日本の新規コロナ感染者は驚異的に落ちている。
数か月前にインドの天才少年が11月頃に終息を予言していた。
この危機に誰しもがあらゆる神仏にすがりたい思っていた。
と言っても都市伝説的な予言を期待するのは、
余りにも刹那的だと頭で無視するも、
心情的にはどこかで期待し、切望していた。
ところが10月に入って感染者数激減は、
この少年の予言を裏付ける流れに。。。

しかし、これはあくまでも日本の状況で、
世界に目を向けてみると、ロシア当局は28日、
新型コロナによる1日の死者数が過去最高の1159人に達したと発表。
1日当たりの感染者数は初めて4万人を突破した。

ロシアのワクチン接種率は36.2%、
同じ元社会主義国の中国の接種率は76.5%、この違いは、
ロシア製「スプートニクV」を含む4種類のワクチンを敬遠され、
プーチン率いるロシア政府が国民に信頼されていない証なんだろう。
いずれにしてもイギリスなどヨーロッパでの感染者数の増加、
世界全体で一日新たに9161人の死亡と47万2210人の新規感染。
死者の増加幅が最も大きいのは米国の2459人。
次いでロシア(1159人)、インド(733人)となっている。

アメリカと日本のワクチン接種率は大きく開きは無いが、
日本のおいては今尚徹底してマスク着用、
施設、店などの入出時の消毒が功を奏しているのだろう。
これからも徹底した対策を肝に銘じ、心掛ける。

 



京都府立植物園は日本で最初の公立植物園として、
1924年1月1日に開園した。1946年から12年間は
連合国軍に接収され閉園を余儀なくされたが、1961年4月に再開した。

 

 



京都には何百と日本庭園あるが、
所謂、西洋式庭園は京都府立植物園が造られた、
1924年当時はここだけであったと思われる。



案内によると、元々は純フランス式庭園として造られ
再開園20周年(1981年)を記念して、
沈床花壇としてリニューアルされている。

 

 



日本庭園しか知らなかった京都人には
おそらく驚くべき斬新な庭園に映ったのだろう。



私が初めてこの庭園にやってきたのは1972年。
まだリニューアルされていない純フランス式庭園。
沈床花壇(ちんしょうかだん)とは、
地面を掘り下げて周囲よりも一段低い位置に花壇を設け、
底面や斜面に背丈の低い草花をすき間なく植えつけ、
紋章や幾何学模様を描く事が多いらしい。
土地が低く、周囲からの雨水が溜まりやすい形状の為、
中央に池を設けて水生植物を栽培、
もしくは噴水を仕組みを設ける事もあるらしい。
であるので、この庭園は地下の掘り込みはされていないので、
純粋な沈床花壇では無く、後方に階段状に高低差を付けた、
純フランス式庭園と折衷式の沈床花壇になると思う。


この植木の丸い刈込は西洋式庭園でもよく見かけるが、
左京区の詩仙堂のサツキの刈り込みとよく似ていて、
この庭園の作者は江戸時代の文人・石川丈山になるが、
元を正せば小堀遠州の西洋庭園の影響によるものだと思われる。

 



新しい物好きの大名茶人・小堀遠州は当時唯一、
西洋式の建築、庭園の資料を入手出来る特権を得ていたので、
彼の代表的な庭園にはこの手法がよく取り入られている。





当時は私はフランク・ロイド・ライトを師と仰ぐも、
時代の先端のモダニズム建築、ポストモダニズムを模索していた。



それ故に京都市内に点在する高名な寺院には全く興味が無かった。
多少、桂離宮の書院、狭小空間の茶室には惹かれるものがあったが、
有名な日本庭園にはやはり興味が無かった。





私の構想するモダニズム建築には日本庭園は反発する存在で、
と言って、目の前の西洋式庭園がマッチするかと言うと、
そうでも無かった。



それでもこの空間は私にとって魅力的で何時間も滞在できたが、
こんな思いとは裏腹に全く違う方向に進む事になってしまった。







沈床花壇の裏に回り込むと、全く違う風景が展開していた。



蓮池に架かる八つ橋?











アオサギがこんな所で昼寝をしていた。












そこから抜け出し噴水が見える場所に戻ってきた。








子供がその噴水に合わしてダンスを踊っていた。



遠くで両親が見守っていた。
只々無邪気に噴水の吹上に驚き、空を見上げていた。




日本庭園と西洋式庭園の違いは、
簡単に言うと、日本庭園は自然を模倣して、
山、林、泉が流線的に構成されるが、
西洋式庭園はシンメトリーを基本とし、幾何学的花壇、
直線、人工的な空間構成。
日本人にはヴェルサイユ宮殿の庭園が有名だが、



その他、イタリア式庭園、ドイツ式庭園、
自然を取り入れたイギリス式庭園‎もあるらしい。










カラミントの花が陽光と噴水、
空と雲で仮想空間を創ろうとしていた。




50年の月日が流れて、
建築など一切関係ない事をやって、終えようといるが、
今ようやく、モダニズム建築、日本庭園、西洋式庭園の枠組みを外し、
融合した未来空間が造れそうな気もしている( ´艸`)。

 



それはフェイスブックが新規開発の仮想空間、
「メタバース」とは根本的に違う未来空間と思っている。