野心家の青年を通じて人間の欲望と罠を描くウディ・アレン監督脚本「マッチポイント」(2005年)をご紹介します。
"愛情決勝點 Match Point" Photo by K嘛
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主人公はアイルランド出身の元テニスプレイヤー、クリス(ジョナサン・リース=マイヤーズ)。
クリスは自分のキャリアに限界を感じ、ロンドンにやって来て上流階級を相手にテニスコーチを始めます。
クリスはそこで知り合った会社社長アレックスの御曹司トム(マシュー・グッド)と親しくなります。
トムの家族と交流を始めたクリスは、トムの妹クロエ(エミリー・マティマー)と付き合うようになります。
人の好いトムは、飢えた狼を家の中に招き入れってしまったことに全く気付いていません。
"matchpoint. jan. 25th 2015. 20h45 (19:45 gmt). arte" Photo by Alatele fr
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クリスは、ホームパーティーでトムの婚約者で女優志望のノラ(スカーレット・ヨハンソン)と出会います。
肉食男子クリスは、ノラに卓球のアドバイスをしながら勝負師の顔で「魅力的な唇をしていると言われたことは?」「僕は攻撃的なプレーヤーさ」とグイグイ攻める。
クリスはノラにすっかり惹かれてしまいます。
しかしクリスは成り上がるためクロエと結婚して、義父の会社で重用されます。
クリスはテムズ川を見渡す豪邸に住み、望み通り上流社会への仲間入りを果たします。
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一方、トムと婚約破棄となったノラは失意のうちにロンドンから突然居なくなります。
ノラと1度関係をもったクリスは、彼女を忘れられません。
ある日、ロンドンに舞い戻ったノラと偶然再会したクリスは、彼女と逢瀬を繰り返すように。
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アイルランド出身のクリスは上昇志向の強い野心家。
一方、コロラドからやって来た売れない女優志望のノラもCMに1本出演しただけです。
異国の労働者階級出身で、野心家だけど早々に夢を挫折しているクリスとノラは似た者同士なんですね。
「二兎を追う物一兎も得ず」と昔から言いますが、クリスは迷わず欲望に身を任せてゆく。
クリスは不妊治療を続けるクロエをしり目にノラに溺れるんです。
ノラはクリスがクロエと別れるという言葉を信じている。
でも、セレブの暮らしを一度知ってしまったクリスが今の生活を手放すことなどできない。
ある日ノラの妊娠が分かり、クリスは彼女が自分の成功の邪魔になると感じ出す。
そして追い詰められたクリスは、保身のために恐ろしい計画を実行してしまう。
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クリスは「人生は運だ」と言う。そこに意思などない、と。
一方、クロエは「努力が大事なんじゃない?」と言う。
クリスは経済的に苦しい家庭でずっと苦労してきました。
対してクロエは運良く上流階級で生まれてずっと何不自由ない暮らしをしてきました。
クリスの人生観がクロエと違うのも無理はないかも知れない。
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実際、人には頑張ってもどうにもできないことがあります。
クリスが言うように、努力は大前提ですが、運でもって物事が決まっていると感じることは実に多いのかもしれない。
それに実際人生は不条理です。
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タイトルのマッチポイントとはテニスの試合で勝敗を決める最後のポイントのことです。
そして、コードボールというのがあります。
コードボールとは、打ったボールがネットに当って運が良ければ相手コートに落ちて自分のポイントになり、運が悪ければ手前に落ちてポイントを失う、というものです。
テニスの試合ではこのコードボールが試合の流れを変えて勝負まで決する(マッチポイント)ことがあります。
つまり運次第なんです。
コードボールによるマッチポイントに例えて「人生は運だ」というクリスの人生観。
しかし、クリスのこの人生観は保身を正当化するための強引な自己弁護になってゆくのです。
許されざる者は、罪を犯した挙句に自分の欲望のために犠牲になった人々に対して強引な論理を通してしまう。
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冒頭、文学青年でもあるクリスはドストエフスキーの「罪と罰」を読んでいるシーンがあります。
クリスは心のどこかで自分はもっと成功するに値する特別な人間だ、と考えていたのかもしれません。
運が無いだけなんだ、と。
「罪と罰」の主人公のように、幻覚が現れて罪悪感に悩むクリス。
でも卑怯なクリスは、この時も「エディプス王」の作者ソフォクレスの言葉を引用して幻覚に対して自己弁護する。
罪を犯した自覚はあれど、自らに言い訳をして合理化するクリスに罰は下るのか。
それさえも「コードボールのように運なんだ」とクリスは信じていくのでしょうか。
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source: https://flic.kr/p/qBG6iJ
淀川長治さんがウディ・アレンを「現代のシェイクスピア」と評されていました。
人間・人生を悲喜劇という形で描いていることが両者に共通しているんですね。
いつもの軽妙な笑いはなく、シビアな作風の「マッチポイント」ですが、人間存在へのシニカルな眼差しはウディ・アレンらしいです。
ウディ・アレンはこの作品もコメディのつもりで撮ったんじゃないでしょうか。
クリスが証拠隠滅のためにテムズ川に向かって投げ捨てた指輪が手すりの 上端に当たってコードボールのようになる描写が巧い。
「マッポイント」は人間の持つ暗黒面をかいまみたような、でもそれだからこそありがちな、という意味でドーンと来た映画でしたね。
(※2014年10月21日の過去記事をリライトしました)