三人の会話の中にジムで練習を終えたRが入ってきて、それとなく聞いてみる。
R:「何の話を?」
G:「この世に神さまはいるのかってこと」
R:「それなら、もうとっくに結論は出ている」
U:「何だ?」
R:「いると信じたいね。俺は必勝祈願をする時は大抵、神社仏閣に赴き、神仏にお供えをする。存在を信じているからこそだ」
Rが自信を持ってそう言えば、それを聞いていた三人は破顔一笑することなく、正面から受領し、磊落なRを一瞥した。贔屓目に見ても、Rは稀代のボクサーで、計量を必ず一回でパスするほど自己管理ができてきた。
M:「あなたも王座の権利獲得に逡巡することなく、チャンスをものにしないと」
R:「ですね。きっと巡ってくるはず」
夥しい知己を律する意味でも、律動的に岩手の大地を東奔西走しても、それに追いつかないほど三陸沖は朗らかに鳴動する。天高く伸びる針葉樹が風でざわめき、細い小川のせせらぎが耳に心地よくさざめく。
その後、RはGを誘って、リビングに場所を移し、そこに置いてあるピアノを弾いてみた。仄かなピアノの音色がリビング全体に響き渡る。きな臭い旋律でもないのに、戦争の中で聴く軍歌や賛美歌ともまた違う。明らかに平和を希求する大地との共鳴だった。
Rがピアノを弾きながら、Gがぶつくさと言葉を紡ぐ。
G:「初騎乗、初勝利、そして、新人騎手賞。それに、GⅠ制覇と安田記念、秋の天皇賞」
R:「君はそれらを制することができるか?」
G:「落馬は死と隣り合わせの危険がある。パドックから返し馬、そして、ゲートイン。石神深一騎手はいつもそばに馬がいた。騎手免許試験では木馬や筋力トレーニングはおろか、年末には学科の筆記試験もある。そして、あなたも承知の通り、減量もこなす」
R:「苦労が絶えないな」
G:「中野栄治調教師は調教師試験に合格。最初から経営面を念頭に置いている」
そんな会話を続けつつ、ピアノでモーツァルトの『フィガロの結婚』や『魔笛』を力強く奏でた。掬い取るような沈黙がなく、室内をピアノの音韻がぐるぐると旋回する。
そこでGが咄嗟にピアノの上に置いてあったメトロノームの針を左右に振幅させた。小刻みにリズムを刻むメトロノームの針。
R:「ずっと君を愛していた」
G:「そうね」
R:「そろそろ再婚も考えてもいい時期じゃないか?」
それを言うと、Gはすっと視線を外し、健気に口を真一文字に結んだ。まだTの死を受け入れているわけではないが、あれから長い時間も経っているし、一人息子のLも分別のつく年齢になってきた。そして、椅子に座って、ピアノを弾いているRの隣に立ち、自分も鍵盤を叩いて重奏した。
Lも同棲しているRを快く受け入れている節がある。Gはその場での回答を控え、その返事をそっと胸の奥に仕舞い、その熱源を大切に包含した。GもRも社会人で服務規程を遵守しなければならないが、愛の熱線は沸点に達していた。
→メトロノームの針が左右に振幅する
 

17,15,29,16,29,59,13です。