杉本苑子「竹ノ御所鞠子」源氏の血はかくも重く悲しく…源氏最後の女性の物語

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館長のふゆきです。

今日の夢中は、杉本苑子「竹ノ御所鞠子」源氏の血はかくも重く悲しく…源氏最後の女性の物語です。
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■竹ノ御所鞠子

竹ノ御所鞠子(たけのごしょまりこ)…。
ほとんどのひとは聞いたことのない名前だと思いますが、大河ドラマ「鎌倉殿の13人」ファンなら知っておきたいひとです。


竹ノ御所鞠子

鎌倉時代初期を生きた女性。鎌倉幕府2代将軍・源頼家の娘です。
名前は鞠子または媄子(よしこ)とされますが、定かではありません。一幡、公暁の異母妹または同母妹。源頼朝の嫡孫にあたる女性です。

父の源頼家は、伊豆修善寺に幽閉された後、北条氏の刺客により非業の最期を遂げました。
物語は、その頼家の死から8年経ったある日から始まります。

頼家の死後、母の苅藻(かるも)と隠棲していた10歳の鞠子は、宴席に呼び出され異母兄弟の公暁、千寿丸、花若と再会します。
この席で公暁が、父頼家と兄一幡を殺害した北条氏は仇敵だと語ったことから、鞠子は図らずもこの後の闘諍に巻き込まれていくことになります。

やがて、公暁、千寿丸(出家して永実)、花若(出家して禅暁)が、次々と幕府の政争に巻き込まれ非業の死を遂げます。
鞠子は女性であるが故にそれを免れましたが、一方で女性であるが故に人生を狂わされることになるのです…。

■源氏の血筋

あらかじめ断っておきますが、今日紹介する「竹ノ御所鞠子」は、杉本苑子さんが描く小説です。
史書では、鞠子は29歳で第4代将軍・藤原頼経に嫁いで、円満な夫婦生活を送ったとされています。

ただ、このとき頼経は13歳…。さらに、その4年後に鞠子は懐妊、難産の末に出産しますが死産…。本人も死亡します。
果たして、史書にある通り幸せな人生だったのだろうか…。杉本さんが歴史の定説にメスを入れました。


(竹御所(鞠子)の墓/妙本寺)

物語のほとんどは母・苅藻の視点で描かれます。杉本さんは、諸説ある鞠子の母について、「源義仲の娘」説を採用しました。
苅藻は家の都合で頼家に嫁がされます。間もなく父義仲は義父頼朝に滅ぼされ、夫頼家は家臣の北条氏に葬られました…。

そんな苅藻のささやかな願いは、鞠子にただただ平穏な人生を送ってほしいということ。鞠子の幸せこそ、苅藻の人生のすべてでした。
やがて鞠子は、家臣の六郎と結ばれ、子供をもうけます。いつまでも、このような日々が続いてくれますように…。

そんな苅藻の願いをよそに、鞠子に流れる源氏の血を、北条氏が放っておきませんでした。
執権・北条義時が鞠子母娘に近づくと、尼将軍・北条政子が2人を呼び出します。そして政子は、そのとき5歳の三寅(後の藤原頼経)と21歳の鞠子の婚約を命じたのでした…。

必死に抵抗する苅藻に対して、政子の甲高い声が響きます。「お黙りッ」
さらに苅藻母娘に悲劇が訪れます。北条氏が、鞠子の夫と子をそのままにしておくわけはありませんでした…。


杉本さんは、「杉本苑子全集」のあとがきの中で、次のように記しています。
「源頼朝の嫡孫に生まれながら、いえ、そのような立場に生まれたがゆえに、鞠子の肩に負わされた業苦の重みがどれほどのものだったか、私たち同性には痛いくらいわかるのです。/理不尽な抗しがたい暴慢な圧力…。それは形こそ違え、現代社会にも存在しています」。

小説でも史実でも、天福2年(1234年)、鞠子は男児を死産し、本人も身まかりました。
これにより、源頼朝の正嫡は、一人残らず絶え果てたのです…。

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