令和3年は2度目の非常事態宣言であけました。首都圏では7日に発令、大阪・兵庫・京都・愛知など7府県でも13日に発令されました。

 

 

その理由の一つは病床のひっ迫です。上の数字をみてください。とても不思議です。日本の感染者数は米国と比べると二桁、英国と比べても一桁少なく、人口あたりの病床数は米国の4倍以上、英国の5倍以上あるのに病床が不足し、医療崩壊が叫ばれるのです。東京都では11日、入院・療養等調整中のコロナ感染者が7000人近くになっています。入院先が見つからなかった80代の男性が自宅療養中に死亡する事案も起きています。米国、英国の病床もひっ迫していますが、それは日本と桁違いの患者を受けいれてのこと、日本で英国並みの感染者が発生すれば、とうの昔に医療崩壊しています。

 

 

その理由はなんでしょうか。日本には①中小の民間病院が多い②民間病院に対する行政の指揮権が弱い、という特殊性があります。また、コロナ病床が各病院に少数ずつ分散して非効率な体制になっており、豊富な医療資源が活用できていません。実は日本は病床が世界一多く「ベッド大国」とも呼ばれていて、財務省が減らそうと躍起になっているくらいなのです。今こそ、その大国のベッドを使わずにどうするのでしょうか。

 

対外式膜型人工肺(エクモ)

 

 

 

■民間病院が7割

日本では全病院の7割が民間です。欧州では6割から9割が公立病院だといいます。日本に民間病院が多くなったのには歴史的な経緯があります。終戦直後、公立病院のない地域医療を支えたのは開業医です。復興期を過ぎて行政が病院を作ろうとすると開業医は「患者が奪われる」と、商店街が大規模ス―パーに反対したように反対しました。市民病院を作りたくても作れないところがあったのです。

 

急性期機能を備えた全国4200病院に対する厚労省調査(昨年9月)では、コロナ患者を受け入れている割合は以下の通りになっています。

 

694公立病院     69%

748公的病院     79%

 (日赤、済生会など)

2759民間病院    18%

 

大阪府に限ると、全病床数に対するコロナ患者の受け入れ病床数の割合は、12月時点で

公立 8.0%

公的 2.5%

民間 0.6%

になっています

 

いかに民間病院の受け入れが少ないかがわかります。外来の発熱対応や院内の感染症対策に神経をすり減らしている面はありますが、大半の民間病院にコロナ入院患者はおらず、普段とそれほど変わらない診療体制なのです。テレビで繰り返し報道される疲弊する医療スタッフの姿は、公立・公的な一部基幹病院の状況です。


コロナ患者を門前払いする理由はどんなものでしょう

・感染防止のためコロナ患者は一般患者より人手がかかる。他の診療科に割ける人出が減って手術・入院対応が難しくなる

・コロナ患者用に特別な部屋、動線が必要で、他の診療科に使えるベッドが減る

・クラスターが起きる恐れがある

・風評被害で他の受診者が減る

・スタッフが差別にあって離職する

 

民間病院は、主に手術や入院で診療報酬を得ることで経営が成り立っています。コロナ患者を受け入れると上記のような理由で収入が減ります。病院を倒産させてまで使命を果たす人はいないでしょう。政府は、コロナ病床に対して、受け入れのインセンティブになるくらいの手厚い補助金を出すべきです。

 

風評被害は同調性の強い日本では苛烈です。この点については、私たち一人一人が問われるでしょう。

 

このほか、感染症に対する知識がない、設備・医療機器がない、と民間病院側は訴えます。しかし、スタッフや機器は外部から持ってくることができます。これは病院間協力の問題であって、患者を受け入れない理由にはなりません。民間にも規模の大きな病院はいくらでもあります。そうした病院に人とモノを集めればよいのです。

 

■民間病院レッセフェール

日本で民間病院に強い指揮権を発揮できないのは、法律に書いていないからです。医療法では、どんな患者を受け入れるかは病院が決められることになっています。行政が指図できません。やれても「お願い」程度なのです。病床の調整やスタッフの派遣で行政が指示できるようにするには、新型インフルエンザ対策特別措置法などの法律を見直すしかありません。

 

 

米国でも公立病院は少ないのですが、日本と違って、病院に対して強い指揮権を発揮しています。入院患者が12万人もいて辛うじて医療がなりたっているのはそのためです。例えばニューヨーク州では、昨年12月に全病院に対して病床数を25%増やすよう具体的に求めています。

 

 

大阪府の吉村知事は15日、今後、病床確保がうまくいかなかった場合、特措法33条に基づいて私立病院協会などに病床確保を指示する方針を明らかにしました。これは全国で初めてです。厚生労働省がようやくこうした「解釈」を容認するようになったのです。府は民間病院などに対して200床の追加確保を求めていますが、まだ30床ほどしか増えていません。コロナ病床に関して大阪府は先駆的な試みをしていて、昨年5月、大阪市淀川区の十三市民病院を全国で初めてコロナ専門病院として中等症患者を受け入れ、住吉区の民間病院「阪和第二病院」も専門病院にしました。それでも足りないのです。

 

大阪市立十三市民病院

 

■病床の分散

全国でコロナ患者受け入れ実績がある急性期病院は1444あります(昨年11月時点)。コロナ病床は2万7650(1月6日時点)ありますので、単純に割ると1病院あたり、20床ほど。急性期病院の全病床の4%のすぎません。

 

特に重症病床の確保は難航しています。東京都は、都内の特定機能病院に対して重症者用として6床以上の確保を求めてきましたが、1日平均6人以上を受け入れているのは昭和大病院と東京医科歯科大学病院だけで、8病院は3人に届いていません。

 

 

各病院のスタッフや人工呼吸器、エクモの数には限りがあります。しかし、5床しか作れないA病院とB病院があって、スタッフと機器を統合すると20床作れることもあるでしょう。人とモノの集中でスケールメリットが出て来るのです。

 

残念ながら、コロナ患者の受け入れという病院の命運を左右するような事案について、病院間の連携を調整をするところがありません。国内でコロナ患者が見つかって1月15日で1年になりました。政府・自治体はいったい何をしていたのでしょうか。

 

■ICUもエクモも不足していない

日本の重症者は1月24日日現在では1007人。重症者とは国の定義では、ICUで治療、人工呼吸器使用、体外式膜型人工肺(ECMO=エクモ)使用のいずれかに当てはまる患者のことです。

 

 

他国と比べてICUが少ないという議論もあります。厚生労働省2020年5月6日の「ICU等の病床に関する国際比較について」によれば、日本のICU等病床数は10万人あたり4.3で欧米とくらべて確かに少ない(*5)。しかし、「ICU等」の「等」がくせもので、区分の違いがある。他国のデータには「IntermediateCareBeds」が含まれ、これは日本では「ハイケアユニット」に相当します。これなどを含めると13.5(*7)となり、英国やイタリアと比べて多くなります。

 

 

人工呼吸器もエクモの数も足りないわけではありません。日本呼吸療法医学会などの昨年3月の調査では、人工呼吸器は全国に2万2254台、エクモは1412台あります。

 

 

■日本医師会の出番です

病床確保については日本医師会のリーダーシップに期待します。医師会は開業医が実権を握っていて、診療報酬の増額など民間病院の権益を保護することに熱心でした。今回のコロナ禍でも、医学界の声を代弁するかのように「人を動かすな」と政府への苦言を繰り返していますが、民間病院の病床やスタッフを、積極的にコロナ治療に活かそうとする姿勢は見られません。

 

 

民間病院のコロナ病床が少ないことについて、中川俊男会長は1月6日、「コロナ患者をみる医療機関と通常の医療機関が役割分担をした結果だ。民間病院は面として地域医療を支えている」と述べましたが、「役割分担」という見解には、まったく同意できません。役割分担というのは、話し合いなり調整なりで行うものです。いったい、日本医師会はこれまで、「民間病院でももっと受け入れる」と一言でも言ったことがあるのでしょうか。実態は「役割拒否」です。地域の医師会は早急にコロナに特化した自治体との協議機関を作り、本当の「役割分担」に踏み出すべきでしょう。

 

■患者・飲食店いじめ

コロナと共存し、経済を回していくためには、一定数の患者が出ることは避けられません。インフルエンザとて同じことです。患者がでれば病院で治療します。問題は、医療崩壊によって治療ができないことでしょう。医療体制が整えば経済をもっと回していけるのです。病床が確保できないのは行政や病院の責任です。それを患者や飲食店に転嫁するようなことがあってはなりません。

 

 

特措法の改正案には唖然としました。入院勧告に応じない者は「1年以下の懲役または100万円以下の罰金」に、時短命令に応じない飲食店主には「50万円以下の過料」に処するというのです。入院拒否に刑事罰を与えるなどというのは、ハンセン病患者の強制隔離を想起させます。国がこうした政策を取れば、ただでさえ強い差別感情に拍車をかけることになります。飲食店での会食は感染拡大の要因になっていて、それが医療崩壊につながっていることは確かですが、医療崩壊のもう一方の当事者である病院に対して、指示に従わない場合の罰則を設けないのは公平ではありません。政治力によって罰を与えられるかどうか決まる社会であってよいはずはありません。

 

コロナは「医療の民間依存」が危機に際して大きな弱点をはらんでいることを浮き彫りにしました。病院が見つからないために患者が亡くなるようなことが続けば、これはもう人災です。今は、コロナが人災になるかどうかの瀬戸際です。以前、ブログで書きましたが、コロナよりもっと恐ろしい感染症のパンデミックが今後起こる可能性もあります。医療制度改革は喫緊の課題です。