息子を喜ばせたかあさんの言葉

2021.11.17

新型コロナ感染が大幅に減ったおかげで、かあさんと面会できることになった。
アクリル板を挟み、特養の入口入ってすぐのロビーで。

お〜
久しぶりの生かあさん！
元気そう。
なんにも変わらないように見える。
まずは一安心。

かあさん、夫と私の方チラッと見たけど、すぐに窓の外に目を移した。
私たちには興味ないみたいだ。
窓の方を見ながら、くさや、くさや、と言う。
久しぶりや〜　くさや〜
って。

窓の外の雑草に興味が？
いや、かあさんは面会の時はいつも窓の外のきれいな色のお花に興味を示していた。
夫が話しかけても、それより窓の外に咲いた花を気にしていて、きれい〜　まあきれい〜と感嘆の声を上げてたよね。

お花なら咲いてる。
きれいだよ。
なんで草なの？
ひょっとして、花という言葉を忘れた？
草花はみんな草になっちゃった？
それとも、目が悪くなってお花のきれいな色がよく見えなくて、みんな草色に？

ともかく、表情は穏やかだし、元気そうだからいいかな。
息子夫婦のことはすっかり頭の中から消えてるけど。

夫はその後、何か覚えてないかと、かあさんが若い頃仲がよかった友人2人と一緒に写ってる写真を見せてみた。
3人。とかあさんは言った。
正解！
でも、友人たちのこと覚えてないんだね。
と言うか、自分が写ってることもわかんないかな。
まぁ、写真が小さすぎるもんね。

じゃあ、これはどうだ！？
と、夫は自分の名前を大きく書いた紙を取り出した。
アクリル板に押し当ててかあさんに見せたら、かあさんその名前を読み上げた。
漢字読めた？（夫の名前はちょっと読みにくい）
いや、漢字の下にちゃんとひらがなも書き添えてあった。

名前は読めたけど、それが目の前にいる人物だとは全く思ってないんだ。
表情を変えないかあさん。

夫と私は顔を見合わせて苦笑い。
いったい誰が来てると思ってるのかな。

だけど…
かあさん、ぼそっと言った。

息子や。ようできた息子や…と。

ようできた息子やと！
夫が嬉しそうに言った。
わかっとるやないか！

なんかちょっと、ほろりとした。

かあさん、息子の名前は覚えていた。
目の前のおっさんとは結びつかないみたいだけど。

喧嘩ばかりしてたかあさんとその息子。
子供の頃から育児放棄して、ろくに息子の世話をしなかったかあさん。
息子に興味ないはずだったのに。

ようできた息子だって。
不思議〜

そらあたりまえやで。
ろくに世話してもらえなかったのに、こんだけかあさんの世話して。
何十回かあさんを内科やら耳鼻科に連れて行ったかわからんで。
そうやね。旅行にも連れて行ったね。

わがままなかあさんに散々振り回された。感謝を知らない人だった。
…と思ってたけど。

ちょっとは息子に感謝する気持ちあったかな？

でも、老けた息子を息子と思わないかあさんの脳裏には、若い息子の姿があるんだろうな。

かあさんに放ったかされても、立派に育った、ようできた息子の。

家に帰ってからも、夫は何度も呟いた。

ようできた息子やて。

よほど嬉しかったんだな〜
かあさんのその言葉。