ゾンビ映画が好きだ。
 
 1985年に公開された『霊幻道士』は、香港映画らしいアクションとコメディ要素に溢れ、作中に登場するキョンシーという中国製ゾンビが子供たちの間で流行った。
 
 一方、同時期に公開されたアメリカ映画『バタリアン』は、今思えばブラックジョークの効いたホラーコメディとでも言うべき作品であったが、当時の幼い僕の心に強烈なトラウマを残した。
 
 時折、夢に見るほどに心に染み付いたそのトラウマは、どういう訳かポジティブな形へと姿を変え、今日の僕に『俺、ゾンビ映画、好き』と、堂々と発言させる程の精神的支柱となった。
 
 そんな僕は最近、Netflixで配信中のコリアンゾンビドラマ『キングダム』と、その前日譚にあたるスピンオフ作品『キングダムーアシンの物語』を観て戦慄した。
 
 その他にも、同じくNetflixで配信されている『#生きている』や、2016年に公開された『新 感染』などにも感銘を受けた。
 
 それらの作品は、ゾンビと言えばアメリカ映画、と思っていた僕に、これからのゾンビ作品は韓国製をおいて他に無いと確信させるクオリティだった。
 
 練り上げられたストーリー、テンポの良い展開、映像的、視覚的センス────。それらの品質は他の追随を許さず、成長期かと思わせるほどの食欲と、青春ドラマさながらに全力疾走するゾンビたちについてはもはや、「活き活きしている」とすら感じた。
 
 その衝撃が、この日、現実となって目の前に現れた。
 
 夜明け前、最も冷たく深い闇────。その奥から響き渡るけたたましい絶叫が、眠りの淵から僕を、騒然たる現実世界へと呼び覚ました。
 
 何者かの叫び声と、その声に呼応する群衆の怒号────。いつものように、ソファーで寝落ちしていた僕は、不自然な姿勢から顔をしかめて身体を起こすと、声の出処を探して、暗闇に沈む窓の外へと視線を泳がせる。
 
 眼下を流れる12車線にもなるドバイの目抜き通り、シェイクザイドロードが、漆黒に塗りあげられていた。
 
 まだ人々が眠りから覚める前とはいえ、この大通りに一台の車も走っていないなど、普通では考えられない。
 
 
 ────まさか……!?
 
 
 湧き上がった疑問は、ほんの僅かな不安と、好奇心へと昇華する。
 
 目を擦り、手探りで探し当てた眼鏡をかけると、再び闇へと目を凝らす。
 
 そして、僕は目撃した。
 
 冷たく広がる暗がりの中、路上を埋めつくし、おぞましく蠢きながら大挙する群衆の姿を。
 
 
 その光景はまさに、アポカリプス。
 
 下された天啓、示された終末────。ゾンビの闊歩する終焉の景色が、目の前に顕現したのだ。
 
 遂に、始まってしまったのか?────。人類が築き上げてきた文明の崩壊、世界の終わりの始まりに戦きながら、僕の震える手は、スマートフォンを掴んだ。
 
 
 その時の映像が、これだ。
 
 今、外へ出て大丈夫なのか!?
 
 ゾンビ映画やホラー映画の場合、大抵、好奇心に駆られて不謹慎に行動する輩が真っ先に犠牲となる。
 
 往年のホラー映画『13日の金曜日』などで、冒頭でイチャついているカップルが一番最初に殺される、アレみたいなものだ。
 
 数々のホラー映画、ゾンビ映画を見尽くし、基本的な展開を熟知している僕は、そんな初歩的なミスはおかさない。
 
 
 ────慎重に状況を分析し、最善の判断を下す……!
 
 
 突発した異常事態に臆することなく、冷静な眼差しで群衆を見つめる僕に、妻が語りかけた。
 
 
「見に行ってみよう!」
 
「うん。そうだね」
 
 ほんの少しだけ前置きが長くなった様だが、この日、【30チャレンジ】の一環として、『ドバイラン』という催しが開催された。
 
【30チャレンジ】とは、『1日30分の運動を30日間続けよう』というもので、ドバイの住民の健康を促す取組みとして、ドバイのイケメン王子、ハムちゃんの声がけで始まった活動だ。
 
 運動嫌いな上に引きこもりで世情に疎い僕は、この日がドバイランだとは露知らず、外へ出て間近で目にするまで、これが一体何の騒ぎなのか、分からなかったのだった。
 
 妻と二人、人々の流れに乗ってなんとなくついて行き、そして、参加者に紛れてなんとなく走ってみたりする。
 
 無料で誰でも参加できるイベントだったらしく、その場でゼッケンも配っていた。
 
 車では毎日走っているシェイクザイドロードだが、こうして歩ける機会などそう滅多にあるものでは無いので、とても良い経験になった。
 
 ゾンビの大群のように見えた群衆は、本当の意味で『活き活きしている』ドバイの住民たちの姿であり、むしろゾンビと言うべきは、こういった健康的イベントに関心を持つこと無く、運動もしないで毎日ゴロゴロしている、僕の方なのかも知れない。

 

 

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