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短編小説『もし頭が悪くなる飲み薬があったら』

| 22.4.22

月に一度なんとか更新しているブログで、今回は小説風に記事を書いてみることにしました。


この冒頭の部分はまだ本編ではなくて、落語でいったら枕のような部分だと思って頂ければと思います。


過去に小説を書いて投稿したり、電子書籍として公開したことはあるのですが、かなり久し振りのことで、しかも時間がたまたま今ある中でほとんどがアドリブでの執筆となり、クオリティが下がることはご容赦下さい。


なぜ、わざわざ小説風にするかというと、そのものを直接的に表現すると色々と問題があったり、いわれのない批判を受ける可能性があると判断したからです。


それでは枕の部分はこれくらいにして、そろそろ本編に入ります。


十和田健壱(とわだけんいち)は倉雲(くらうん)という名の会社で働いていた。


それがある日から世界的な感染症が広がり、そのウイルスの形状が王冠に似ていることから新型クラウンウイルスと呼ばれ、何の関係もないのに会社のイメージが下がり、早期退職者を募ることになった。


先が見えない中で、彼は退職の希望を出し、故郷である北海道の実家に戻って暮らすことにした。


数ヵ月して雇用手当などを受け取り、僅かながらに退職金もあることから、それほど焦りはなかったが、地元の求人は少なかった。


春になっても感染症が猛威を振るい、日本全国で外出が制限される措置などが実施されていた。


そんな折、同じ地元で配管業を営んでいる叔父から電話がかかってきて、仕事の誘いがあった。


なんでも水道局の依頼で毎年この時期は古い水道メーターを交換する業務を行っていて、計器類の取り換えは法律的に義務付けられており、新型クラウンウイルスによる外出制限とは関係なく仕事があるらしい。


元から小さな会社で人出不足の上に、募集しても誰も来てくれず、困っているらしかった。


水道メーターの交換をする時だけの勤務になるので月当たりの出勤は10日前後になり、日給もそれほど多くは出せないがそれでも良ければということだったので、十和田は仕事を引き受けることにした。


全く未経験の分野で最初は戸惑っていたが、1日10件前後の水道メーターを交換し、ひと月に約100件ほどを10日かけて行う。


それを5月から8月か9月くらいまで行う。


最初は慣れなかったが、数をこなすうちに体が覚えていった。


そのうち水道メーターの交換以外にも配管を通すために土を掘る作業を手伝うことになったり、パイプを切断したり接続する作業もやるようになっていった。


その間も依然として新型クラウンウイルスは世界的に猛威を振るい、テレビでは不安を煽ったり、ネット上では意見がぶつかったり根拠のない情報に振り回される人などもいた。


そして、ついに新型クラウンウイルスの経口薬が開発され完成し、人々に提供されることになった。


これは感染する前に飲んでおけば抗体によってウイルスを防ぐという仕組みらしい。


通常は大人が2回飲むことで十分な免疫を得られるということだった。


それから半年が経ち、結局は大人が2回飲んでもウイルスが収束しなかったので、3回目を飲むことになり、今度は4回目も飲まないといけない可能性を残している状況になった。


それどころか子供が服用しても問題ないということで、5歳以上の服用が始まり、物議を醸している。


この飲み薬は特殊な保冷庫によってのみ保存が可能で、取り出してから5分以内に服用しないと効果がないとされており、各国で薬を飲むための会場を設置し、医療従事者の監視の下で服用するというルールで行われることになった。


十和田は当初、飲み薬を服用する気持ちでいたのだが、叔父の会社が忙しくなっていき、仕事に呼ばれる頻度が増えてきた頃で、休みたいといえば休みをもらえたのだがそれでも不定期の出勤だったため稼げるうちは断らずに出ていたら、飲み薬の提供期間が終わってしまった。


提供期間が終わった後でも規模を縮小して、飲み薬の提供は行われていたのだが、十和田は役所からの通知を読み違えてしまい、待っていれば案内が届くと思ったまま更に数か月が経ち、気付けば一度も摂取しないまま、周囲では3度目の服用が行われていた。


その間、ある事情で忙しすぎたのも飲み薬を服用しに行けなかった理由の1つだった。


というのも叔父の会社の大ベテランの先輩が2回目の飲み薬を飲んだ数日後に、心筋炎で倒れて入院することになり、その分の仕事もしなければいけなくなったからだった。


一命は取り留めたものの、年齢のこともあり、その社員は退院後に一時的には復帰したものの、遠くで暮らしている子のところで隠居生活を送ることになった。


気が付けば、十和田は一度も摂取しないままで、ネットで自分の意見を言おうものなら、いつの間にか反飲み薬派のレッテルを貼られるようになった。


冬が訪れ、十和田の仕事は春まで休みが多くなり、そこであらためてネットなどで新型クラウンウイルスの情報を見る機会が増えた。


飲み薬を服用してから休まずに過度な運動をすると死に至ることもあるアスリートの事例などは因果関係は認められていないものの、十和田には服用後にきつい肉体労働を行った後に倒れた大ベテランのことを思い浮かべずにはいられなかった。


この飲み薬には新型クラウンウイルスのDNAを切り取ったものが入っているらしく、通常はその切れ端のみでは感染することはなく、体の中でそのウイルスの抗体を作る指令を出すように作用する。


その作用によって、新型クラウンウイルスには強くなるが他の病気に弱くなるとか、そもそも新型クラウンウイルスは変異するので効き目はそれほどないなど、色んな情報が錯綜していた。


十和田は遺伝子組み換え食品は身体にただちに悪い影響は出ないとされているが、それでも念のために敬遠してしまうし、避けるようにしている。


しかし十和田は、この飲み薬の仕組みは自分の遺伝子を組み替えているようなものではないか、という考えが閃いてからはそこから逃れられないでいる。


遺伝子を組み替えて虫が寄らないようにする作物、遺伝子を組み替えて新型クラウンウイルスに感染しないようにする人間。


そんな考えが十和田の頭の中に度々よぎるようになった。


仕事が少なくなる冬の間、十和田は飲み薬の服用に反対まではしないものの、もっとリスクが少なく効果が高い方法が出るまで慎重であるべきとの考えに至った。


それを人に強いることはなく、あくまで自分自身が自己責任でそう思うことにした。


また春が来て、十和田は叔父の会社に連れ出される。


そこは新築物件の建設現場であり、叔父の会社は下請けの立場だった。


建設会社の社長が横柄な物の言い方をする現場で、見慣れない顔である十和田もかなり嫌味をいわれたりした。


休憩時間になり、3回目の飲み薬を服用したかどうかの話になった。


どうやら十和田以外の全員が3回目まで服用済みだった。


叔父と叔父の会社の従業員は十和田が一度も服用していないことを知っているので、肝を冷やしたがなんとかそのことには触れずにやり過ごすことができた。


叔父はもし十和田が一度も服用していないことを知られたら、建設会社の社長は十和田を現場に寄こすなというかもしれないと思い、以後はなるべくこの現場には呼ばないようにしてくれた。


数日後、今度は叔父の会社だけで受けている別の現場での仕事の休憩時間中に、ふと十和田がまだ一度も服用していないことについて話題に上がった。


叔父たちは去年、仕事が忙しすぎて十和田に暇がなかったことを知っているのに加えて、必ずしも全員が飲み薬を服用する必要はないという考えも持っていた。


その上で叔父は、もし飲み薬を服用したくない理由があるとすれば、ここだけの話にするので教えて欲しいと言った。


十和田は言った。


「冬の間にネット上で色んな意見を見たというのもあるけど、例えば自分たちの仕事に例えると、北海道では凍結防止のために穴を深いところまで掘って配管を埋める。ユンボが通れないような狭いところだとスコップで手掘りする。新型クラウンウイルスの飲み薬は自分たちの仕事に置き換えるならば、爆弾で穴を掘るようなものだ。それでも最近の技術は進歩していてコンピューターで計算してちゃんと掘りたい分だけ爆破して掘ることができる。使い続けていくうちにこれは便利だと思って何度も使うようになる。だけど稀に一度でも隣りの家まで吹き飛びましたとなれば、もう二度と使えなくなる。それを人間の身体にと思うと、どうも積極的に飲む気にはなれなくて。」


その場はしんと静まり返ったが、十和田はこれまで押し隠してきた自分の意見を吐き出すことができて、妙に気持ちがすっきりとした。


どこまで理解してもらえたのか、自分の意見は正しいのかどうかもわからないまま。


もう1つ、十和田には人には言えない考えがあった。


この飲み薬を服用した人は、本人が気付かない程度にほんの少しだけ頭が悪くなっているのはないかと。


賢い人は少し知性を失い、元々頭が良くない人は更に馬鹿になる。


最初は気のせいかと思っていたが、十和田は自らの周囲の人々を観察していると、そう思わざるを得ない場面が数多くあり、それは今も続いている。


もしかしたら感染症が解決しないまま長期間に及んでいることで、人々のストレスによって引き起こされている可能性も信じたいと十和田は思うことがある。


テレビやネットを見ていてもそうであると十和田は思っている。


あるコメンテーターが飲み薬を服用してからどうも意見がおかしくなってきている、口だけは達者だった政治家が口ごもるようになり勢いがなくなっている、飲み薬を推奨している医師たちの言動に説得力がなくなっている。


もし頭が悪くなる飲み薬があったら


それを世界中の人々が服用することで、このまま世界は混沌に陥り、まともな人の意見が通らなくなってしまう。


逆にもし頭が良くなる飲み薬があったら


ウイルスに効き目がなかったとしても、それを世界中の人々が服用することで、感染症とそれに付随する問題を解決できるのかもしれない。


ならば頭が良くなるにしても悪くなるにしても身体に害がない飲み薬であることが一番大事なのではないかと、十和田は思う。


春の陽気が進み雪が溶け、雨が降ってきた。


雨は激しくなり、屋根に打ち付ける水の音が鋭さを増し、鮮明に無数に鳴り続けた。


やがて水は配管を通じて、飲み水になる。

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