長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『わたしは、ダニエル・ブレイク』

2021-11-24 | 映画レビュー(わ)

 2016年のカンヌ映画祭でケン・ローチ監督に2度目のパルムドールが手渡された時、既に評価が確立している老匠に再び最高賞を与える意義はあるのか?という声も聞こえた。しかし、これが2010年代後半から相次いだ格差と分断、貧困を描く世界的なムーブメントの始まりだったように思う。カンヌはこの翌々年に是枝裕和の『万引き家族』を、そして2019年にポン・ジュノの『パラサイト』をパルムドールに選出。いずれもアカデミー賞にノミネートされ、アメリカ映画にも影響を与えていく事となる。

 だが、ケン・ローチはこの題材を1960年代から撮り続けてきた人だ。イギリスの深刻な経済不況は80年代のサッチャリズムによってさらなる壊滅的状況まで追い詰められ、いつしか新自由主義の台頭は世界共通のイシューとなり、ローチはイギリスというローカルの映画作家ではなくなった。近年でもシングルマザーの貧困を描いたNetflixのTVシリーズ『メイドの手帖』にケン・ローチ映画の影響を色濃く見ることができる。貧困がグローバルイシューとなることで、ローチの手法もまたアメリカ映画をはじめ、各国に影響を与えたのだ。

 本作の主人公は年老いた元大工のダニエル・ブレイク。彼は心臓発作で倒れたことから失職。医師からも労働を止められるが、国はダニエルを“就労可能”と判断した事から給付金が絶たれ、生活苦に陥ってしまう。デイヴ・ジョーンズ演じるダニエルは世話好きで口やかましく、それでいて愛情に満ちた“下町気質のおじさん”。ローチは市井の人々の善良さと連帯に慈しみの眼差しを向けるが、そんな彼らをふるいにかけ、分断し、福祉から遠のけようとするのが国家システムであり、全てを奪われたダニエルが職安の壁に自らの名前を記すシーンで映画の怒りは頂点に達する。

 このクライマックスでは周囲に野次馬が群れをなし、映画はフィクションとノンフィクションの境界を超えていく。このリアリズム、ダイナミズムこそケン・ローチの真骨頂だ。映画の中盤、配給所を訪れたシングルマザーがあまりの空腹に我を忘れて缶詰の中身を手づかみする場面には衝撃を受けた。僕達は貧困が人間の尊厳を傷つける事を知るのである。


『わたしは、ダニエル・ブレイク』16・英
監督 ケン・ローチ
出演 デイヴ・ジョーンズ、ヘイリー・スクワイアーズ
 

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