「退職の日、背中に羽根が生えた」

昨年末に還暦を迎えたこともあり、懐かしい同級生の方々と連絡を取り合ったり、お会いしたりする機会にも恵まれました。

その中でも特に印象的だったのが、とある公的機関で今春まで奉職されていたA君と、近所の居酒屋で互いの人生について交わした会話の中での彼の言葉です。

「奉職最後の日、定年退職の辞令を受け取って機関の門を出た時、背中に羽根が生えて飛び上がれるのではないか?!と思うほどの爽快感に包まれると同時に達成感が込み上げて来た。今後は今まで我慢してきたことを、退職金を元手に全部やって老後を謳歌したい!」との言葉でした。

彼の言葉と声からは、職務を全うした人間の満足が伝わって来ました。

A君は公立大学を卒業後、公的機関に入職し、以降38年間にわたり、それはたとえ休日のプライベートであっても「税で給料を賄っている公的機関の職員である」という自覚のもと、在野の方々からの視線を常に意識し、自分自身を厳しく律するとともに、自負とプライドを持って人生を歩んで来たそうです。その自重自戒の心は自分だけではなく、家風のようにご家族にまで及んでいたそうです。

私には到底出来ないことだし、かなり厳しくそして我慢の連続であったろう事が言葉の端々の表現とニュアンスで想像できました。しかしその分、定年を迎えてみると最高の達成感を手に入れることの出来た素晴らしい生き様であったのだと思います。

 

「立花の還暦を迎えた感想はどう?」と聞かれて、

「経営者には一応の定年が無いので、まだ還暦の実感は無いな。経営は『たえず見直し』の試行錯誤の連続の毎日なので、失敗も多い分、施策が上手く行ったときは小さな達成感を感じることは無数にある。けれど、お前ほどの達成感は60年間まだ一度も味わったことがない」と答えました。

A君は公職の厳しさや、いかに我慢が必要だったかについて語ってくれたので、私は経営者である俺の苦しさは、波のように止まることなく繰り返し引いてはまた打ち寄せる「孤独な決断の連続」と、「その決断を次々と実行に移して行かなければならないこと」というような話をしました。

 

すると「立花の人生のストレスは大変そうやね?やりたいことは出来るかもしれんけど俺やったら到底無理やし、そんな環境やったら病気になって死んでしまうわ!?決断も組織で議論したうえでの総意やしな!単独ではようやらんわ!」と返って来ました。

そこで私も「お前みたいな我慢や厳しさは無理やわ!?それこそストレスで病気になって死んでしまうわ!?」と応酬し、旧友の驚愕するほどの厳しさや信念そして憧れるほどの達成感と、自分自身の生き様を対比させながら、どんな人生にもそれぞれの立場に基づいた表面からは見えない苦しさと葛藤が常に付きまとうことを今更ながらに実感しました。

また我々日本人の「勤勉、詫び、寂び、控え目、謙虚」というような美徳の原風景を旧友に見たようで感慨に打たれました。

あまり飲めなくなった酒をちびちびと酌み交わしながら、新しい価値観を持った若い方々には通用しないようなお互いの今迄の生き様を讃え合って、やっと還暦を少しだけ理解し始めた次第です。

 

(関連ブログ:還暦のマインドセット>>