089392 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

株式会社SEES.ii

株式会社SEES.ii

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! --/--
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
2020.04.22
XML

​​ss一覧   短編01  短編02  短編03​  短編04  短編05
​​
       《D》については短編の02と03を参照。番外としては​こちらから
                         登場人物一覧は​こちらから


 10月10日――午後14時。

《F》の人々はただ呆然と、ただ緩慢に、その音を聞いていた。

 人々は互いに目を合わせ、何事かと確認し合い、外に出て、敷地に入り、わけもわから
ず集合し、また目を合わせ、ヒソヒソと囁き合い――天空に浮かび、轟音を響かせる鉄の
箱を凝視していた。
 ヘリコプター。それが10人前後の人間を運べる大型のヘリコプターだということは誰
もが理解していた。が、それを口に出す者はいなかった。いや、口に出すことができなかっ
た。なぜなら――そこから"何"が出て来るのか、それが知りたかった。
 混乱する人々を無視するかのように、ヘリは芝生の上に降り立った。
 高速回転するローターの真下にある出入口のハッチが開こうとする。
「誰だあ?」
 あっけらかんとした老人のひとりが呟く。危機感はないように思えた。
 やがて――ヘリの中から、黒いスーツを着た男女の集団が躍り出る……1人、2人、3
人、4人、5人、6人……そして……。

 この時、彼らは――今まで予期すらしていなかった危機感が、まるで風船のように膨れ
あがり――代わりに、これまで当然の権利かのように手にしていた"安心と平和"の風船は、
まるで針を刺した風船のように破裂して消えた。そんな感覚だった。
 恐ろしい。
 怖い。
 そう思った人々が一歩、また一歩と後ずさりした時――7人目にして、最後に"聖地"へ
と降り立った男が、周囲を見まわして言う。「……落後者どもの楽園、負け犬の聖地……
はっ! ヘドが出るわ」
 空にはまだ2機ものヘリが浮かび、"聖地"への着陸を待っている……。


 大型のヘリ3機が黒いスーツの集団総勢20名を降ろし、帰路のため再び離陸した直後、
リーダーらしき中年の男は立ち並ぶ《F》の人々を睨みつけ、舌を打った。
「ジジイにババアにメスにガキが大半か……気色悪ぃな……」
「……すみません、あなた方は……どちら様、ですか?」
 込み上げる不安と恐怖が人々を惑わす中、ひとりの老人が男に尋ねた。他の人々はその
様子をじっと見つめ、事態の解決と安心を求めて祈った。もちろん、"聖女"にだ。
 中年の男は、歩み寄って話しかける老人に気づいて視線を向けた。そして――いつから
用意していたのかわからない、金属の棒を地面に向けて振った。キンと乾いた音が耳の奥
に響く。鉄の棒――特殊警棒だ。《F》の女のひとりが小さな悲鳴を上げる。女は手を繋い
でいた子供を守るかのように抱き寄せた。

「――っ! それは何だっ? バカなことをするなっ!」
 両手を上げ、老人は叫ぶように言った。痰が喉に絡み、声がかすれた。
 男は特殊警棒の先端を老人の額めがけて指し示し、「聖女と宇津木を出せ」と静かに、
そして平然と言い放った。ツヤのある黒い上下のスーツ。50代半ばだろうか。男はどこ
にでもいそうな中年の男だった。
 だが、男は……怒りと憎しみに支配された凶悪な風貌を隠そうともしていなかった。両目
が赤く血走り、頬が細かく痙攣を続け、口の奥からはギリギリと歯を噛み締める音がした。
「俺様は今、機嫌が悪い……ナメたことヌかすヤツは、殺す」
「待ってくれ。話を聞いてくれ。まず……アンタたちは、《D》、だよな?」
 自分の額をとらえた特殊警棒を見つめ、喘ぐように老人は言った。彼ら《D》が何をし
にこの地へ来たか、何が目的で武器を手に取って構えているのか、老人は瞬時に理解した。
理解した次の瞬間――今度は恐怖に胃がヒクヒクと痙攣し、吐き気が喉まで込み上げる。
「だったら、なンや? ジジイ、楢本ヒカルはどこや?」
 抑揚のない声で男が聞き返した。
「ヒカル様は……今、ここにはいない。もうすぐ帰って来られる、予定だ。だが……頼む。
わたしはどうなってもいい。彼女には、何もしないでくれ……」
「……?」
 男は首を傾げた。「理解できンな。その女は単なるイカれ詐欺師やろ? なぜ庇う?」
「……違う。救われたからだ。彼女は、"聖女"なんだ」

 突然現れた中年男の怒りに満ちた顔と、その手に握られた特殊警棒とを交互に見つめて
老人は言った。「あの方は……ワシと、ワシらの生きる希望なんだ……だから、あの子が
無事に生きてくれるのなら、ワシの命なんてどうなってもいい。……ワシはもう、充分に
生きた」

 老人の言葉を聞いた時、ほんの一瞬、中年の男の顔が泣き出しそうに歪んだ。――少な
くとも老人だけ――いや、周りの《F》の人々にはそう見えた。

 男は何かを考えるかのように顔を伏せた。警棒を持たないほうの手をだらりと下げ、ま
るで"誰かの手"を握るかのような動きをした。
《F》の人々は男をじっと見つめ、彼の答えを待った。不安と緊張のためか、口を挟む者
は皆無だった。
 ――やがて男は顔を上げ、《F》の人々を真っすぐに見つめた。

「却下だ。お前らを徹底的に潰さないと――俺……"俺たち"の気が済まない」
 どこまでも低く、重い口調だった。「宇津木の成金はいるンやろ? そいつから血祭り
にしてやるわ……」
「……アンタらは……ああ……そんな……ヤメッ………」
 老人は言葉に詰まった。いや、詰まったのではなかった。詰まされたのだ。
 男は素早い動きで姿勢を整え、老人の脇腹に警棒を叩き込んだ。これまで経験したこと
のない激痛が脳に届き、一瞬で意識が遠のく。口の中いっぱいに胃液が込み上げ、悶絶し
ながら芝生に倒れ込む老人の体に……男は、容赦なく蹴りを入れ続けた。
「――ぎゃああっ!」
 あまりの痛みに老人は呻いた。《F》で暮らすうちに忘れかけていた"痛み"と"現実"を、
老人は思い知った。激痛に意識を失いかけながら……ドバドバと血ヘドを吐きながら……
ここは"聖地"ではなく、"ただの田舎"であることを思い出した。


「中島、南、有吉は配電盤を探して潰せ。通信用のアンテナ、ネット回線も見つけしだい
破壊しろ。清水、坂口、長谷川はここらの出入口の封鎖、車両類の確保を優先――残りの
半数は岩渕とツカサを探し、残りの半数と高瀬は、俺様の背後を守りつつ――」
 老人の腹を蹴り上げながら男は叫んだ。「《F》を一匹残らず、ここにっ、集めろっ!」
 
 いくつもの悲鳴が上がった。周囲の《F》の人々が一斉に後ずさった。誰も彼もが逃げ
ようと脚を動かしかけたその時――男がまた叫ぶ。
「お前らっ! 仲間なンじゃあねえのかっ! お前らがあの"聖女"を大事に思うのならっ!
全員っ、かかって来いっ! 俺様と戦えっ!」
 戦え――。
 男の声は、ついさっきまでの様子からは考えられないほどはっきりと、《F》の人々の
心に響いた。

 守る――。
 "聖地"を守る――。
 "聖女"を守る――。
 そう。《F》は覚悟を決めた。老人も女も子供も関係なかった。
 ある者は石やコンクリートの破片を拾い、ある者は園芸用の小さなスコップを拾い、ある
者は野球のバットを拾い、ある者は拳を握り締めた。
「うおおおおおっ!」
 狂乱じみた叫びが次々に上がり、広がり、そして21名の《D》を包囲した。

「そう……それでいいンだ」
 動かなくなった老人から視線を外し、《D》の男は呟いた。
 
―――――

「澤社長は……《F》の家で何をするつもりなんですか?」
 伏見宮京子は茶臼山の景色から目を逸らし、ただ黙々とフィアットを運転する宮間有希
の顔を見つめて聞いた。
「……殲滅、ね」
 京子にはその意味がわからなかった。
「老若男女問わず……二度と《D》の前に現れることがないように……」
 中途半端な妥協は遺恨を残し、近い将来――必ず《D》に災いをもたらす。そんな意味
のことなのだろう。信じられない……。
 動揺する京子に宮間は、「このまま引き返す?」と聞いた。
「心配はいりません。……私と、ヒカルさんが、澤社長を説得します」

 フィアットの後部座席に座る楢本ヒカルが、両手を固く握り合わせて顔を伏せているの
が見える。
「ヒカルさん、岩渕さんとツカサ君は無事なんですよね?」
 岩渕とツカサさえ無事ならば、最低限――示談の交渉はできると京子は考えていた。澤
にとっても岩渕は大事な部下のはずだった。
「……無理ね」
 ハンドルを切る宮間がぶっきらぼうに答えた。「カネで解決できる段階じゃあないって
こと。社長は、ああ見えて……とても純粋な人だから。説得できるとしたら……」
「できるとしたら……?」
「家族だけ」
 宮間は断言した。
「家族って……それじゃいったい、どうすればいいんですか?」
 澤社長に"家族"はいるのだろうか? 結婚しているとか、子供がいるとか、両親は健在
だとか、そんな話は聞いたことがない。……もしいたとしても、ここまで連れて来るまで
に膨大な時間がかかることは明白だった。
「……説得は不可能、ということでしょうか?」
「わからないわ……もし、可能性があるとしたら……」
 宮間はまた断言した。「"岡崎派"、だけね」
 宮間の言葉に京子は困惑げに頷いた。

―――――

 鮫島恭平と川澄奈央人が乗車するハイエースは、ビニール紐で手足を縛った田中を載せ
て"聖地"への山道を走っていた。
「そういえば、例のあのコ、丸山佳奈ちゃんも"岡崎派"、でしたっけ?」
 唐突な川澄の問いに、鮫島は困ったように口を開いた。「……ああ、社長の一番のお気
に入りだった。……入社試験も、歴代トップの成績だったらしいしな。……ん? てこと
は、お前よりも上だったってことか?」
 鮫島の問いかけに、川澄は「興味深いですけどね」と言った。「でも、死んでしまった
のなら、しかたありません」

「同じ"岡崎派"として――岩渕さんなら、この状況、どうするつもりなんでしょうかねえ
……できれば、僕の思う通りに行動してくれると助かるんですけど」
 川澄が言った。
「鮫島さん、もし――ツカサ君がケガひとつないような状態であるならば、宇津木さんに
対する攻撃は慎んでいただけますか?」
 真意の不明な頼みに鮫島は戸惑って顔をしかめた。だが、わからないでもない。鮫島は
思い出そうとした。あの"聖女"の願いをすべて叶えようと奔走し、己のすべてをひとりの
女に捧げた宇津木という男の話を。――そういうヤツは、嫌いではなかった。

「正直、萎えたわ。あの"聖女"の態度から察するに、その宇津木って男は、やっぱりアレ、
なのか? 隠してた、本当の関係、みたいなヤツか?」
 しどろもどろになって鮫島は答えた。
 川澄の話を聞いて驚く楢本ヒカルの表情を思い出しながら、鮫島は彼らに隠された関係
性と境遇の不幸を考えた。ある意味で、自分と宇津木は似ていると思った。
 
 ――だが、川澄の価値観はまた"別のところ"にあるようだった。

「別にそんなものはどうでもいいんですよ」
 朗らかに、薄ら笑いながら川澄は言った。
「宇津木さんには確認したいことがあるんですよ。……どうしてもね」

―――――

 ……もしもし、聞こえるか? 今、本館のトイレにいる。……ああ、《D》のヤツらが
来た。あいつら、棒を振り回して《F》のバカ共を片っ端から殴り倒して……いいからっ、
早くカネを用意して持って来いっ! ここももうすぐ見つかるし、あのクズ共じゃあ時間
稼ぎにもならない……クソッ! 最悪だ。……警察? バカ言うなっ、法に介入されたら
これまでの私の努力が泡になって消えるだけだっ! ……いいか? 《F》も私の会社も、
社会の毒を食らって成長しただけの存在だ。それを一瞬で失うわけには……。おいっ、い
いから早くカネを持って来いっ! ……クソッ、クソッ、クソッ! ……何ぃ? 今ぁ?
《D》の熊谷が来て? 大人数で? 社の玄関に? 畜生っ! 畜生っ! ……いいから、
とにかくカネの用意はしろ……最悪、熊谷にもカネを掴ませて見逃してもらえっ! はあ?
ヒカルを? ふざけるなっ! それだけは絶対にしないっ……ヒカルは、私のすべてだっ、
……あの子を渡すくらいなら、死んだほうがマシだっ! 約束したんだ……約束したんだっ
……あの子の母親と、あの子のために生きると……だから……頼む。ああ、ヒカル、《F》
のゴミ共なんかどうでもいい……私は、お前さえ"幸せ"なら……どうなってもいい……だ
から……生きて、生きて、生きてくれさえすればいいだけなのに……畜生っ。ああっ……
誰か来た……トイレに誰か入って来た。ああっ……やめてくれっ、やめろっ! やめろっ!

 電話の向こうから、木製のドアがガンガンと叩かれるような音がした。床に落ちたらし
い携帯電話から、『やめろっ!』『入って来るなっ!』という男の悲鳴が聞こえた。ドア
が蹴破られるような音がした。
『やめろっ!』『許してくれっ!』『やめろーっ!』
 何かを引きずるような音が響き、男の声が途切れた。そして……電話が切れた。

―――――

 最悪だ――。
 芝生に倒れた女の顔は、べっとりと血にまみれていた。額が縦にぱっくりと割れ、唇が
膨れはじめ、充血した目で瞬きをしたいた。それは、ほんの数分前、自分に襲いかかって
来た女と同じ人間だとは思えなかった。いや、思いたくもなかった。
「……許してくれ」
《D》営業部社員の三谷信也は誰にも聞こえないくらいの小さな声で呟いた。心臓が痛い
くらいに高鳴り、腕がガクガクと震えるのがわかった。
「……お前らが悪いんだ……お前らが悪いんだ……ウチの社長をバカにして、詐欺でカネ
を儲けて、《D》を陥れて……岩渕先輩まで……」
 呻くように三谷は呻いた。
 次の瞬間、視界の隅から中学校らしき制服を着た少年が、鉄パイプらしき棒を振りかざ
して三谷に襲い掛かろうとしているのが見えた。どこをどう見ても、子供。子供だ。
「来るな……頼む……来ないでくれ……」
 少年を凝視したまま、三谷は呻いた。そして、緩慢な動きで三谷を攻撃しようとしたそ
の少年の頭部めがけて――警棒を降り落とした。そして無我夢中でその少年を押し倒し、
動かなくなるまで殴り続けた。

「……最悪だ。最悪だ。これは……"戦い"なんかじゃあない……一方的な蹂躙だ……」
 畜生、それもこれも全部、あの楢本とかいう女が悪いんだ。芝生にツバを吐き、乱闘を
続ける《D》と《F》を見つめたまま彼は思った。
 

 澤に連れて来られた《D》は皆、三谷と同じか似た感情で動いていた。
 そのことを――彼も同僚も知らなかった。
 もちろん――澤自身も……。

―――――

 高瀬瑠美はその一部始終をじっと見つめ、無言で、ただ立ち尽くし、考え、思い、貸し
与えられた特殊警棒を強く握り直した。

 警察に連行される犯人のように体を引きずられ、悲鳴を上げ、助けを懇願する初老の男
を見た。この男が……宇津木?
 思っていたよりは"マトモ"そうにも見える。瑠美は思った。澤社長の眼下で土下座させ
られ、芝生に顔面を擦りつけられているこの男――宇津木聖一は今にも泣きそうなほどに
顔を歪め、陸に上がった魚のように苦しげな呼吸を繰り返していた。

「…………っ」
 無言のまま仁王立ちする澤社長に対し、宇津木は「……暴力はやめてくれ」と懇願し、
額を地面に擦り続けた。何度も、何度も。息を飲みながら、瑠美はそれを眺めている。
 ふと辺りを見回す。すでに《F》の大半の人間が《D》に倒され、死んだようになって
芝生に転んでいた。……非戦闘員であろう彼らに、ここまでやる必要があるのだろうか?
 理解不能だ。
 いや、そもそも社長以外に理解できているの? 

「やってらんないわ――……」
 フーッと長い息を吐いた。"仕事"を終えて一段落する同僚たちと目を合わせると、深い
共感めいた感情に包まれたからだ。「そりゃあ、そうよね」
 これは《D》の仕事ではない……少なくとも……そう、例えば――もし仮に、あの人が
この場所にいたのなら……澤社長を全力で止めてくれるのだろう……岩渕さん……。

 大きくひとつ深呼吸をしてから、瑠美はカラカラになった口を必死で開いた。そして、
努めて冷静さを装いながら一歩進み、「……社長、岩渕マネージャーの件ですが」と、目
の前で宇津木の髪を強引に掴む社長へ声をかけた。
「あぁっ? なンや? 高瀬」
 社長が鬼のような形相で振り向く。
「ねえ、宇津木さん……岩渕……さんは、どこにいますか?」
 震える声で言い、瑠美は宇津木の目を見た。
 やがて……男は震える手で自身の胸をまさぐり、小さな鍵を社長の前に差し出した。
同時に、「岩渕様とツカサ様は屋敷の地下の倉庫にいる。だから――」と喋りかけた男の
腕を――鍵を手渡そうとした宇津木の腕に――社長は警棒を降り落とした。
「あああああーっ!」
 骨が折れたであろう、絶叫する宇津木の悲鳴を無視するかのように、社長がまた振り向
いた。

「高瀬、岩渕とツカサを迎えに行ってやれ」
 鼻で笑ったような社長の声が、瑠美の耳にはっきりと届いた。

 最悪だ。最悪の仕事だ。もしこれが熊谷部長の"頼み"でないのなら、アタシは今日中に
荷物をまとめて《D》を辞めているところだ。
 早く来いよ……クソ兄貴が……。

―――――

 鍵を解き、倉庫の扉を開いた黒いスーツ姿の高瀬瑠美の顔を見て、岩渕誠は思わず息を
飲んだ。
「……お待たせ……岩渕さん、ツカサ君……待たせて、ゴメンね」
 消え入りそうな声で言った瑠美の顔は、まるで悪夢を見続けた子供のように、憔悴し、
恐怖と不安にひきつっていた。だが岩渕は、そんな彼女の顔を一瞥すると同時に、ツカサ
の手を取り、倉庫の中から飛び出した。

「ありがとう……瑠美……状況は?」
「……社長を止めて」
 早足で地下からの階段を昇る岩渕の背に、瑠美の声が微かに届く。川澄との連絡が途絶
えて1時間強、瑠美が鍵を持って現れたこと――……状況は最悪、なのだろう。

「宇津木さんは――どうなっている?」
「……殺されるかも」
 力ない瑠美の声が背に届く。彼女の声を聞くのは数日ぶりだが、こんなにも疲労感を滲
ませた声を聞くのは初めてだった。
「……《F》の連中は?」
 そう言って岩渕は、瑠美と並んで屋敷の玄関の前で立ち止まった。
「……芝生の中央に集められて、半強制的に《D》の20人と戦わされて……もうほとん
どが死に体ね……妊婦さんや、子供も含めて、ね……」
 無理に平静を装った口調で瑠美が言う。
「営業と総務の連中か……"自主的"に、じゃあないよな?」
「臨時ボーナス100万だって……正直、誰も社長には逆らえない雰囲気だった」
「キミは? なぜ社長について来た?」
「……熊谷部長に耳打ちされたの……"行け"って。それで――『できることなら、社長よ
り先に、岩渕君か川澄君に接触しろ』って……」
「……?」
 熊谷部長は聡明な人だ。意味のない言動はしない……つまりは、そういうことなのかも
しれない……。

「『この襲撃は《D》全員の総意ではない』ってトコロか……」

「ついさっき兄さんから『もう着いた』ってメッセージが来たけど……ねえ、岩渕さん、
これからどうするの?」
「……ツカサを頼む……鮫島さんの姿が見えるまでは。俺は……社長を止める」
「……できるの? "アレ"は鬼よ? まるで……何かに憑りつかれているみたい」
「なら――そいつから社長を解放してやればいい」
 ツカサの手を瑠美に手渡し、岩渕は館の玄関の扉を開こうとした。……この先に待つは
"鬼"……さしずめ、狂気に憑りつかれた強欲社長か……クソったれが。

 岩渕はスーツの裾に付いたホコリを払い、ネクタイを締め直した。ドアの取っ手に手を
置き――思う。またスーツがボロボロになりそうだ……そうだな、今度は京子と一緒に、
『テーラーチクサ』へ遊びに行くか……。

 ドアを開けたその瞬間――
 岩渕の目に――あの、"神託"で見た光景が広がった……。



―――――

『聖女のFと、姫君のD!』 k2(中編)へ続きます。

―――――









 少し休憩……。
 最近ハマっているZOC(大森靖子氏プロデュースの異色アイドルグループ)


 ……戦慄かなのちゃん……エエで。





 次回の"中""更新は……2020/04/23!の未明です。すぐです。はい。

こちらは今話がオモロければ…ぽちっと、気軽に、頼みますっ!!……できれば感想も……。

人気ブログランキング






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2020.04.22 22:00:24
コメント(5) | コメントを書く



© Rakuten Group, Inc.