医療麻薬で意識が朦朧となさいましたが

時折目を覚まされて

姫達に

「お前さん達の幸せを考えると・・・」

と、お話下さったり

手をマッサージさせて頂く私に

「本当に・・・世話になったなぁ」と

仰って下さり

涙が止まりませんでした





何も召し上がれなくなってしまい

MAXで流れる酸素のせいで

カラカラに渇いてしまう喉を湿らす為

小さな氷を数分おきに

お口に入れて差し上げました






頭の高さや体勢で

体内酸素濃度が下がってしまうと

モニターのアラームが鳴り響き

その度に

姫達も私も息が止まりそうでした






1月7日の朝

たぬき先生は

今までの苦しみが嘘の様に

とても安らかなお顔で

虹の橋を渡られました





私は

最後の花道を進まれた

先生のお姿が見える様な気がして

病室で

大向こうを掛けさせて頂きました






私達にとって

肉親の様に

いえ

それ以上に

心温かな方でした

偉大な方でした





たぬき先生のお葬儀は

読経の代わりに歌舞伎音楽を流し

子供達による湯灌の儀となりました





みんなでお花を差し上げて

いつものお稽古の最後の様に

一列に正座して

「ありがとうございました」と

最後のご挨拶をしました





出棺も

大きくなった子供達によって行われました





僧侶も呼ばなくていい

戒名も要らない





そうおっしゃっていらした

たぬき先生





せめて最後に

大好きだったお風呂に入れてあげたいと

息子さんが考えて下さったお葬儀でした





こんな

心温かなお葬儀は初めてでした





あの時

もっとこうしていれば良かった

こうして差し上げたかった





そんな後悔は尽きませんが





あの時の私達に出来る事を

精一杯させて下さった

たぬき先生と息子さんに

今は心から感謝しております





今もきっと姫達を

そっと見守って下さっていると思います

私たちの会話を聞いて

時折

クスッと笑っていらっしゃるんだと思います





私は

お葬儀の最後のお別れの時に

先生のお耳に囁きました





先生、私もそのうち行きますから

台本書いて待っていて下さいね