手術のあとに、抗がん薬を用いて再発予防を狙うのが術後補助化学療法です。一方、手術のできない進行・転移がんの患者さんに対しては、がんを縮小させたり増殖を抑えたりすることを目的に、化学療法が行われます。

術後補助化学療法

部位別の初発再発率の比較

 大腸がんは手術で完全にがんを取りきれるがんですが、見えないがん細胞が残っていて、それが一定の期間をおいて再発することがあります。そうした見えないがん細胞を、抗がん薬によって、再発を予防する治療が「術後補助化学療法」です。治療は手術のあと十分に体力が回復してから行い、およそ手術後4~8週の間に始めるのが一般的です。
 大腸がんの再発率は進行度によっても異なりますが、大腸癌(がん)研究会による調査では平均で17%です。わが国の手術は精度が高いといわれていますが、それでも、ステージIIIでは30.8%、100人中30人の患者さんが再発していることになります。これらをできる限り減らすのが、術後補助化学療法の目的です。

再発のリスクが高いステージIIでも行うことがある

 現在、術後補助化学療法の対象となっているのは、ステージIII(リンパ節に転移がある)の患者さんです。結腸がん、直腸がんは問いません。ステージIIIの患者さんに対しては、術後補助化学療法によって、明らかに再発率が減ることが臨床試験によって実証されています。
 ステージII(がんが大腸の壁に広がっている)の患者さんについては、はっきりとした再発予防効果は立証されていません。ただし、再発のリスクが高いと考えられる患者さんに対しては行ったほうがよいというのが、今の一般的な考え方です。
 治療に関してガイドライン上は年齢の制限はありませんが、当施設では年齢や全身状態を考慮して行います。一般に高齢になるにしたがって効果は出にくく、副作用は出やすくなります。そこで、高齢の患者さんにはその点をよく説明し、相談をして決めるようにしています。
 全身状態としては肝臓や腎臓(じんぞう)の機能が落ちていないこと、白血球や赤血球の数が維持され、免疫機能が十分あること、手術後の合併症が重くないことなどを確認します。

 

 

●術後補助化学療法の適応

・ステージIIIの結腸がん、直腸がん
・再発リスクが高いステージIIの大腸がん
・主要な臓器(肝臓・腎臓(じんぞう))の機能が維持されている
・白血球、赤血球数が安定して免疫機能が落ちていない
・術後の合併症から回復している(合併症がない)

●このような場合は再発の可能性が高い

(1)がんが周囲に浸潤(しんじゅん)していて、他臓器まで入り込んでいる
(2)手術が不十分でリンパ節郭清(かくせい)が的確に行われていない
(3)病理検査の結果が悪性度の高い種類のがん(低分化腺(せん)がん)である
(4)血管、リンパ管にがんが入り込んでいる(脈管侵襲(しんしゅう)、リンパ管侵襲)
(5)腸閉塞(へいそく)や腸穿孔(せんこう)(腸に孔(あな)があく)がある
(6)リンパ節にがんが転移している

FOLFOX療法とXELOX療法が世界標準

 現在のがんの化学療法は、複数の薬を用いる「多剤併用療法」が主流で、大腸がんでも、やはりいくつかの薬を組み合わせて治療します。
 大腸がんの術後補助化学療法で柱となる薬(キードラッグ)は、フルオロウラシル系の抗がん薬、フルオロウラシル(商品名5‐FUなど)です。通常はフルオロウラシルの作用を強める活性型葉酸製剤のホリナートカルシウム(商品名ロイコボリン、ユーゼル)またはレボホリナートカルシウム(商品名アイソボリンなど)という薬とともに使われます。
 現在、世界的に大腸がんの術後補助化学療法の標準治療となっているのは、フルオロウラシル+レボホリナートカルシウム+オキサリプラチン(商品名エルプラット)を組み合わせたFOLFOX療法と、カペシタビン(商品名ゼローダ)+オキサリプラチンを組み合わせたXELOX療法の二つです。FOLFOX療法は2009年8月、XELOX療法は2011年11月に健康保険適用となっています。
 当施設は、世界の標準治療を採用しているので、当然ながらこれら二つの組み合わせのいずれかを行うことが原則です。FOLFOX療法に関しては、mFOLFOX6療法(mはModified;修正の略)と呼ばれる組み合わせを用いています(FOLFOX療法は、薬の投与量や投与スケジュールによって1~7までバージョンがあります。当施設ではmFOLFOX6療法を採用)。
 FOLFOX療法、XELOX療法のどちらを選ぶかについては、副作用や投与法などから、患者さんに合うほうを提案し、患者さんとともに検討して決定します。ただし、副作用や体調などからどうしても一種類の抗がん薬での治療を希望する場合には、フルオロウラシル単独で治療することもあります。
 なお、標準治療という言葉に対して、よく患者さんが勘違いしていることが多いので、改めて確認しておきたいと思います。患者さんのなかには「月並みな治療ですか?」と聞いてくることがままありますが、標準治療とは、「さまざまな研究で治療効果が実証された、現時点で世界で最も信頼性の高い治療」です。その標準に沿って治療を行うべきだと、私たちは考えています。

30人の再発を23~24人に減らせるFOLFOX療法

 FOLFOX療法による再発の予防効果は、ステージIIIでは約2割と報告されています。つまり、100人中30人が再発するところを23~24人にまで減らすことができることになります(MOSAIC試験)。
 一方、XELOX療法については、FOLFOX療法と直接比較した試験はありませんが、ほかの試験の結果などから、有効性は変わらないと考えられています。
 また、今最も注目されているがんの治療薬に、分子標的薬がありますが、現在のところ術後補助化学療法では有効性が認められていないので、使われません。

治療期間は6カ月遂行することを目指す

 術後補助化学療法の目標は、治療の完遂、つまり決められた用量、回数をすべて終えることです。患者さんによっては副作用が強く出てしまうことがありますが、一定の治療効果を上げるためには、決められた期間やり遂げることが原則です。
 FOLFOX療法、XELOX療法ともに、治療期間は6カ月です。現在、これを3カ月間に短縮した臨床試験が、日本、イギリス、アメリカなど6カ国共同で行われています。この背景には、6カ月完遂する患者さんが7割程度という現状でも、全体の予後が悪くないため、6カ月ではなく3カ月間投与にしても、それなりの効果が得られるのではないかという予測があります。

進行・転移がんの全身化学療法

 がんが進行していて手術ができなかったり、一度、手術をしたあとに再発・転移がおこり、再手術が難しかったりした場合、抗がん薬を使ってがんの増殖を抑えて延命効果を期待する化学療法が行われます。
 歩行が可能で身のまわりのことができる、転移や再発が画像検査で確認できる、肝臓や腎臓の機能が低下していないといった条件を満たしている患者さんが対象となります。ただ、前述したように高齢になるほど副作用が強くなり、効果が下がる傾向があるので、高齢の患者さんの場合は事前によく説明し、治療を受けるかどうかを決めていただきます。
 大腸がんにおいて、全身化学療法の進歩には目覚ましいものがあります。15年ほど前までは全身化学療法による延命効果は半年ほどで、わが国で使える薬は非常に限られてもいましたが、ここ10年余りの間にさまざまな薬が登場し、患者さん一人ひとりの状態や希望に応じた個別化治療ができるようになっています。延命効果も2~3年まで延びています。実際、私が2007年に当施設に赴任して以来、5年以上ずっと同じ治療を受け、元気に過ごされている患者さんもいます。
 最近では、全身化学療法によってがんが縮小すれば、手術が不可能だった患者さんでも、手術が可能になるといった効果も確認されています。その割合も意外と高く、10~30%にも上ります。
 大腸がんの全身化学療法に対しては、費用がかかる割に得られる効果は少ないといった意見も少なくありません。しかし、治癒の可能性を秘めた治療であり、患者さんの受ける恩恵は大きいと考えています。

 

ピンポイントで作用する分子標的薬も使用できる

 進行再発大腸がんの化学療法では、従来の抗がん薬だけでなく、分子標的薬という新しいタイプの薬も使われています。従来の抗がん薬は、細胞の中にあるDNAがつくられるしくみや細胞の分裂にかかわるしくみに働きかけ、がん細胞の増殖を抑えていました。それに対し、分子標的薬は、がんの発生や増殖などに関係する特定の遺伝子やたんぱく質の分子を標的として作用することで、がん細胞の増殖を防ぎます。なかには、ある種の遺伝子検査によって効果が予測できる薬も出ています。
 大腸がんで、現在、有効性が確かめられている分子標的薬は、ベバシズマブ(商品名アバスチン)、セツキシマブ(商品名アービタックス)、パニツムマブ(商品名ベクティビックス)です。ベバシズマブは2007年に、セツキシマブは2008年に、パニツムマブは2010年にそれぞれ健康保険が適用されました。さらに、レゴラフェニブ(商品名は未定)が新たに、2012年内にはアメリカで、その後、わが国でも承認される予定です。
 いずれもこれまでの薬の作用のメカニズムと違った形で働くため、貴重な薬です。今の使い方は抗がん薬との併用が基本となります。

 

 

治療は一次、二次……と段階的に進められる

 進行・再発がんに対する化学療法の場合、最初に行われる治療を一次治療(ファーストライン)、一次治療の次に試みられる治療を二次治療(セカンドライン)といいます。最も有効性が高いものを最初に使ったほうがいいという考え方に基づき、効果の高い順を原則として段階的に治療は進められます。現在、一次治療で推奨されているのが、下の表の五つです。当施設では、mFOLFOX6療法、XELOX療法、FOLFIRI療法のいずれかに、ベバシズマブを併用した治療を原則行います。どの組み合わせにするかは、副作用や投与方法などから、患者さんと相談のうえ決めています。
 最近は点滴薬だけでなく、カペシタビンなど飲み薬の抗がん薬も増えています。点滴より負担が小さいので、そちらを希望される患者さんも少なくありません。

 

 

二次治療でもベバシズマブ使用が標準に

 二次治療としては、一次治療で行わなかった治療法のいずれかに、ベバシズマブを併用します。これまでは、二次治療には分子標的薬のセツキシマブかパニツムマブのいずれかが使われていましたが、ベバシズマブのままで変えずにいこうという方向に変わりました。というのも、つい最近、2012年6月に開催されたASCO(米国臨床腫瘍(しゅよう)学会)で、一次治療で効果がみられなくなった患者さんに、二次治療でも継続してベバシズマブを使うほうが、ベバシズマブを使わないよりも有効性が高いことが報告されたのです。
 このASCOの報告を受けて、当施設ではすぐに治療方針を変えましたが、おそらくほかの医療機関でも、全身化学療法の治療方針を変えると思われます。

治療の進め方は?

 いずれの化学療法も、レジメンという治療計画書に沿って進められます。術後補助化学療法では基本となるレジメンを遂行することが、再発や転移がんに対しては、長く治療を続けることが目的になります。

がんの化学療法は「レジメン」に沿うのが原則

外来化学療法室のスタッフとミーティングを行う吉野先生

 当施設は現在、化学療法にあたる腫瘍内科医のほか、薬剤師(がん専門薬剤師、がん薬物療法認定薬剤師を含む)と看護師で治療にあたっています。外来で化学療法を受ける患者さんは、1日平均で70人、月に換算すると1,500人となります。外来で化学療法をする「通院治療センター」はベッドが19台、リクライニングチェアが29台設置されています。
 抗がん薬による治療は、基本的に薬の投与順、量、治療スケジュールなどが書かれた治療計画書に沿って進められます。これをレジメンといいます。レジメンには、こうした内容のほかに、休薬の期間、副作用への対処法、予防薬などの投与タイミングなどについても決められています。これは厳密なもので、よほどのことのない限り、変えることはありません。

mFOLFOX6療法は2週間ごとに行われる

 ここでは、当施設で最も行われているmFOLFOX6療法の流れについて、紹介します。
 まず、オキサリプラチン(85mg/m2:体表面積1m2当たり)とレボホリナートカルシウム(200mg/m2)を同時に2時間かけて点滴します。次に、フルオロウラシル(400mg/m2)を注射(急速静注)します。続いて、フルオロウラシル(2,400mg/m2)を約46時間かけて点滴します。この持続点滴には、携帯型ポンプ(インフューザー)を用います。これが1コースで、これを2週間ごとに行います。
 コースの回数は目的によって変わります。術後補助化学療法では12回の6カ月ですが、進行・再発がんに対する化学療法では効果が続く限り、くり返して行います。
 このmFOLFOX6療法にベバシズマブを併用する場合は、オキサリプラチンとレボホリナートカルシウムの点滴を行う前に、ベバシズマブ(5mg/kg:体重1kg当たり)を30分かけて点滴します。
 外来で点滴治療を受けているときは、本を読んだり、DVDを見たり、ゆっくりしてもらいます。点滴の管がじゃまにはなりますが、院内を移動したり、お手洗いに行ったりすることはできます。軽食もとれます。

 

不眠、不安、抑うつ症状を薬物療法やカウセリングで改善

 

精神腫瘍科は、がんの患者さんやご家族、ご遺族、さらには医療スタッフのメンタルサポートを精神医学の立場から行っている診療科です。もともとは、1960年代の米国で、乳房全摘手術を受けた乳がんの患者さんの心のケアを目的に始まりました。日本でもがん診療連携拠点病院を中心に、あらゆるがん種の患者さんとご家族を、がんの検診時や診断結果の告知、治療中、再発時、終末期までサポートし、ご遺族の心のケアも行っています。

東病院では、精神腫瘍科医と専門看護師(支持療法チーム専従)、心理療法士(心理士)が連携して、患者さんとご家族、ご遺族の心のケアをしています。治療方針が大きく変わるときや、積極的な治療を止めるときなどに、精神的なサポートをすることもあります。

患者さんの悩みで最も多いのは、「寝つきが悪い」「何度も起きる」「早朝に目が覚めてしまう」といった不眠の問題です。また、「不安や緊張が強い」「何もする気になれず、だるくて動けない」「気分がふさいで食事がとれない」という人も多く、身体的な症状の陰に精神症状が隠れている患者さんも少なくありません。

抗がん剤治療で嘔吐の副作用を経験したことのある患者さんの中には、「予期性の悪心・嘔吐」といって、点滴を見るだけで吐き気が生じたり嘔吐したりしてしまう人もいます。予期性の悪心・嘔吐も、精神腫瘍科で対応します。一方、「家族とうまく話し合えない」「悩みがあるけれど、もやもやしていて形にならない」という患者さんもいます。そのようなケースでは、一緒に問題を整理し、解決のお手伝いをすることもあります。

精神腫瘍科での治療は「薬物療法」「カウンセリング」「体の緊張を和らげるリラクセーション」などが中心です。退院後の治療に備えて家庭や職場などの環境調整や、生活指導なども行い、安心して治療を続けられるようにサポートしています。さらに、当院では、がんの治療のために禁煙を勧められてもタバコが止められない患者さんのための「禁煙外来」も、精神腫瘍科が担当しています。

 

 

 

 

「脱水対策」「運動」「痛みのコントロール」でせん妄予防を

 

せん妄を防ぐために最も大切なのは、脱水の予防です。抗がん剤治療中に吐き気などの副作用があると、お茶や水を飲まなくなってしまう患者さんがいますが、喉が渇かなくても、意識して水分を補給するようにしましょう。季節を問わず、味噌汁やスープなども合わせて、1日1.5Lは水分をとることが目安になります。500mLのペットボトルなら、3本分です。

痛みがあったら我慢せずに医療者に伝え、痛みをしっかりと取り除くことも大切です。痛みのために眠れなくなると体への負荷が増え、せん妄になりやすくなります。もともと睡眠導入薬などを使っている患者さんに対しては、その薬の種類を確認し、せん妄が起こりにくい薬に切り替えることもあります。また、せん妄を防ぐためには、体を動かすことも重要です。昼夜が逆転して体内時計が乱れると、せん妄が起こりやすくなるので、入院中も昼間はできるだけベッドから離れて院内を歩くことをお勧

めします。

 

 

認知機能が低下している患者さんの治療選択を支援

 

人口の高齢化によって認知症をもつ人も増えています。東病院では、これから治療を開始する予定の患者さんの5人に1人くらいの割合で、治療を進める上で何らかのサポートを必要とする方がおられます。がんの治療と並行して、精神腫瘍科で認知症の治療やケアを受けている患者さんもいます。

認知症と診断されたとしても、がんの治療が受けられないわけではありません。ご本人が最適な治療を選択できるようにサポートし、安全に治療を続けられるような体制作りをしています。ご自身で意思決定できないくらいに認知機能の低下が進んでいて、ご家族もいないような判断が難しいケースであっても、「手術をしたほうが症状の軽減につながる」ような場合もあり、診療倫理のコンサルテーションチームとも連携を取りながら、治療方針を決める支援を行います。

中には、がんの脳転移に伴って認知機能障害が生じる患者さんもいます。病気の進行や治療に伴う認知機能障害の治療や療養環境の整備も、担当医や当院のサポーティブケアセンターなどと連携しながら行っています。

さらに、新しい治療法や患者さんの支援ツールの開発も、当センターの使命です。当科は、先端医療開発センター精神腫瘍学開発分野と一体となって、がん診療連携拠点病院で実施可能なせん妄予防プログラムを開発し、全国規模で多職種のスタッフ向けの研修会を開いています。認知症に関しては、認知症の人が安心してがん治療が受けられるような「支援用のプログラムの教材作り」を進めているところです。

治療を続けるうえで、つらい気持ちや痛みは我慢せず、抱え込まないことが大切です。不安や精神的な負担、痛みはできる限り取り除き、がんの治療にエネルギーを注いでほしいと思います。

 

 

 

 

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