結婚式が終わった、その夜。
花梨那(かりな)は和雄(かずお)の部屋の窓から外を眺めていた。
対して和雄は、自身のベッドに腰掛け本を読んでいる。
「……疲れたわね。」
笑顔で振り向き、和雄に話しかける花梨那。
「……。」
和雄は彼女を見ることもなく、本に目を落としたまま何も答えない。
そんな和雄をしばし無言で見つめてから、花梨那は和雄の隣に腰掛ける。
そして先ほどの柔らかな笑顔を呼び起こし、彼女は和雄に話しかけた。
「本当に本が好きなのね。」
「……。」
「それ、なんの本なの?」
「……トルストイの、『アンナ・カレーニナ』」
「それ、悲劇よね。 結婚式の後に読んでて疲れない?」
「……別に。」
花梨那は和雄に寄りかかり、自分の体をぴったりと彼につける。
和雄は依然、本から目を離さずにいる。
「ね? もうそろそろお休みになりませんか?」
花梨那の問いに、和雄は体勢を変えることもなく答える。
「……先に寝ていてくれて構わない。」
「……ダメよ。 一緒がいいの。」
「……。」
花梨那は和雄の方を向き、真っ直ぐに言葉をかける。
「私はあなたの妻なんだから。」
和雄はやっと本から目を離し、花梨那の方を見る。
しばし見つめ合う二人。
ふいに花梨那が目を閉じ、和雄に口づけようとした。
次の瞬間、和雄は彼女の両肩に手をかけて彼女の動きを制した。
花梨那は目を見開き、驚いて和雄を見る。
互いの呼吸を感じられるほどの距離で、目を合わせたままの二人。
花梨那は、動揺した。
自分が今日まで思い描いていた結婚というものが、脳内でガラガラと音を立てて崩れ落ちてゆく。
「(……この人は、何を見ているの?)」
和雄が、自分の夫が見つめる先には、確かに自分がいるはずなのに。
彼の目は……。
まるで、自分を妻としてはおろか、人間としても認識していないかのような無機質な目で、花梨那を見つめていた。
「(……これが、自分の妻に対する夫の目なの?)」
和雄の様子に、花梨那は恐怖さえ感じていた。
しばしの対峙の後、和雄は花梨那から体を離して口を開いた。
「……ベッドは一人で使ってくれて構わない。 ゆっくり休んでくれ。」
「……え?」
困惑する妻をそのままに、和雄は本を抱えて部屋を後にした。
花梨那は、しばらく呆然としていた。
だがふいに彼女は、母の言葉を思い出す。
「あなたは素晴らしい家に嫁ぎ、立派な跡継ぎを産むのよ。」
その言葉が、花梨那を奮い立たせた。
To be continued
最新話27、非常に遅くなり申し訳ございませんでした
次回もどうぞお楽しみに
rurika