伝わらないことだ。

 

言語を司る脳領域の近くに

人の顔を識別する領域があることを思えば、

そう不思議なことではない。

 

とにかく、私は先週末から

何の問題の無い右目は

極力使わないようにしている。

 

いつまで続けられるか分からないが、

結果で結論を出せるまでやってみようと思う。

 

 

補足など

今回も和文だけ先に投稿します。

気が向いたら、今まで英訳しなかった記事を

訳す作業を始めようと思ってはいます。

しかし、最近家の本棚に飾ってある本を読み始めているのもあって

パソコン開く気に中々なれないですね、言い訳ですが。

 

補足②

記事を書いてた時は、片目で文字がボヤケて見えても

大雑把な感じで文字を打って、

そのまま投稿したのでしたが、

今、両目で記事を読み直したら

誤字脱字があまりも多いので恥ずかしくなりました。

なので、今ちゃんと両目を使って記事を編集しています。

①回目の投稿では、文字にあやふやな感じがあっても

そのまま変換させていたため

『箸』を『橋』で書いても

脳は勝手に『箸』として認識していて

渡る橋を食べる道具の箸として

漢字誤変換したとは全く気がつかなかったです。

しかも、文脈が合わない文章も散乱していたのに、

片目だけの時は、その文脈のズレを自覚することができなかったです。

本来なら、間違った文と改定した文をBefore&Afterで比較すべきですが、

あまりにもミスが多かったので、ミスを直し編集することにしました。

片目だけだと理解力、認識力に支障が出るのですね。

しかも、それを自覚することができない、恐ろしいですね。

 

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体の軸を見つける①

2024-02-13 | バレエ

 

 

私がバレエのポワントレッスンを受け始めたのは

50代の後半からだった。

脊椎版手術前後の半年以上休んでいたことをカウントすれば、

ポワントレッスンは1年も経っていない。

 

ポワントで立つことは

自分の軸の中心を完全にコントロールすることである。

立つためのテクニックも無ければ、技も無い。

 

ポワントで立つことは単にシンプルに

『軸を保つ』ことである。

技や筋力で立つことはできても、瞬間にしか効かない。

 

ポワントレッスンを受け始めてから

バレエは誤魔化しが絶対に効かないことを知った。

少しでも安易に、楽に体を動かすと動きが汚くなる。

 

使う筋肉を間違うと動きが切れる。

動かす筋肉を正しく使わないと

バレエではなくただの踊りになってしまう。

 

今の私の体の軸の安定性は

10割中7~8割しか確保できていない。

その意味は軸安定性に関わっている運動神経の連携が

70%ほど繋がっていることである。

 

意思と運動神経を素早くリンクさせて

イメージと動きを間違いなく調和させるのは5割しかできていない。

今年まで8割以上の軸安定性を目標にしているのだが...

 

一度であったが、ポワント立ちで完全なる軸を保てた瞬間があった。

その瞬間は時間が停止しているような感じが持てた。

 

坐禅に没入できた瞬間と酷似したので、体と心が震えた。

 

 

 

ブログ友のみなさん!

今回は和文だけ先に投稿しておいて

今週か来週に英文訳をアップします。

①と書いたのは軸に関する記事は奥が深くて

シリーズにして分野分けしないと

軸の意味さえ伝わらないからです。

バレエに全く関心の無い方も

体の中心軸について一度は意識を向けても

いいのでは?と思っています...

 

 

 

 

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合法的な国籍

2024-02-06 | 生き方

今日から合法的にアメリカ国籍になりました。

韓国籍を放棄したので、

取り返せない過ちをしてしまった感が少しあります。

でも、死んでも骨を埋める資格を得られたから、

半々する感じていうか、相反する気持ちっていうか、

思ったより複雑です。

 

宣言式から帰り道に、家から近いスーパーに寄って、

普段では絶対買わないケーキとか

アイスクリームなど結構買いました。

レストランとかに行くと余計な時間や費用が重なるので、

簡単で安いお祝いにしました。

 

今日は国籍が合法的に変わった日なので、

報告兼ねた投稿だけにしますね。

 

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Stress from study

2024-01-19 | 住まい関連

 

The citizenship test was crucial of all the tests I had taken so far,

so it was more stressful to compare.

 

It was far more important for me

than those I had ever taken,

such as the school’s midterm tests, entrance exams,

qualification tests, driving license tests,

and even the university's transfer exams.

 

My mental stress was getting heavier

as the test date comes closer.

 

We applied for citizenship about six months earlier,

but I had only three weeks to prepare

when the notice was delivered.

 

My study schedule was as follows;

Made a historical timeline and events.

Comprehending the political system and the Constitution.

Basic terms of legislation.

Geographical relations to politics.

 

I also classified the past questions

by categorically clipping them

and studying them steadily one by one.

 

Intensively, I went beyond the scope of past questions range,

otherwise, I would make mistakes during the test

or would be unsure what is the correct answer.

 

Anyway, I summarized all the categories

and wrote them down in my notebooks.

Drew the map of each State a few times

to memorize geographical location.

 

My husband gave some mock tests

so I could pick up my wrong answers to be correct.

 

As I was writing them in two notebooks to memorize,

my right hand fingers which were holding a pencil

began to feel ache.

The ache caused a nostalgic feeling

because the last time I felt such an ache was,

studied hard to pass the university exam,

at that time I kept writing until my fingers really hurt.

 

The stress upon the test,

it seemed like going to be squared

than I ever had felt before.

 

So I tried to focus on doubling my knowledge

that I needed to understand

rather than put myself under stressful pressure.

 

As we grow older, our memorizing ability is getting down

but the comprehensive capacity getting well.

So I tried to compensate for the decreased memorizing ability

by deepening my understanding.

 

My brain has definitely gotten worse,

but the good thing is I can recognize

how and what part has gone bad,

so I back up and upload them to strengthen. 

 

In most cases, once the brain function gets worse,

make it better again taking a long period.

But I had to take the exam in a short period

whether my brain function was good or bad.

I had to focus on what I could do

rather than what I could not do.

 

If the brain becomes dull,

focus on what you can do

then it starts to work slowly.

 

参考までに

今回は前回の和文だけの記事を

英文にしたものです。

今まで、文章ごとに和文と英文にしてきたのは

読む人の英語に対する無意識的な拒否感を和らげるためでしたが、

時と場合に生じて

今回のような独立した文まとめもいいのかなと思い始めました。

もし、皆さんの中に今回の英文レベルが

少しついていけない感があるのでしたら、

分からない単語や見たことの無い熟語語句はそのままパースして、

大まかなことだけ気軽にピックアップして読むのもいいかもです。

 

因みに、アップした写真は2年前の春に撮った左庭にある人口池です。

 

 

 

 

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勉強のストレス

2024-01-16 | 住まい関連

市民権テストは今まで私が受けた各種テストの中で

一番重要であったので、それに比例してストレスも重かった。

 

学校の期末テスト、入試試験、資格テスト、車の免許試験、

大学での編入試験などに比べられないほど重大であった。

その重大さに比例して精神的ストレスレベルも高くなった。

 

市民権申請をして半年ほど待ったのだが、

テスト日の知らせが届いたのはテストの3週間前だった。

テスト準備のために、

歴史の各イベントのタイムライン

政治の基本構造、憲法の理解

立法の基本

地理と政治との関係

過去問の分類的な整理などを段階的に勉強していった。

 

勿論、私がやったのは実際の試験より遥かに超える範囲であったが、

そうでないとテスト時に迷いとか間違う不安があり得るからであった。

とにかく、ノートに上記の分野を全部まとめて、

アメリカ地図も何回も書いて覚えた。

 

夫が模擬テストを何回かしてくれたので

間違った問題が何か特定できた。

ノート2冊ほど書いて覚えたら、

鉛筆を持った右手の指が痛くなった。

鉛筆を持った指が痛くなるまで書いたのは

大学入試以来だったので、懐かしい想いがした。

 

テストのストレスも今まで感じたことの2乗になっていく感じだったが、

ストレスそのものより自分が分かるべき知識量を増やすことに焦点をおいた。

 

年を取るにつれ、暗記力は落ちるが、理解力は高くなる。

なので、暗記すべきことは理解を深めることで補っていった。

頭は確かに悪くなっていたが、

どう悪くなっているのかが分かったので、

悪い部分をバックアップする方法を強化した。

 

悪くなってしまったのを再び良くさせることは長い時間を要する。

だが、短期間で頭悪い状態のまま試験を受けるには、

できないことよりできることに集中しなければならない。

できることに集中すると鈍い頭もノロノロながら働き始めるのある。

 

 

その他:

ブログ訪問してくださった皆様へ

テスト後、急遽の報告投稿だけ先にして

何もしなくただ遊んでばかりしていました。

ゲームも何時間やって、観たかったアニメも何時間も観て

パソコンさえ開かなかったです。

今日は月曜で、先週木曜が試験でしたから、

木、金、土日4日間遊んでいたことになります。

今日朝起きて、やる気が出たので記事アップする気になりました。

 

今日は和文だけにして、今週中に英文だけにしてまたアップしますね。

添付した写真は季節外れの2年前の春に撮ったものです。

 

日本のみなさま国内災難続きのようでご苦労さまです。

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アメリカ人になりました。

2024-01-12 | 生き方

今日アメリカ市民権テスト受かりました。

宣言式は後から知らせるらしいです。

宣言式後、韓国籍を放棄してアメリカ国籍になります。

 

テストは歴史、政治経済、法律制度の口述試験とReadingとWriting、

それから身分、思想確認のような審査質問が約30問くらいあって、

その場で合格を知らせてもらいました。

 

これで、今年の大統領選挙に投票できます。

アメリカ人パスポートになります。

刻々個人的な知らせだけの記事ですが、

死んでも骨を埋める国が決まったので

すっきりしてます。

 

英語バージョンは後でアップしますね。

 

 

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脳力Ability of the brain

2023-12-30 | 心理学習

 

 

脳が年を取るとまず、数字を覚えられなくなる。

As the brain ages, numbers become hard to memorize.

数字が覚えられなくなると時間感覚がズレてくる。

When numbers become unmemorable,

the sense of time gets misaligned.

 

時間感覚のズレは記憶のズレを伴う。

The timely mismatch creates a gap in remembering.

記憶がズレてくると脳が正常に働かなくなる。

When memory gets misaligned,

the brain will not work properly.

 

私の夫は6歳年上だが、数字を正確に覚えられる。

My husband is six years older than me

but can memorize numbers accurately.

いつ、誰が、何を、どこで、

何のために、どのようにやったかを正確に覚えている。

He can memorize correctly, who did what,

when, where, what for, and how it was done.

私達の記念日は夫が全部総括して覚えている。

He remembers all our anniversaries in charge.

 

職業が弁護士だからそう特化したのかと初めは思ったが、

彼の記憶容量は職業柄内だけに限らないので、

脳の構造上の特性であると思えてきた。

In the beginning, I thought that he was specialized

because he is an attorney

but his memory capacity is not limited to the occupation,

so I come to think that his brain has a characteristic structure.

 

加齢に伴って記憶力が落ちている人は

数字を覚えるのが面倒に思うかもしれない。

People whose memory deteriorates as they age

may find it bothersome to memorize numbers.

 

年を取るにつれ、私が、誰に、何をしたかを正確に覚えるより、

誰が、私に、何をしたかを覚えやすくなる。

As we get older, it is easier to remember “Who Did What To Me ”

than accurately remember “What I Did To Whom”.

 

自分の言動が相手にどう思えたか、

どう受け取られたかを思うのが面倒になると、

脳は確実に老化している。

If someone finds it bothersome to think about

how one’s words and behaviors were perceived by others,

the brain definitely aging.

 

最近の脳科学の研究では、

数字に関心を持って正確に覚えることが

脳の老化を遅延するケースを紹介している。

Recent neuroscience research has shown that

being interested in numbers and memorizing them accurately

can delay brain aging.

 

いつ、何があった。

When and what happened?

いつ、何をした。

When and what was done?

いつ、何を知った。

When and what did I know?

 

それらを正確に、具体的に

脳内で再現させるのは

相当な脳力を使うようになるのだが…

It will take considerable amount of brain energy

to replay them accurately and concretely….

 

 

 

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年末の報告など

2023-12-20 | 住まい関連

ブログ友の皆様へ

今年(2023)はもうすぐ終わりますね。

『今年も大変お世話になりました』と書けば、それでお終いで

『来年も引き続きよろしくお願いします』と書けば、

そうですね、言うべきことを全部言った感じになりますね。

 

でも、上記の2つの決まり文句も、

日本国内に限る挨拶で

日本での文化を知らない人には、

まずなんで?と疑問が続く表現ですよね。

何で、お世話になったのか、

なぜ、お世話をしたのか、

なぜ、お願いをするのか、

お願いすることは何なのか。

それらの具体的な情報を書かなくても、言わなくても

書いただけで、或いは言っただけで

人間関係の繋がりが全部引っ括めて言えるですよね。

 

 

私もアメリカ移住してもうすぐ8年になります。

8年間で、皮膚の細胞が全部入れ替わって、

細胞的には全く新しい人になりました。

考え方も8年前に比べると、アメリカ式に適応しましたね。

読む本や聞くニュースから分からない単語も無くなって

意思疎通の問題はほとんど無いのですが、

あまり人と群がりたくない小生なので、

人との関係は最小限にしています。

 

 

ブログって自分のこと書いて、それで友になりますね。

ブログ世界は、アクセスして読んであげて、評価押してあげて、

コメントとか残して、それでつながるネット社会ですよね。

運が悪ければ、ネットいじめに遭って

運が良ければ、読んで考え方を変える記事に出会えて

特に良くも悪くも無くても

いつも来てくれる人たちと暗黙で繋がっている感じになれますよね。

 

 

とにかく、皆様のブログにアクセスが上がって

読者登録が増えて

人気ブログになると私もハッピーになれますね。

来年も私がブログを続ける気になるか、今は言えませんが、

もし、続ける動機付けに火がついたら

より確実的なことを具体的に書けるブログに進歩させていきます。

 

因みに、今回の内容は日本の方しか分からない内容なので

英語訳は省きますね。

 

 

 

 

 

 

 

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時間に体を運ぶ

2023-11-28 | 生き方

365日で制限された2023年も

間もなく終わろうとしている。

新たな365日の2024年もすぐくる。

 

年を取ってみると一年の感じが

少しずつ短くなってくることに毎年驚く。

人は11月になると

今年やったことを振り向いて

焦ってくるように見える。

12月になると

今年やれなかったことを来年に託したりする。

 

私はやっと、今年やれなかったことは

来年もやれないと分かってきた。

いくら現実的な目標を設定しても、

目的地周辺でクルクル回ってしまいがちである。

 

毎年、年末的な反省、振り返ることを延々と反復しているが、

実際その反省が効いた試しが無い。

ここまで目的を全うしなくなると、

そもそも目的をどう設定したかが間違っていたかもと思えてくる。

 

人のこころはどこかに向いて動くように設計されている。

過去に囚われている人は

現在に生きていながら、過去を見て過去を感じる。

未来に逃げている人は

現在に生きていながら、未来を視て未来への期待を感じる。

過去に生きている人は

その過去から自由になることを期待するかもしれない。

未来に期待する人は、

自分が希求することが未来にあると思っているかもしれない。

 

体が現在にいるのに、こころが過去か未来に向いていると

自分がどこにいるか分からなくなる。

正しく目標を設定できることは、

未来のある時点に身体とこころの状態が

同時にいられるようにさせることである。

ある時刻に、望む体の状態が

望んだ現実に中にいると目標は達成されたと言える。

 

私が去年の11月末に思っていた

来年への11月末までの期待は、合っていない。

容易く設定したことは容易く失敗する。

容易く期待したことは容易く失望される。

 

来年の11月末に期待した状態に

自分の体の状態を一緒に運ぶこと、

それが来年への期待ではあるのだが。

 

 

補足など:

『ブログ友さん達へ』

去年掲げた目標を今月末まで達成させるために

結構忙しくいていましたが、

もう間に合わなくなって

反省兼ねて記事でアップしました。

私は自分がやったことしか書かないモットに軸しています。

よって、やれていないと書くことも無くなります。

記事アップできないことは、

やっていることが遅延しているか、

思う方向にいけていないことと同じ脈略です。

皆さんの今年の11月末は去年の11月末とどう違うのですか?

 

因みに、今回の記事の英語訳は

後でゆっくりつけていきますね。

記事アップを大部やっていなかったので

今回は和文だけ先に

(とりあえず)投稿しておきますね。

 

 

補足の追加

添付した写真は今年の春頃、

近所の公園にピニックに行った時

韓国風の海苔巻き(ギムバップ)を作って

食べる前に撮っておいたものです。

 

 

 

 

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自信感の背景Settings of confidence

2023-11-01 | 生き方

 

 

 

魅力的な人になる条件の一つに

自信感を持つことがある。

One of the conditions for being attractive

is to have confidence.

言い換えれば、自信感がある人は

魅力的に見えるということである。

In other words,

people who have confidence look attractive.

 

だが、私は自信感に溢れている人が

どうも好きになれない。

However, I don’t like fully confident people at any cost.

何故なら、その人が持つ自信感に根拠があるのか

どうかを見てしまうからである。

Because I tend to look at the confidence that

they have shown would have the basis to prove.

 

自信感に溢れている人を見ることは煩わしい。

It is annoying for me to see overly confident people.

その人がどんなに良くできるにせよ、

私とはなんの関係が無い。

No matter how those people are good at something,

it has nothing to do with me.

 

国を代表するオリンピック選手なら、

自信感そのものに見えることは当たり前だが、

日常の人間関係の中では

自信感はその人だけが持つ個人事にすぎない。

An Olympic player who represents one’s country

must show what confidence should be,

but in normal human relationships,

a confident feeling merely belongs in the individual.

 

自信感は極めて個人的な感情である。

Confidence is an extreme personal emotion.

自分があることを間違いなく遂行できる能力でもある。

It also indicates an ability to achieve without fail.

自分ができると信じる感じにすぎず、

バックアップが無くても誰でも持つことは可能である。

It is merely a feeling of believing

that would be able to do it,

and anyone can have the feeling even without backup.

 

そう信じることに根拠が無くても誰も判定しない。

Even though there is no basis

for such a belief, no one will judge.

だが、その自信の度合が行動に表れて、

人の期待にそぐわなかった場合は

自他共にがっかりすることになる。

However, when those confidences appear as an action,

and if it fails to meet expectations,

the person and others who witnessed will be disappointed.

 

自信感に溢れている人は人の感じ方も

操作しようとする傾向があるように見える。

The confident people looked like

they tried to manipulate how others should feel.

人の良し悪しの判断基準を

自分流に変えたがる心構えが

根底にあるからかもしれない。

Perhaps, in their underlying minds

would want to change people’s good or bad judgment favorably.

 

人の判断まで自分が握っていると

錯覚しているようにも見えたりする。

They seem to have illusional perceptions

that they can control people’s way of feeling.

要するに、何が自分の感じであって、

何が人の感じであるか区別できていない。

In short, they can’t classify what is their own feeling

or what feeling is to be other’s.

 

それらのズレをコントロールしないと、

根拠の無い自信感は

煩わしい態度として行動に表れる。

If the disparity is out of control,

the confidence loses basis,

and it appears a lousy attitude.

では、人を裏切らない自信感とは

どのような状態を指すのか。

Then, what components indicate

confidence that will not let others down?

 

絶対失敗しない確実性

The certainty that never fails.

絶対成功させる確信性

The conviction that absolute success.

条件に頼らない能力

The ability that never relies on conditions.

 

それら3つの基本が根底に

土台としてあると自信感は結果としてついてくる。

If someone has the 3-basis as the foundation,

confidence will come as a result.

自信感は探して持つことでなく、

ついてくる結果である。

Confidence is not something one looks to have;

it is a result that comes along.

 

自信感を持つために努力しても

自信感はついてきてくれない。

The confident mind will not come for you

even though you make efforts to have it.

何かができるようになるまで、

項目の能力が必要なら、

10項目をクリアして

次の段階に移行できる準備ができた時に

自信感は自然にきてくれる。

If we define there are 10 kinds of abilities

needed to accomplish something,

when all the optional 10s are cleared

and get ready to step up to the level,

the confidence will come naturally.

 

結果を急ぐ人に自信感は遅くくる。

Confidence comes late to those rushing for it.

過程を長く持つ人に自信感は早くくる。

Confidence comes quickly to those processing longer.

 

信じる、信じないことの裏の背景には、

その感じを裏つける事実の質と量があるのだろう。

Behind believing or unbelievable,

there will be quality and quantities of facts that

can back them up.

 

 

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老いる軌道Orbit of aging

2023-10-17 | 坐禅

 

 

数年後、私も60代に入る。

In a few years, I will get into the 60s.

なので、その準備をしてきた。

So I have been arranging for that.

 

私は特に、若くなりたいと思わない。

I don’t particularly want to get younger.

若く見えたいとも願ったこともない。

Neither wanted to look younger.

 

白髪が増えてきても、

黒髪にアクセントがついた程度にしか思わない。

As my gray hair multiplied,

I took it merely as a white accent to my black hair.

シワが増えて、表情を隠せなくなって、

年を重ねるということは

表情を隠せないことかなと思ったりする。

The aged wrinkles on my face, hinder hiding emotions

which comes out on my face so,

it makes me think that getting older means

being unable to hide one’s emotions on the face.

 

50代は自分がどうやっていきてきたかを

自分の体で証明することになる。

In the 50s, one will be proved

how the person has lived with the body.

怒ってばかりいた人は、

怒る筋肉が発達して固まってしまっている。

For someone who always has been angry,

the developed muscles that are used for anger get solidified.

笑ってきた人は、

笑った筋肉が発達して活性化している。

For someone who has been laughing,

the laughing muscles get activated.

 

自分がどのような心構えで

生きてきたかを隠せる技は無い。

There is no skill to hide how the person’s life was

with what mindset used to be.

老いることは受け容れることかもしれない。

Aging is perhaps something to accept.

 

若かった時、キレイでいられた時を

過去の箱に置いて

その引き出しを閉めることでもある。

It is like closing the drawer that

placed past memories in a box

when had youth and beautiful days before.

 

老いはそんなに特別に待遇されるべきでないと思うし、

弱者の立場になるとも思わない。

I don’t think that old people should be treated in certain ways,

neither have they turned to weaken.

 

地球が太陽の軌道を周るように、

一人の個人は一生の生命の周期を周る。

Just as the Earth orbits the Sun,

so each individual goes through a life cycle.

自分が無かった時に向かって一周して、

自分が無くなってその周期は『お終い』になる。

You go full circle towards a time when you didn’t exist,

and the moment you are gone the life cycle is “the end”.

 

その終わりの時点に近づくと、

体が燃えやすくなるために水分が蒸発していく。

Nearing the end of the life cycle,

water in the body evaporates

to become the body more flammable.

 

細胞あたりの水分量が

減少していくことが老化なのである。

Decreasing the water sum per cell is aging.

その水分量は水をいくら飲んでも増やせない。

The amount of water cannot be increased

no matter how much water you drink.

秋の落ち葉に水分を与えても

乾いたままである摂理なのである。

It is just like how much water to fallen leaves in autumn,

they still remain dried.

 

老いの軌道に乗っているのに、

逆らおうとする人がいる。

There are people who go against it

even though they are on the path of aging.

いくら逆らっても軌道にもう乗っているのに、

その事実さえも逆らっている。

No matter how much one tries to go against it,

the person is already on track but opposed to the fact too.

 

要するに、自分の体は軌道に属していて、

気持ちだけは軌道外にいることになる。

In short, when one’s body belongs to the orbit already,

the emotion tries to be out of it.

それらの不均衡が煩悩である。

The imbalance between them is lust.

 

坐禅はそれらの煩悩を観察できるように

別の視点を持たせる。

The act of Zen meditation lets you have other perspectives

so that you can observe those lusts.

坐禅の行為によって、自分の煩悩を視覚化できる。

Through Zen meditation,

one can visualize how lusts are going on.

 

視覚化ができれば、調節できる方法が見つかる。

If you visualize it, be able to find ways to arrange it.

 

従って、老いも扱えるようになるのだが…

Therefore, you will be able to handle aging too…

 

 

 

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学習のリセットReset for learning

2023-10-06 | 心理学習

 

 

 

勉強は難しいのか。

Is studying difficult to do?

難しいよりは面倒くさいと言ったほうが

勉強の実態を正しく定義するだろう。

It would be accurate to definite that

studying is a hassle rather than difficult.

 

50代の後半に入って、

私はやっと勉強することを始めた。

In my late fifties, I finally started studying.

学生時代、私は自分で勉強ができるほうだと思っていた。

When I was a schooler or a student,

I thought I could learn well.

 

その根拠は無かったが、自分流で勉強ができて

ある程度の結果を得られたからだ。

It was baseless to think I could study well,

but I was able to do it in my own way

and used to get some results.

大学での専攻は自分が習いたいことであったから、

勉強に難しさとか問題が無かった。

In my university, my major was what I wanted to learn,

so I didn’t have any problems with studying.

 

だが、専攻以外では平均を上回ることはできなかった。

However, anything other than my major

I was unable to step up above the average.

どうしても平均値から抜けられなかった理由が分からなかったので、

ただ頭が悪いからだと思っていた。

I never knew why I could not way out from being average,

so I thought it was just because I was not smart.

 

何故に数学や物理を習う必要があるのか?

歴史を習って何のメリットがあるのか?

Why do we need to learn math and physics?

What is the merit of learning history?

今は使わない古典を習ってなんの役に立つのかなど、

納得できず、ただ試験の点数のためだけに

嫌々仕事のようにやっただけだった。

Is there any usage in learning classic literature? etc.

Those subjects did not any sense to me,

so I just studied to get scores like work and hated it a lot.

 

しかし、脳科学について知りたくなって、

関連サイトを観始めてから、全てが変わった。

But everything changed when I started to watch

brain science-related sites because I wanted to know it.

 

『勉強はお尻でやることである』

とある脳科学者が言った。

A neuroscientist once said,

“Studying is the work doing with your butt. “

そのことばを聞いた瞬間、

私は本当の勉強をしていなかったと分かった。

The moment I heard his words,

I realized that I never really studied.

 

お尻でやるという意味は、

椅子に座って分かるまでやることである。

Studying with your butt means sitting on the chair

and studying until you understand it.

何時間やるとか、課題が終わるまでとかの

制限が無いということだ。

This also means that there are no limits on

how long it takes or do it till complete the task.

 

例えば、世界史の勉強を始めるのであれば、

世界地図を完璧に書けるようになるまで、

椅子に居座っていられることだ。

For example, if you want to study world history,

you should stay sitting on the chair

until you can draw a perfect world map.

その意味では、私は勉強を全くやっていない。

In that sense, I haven’t studied at all.

 

少しでも足が痺れたり、

背中が痛かったりすると椅子から起きて休んだ。

Whenever I felt my legs numb or my back hurt,

I got up from the chair and took a rest.

一旦、休みだすと疲れが一気にきて

二度と椅子に戻らなかった。

Once I began to rest, suddenly felt tired

and never got back to the chair.

 

何でも中道半端で、部分的に知って、

自分が知りたいところだけ

切り取って分かっていく勉強方だった。

In terms of studying in my book,

everything was middle-of-the-way,

partially knew and cut out

only part of what I wanted to know.

そのような部分的な勉強法でも

大学まで卒業できたのは、

記憶力とか理解力が年齢的に良かったからであろう。

Even with such a partial way to study

I was able to graduate university

probably my abilities of memory and understanding

were good at that age.

 

しかし、年を重ねるにつれ、

理解力は増しても暗記力は落ちる。

As we grow older, by the way,

our ability to memorize drops down

while understanding improves.

暗記力が落ちると、理解したことも忘れやすくなる。

When the memorizing capability drops off,

it gets easier to forget what is already understood.

 

従って、勉強の過程に穴があき

やがては穴だらけになる。

As it progressed, some holes began to open

in the learning process, and eventually,

it became full of holes.

せっかく分かったことも

穴が空いた容器の水のように流れて消える。

Things that somehow already have known flow away

like water in a jar with holes in it.

 

勉強は自分が分からないことを正確に知ることでもある。

Studying means getting to know

what exactly you do not know.

分からないことが分かれば、

知っておく必要性が生じる。

If you know about what you do not know,

the necessity of knowing will be activated.

 

知る必要があれば、

どう知っていくのかの方法性を探すようになる。

If you have a necessity of knowing,

you come to find a way to know it.

知る方法が定まれば、

知識を体系化していく。

Once a method of knowing is determined,

make it systematized.

 

知識が体系化できれば、使い始める。

When the knowledge is systemized, start to use it.

その知識が使えるようになると

自分のものになる。

Once the knowledge becomes too usable,

it becomes your own.

 

試験や卒業ために嫌々やっていた勉強方を

自分の脳開発のために方向転換するのが、

勉強のリセットボタンである。

The reset button for learning is to change direction

from ways to pass tests or graduating from a school

with feelings of hate,

and restart it to develop your own brain.

 

 

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体を作用させるMake my body working

2023-09-29 | 生き方

 

 

 

ディスク手術後、約4ヶ月が経っだ。

It has been about 4 months

since the herniated disc surgery.

体はほぼ完治した感じだが、

また怪我するかもしれないとの心配は未だに克服できない。

My body seems to have almost healed,

but my mind still can’t get over the fear

that I might get injured again.

 

たまに、ふっと苦痛が無いことに

びっくりすることがある。

Sometimes in a moment,

I’m amazed that I don’t have the pain anymore.

何年間、常に苦痛があって

行動範囲まで制限されていたことが

まるで嘘のように思えてくる。

The constant pain I had for many years

limited my range of movements

but now it seemed like a lie.

 

体の苦痛は割りと簡単に克服できるが、

苦痛に対する恐怖は案外乗り越えられない。

Physical pain is relatively easy to overcome,

but the fear of getting hurt again is

harder to get over unexpectedly.

その怪我への恐怖を克服するのが課題になってきた。

Overcoming the fear of reinjury has become my challenge.

 

 

先月から週4回のソフトシューズのバレエレッスンに

2回のポワントシューズのレッスンを受けている。

Since last month, I have been taking ballet lessons

4 times in soft shoes and 2 times in pointe shoes.

家でストレッチングができるようになったのは約2週間前からだ。

It’s been about 2 weeks since I became

able to do stretching at home.

 

ストレッチングを再開して気づいたことは、

正しくやることは力任せでやることより

何十倍もしんどいことだ。

Restarted stretching made me realize that

doing stretching correctly is

tens of times harder than doing it by brute force.

また、再怪我するのが怖くなって、

気をつけてゆっくりするようになった。

Also, I started moving slowly with carefully

because I was afraid of getting injured again.

 

ストレッチングの時に動作一つ一つに

時間をかけてゆっくりやるようになって、

以前私がやっていたことは

形だけの自己満足的なことであったことが分かった。

While I do stretch, I began to take more time

and move more slowly in every sequence and learn that

what I had been doing before

was just out-frame and done for self-satisfaction.

力任せで反動を利用した

反作用にすぎないことがわかったのだ。

I found that all I did before were

just reactions using brute force.

 

反作用的な運動をすると

やった満足感は得られても

奥の深い内筋肉まで訓練できない。

Reactionary exercise may make you

feel self-satisfied for doing something,

but it will not be able to train your deep inner muscles.

外側の筋肉は瞬時には鍛えられるが、

また瞬時に衰える。

The outer muscles can be strengthened instantly

but weaken as quickly as they are made.

 

骨周りの内筋肉を鍛えるには、

より長い時間と労働をかける必要がある。

Train internal muscles that stick to the bones,

it requires longer time and labor.

だが、一旦内筋を鍛えると、

外筋を鍛えるのも楽になり、筋力もより強力になる。

However once the internal muscle training is done,

outer muscle training will be easier,

and muscle competence will get stronger.

 

内筋を鍛えると内臓についた脂肪も燃えやすくなる。

Train internal muscles makes it easy to burn fat

which is stored inside the body among the organs.

中から筋力を作り上げると

外側の筋力の強化も結果的についてくる。

Building up muscle competencies from the inside,

The outer muscles get stronger as follows result.

 

むやみに筋肉を千回伸ばすより、

集中して正しく1度やることが

より効果的であることが分かったのは

怪我のおかげでもあるのは皮肉なことだ。

Ironically, I became thankful for the disc injury I had,

because it made me learn that doing once correctly with attention

is more effective than doing it thousands of times just moderately.

 

ある動きに1秒早くなるには

その動きを何時間もやらないと

根本的に早くなれないことも分かった。

I also learned that in order to become 1 second faster

for a certain movement, one must do the movement for hours

otherwise, it never makes a faster move fundamentally.

 

なんていう皮肉か。

How ironic it is.

早くなるには遅いことを支配しないと

早くなれないように体はできているのだから…

The body is designed in a way that

to become faster at a move,

one must dominate the slow moves...

 

 

 

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バレエと坐禅の姿勢Postures for ballet and Zen

2023-09-18 | 坐禅

 

 

バレエは外部的には『動』であるが

内部では『静』である。

Ballet is 『dynamism』 externally,

but it forms 『static』 internally.

 

坐禅は外部的に『静』であるが、

内部では『動的な静』になる。

Zen-meditation forms 『static-stillness』 externally,

but internally it makes 『dynamic-stillness』

 

今年始めから悪性インフルエンザとコロナ陽性、

L4L5の間のはみ出たディスクの摘出手術などで散々な想いをした。

Since the beginning of this year,

I have been through terrible experiences

due to the malignant flu, Covid positive,

and had surgery to remove the disc

which stuck out between L4L5.

6月手術を終えてから9月半ばの今に至るまで、

回復に向けて奮闘している。

From the time I underwent surgery in June,

it is already mid-September

I am still struggling to recover.

 

約2週間前からやっとフルコースレッスンを再開した。

I resumed taking full course lessons

about two weeks ago at last.

いまだ、家で練習ができないが、

レッスンだけでも休まないことにしている。

Although I am not yet able to practice at home

but try not to miss any of the lessons.

 

ほぼ8ヶ月間、バレエの練習ができなかったから、

再開しても以前の状態に戻るまでは

すごく時間がかかると思っていた。

For almost eight months, I have not been able to practice

so I thought it would take a long time

for me to get back to the level where I had reached before.

だが、思ったより復帰速度が早くなった。

But somehow the recovery speed is faster than I expected.

 

何より、以前よりバレエ動きの理解が深くなったので驚く。

Above all, surprisingly my understanding

of ballet movements went deeper than ever.

もっと不思議なことは、

バレエの理解が深まることにつれ、

坐禅の観点も広がったことだ。

The other thing is, as my understanding of ballet deepened,

my perspective on Zen-meditation also unfolded.

 

坐禅は瞑想を行う姿勢が肝要である。

In meditation, the form of sitting is crucial.

なぜなら、正しい姿勢を保つ行動によって、

脳内で氾濫する雑念が整理整頓できるからだ。

That is because maintaining a correct posture

organizes to tidy up thoughts that overflow in the brain.

 

坐禅はバブルのように散乱する考えや思念を

コントロールする訓練である。

Zen-meditation is the practice of controlling

thoughts and thinking that scatter like bubbles.

そのために、身体の動きを最小限にする必要がある。

To do the control requires minimizing body movements.

 

坐禅の正しいフォームの規格の中に正しく入れば、

正しいコントロールができるようになる。

If you get into the correct frame accurately,

you will be able to do the correct control.

 

バレエは正しい姿勢が全てである。

The crucial thing in ballet is having the correct posture.

正しい姿勢が保てると正しい筋肉を使えるようになる。

Managing accurate posture allows you to use the correct muscles.

 

正しい筋肉が使えるようになれば、

正しいステップができるようになる。

If you are able to use the correct muscles,

it leads to correct execution.

正しいステップができれば、

結果的に美しい線を体で描けるようになる。

If you step correctly, it takes you to draw

beautiful lines with your body.

 

私はバレエのレッスンを受ける時、

最も瞑想に没頭している感じになる。

When I am taking a ballet lesson,

I can get into the absorbed feeling like

doing deep meditation.

坐禅に入れた時のような心になれば、

バレエの集中力も最大限になる。

My attention reaches to the utmost point

when my mind gets into a meditational mind

while I take ballet lessons.

 

もし、私が坐禅を研究しないでバレエだけ習っていたら、

雑念をコントロールできる術が分からなかっただろう。

If I had not studied Zen-meditation

and just learning ballet,

I would not have known

how to control distracting thoughts.

雑念に支配されて心も散乱していたと思う。

Perhaps my thoughts were scattered

and dominated by bubbling thinking.

 

 

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