三重県北牟婁郡紀北町へ・旧牟婁郡(熊野国)・熊野古道・紀伊長島駅・マンドロ(きほく燈籠祭)

三重県北牟婁郡紀北町

三重県北牟婁郡紀北町へ行った。

遊びではなく、仕事だが。
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三重県北牟婁郡紀北町とはあまり聞かない町の名前だ。
三重県と言われて、パッと思い浮かぶ言葉は伊勢神宮伊勢志摩松阪牛、英虞湾、賢島、パルケエスパーニャ四日市津、亀山など。

南部では「尾鷲市」「熊野市」が浮かぶ。
「熊野市」は「熊野古道」の「熊野」なので知っている人は多いかもしれない。
ただ、市としてのどれだけしられているだどうか?
ましてや紀北町のことはどれだけ知られているだろうか?かく言う自分も知ったのは、数年前。立ち寄ったのは、今回が初めて。
別に悪く言う意味ではなく、それだけ、訪れる人が少なく、静かで、行けば、
旅情をたっぷり味わえるなと思っている。

この日も、仕事ながら、旅行気分を味わいながら待ち合わせの場所に向かった。

熊野国(牟婁郡)

紀北町のある北牟婁郡の牟婁(ムロ)という地名。かつては、和歌山県南部と三重県南部一帯が牟婁郡だった。
 和歌山県の新宮市や田辺市、三重県の熊野市や尾鷲市なども含む広い地域だった。
 今は、和歌山県の東牟婁郡と西牟婁郡、田辺市(龍神村を除く)、新宮市、三重県の南牟婁郡と北牟婁郡、熊野市、尾鷲市と別れている。
牟婁郡の地域は、上古の熊野国とほぼ一致するようだ。

なぜ和歌山県南部と三重県南部の無露郡一帯が、「熊野」と
呼ばれるのだろう?
別に熊がたくさんいる訳ではない。なぜかということは、はっきりわかっていない。
諸説ある。
熊野」の「熊」はスミの意味の「隈」に、「牟婁」はまわりを囲まれた所の意味がある「室」に置き換えてみることができるようだ。
これについては、別の時に。

 

熊野と言えば熊野古道。

紀北町にも熊野古道がある。熊野参詣道伊勢路になる。

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熊野古道の伊勢路も厳しい路だったようだ。
紀北町の南隣の尾鷲市とその南の熊野市の境ぐらいに矢ノ川峠がある。紀伊山地が急激に熊野灘に沈みこむ急峻な地形。熊野街道(熊野古道伊勢路を同意か)の最大の難所だったそうだ。ひょっとすると、和歌山県の田辺市から熊野本宮大社に続く熊野古道中辺路より険しい道かもしれない。

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三重県は南北に長い。

三重県は、地図で見ると、南北に長い県で、意外と面積が広いように思えた。しかし、都道府県面積ランクでは25位だ。といっても、隣接する愛知県、滋賀県、奈良県、和歌山県より広い。

紀勢本線東線(新宮ー亀山)はほとんどが三重県内。
三重県は、北部と南部とでは、まったく違う。名古屋に近い津や、四日市などがある三重県北部は平野が広がり、列車に乗っていると田園風景が広がり、遠くに山が見える景色だ。大きな街もある。
 しかし、松阪より南となる徐々に紀伊山地の領域になり。松阪駅からワイドビュー南紀に乗って紀勢本線を南に進むと、しばらくは両側に山が迫る風景が続き、そして、やがて熊野灘が見えるようになる。

リアス式海岸

リアス式海岸では、英虞湾が有名だ。志摩半島の南にある。
 その海岸線を西たどって行くと紀北町の海岸線に続く。このあたりを地図で見ると紀伊山地が熊野灘に沈みこんでいっているようにみえる。山と海の間にほとんど平地がない。
 陸では谷になるようなところに海水が流れ込み入り江になっている感じだ。
 平地があるところは、その入り江の奥に町がある。紀伊長島駅を過ぎると、列車は熊野灘沿を、熊野灘に突き出した山を縫うように走る。トンネルを何度も何度もとおる。
 トンネルとトンネルの間毎に町があり、車窓からは、家が並ぶ町の先に志摩半島のリアス式海岸を思わせる熊野灘の風景が見える。
 ところによっては、山に囲まれて湖のように見えるところもある。

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紀伊長島駅

紀伊長島駅は、紀北町にある。名古屋近くの三重県桑名市にも長島スパランドがある長島町がある。この長島町とは違う。
地図で位置を確認する前はこの長島と紀伊長島とは、三重県の北と南で場所が全く違う。

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その紀伊長島駅に降りてみた。ローカル線の駅らしく、人影はほとんどない。
駅の構造は、単式ホーム一面一線と島式ホーム一面二線の3線。
駅舎は単式ホームにある。

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単式ホームは名古屋方面、跨線橋渡って島式ホームは新宮方面。島式ホームの向こうには側線がある。
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特急停車駅。旅客列車全て停車する。と言っても特急含め一日に本数は多くない。

新宮方面は14本、始発5時18分、終電は22時6分。
名古屋方面は13本、始発は5時19分、終電は19時41分。
うち特急上り下りそれぞれ4本。
特急停車駅だからか駅員さんがいた。が券売機はなかった。
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きほく燈籠祭

紀伊長島駅の前に、「ふれあい広場マンドロ」という施設がある。f:id:m3785com:20211225222720p:image
ここでは、会議、映写室、ホールなどがあり、有料で使用できるようになっている施設。
ほかにも、無料で陶芸教室も行っている。
さらに、ここでは、燈籠祭を毎年行なっているようで、その燈籠祭の主役である巨大燈籠の制作や展示もおこなっているようだ。
行ったのは月曜日。月曜日は休館日で入れなかった。

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燈籠祭があるのあるのを知ったのは、帰ってからだった。この祭、毎年夏に花火大会もおこなっているようだ。この花火大会の「彩雲孔雀(さいうんじゃく)」という花火があるのを知った。

きほく燈籠祭の動画があった。
花火大会というと空に打ちあがり花火が大輪を描くのだがふつうだち思う。ここの花火は大輪を描くのもあたり、水面で花火が光半円の花火や、斜めに飛んだり、変化に富んだ花火が打ち出され、次はどんなのかという思いで見ることができた。
広い海の上で打ち上げるからできるのだろう。
 きほく町という都会からはなれたところで、これだけの花火大会がおこなわれているとすごいと思う。

 
紀北町からさらに、南にさがって熊野市でも夏には熊野の花火大会がおこなわれる。
こちらも、立派な花火大会のようだ。

映像は2016年のものだ。今年2021年は中止だった。
来年はやるのだろうか?同じような規模ですることができるのだろうか?など気になる。
これだけの花火をするには、相当費用が掛かるはずだが、その費用はどうしているのだろうかというのも気になる。

 

もし、交通の便がよければ、きれいな海水浴場もあり、歴史の史跡や世界遺産もあるこの熊野の地、観光地として、もっとにぎわって、有名になったのではないかなと思う。
紀伊山地がある地形が、神聖な霊場や、自然の美を生んだと同時に、人は、近づき難い地になってしまったのだろうか?