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今日の筆洗

2024年04月23日 | Weblog

「あれじゃあ、だれだってこわいですよ」。飛行機で目的地にたどり着けず、引き返してきた操縦士が支配人に事情を説明する。四方は山。突風もやって来る。気圧計も見えない。「これがすべて真っ暗闇の中の出来事です」。自身もパイロットだった仏作家、サンテグジュペリの『夜間飛行』にそんな場面があった▼民間航空の黎明(れいめい)期において夜の飛行はいかに恐ろしかったか。支配人は言い訳に耳を貸さない。「夜というあの暗い井戸の中に降りて行って、そこからまた上がって来ても、別に珍しいことをしたとも思わないようにしなければならない」(訳・堀口大學)。酷な話である▼「暗い井戸」の中でなにが起きたか。伊豆諸島・鳥島の東方海域で夜間訓練中の海上自衛隊の哨戒ヘリコプター2機が墜落した事故である▼3機で潜水艦を探知する訓練中だった。訓練ではヘリ同士がある程度、接近する必要があり、この際に衝突した可能性があるという▼2021年にも鹿児島県沖でヘリ2機が接触するなど夜間訓練中の事故が後を絶たない。サンテグジュペリの時代とは違い、視認性の低い夜間においても事故を回避する技術は格段に向上しているはずだが、相次ぐ事故が解せない▼行方不明者の捜索と事故原因の究明を急ぎたい。突き止めなければならないのは潜水艦の位置よりも夜間訓練に棲(す)む「魔物」の正体である。


今日の筆洗

2024年04月22日 | Weblog
 茶店で使われていたごく普通の茶碗(ちゃわん)。不思議なことに毛ほどの穴もひびもないのに中の水がぽたぽた漏れ出てくる▼もちろん、ただ同然の品なのだが、この茶碗がひょんなことから世間の評判となり、果ては高貴な方がその不思議さに「はてな」と名を授けたことで、千両の値がつく。落語の「はてなの茶碗」である▼別の茶碗の話である。この茶碗、水がもれないどころか立派な純金製で、その値は1040万円。東京のデパートで開かれていた「大黄金展」の会場から高価な抹茶茶碗が盗まれた先日の事件である▼容疑者はまもなく逮捕されたものの、こちらの茶碗にも不思議の「はてな」がついて回るようだ。大きな「はてな」は警備の甘さか。プラスチック製のケースで覆っているだけだったそうで、これなら簡単に持ち出せただろう▼「はてな」は続く。容疑者はその日のうちに古物買い取り店で180万円で売却。ずいぶん安く買いたたかれたのも驚きだが、この店はやはり同じ日に別の店に約480万円で転売している▼事件から数時間後にはテレビなどで大きく報じられていたにもかかわらず、盗品が店から店へとすいすいと転売されていくのがどうにも不思議である。警視庁で転売の経緯なども調べているそうだが、あの落語の茶碗とは大違いで、事件の経過に大きな「穴」や「ひび」のようなものを感じてしまう。
 
 

 


今日の筆洗

2024年04月20日 | Weblog
 若く貧しい夫婦はそれぞれひそかに相手へのクリスマスプレゼントを買う。夫は自分の時計を売った金で櫛(くし)を、妻は自分の美しい髪を切って売り時計に合う鎖を。オー・ヘンリーの有名な短編『賢者の贈りもの』である▼行動に移す前、妻は貧しさに泣き「人生は『むせび泣き』と『すすり泣き』と『微笑(ほほえ)み』から成り立っている」と考える。「なかでは『すすり泣き』がいちばん多くを占めている」とも。すすり泣きはむせび泣きほど激しくはないが、悲しいことには変わりない。人生は思うにまかせない▼独り泣いた日も多かっただろうか。バドミントン男子シングルスの世界選手権元覇者、桃田賢斗選手(29)が日本代表からの引退を表明した。世界一に挑むには体力などに限界を感じたという▼賭博行為で出場停止処分を受け、2016年リオデジャネイロ五輪出場を逃した。後に世界ランキング1位になるが、20年の交通事故で重傷を負い視力にも影響が出た。金メダルが期待された21年の東京五輪は1次リーグ敗退。非情な試練が多かった▼出場停止が明け「応援してもらえない」と覚悟して出た大会の大声援が思い出という。逆境の若者を見捨てなかった人たち。失ったものもあるが、得られたものもあった▼『賢者の贈りもの』は大切なのは相手を思う心だと教える。挫折を知る元王者にも確かに心通じ合う人々がいた。
 
 

 


今日の筆洗

2024年04月19日 | Weblog
『日本書紀』によると、684年に今の四国が揺れた地震があった。「国挙(こぞ)りて男女(おのこめのこ)叫び唱(よば)ひて、不知東西(まど)ひぬ。則(すなわ)ち山崩れ河涌(わ)く」。阿鼻(あび)叫喚の様相となり山は崩れ、川の水はわきだしたようだ▼「伊予湯泉(いよのゆ)、没(うも)れて出(い)でず」。松山の道後温泉のことで温泉の湧出が止まったらしい。「土左国(とさのくに)の田菀五十余万頃(たはたけいそよろずしろあまり)、没れて海と為(な)る」。五十万頃(しろ)は約1200ヘクタールで土佐の国、今の高知県でそれだけの田畑が地盤沈下で海に沈んだ▼死傷者多数とも伝え、被害状況から記録に残る最古の南海トラフ巨大地震とされる。後に白鳳大地震と名付けられた(伊藤和明『地震と噴火の日本史』)▼一昨日の夜、愛媛県や高知県で震度6弱を観測した。負傷者が出て水道管の破裂や落石なども伝えられる。お見舞い申し上げる▼白鳳大地震級の被害ではなさそうだが、おおむね100~150年間隔で起きるとされる南海トラフ巨大地震の想定震源域内で起きた。前回から約80年が経過。気象庁は「この地震によって直接、南海トラフ巨大地震発生の可能性が高まったとは言えない」と語っており、過度の心配は避けたいが、備えを吟味する機とはしたい▼白鳳大地震に関し日本書紀は「古老(おいひと)の曰(い)はく、『是(かく)の如(ごと)く地動(ないふ)ること、未(いま)だ曽(むかし)より有らず』といふ」とも伝えている。当時は未曽有の災い。日本人はその後幾度も経験し、泣いた。無駄にすまい。
 
 

 


今日の筆洗

2024年04月18日 | Weblog
宝を守るため、その身をドラゴンに変える男の話が北欧神話にある。ひょんなことから父親が神々から大量の黄金を受け取ったそうだ。2人の子どもがその分け前を求めるが、父親は自分が受け取ったのだと応じない▼腹を立てた兄弟の1人が父親を殺害し、黄金を独り占めにする。兄弟のもう1人が分け前を要求してもやはり耳を貸さない。宝を隠し、自分はドラゴンとなって、その上でとぐろを巻いて横たわったという▼この歴史的建造物の守り神も北欧神話とどこかでつながっているのかもしれない。コペンハーゲンの「旧証券取引所」である。17世紀、当時のクリスチャン4世が建設を指示したと伝わる▼シンボルの尖塔(せんとう)の高さは56メートル。変わった構造で4頭のドラゴンが天に向け、尾をねじり合わせて一つの塔となっている。ドラゴンに敵や火から建物を守らせるためらしい▼不思議なことに周辺でどんな大きな火災があってもこの建物だけは被害を免れてきたそうだ。そのドラゴンが炎に包まれ、崩落した。「旧証券取引所」の大規模火災である。歴史を失ったようで土地の人はショックだろう▼原因はまだ不明だが、改修工事中だったと聞く。2019年のパリ・ノートルダム大聖堂など歴史的建造物の火災が後を絶たぬ。古さゆえ火に弱い人類の財産と記憶。注意深く、最新技術を身に付けた宝を守るドラゴンがほしい。
 
 

 


今日の筆洗

2024年04月15日 | Weblog

 進学、就職など新たな出会いの季節だろう。初対面の人とどうやって親しくなるか。お悩みの方もいるだろう▼幼いころの「共通の話題」はいいきっかけになるらしい。子どものときに見たテレビ番組や聴いた音楽。自分と似た経験をしてきたのだなと思わせれば相手は安心する。心を開きやすくなる▼周到に計算された例がある。岸田首相の米連邦議会での演説である。冒頭、幼少期にニューヨークで暮らした経験に触れている。へえ米国で暮らしていたのか。米国民は興味を持ったはずだ。続けて子どものときに観戦したヤンキースやメッツの名に触れる。野球好きの米国の方には親近感を与える魔法の言葉だろう▼とどめは米国の懐かしのアニメ番組「フリントストーン(『恐妻天国』)」か。「今でも懐かしく感じる」と語り、主人公の口癖の「ヤバダバドゥー」まで持ち出せば、米国の議員には岸田さんが親しみやすい人物に映ったはずである▼さて、演説の主題は防衛協力を柱とした新たな日米関係である。「米国は独りではありません。日本は米国と共にあります」。首相の言葉を聞いてこっちもあのアニメを思い出す▼トンマな主人公フレッドの言動にいつも振り回される気弱な親友バーニー。米国がフレッドなら日本は…。米国では受けた演説なれど、日本で聞いている人には「ヤバダバドゥー」とははしゃげまい。


今日の筆洗

2024年04月13日 | Weblog
 岩波少年文庫の朝鮮民話選に『ネギをうえた人』という少々怖い話がある▼人間がネギを食べなかったころ、人間は互いが牛に見え、間違えて食べることがよくあったそうな。そんな間違いが嫌になったある人が、人間が互いに人間に見える国を探す旅に出て、長い年月を経てようやく見つける。なぜ人間と牛が見分けられるのか聞くと、秘密はネギ。栽培して食べると間違いはなくなったと知る▼民話では人に和をもたらすネギだが、韓国の国会議員を選ぶ総選挙で野党が与党打倒の象徴に長ネギを使い大勝。尹錫悦(ユンソンニョル)大統領を支える与党は惨敗した▼ネギ活躍の発端は尹氏がスーパーの視察で1束875ウォン(約100円)の長ネギを見て「合理的な価格だと分かる」と言ったこと。尹氏が接した品はあくまで特価で通常は数倍という▼物価の実情に疎いと批判が出て「長ネギ」と「大破」の韓国語の発音は同じ「テパ」のため野党側は長ネギを手に「与党を大破」とアピール。物価高に苦しむ民に浸透した。ネギのせいばかりでなかろうが、尹氏には苦い結果である▼民話では、ネギを知った人は種をもらい急ぎ故国に戻る。みんなを救えると種をまいたが、収穫前に周囲の人たちが「牛がいる」と捕まえようとし危機に陥る。結論を書くのは控えるが、公のために汗を流しても、理解を得るのはそう簡単ではないと分かる話である。
 
 

 


今日の筆洗

2024年04月12日 | Weblog

ハワイ出身の元横綱曙の曙太郎さんが生まれて初めて雪を見たのは、入門のため18歳で来日して間もなく。「雪って冷たいんだな」と思ったという▼その後の土俵人生も節目には雪が舞ったと自著『横綱』で明かしている。横綱に昇進し明治神宮で土俵入りした日も、長野五輪開会式で横綱土俵入りを披露した日も、引退を決心したのに理事長からけがを治して頑張れと慰留されて撤回した日も、本当に引退を決め師匠に告げた日も降ったと書いている▼雪は白星の色、勝ち星の象徴と本人は記すが、冷たいそれとの縁は常夏の故郷を離れ、異国で苦労を重ねた力士らしい▼外国出身で初めて綱を張り、若乃花、貴乃花兄弟との対決で土俵を盛り上げた人。訃報に接した。54歳とは若すぎる▼横綱になってからのけがとの闘いは凄絶(せいぜつ)で、両膝のけがで痛み止めを打ち続け、その末に胃や腸も病み、痛んだ。注射のみならず点滴で激痛を和らげたこともある。俺は横綱なんだと言い聞かせ自らを鼓舞。2000年名古屋場所で19場所ぶりに優勝を決めた際は涙をこらえようと天を仰いだ。色紙に書いた字は「忍」。身長2メートル超の怪力自慢はいつしか、日本人の琴線に触れる存在になった▼旅立つ前は東京近郊で入院中だったが、今年の桜は見ただろうか。もうけがにも、病気にも、雪の舞う日の寒さにも耐えなくていい。どうか安らかに。


今日の筆洗

2024年04月11日 | Weblog

 英国の科学担当大臣が1993年にこんな大会を開いた。すべての物質に質量を与えるヒッグス粒子について分かりやすく説明した人には年代物のシャンパンを進呈する▼シャンパンを獲得した説明はこうだ。質量ゼロの粒子をサッチャー元首相に見立てている。大勢の人が集まったパーティー。サッチャーさんが会場内を横切ろうとするが、みな、握手したがるので、サッチャーさんの動きは緩慢になる。質量ゼロの粒子が質量を持った歩みの遅い粒子になる。この人の波のようなものがヒッグス粒子…▼ヒッグス粒子の存在を予言した英国の物理学者ピーター・ヒッグスさんが亡くなった。94歳。その世界のスターだろう。予言したヒッグス粒子は2012年、巨大加速器による実験で発見され、ヒッグスさんはノーベル物理学賞に輝いた▼「私を有名にした仕事だが、その期間は人生のごくわずか」。わずかな期間とはヒッグス粒子をひらめいた1964年の夏の3週間である▼苦労はむしろその後だろう。本当に存在するのか。待つことに人生の大半を費やした。粒子が発見されたとき、ほっとしたのか、ハンカチで目をぬぐっていた姿を思い出す▼さて歴史上の物理学者たちが集うパーティーがどこかで開かれているか。主役のヒッグスさんが会場内を動こうとするのだが、功績への称賛と握手攻めでなかなか前に進めない。


今日の筆洗

2024年04月10日 | Weblog

護送車の事故を幸いにと囚人2人が手錠でつながれたまま逃走を図る。米映画の『手錠のまゝの脱獄』(1958年)。シドニー・ポワチエさんが若々しい▼物語の設定にわくわくする。手錠で互いから離れられない囚人の1人は白人でもう1人は黒人。2人は何かと反目し合うのだが、次第に助け合い、心を通わせるようになっていく。手錠でつながれた仲の悪い2人という設定はドラマを生みやすいのか、高倉健さん主演の『網走番外地』(65年)にも似た場面があったっけ▼コンビニ大手2社の決断に映画の場面がつい浮かんだが、あまり適切ではなかったか。ファミリーマートとローソンが岩手、宮城、秋田の3県で商品の共同配送を始めるそうだ。大手同士の本格的な連携はこれが初めてという▼深刻な状況に競い合う2社もいがみ合ってはいられず、息を合わせるしかなかったのだろう。状況とはもちろん、運転手不足が心配される物流の「2024年問題」である▼1台のトラックを2社で共有して荷物を運ぶという。運転手が足りないのなら共有すればよいと言うのは簡単なれど、長年のライバル同士とあれば、実現までには難しい調整もあっただろう▼今後、3県以外への拡大も検討するそうだ。「呉越同舟」ならぬ「ファミマ・ローソン同トラック」。うまく進めば、二酸化炭素の排出量抑制というオマケも付く。