音と言葉と音楽家  ~クラシック音楽コンサート鑑賞記 in 関西~

音と言葉と音楽家  ~クラシック音楽コンサート鑑賞記 in 関西~

クラシック音楽の鑑賞日記や雑記です。
“たまにしか書かないけど日記”というタイトルでしたが、最近毎日のように書いているので変更しました。
敬愛する音楽評論家ロベルト・シューマン、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー、吉田秀和の著作や翻訳に因んで名付けています。

シューベルト――約束の地へ

Vol.5 いつまでも伝わるもの――自然、神話、そして心

 

【日時】

2024年1月17日(水) 開演 19:00 (開場 18:30)

 

【会場】

住友生命いずみホール (大阪)

 

【演奏】

テノール:イアン・ボストリッジ

ピアノ:ジュリアス・ドレイク

 

【プログラム】

シューベルト:郷愁 D456

シューベルト:あこがれ D879

シューベルト:戸外にて D880

シューベルト:あなたと二人きりでいると D866-2

シューベルト:さすらい人が月によせて D870

シューベルト:臨終を告げる鐘 D871

シューベルト:真珠D466

シューベルト:みずからの意志で沈む D700

シューベルト:怒れるディアナに D707

シューベルト:とらわれた狩人の歌 D843

シューベルト:ノーマンの歌 D846

 

シューベルト:さすらい人 D493

シューベルト:ヒッポリートの歌 D890

シューベルト:リュートによせて D905

シューベルト:わがピアノに D342

シューベルト:小川のほとりの若者 D300

シューベルト:オオカミくんが釣りをする D525

シューベルト:眠りの歌 D527

シューベルト:友たちへ D654

シューベルト:緑のなかの歌 D917

シューベルト:孤独な男 D800

シューベルト:夕映えのなかで D799

 

※アンコール

シューベルト:春に D882

シューベルト:ます D550

シューベルト:音楽に寄せて D547

シューベルト:月に寄せて D193

 

 

 

 

 

私の思う史上最高のリート歌手、イアン・ボストリッジ(1964年イギリス生まれ)と、史上最高のリート伴奏ピアニスト、ジュリアス・ドレイク(1959年イギリス生まれ)。

このコンビによるリート演奏を、録音では幾度となく聴いてきたけれど、今回初めて生で聴くことができた。

彼らはシューベルトの歌曲をいくつか集めて、疑似連作歌曲集のようなものを何パターンか作っているのだが、今回はCDにもなっている2014年のウィグモア・ホールでのライヴと全く同じものである(その記事はこちら)。

 

 

もちろん、ディースカウやヴンダーリヒ、シュライアー、ブロッホヴィッツ、プレガルディエン、ゲルネと、偉大なリート歌手は数多くいる。

ただ、彼らはやや威厳がありすぎる。

シューベルト、シューマン、ヴォルフといったリート作曲家たちの若き情熱、不安定で幻想的な、儚い炎の一瞬の閃きを表現するには、ボストリッジの混じり気のない純な声質ほど相応しいものはない(ゲルト・テュルクやクリストフ・ゲンツがリートを録音してくれたらこれに匹敵する可能性があるが)。

ドイツ語のネイティブでないことは、私にはあまり気にならない。

 

 

それでも、ボストリッジもドレイクももうそれなりに歳を取ってきており、往年の輝きは期待できないかもしれない、と覚悟して聴きに行ったのだが、なんのなんの。

パドモアよりも(その記事はこちら)、プレガルディエンよりも(その記事はこちら)、ゲルネよりも(その記事はこちら)、今までに聴いたどのリート演奏会よりも素晴らしかった。

ボストリッジの美声未だ健在で、これぞシューベルト、と言いたい透明感である。

 

 

それに加え、やはり実演では、劇的な表現が録音とは段違いに生々しく伝わってくる。

前半の11曲では、最後の4曲(マイヤーホーファー詞の2曲とスコット詞の2曲)がとりわけ印象的で、「みずからの意志で沈む」の静かな緊張から「ノーマンの歌」の雄渾な激情まで、息もつかせない。

特に「ノーマンの歌」の迫力たるや、上記ライヴ録音で聴かれる穏やかな演奏とは全くの別物だった。

 

 

後半の11曲は、「さすらい人」「緑のなかの歌」「夕映えのなかで」といった有名曲が含まれ、これらも素晴らしかった。

そして「小川のほとりの若者」、この曲ではボストリッジの美声もさることながら、ドレイクのピアノが見事。

甘美すぎずすっきりと(ショパンではなくあくまでシューベルトらしく)、それでいて実に詩的で、傷心の若者を優しく癒やす清らかな小川のせせらぎそのものだった。

 

 

客席はあまり埋まっていなかったが、終演後はまさに万雷の拍手で、満席かと見紛う盛り上がりよう。

そんな聴衆の熱狂に応えて、ボストリッジとドレイクはアンコールを4曲もやってくれた。

有名な4曲で、いずれも彼らの最初のシューベルト歌曲集のCDに収録されていたもの(NMLApple MusicCDYouTube)。

このアルバムこそ、世のあらゆるリート録音集から一つだけ選べと言われたら、私ならこれを選ぶであろう最高傑作である。

録音されたのは1996年、ボストリッジもドレイクも全盛期だった。

これほどまでにみずみずしい、青春の結晶のような歌唱は、今回はさすがに聴くことができなかったけれど、そのぶん枯れた味わい、長年苦楽を共にしてきた年輪のようなものが感じられた。

ともあれ世界一のリート演奏、それ以外にもう何も言うことはない。

 

 

 

(画像はこちらのページよりお借りしました)

 

 

 

 


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究極のゴルトベルク

ヴィキングル・オラフソン+清水靖晃&サキソフォネッツ

 

【日時】

2023年12月9日(土) 開演 14:00

 

【会場】

住友生命いずみホール (大阪)

 

【演奏】

<第1部>ピアノ:ヴィキングル・オラフソン

<第2部>清水靖晃&サキソフォネッツ

     テナー・サキソフォン:清水靖晃

     <サキソフォネッツ>

     林田祐和、田中拓也、東 涼太、鈴木広志(sax)

     佐々木大輔、中村尚子、高橋直人、出町芽生(cb)

 

【プログラム】

<第1部>ヴィキングル・オラフソン

J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲 BWV988 (全曲)

 

<第2部>清水靖晃 &サキソフォネッツ

J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲 BWV988 (清水靖晃編曲 5サキソフォン 4コントラバス版)

 

 

 

 

 

近年人気のあるピアニスト、ヴィキングル・オラフソンのピアノリサイタルを聴きに行った。

彼の実演を聴くのはこれが初めて。

バッハのゴルトベルク変奏曲を、前半はピアノ・ソロで、後半はサキソフォンアンサンブルで演奏するという、一風変わったプログラムである。

 

 

 

 

 

バッハのゴルトベルク変奏曲。

この曲のピアノ版で私の好きな録音は

 

●シフ(Pf) 1982年12月セッション盤(NMLApple MusicCDYouTube

●シフ(Pf) 1990年ノイマルクトライヴ盤(DVD

 

あたりである。

 

 

この曲の録音では、グールドの新旧セッション盤があまりにも有名だが、私にとってゴルトベルク変奏曲のピアノ版というと、上記シフの旧盤とライヴDVDをおいて他にない。

立派だがエキセントリックで自身の主張が目立つグールドに対し、シフは古楽器奏法をも意識したバロックらしい様式感、すなわち統一性のある穏やかなテンポ設定とその心地よい揺らぎ、また驚くほど繊細な歌ごころを持ち(特に左手!)、バッハへの敬意と慈愛に満ちている。

シフ自身をもってしても、再録音においてふたたびこれらに及ぶことはできなかったほどの、人間がなしえた最高の至芸の一つである。

 

 

今回のオラフソンは、どちらかというとグールド・インスパイア系の演奏だった。

アリアをゆったりとロマン的に弾く点はグールド新盤を、第1変奏や第5変奏を速く弾く点はグールド旧盤を思わせる(第5変奏は新盤でも速いが)。

グールドと逆のテンポを採る変奏もあるが、統一性よりは極端さが目立つテンポ設定はグールドのマインドに近い。

グールドと異なる点は、ペダルを多用すること。

例えば第28変奏のようにペダルが合いやすい変奏は良いのだが、第29変奏のようにペダルが合いにくい変奏では響きが濁ってしまうのが難点である。

響きの純度への感性にかけては、グールドが一枚上手といったところか。

 

 

それでも、速い変奏での指捌きはスムーズだし、逆にゆったりした変奏では適度にロマン的な情感表現が聴かれ、音色もきれいで、なかなかの腕前を持つことは確か。

奇才かといわれると違うように思ったが、グールド(あるいはシフもか)を多かれ少なかれ意識せざるをえない現代のピアニストのゴルトベルク演奏において、先人の偉業を彼なりに消化して出した一つの解答として、評価されるべきものだろう。

少なくとも、生で聴いたゴルトベルク変奏曲のピアノ版としては、やや気まぐれな印象のあったヒューイットのもの(その記事はこちら)よりも聴きごたえを感じた。

 

 

 

 

 

バッハのゴルトベルク変奏曲のサキソフォンアンサンブル版は、私は今回初めて聴いた。

ピアノやチェンバロで聴くよりも色彩的で、続けて聴いてもまるで別の曲のように楽しめる。

奏者たちの中では、特に林田祐和がどの変奏でもしっかり安定していて、かなりの腕前と感じた。

プロフィールを見ると、東京佼成ウインドオーケストラのコンサートマスターとのことで、むべなるかな、である。

 

 

 

(画像はこちらのページよりお借りしました)

 

 


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古海行子 ピアノ・リサイタル

「Liszt」2023-2024

- CD 「リスト:ピアノ・ソナタ」発売記念 -

 

【日時】

2023年12月3日(日) 開演 13:00 (開場 12:30)

 

【会場】

あいおいニッセイ同和損保 ザ・フェニックスホール (大阪)

 

【演奏】

ピアノ:古海行子

 

【プログラム】

バッハ:イタリア協奏曲 BWV971

シューマン:謝肉祭 Op.9

リスト:愛の夢 第3番

リスト:ピアノ・ソナタ ロ短調 S.178

 

※アンコール

ドビュッシー:ベルガマスク組曲 より 第3曲 「月の光」

 

 

 

 

 

好きなピアニスト、古海行子のピアノリサイタルを聴きに行った。

彼女の実演を聴くのはこれで10回目。

 

→ 1回目 2018年高松コンクール2次

→ 2回目 2018年高松コンクール本選

→ 3回目 2019年テアトロ・ジーリオ・ショウワ・オーケストラ公演

→ 4回目 2020年ショパンコンクール in ASIA派遣コンクール3次

→ 5回目 2020年東京公演

→ 6回目 2021年大阪公演

→ 7回目 2022年テアトロ・ジーリオ・ショウワ・オーケストラ公演

→ 8回目 2022年ロームスカラシップ公演

→ 9回目 2023年東京混声合唱団公演

 

今回は、彼女にとっておそらく2回目の大阪公演で、リストのピアノ・ソナタのCD発売(こちらのサイト)を記念したプログラムである。

 

 

 

 

 

最初のプログラムは、バッハのイタリア協奏曲。

この曲のピアノ版で私の好きな録音は

 

●シフ(Pf) 1989年セッション盤(DVD動画

●シフ(Pf) 1991年1月セッション盤(NMLApple MusicCDYouTube123

●ルガンスキー(Pf) 1991年6月5,7日セッション盤(CD) ※その記事はこちら

 

あたりである。

 

 

この曲の対位法的側面をとことんまで追求したシフと、この曲の無窮動的側面をとことんまで追求したルガンスキー。

1990年前後に立て続けに生まれたこれらの名盤に並ぶものは、後にも先にも現れていない(なお名盤の誉れ高いグールドも、無窮動タイプの演奏として相当にうまいが、左手がシフやルガンスキーの鮮やかさにはやや及ばないか)。

 

 

今回の古海行子は、シフの対位法的アプローチと、ルガンスキーの無窮動的アプローチの、ちょうど間くらい。

快速だが無理のないテンポで、左右の手の掛け合いも適度に強調しながら、スムーズに美しく奏された。

ルガンスキー風の攻めのテンポでも聴いてみたい気はしたが、それではバッハを逸脱してしまうとの判断かもしれない。

 

 

 

 

 

次のプログラムは、シューマンの謝肉祭。

この曲で私の好きな録音は

 

●佐藤卓史(Pf) 2009年4月17日横浜ライヴ盤(CD

●コチュバン(Pf) 2017年5月4日モントリオールコンクールライヴ(動画) ※その記事はこちら

 

あたりである。

 

 

前者はグルダが、後者はアルゲリッチがこの曲を弾いたらかくやあらん、というほどの溌剌たる名演。

前者は様式感を保ち、後者はより自由奔放、といった違いはあれど、活きのよさはいずれ劣らず、まさにめくるめく祭宴を思わせる。

これらに慣れると、他の演奏がどうにも物足りなくなってしまう(なお名盤の誉れ高いラフマニノフも、跳躍を物ともせず相当にうまいが、細かい音型が佐藤卓史やコチュバンの完成度にはやや及ばないか)。

 

 

今回の古海行子は、確かな技巧を持つ彼女だけあって、「パピヨン」「パンタロンとコロンビーヌ」「パガニーニ」といった無窮動風の曲が特に見事だった。

全体的に端正でケレン味のない、完成度の高い演奏。

終曲など、何が飛び出してくるかわからない、上記名盤のような手に汗握るスリルがもう少しあっても良かったかもしれないが、そういう羽目の外し方をしないのが彼女らしいし、そもそもこの曲でこれだけ弾けている演奏には滅多にお目にかかれない。

 

 

 

 

 

次のプログラムは、リストの「愛の夢 第3番」。

この曲で私の好きな録音は

 

●バレル(Pf) 1951年3月セッション盤(Apple MusicCDYouTube

●ブニアティシヴィリ(Pf) 2010年10月10-14日セッション盤(Apple MusicCDYouTube

●牛田智大(Pf) 2012年1月17-20日セッション盤(NMLApple MusicCDYouTube

●小林愛実(Pf) 2017年8月17-19日セッション盤(NMLApple MusicCDYouTube) ※その記事はこちら

 

あたりである。

 

 

この曲は、これらの名盤のような味付けの濃い演奏が合うように思う。

今回の古海行子は彼女らしく薄味で、この曲向きの演奏ではなかったが、その分サラリと聴けて、大曲がずらりと並ぶプログラム中での良い清涼剤となった。

 

 

 

 

 

最後のプログラムは、リストのピアノ・ソナタ。

この曲で私の好きな録音は

 

●ツィメルマン(Pf) 1990年2,3月セッション盤(NMLApple MusicCDYouTube

●デミジェンコ(Pf) 1992年2月5,6日セッション盤(CD

●江尻南美(Pf) 2005年5月フランクフルトライヴ(動画1234

●チョ・ソンジン(Pf) 2012年8月8日ドゥシニキ=ズドゥルイライヴ(音源)

●リード希亜奈(Pf) 2019年パルマドーロコンクールライヴ(動画

●阪田知樹(Pf) 2021年5月12日エリザベートコンクールライヴ盤(NMLApple MusicCDYouTube動画

●キム・セヒョン(Pf) 2022年6月11日仙台コンクールライヴ(動画) ※その記事はこちら

 

あたりである。

 

 

今回の古海行子は、七人七色の特色を持つこれらの個性的な名盤たちのどれともまた違った、ストレートでストイックな演奏だった。

この大ソナタのごてごてした仰々しい要素を取り除き、本質のみを見据えたような、求心的な解釈。

しなやかでありながら力強く、聴いていてずしっと腹にこたえる。

先日の藤田真央の緻密な演奏でもやや物足りなく感じてしまった贅沢な私だが(その記事はこちら)、今回の古海行子の演奏には強い感銘を受けた。

聴衆の拍手も、この曲ではとりわけ大きかったように思う。

 

 

 

 

 

今回は、彼女によく合ったプログラムであるように感じた。

リストのソナタは、CDは出しているが、人前で弾いたのは今回が初めてだったとのこと。

初めてとは思えない熱演ぶりだった。

同じプログラムでの公演が東京でもあるため(2024年1月28日、浜離宮朝日ホール)、関東にお住まいの方はぜひ。

 

 → こちらのサイト

 

 

 

(画像はこちらのページよりお借りしました)

 

 

 

 


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京都市交響楽団

第684回定期演奏会

 

【日時】

2023年11月25日(土) 開演 14:30

 

【会場】

京都コンサートホール 大ホール

 

【演奏】

指揮:シルヴァン・カンブルラン

管弦楽:京都市交響楽団

(コンサートマスター:泉原隆志)

 

【プログラム】

モーツァルト:交響曲 第31番 ニ長調 K.297 「パリ」

ブルックナー:交響曲 第4番 変ホ長調 「ロマンティック」 (1888年稿 コーストヴェット版)

 

 

 

 

 

京響の定期演奏会を聴きに行った。

というのも、好きな指揮者シルヴァン・カンブルランが、京響に2回目の出演を果たしたためである(初出演のときの記事はこちら)。

カンブルランは、1948年フランス生まれ、これまでにSWR響や読響の常任を務めてきた名指揮者である。

 

 

 

 

 

前半のプログラムは、モーツァルトの交響曲第31番「パリ」。

この曲で私の好きな録音は

 

●レヴァイン指揮 ウィーン・フィル 1985年6月11日セッション盤(NMLApple MusicCDYouTube123

●アバド指揮 ベルリン・フィル 1992年3月13-15日セッション盤(Apple MusicCDYouTube123

●カンブルラン指揮 バーデン=バーデン・フライブルクSWR響 1999年7月22-24日セッション盤(NMLApple MusicCDYouTube123

 

あたりである。

 

 

華麗なレヴァイン盤、典雅なアバド盤にも並ぶ、すっきりと美しいカンブルラン盤。

その彼が京響を振っての今回の演奏は、あまり響かない京都コンサートホールだからか少しこじんまりして聴こえたけれど、それでも期待通りの演奏だった。

 

 

 

 

 

後半のプログラムは、ブルックナーの交響曲第4番「ロマンティック」(1888年稿 コーストヴェット版)。

この曲のコーストヴェット版第3稿で私の好きな録音は

 

●フルシャ指揮 バンベルク響 2020年11月セッション盤(NMLApple MusicCDYouTube1234) ※その記事はこちら

 

あたりである。

 

 

今回のカンブルラン&京響は、フルシャ盤同様の朝のようなさわやかさに、意外とがっしりしたブルックナーらしい力強さも加わった、聴きごたえのある演奏だった。

先ほどのモーツァルトよりもオーケストラの編成が大きいため、ホールの響きのなさも気にならない。

 

 

カンブルランは第3稿(1888年稿)に思い入れがあるようで、この稿にだけ存在する、長大な全曲中でも最後の最後にたった2回だけしかないシンバルの出番、それも強打ではなく静かな静かな2打、その“煙が立ちのぼるかのような”シンバルの美しさについて、プレトークでも熱く語っていた。

果たしてその箇所の演奏では、上記フルシャ盤と比べてもいっそう印象深い、美しく神秘的なシンバルの2打が聴かれ、第3稿(1888年稿)よりも第2稿(1878/80年稿)のほうが好きな私でも心動かされた。

 

 

 

(画像はこちらのページよりお借りしました)

 

 

 

 


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第27回京都の秋 音楽祭

京都コンサートホール×京都市交響楽団プロジェクト Vol.4

ワーグナー生誕210年×没後140年

『ニーベルングの指環』より(ハイライト・沼尻編)

 

【日時】

2023年11月18日(土) 開演 14:30

 

【会場】

京都コンサートホール 大ホール

 

【演奏】

指揮:沼尻竜典

ソプラノ:ステファニー・ミュター *

バリトン:青山貴 **

管弦楽:京都市交響楽団

(コンサートマスター:石田泰尚)

 

【プログラム】

ヴァーグナー:《ニュルンベルクのマイスタージンガー》より〈前奏曲〉

ヴァーグナー:《トリスタンとイゾルデ》より〈前奏曲〉〈愛の死〉*

ヴァーグナー:『ニーベルングの指環』より(ハイライト・沼尻編)

 《ラインの黄金》より〈前奏曲〉〈ヴァルハラ城への神々の入場〉

 《ワルキューレ》より〈ワルキューレの騎行〉〈魔の炎の音楽〉**

 《ジークフリート》より〈ブリュンヒルデの目覚め〉

 《神々の黄昏》より〈ジークフリートの葬送行進曲〉〈ブリュンヒルデの自己犠牲〉*

 

 

 

 

 

京都の秋 音楽祭の公演の一つ、京響によるオール・ヴァーグナー・プログラムの演奏会を聴きに行った。

指揮は、1964年東京生まれ、2007~2023年にびわ湖ホール芸術監督を務めた指揮者、沼尻竜典。

びわ湖ホールでの沼尻竜典&京響によるヴァーグナー・ツィクルスが相当な高評価で、これで終わらせるのはもったいないとのことで本公演が企画されたという。

 

 

沼尻竜典は、西本智実や鈴木雅明と並んで、日本の三大指揮者の一人だと私は勝手に考えている。

西本智実を日本のフルトヴェングラー、鈴木雅明を日本のリヒターだとすると、沼尻竜典は日本のブーレーズといったところか。

特にヴァーグナーを振らせたら日本随一、世界でも有数の名指揮者である。

彼自身ヴァーグナーが大好きで、新婚旅行でバイロイトに行ったほどだという。

 

 

 

 

 

ヴァーグナーの「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕前奏曲で私の好きな録音は

 

●フルトヴェングラー指揮 バイロイト祝祭管 1943年7月15,18,21,24日バイロイトライヴ盤(NMLApple MusicCD

●フルトヴェングラー指揮 ウィーン・フィル 1949年4月1,4日セッション盤(NMLApple MusicCDYouTube

●フルトヴェングラー指揮 ベルリン・フィル 1949年12月19日ベルリンライヴ盤(NMLApple MusicCDYouTube

●カラヤン指揮 ベルリン・フィル 1957年2月18,19日セッション盤(NMLApple MusicCD

●クレンペラー指揮 フィルハーモニア管 1960年3月1,2日セッション盤(NMLCD

●クナッパーツブッシュ指揮 ミュンヘン・フィル 1962年11月セッション盤(NMLApple MusicCDYouTube

●カラヤン指揮 シュターツカペレ・ドレスデン 1970年11月24日~12月4日セッション盤(NMLCD

●カラヤン指揮 ベルリン・フィル 1974年9月22日~10月1日、15-19日セッション盤(NMLCD

 

あたりである。

 

 

今回の沼尻竜典&京響は、これらのいずれとも異なる。

本年3月にびわ湖ホールで行われた全曲演奏会のときと同じく(その記事はこちら)、柔らかで香り立つような演奏。

初めて聴いた人には、この曲のイメージが塗り替えられてしまうだろう。

 

 

 

 

 

ヴァーグナーの「トリスタンとイゾルデ」第1幕前奏曲と“イゾルデの愛の死”(歌唱付き版)で私の好きな録音は

 

●フラグスタート(Sop) フルトヴェングラー指揮 フィルハーモニア管 1950年5月22日ロンドンライヴ盤(CD

●フラグスタート(Sop) フルトヴェングラー指揮 フィルハーモニア管 1952年6月10-22日セッション盤(CD

●ニルソン(Sop) ブーレーズ指揮 N響 1967年4月10日大阪ライヴ盤(CDその記事はこちら

 

あたりである。

 

 

先々月に聴いた西本智実&イルミナートフィルの同曲演奏がフルトヴェングラー寄りのロマンティックな演奏だったのに対し(その記事はこちら)、今回の沼尻竜典&京響はブーレーズ寄りの透明感重視の演奏で、甲乙つけがたい美しさだった。

 

 

 

 


ヴァーグナーの「ラインの黄金」より“ヴァルハラ城への神々の入場”(歌唱なし版)で私の好きな録音は

 

●クレンペラー指揮 フィルハーモニア管 1961年10月24日セッション盤(NMLCD

 

あたりである。

 

 

今回の沼尻竜典&京響は、クレンペラーにも似た大変クリアな演奏。

“虹の橋の動機”は、クレンペラー盤の重々しい荘重さが少し恋しくなるところではあるけれど。

 

 

 

 

 

ヴァーグナーの「ヴァルキューレ」より“ヴァルキューレの騎行”(歌唱なし版)で私の好きな録音は

 

●フルトヴェングラー指揮 ウィーン・フィル 1949年3月31日セッション盤(NMLApple MusicCDYouTube

●クナッパーツブッシュ指揮 ウィーン・フィル 1953年5月セッション盤(NMLApple MusicCDYouTube

 

あたりである。

 

 

今回の沼尻竜典&京響は、フルトヴェングラーやクナッパーツブッシュのような凄みはないけれど、金管のアンサンブルをきれいに聴かせてくれた。

中間部の音階下行音型に入り、盛り上がってきたところで曲は終わってしまった(短めの編曲だった)。

 

 

 

 

 

ヴァーグナーの「ヴァルキューレ」より“ヴォータンの告別と魔の炎の音楽”で私の好きな録音は

 

●F.フランツ(Bas) フルトヴェングラー指揮 ウィーン・フィル 1954年9月28日-10月6日セッション盤(CD

●G.ロンドン(Bar) クナッパーツブッシュ指揮 ウィーン・フィル 1958年6月9-11日セッション盤(NMLApple MusicCDYouTube

 

あたりである。

 

 

フルトヴェングラーが鳴らした生涯最後の音楽、彼の壮絶な白鳥の歌であり、その偉大な生涯に手向けるかのようなフェルディナント・フランツの“さらば(Leb wohl)”の歌唱がまた絶品。

クナッパーツブッシュのほうはあまりに壮大で、もはや神話の世界の大自然そのもの。

 

 

今回の沼尻竜典&京響は、これらとは全く異なった、壮絶さや壮大さよりもハーモニーの調和を重視したアプローチ。

半音階的に下行する“魔の眠りの動機”など、同様のアプローチのブーレーズ盤をも大きく凌ぐほどの美しさだった。

バリトンの青山貴は、フェルディナント・フランツのような存在感はないが、瑕もあまりなく安心して聴けた(“ローゲよ聞け(Loge, hör)”の箇所はやや叫び気味だったが)。

 

 

 

 

 

ヴァーグナーの「神々の黄昏」より“ジークフリートの葬送行進曲”で私の好きな録音は

 

●フルトヴェングラー指揮 ベルリン・フィル 1933年セッション盤(CD

●フルトヴェングラー指揮 ウィーン・フィル 1954年3月2日セッション盤(Apple MusicCDYouTube

●クレンペラー指揮 フィルハーモニア管 1960年2月27日セッション盤(NMLCD

 

あたりである。

 

 

ヴァーグナーの「ニーベルングの指環」4部作のうち、「神々の黄昏」だけはコロナ禍のため、沼尻竜典&京響によるびわ湖ホールでの上演は無観客公演のストリーミング配信やBlu-ray発売だけであり(その記事はこちらなど)、有観客公演は行われていなかった。

Blu-rayで感銘を受けた沼尻竜典&京響の“葬送行進曲”、今回生で聴くと段違いの迫力。

フルトヴェングラーやクレンペラーにも負けないのでは、とさえ思った。

 

 

 

 

 

ヴァーグナーの「神々の黄昏」より“ブリュンヒルデの自己犠牲”で私の好きな録音は

 

●フラグスタート(Sop) フルトヴェングラー指揮 フィルハーモニア管 1948年3月26日セッション盤(CD

 

あたりである。

 

 

この曲は、壮年期のフラグスタートとフルトヴェングラーが凄すぎて、他の演奏だと満足できない。

それでも、今回の演奏は、ソプラノのステファニー・ミュターについては声量はあるものの高音が荒れがちであまり好みではないが、沼尻竜典&京響については言うことなしの出来だった。

主な印象は、びわ湖ホール公演の配信と同様だったので、そちらをご覧いただきたい(その記事はこちら)。

 

 

だが、やっぱり生演奏は違う。

沼尻竜典の、絶対音楽的な純な響きでありながらも隅々まで血の通った劇的な音楽が、圧倒的な生々しさで迫ってくる。

大オーケストラで総奏される“魔の眠りの動機”(火の神ローゲの動機に由来する)の迫力、その後の“ヴァルハラの動機”の荘厳さ。

ブリュンヒルデの火が地上からどんどん燃え盛り、天上のヴァルハラ城をも包み込んでいく、壮大な神々の終焉をこれほど如実に表現した「神々の黄昏」終幕の演奏には、今後たとえバイロイト詣でをしたとしても、もはや聴くことはないかもしれない。

 

 

 

(画像はこちらのページよりお借りしました)

 

 


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