気候変動スタートアップ日記

ケニアのスタートアップで企業参謀をしていましたが、気候変動スタートアップを創業するためスタンフォードにいます。米ブラウン大→三菱商事→ケニア。

スタンフォード12-16週目:MBA1学期目のクラスのまとめと振り返り

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最初の学期は、全科目必修。とはいえ、Finance、Accounting、OSMの3科目は、経験に応じてBase/Accelerated/Advancedを選択していく形だったので、多少の自由は効く。

学期の始まりに、好奇心とFear of Missing Outに引っ張られて上級クラスを取りすぎてしまった気がするものの、得るものが多い学期だった。

期末試験後の今のうちに、各クラスのハイライトをメモしておきたい。

 

①Global Financial Reporting:

  • 総評:IFRSを軸に、Revenue Recognition、Lease、Securitization、Pension、Tax Asset/Liabilityなど主要テーマをケースで取り扱う。ゲストレクチャーでは、エンロンの不正を最初に指摘したジャーナリストが出てくるなど、単なる知識の詰込みではなく、会計を批判的に理解して、意思決定どうつなげるのか、というガバナンスが伏線として意識されていた。毎回のクラスが、知識のおさらいもそこそこに、Corner Caseのディスカッションになっていて、面白い。
  • Takeaway:経営陣も株主も、監査人も、ジャーナリストも、ステークホルダーが各々インセンティブを持ち、それぞれアクセスできる情報も限られているので、「中立で客観的な判断」は、ほとんど存在しない。エンロン疑惑は、ある若いジャーナリストが”How does Enron make money?”という質問をCFOに投げかけて、満足のいく答えが得られなかった出来事を発端とする。会計は複雑で重層的な分野であるが、答えが複数だとしても、必ず正当化できる説明はあるはずで、めんどくさがらずに、質問を重ねていくのが大事。"How does this business make money?"や”How does this business work?"、”Where do these numbers come from?"というシンプルな質問の大切さを忘れてはいけない。また、ルールに沿った会計処理以上に、会計処理とそれに伴う一連のコミュニケーションは、ビジネスへの理解と経営の方針、ガバナンスの成熟度を示すリトマス紙でもある。

 

Money and Banking:

  • 総評:中央銀行の金融政策を中心に、債券市場、インフレ、労働市場という、まさにこの半年間の国際経済の議論の中心を捉えた授業。「20年間面白くなかったこの分野が、ついに面白くなってきた。この授業はFinanceではなくてEconomicsになるので、ついてこれると思う人はついてきなさい」という教授の宣言通り、毎週のようにCPIやPolicy Annoucementを追いかけながら、身につく勉強ができた。

  • Takeaway:リーマンショック後に社会人になって、日本ではマイナス金利、グローバルにも超低金利の緩和された世界に慣れ切っていると、新興国では当たり前のインフレという概念に対する体感的な理解が得られていなかったことに気付いた。経済成長せず、インフレせず、人口変わらず、労働人口は減少する、という日本の設定そのものの奇異さが目立ったし、同時にヨーロッパの先進国や北米の一部地域にみられる先進国が衰退していくプロセスと重ねても、考えるべき内容が多かった。同時に、「国債保有を通じて世界の通貨の頂点にあるドルの強力なValue Propositionは、世界中から低利の国債で資金を調達し、国内においてはイノベーション、国外においては多様な事業・アセットに投資するヘッジファンドのような経済運営を可能たらしめた」という教授のAmerican Hegemony論は、多元化する世界においてなおアメリカの影響力が盤石であることを印象付けた。また、中央銀行機能の変遷も、興味深いテーマ。中央銀行が、Reserveを通じた銀行間取引の安定に始まり、IORを通じた金利の調整や、Total Reserveを通じた流動性のコントロールなど、追加的にマンデートを拡大してきたのは、中央銀行機能の高次化・多様化ともとれるし、世界経済というシステムを何とか維持するためのイタチごっことも解釈される。コロナ化後のインフレは終息に向かいつつあるが、急速なゼロ金利から4パーセント後半という急速な利上げの潜在的なインパクトや、イールドカーブから読み取れる数年内の景気後退の深さ、財政出動の結果として増え続ける国債の信用力など、目が離せないテーマが多い。

 

③Operational Simulation and Modeling:

  • 総評:スタートアップやテック企業とのコンサルも手掛ける新進気鋭の教授によるモデリングと最適化の授業。エクセルとOracle Crystalballというクラシックなツールを使いながら、オペレーションのモデルを組んで、最適化をしていく。実務で使うべきはPythonだと教授は断言していたが、頭の使い方、モデルの組み方が、財務モデルとは根本的に違って、頭の体操になった。モデルの数式や技法よりも、抽象的に論点を組み立てていくプロセスがエレガント。
  • Takeaway:技術的には、最適化やモデリングは、自分で手を動かしながら考え方を身に着けておくとよい領域。Pythonによらずとも、様々な簡易ツールやオープンソースのソフトウェアも出てきているので、データヘビーだからといって、尻込みせずに触ってみる好奇心が大事。分析に当たっては、いわゆるデータ企業と呼ばれる領域でも、ほとんどの会社がきちんとしたメトリクスの定義・測定・実証実験ができていない。というのも、データもモデルも、経営そのものへの理解や現象を説明する洞察力といった、ビジネス面での抽象的思考能力によって、意味合いが全く変わってくる。マネジメントとして、データを苦手分野にしすることは、今の時代に許されないが、思考の枠組みを身に着けたなら、変に遠慮せずにビジネスの構造化能力を生かして、データサイエンティストと協力することが、インパクトのある成果につながる。裏を返せば、Objectiveは何か、UncontrollableなInputは何か、ControllableなDecision Variableは何か、といった基本的な問いにビジネスの本質が詰まっていることがある。また、資産としてみると、データの総量が増えるにつれて、経済価値は等比級数的に上昇する一方、データ分析の質・制度によって事業に与えるインパクトはシリーズB-D程度の中規模企業の方が大きい。データで世界を変える仕事をするなら、大企業ばかり見ていてはいけない。

 

Leadership Lab:

  • 総評:6人の学生が一つのグループとなってロールプレイを繰り返す。各ロールプレーでは、一人の学生が実演するたびに、もう一人がリアルタイムのフィードバックを記録する。Action-Impact Frameworkというフォーマットに沿って、「何をObserveしたか」そして、「それがどのような印象を与えたか」を記録し、共有する。クラスの最終回は、アルムナイも多数参加したリアルなケース大会。
  • Takeaway:新入社員の時は、もらったフィードバックや自分で気づいた改善点をメモしていたが、改善を繰り返すうちに、自分にとって「気になる部分」というのが固定化されていってしまう(Confirmation Bias)。周囲にフィードバックを求めるときも、最初から特定の部分ばかりきになってしまって、「何が良くて、何が良くないか」をオープンにフィードバックしてもらう機会が減っていた。Lead Labの特徴であるAction Impact Frameworkをしていると、同じActionに注目していても、自分の想像とは真逆のImpactになっていたことが何度もあった。これは、自分自身の見え方に対する「思い込み」であったりスティグマだったりする。Actionそのものの見落としと、Action→Impactの変換は、どちらも定期的にレビューするべき。 対人コミュニケーションは、あらゆるマネジメントの根幹である反面、コミュニケーションの質だけにこだわっていると、実行力とのバランスを失ってしまう。少なくともビジネスの世界では、多少のトレードオフを恐れずに、次の3点を意識してバランスをとる。プロセス・人間関係がどんなに充実していても、結果を出せないマネジメントは、マネジメントとしては無能である。
    • Task Effectiveness:あらかじめ設定した目的を達成すること。
    • Relationship Management:チームやカウンターパートとの信頼関係を築く・保つ・毀損しないこと。
    • Process Management:上記2つを達成するために必要なプロセスを意図をもって設計し、実行すること。

 

Strategic Management:

  • 総評:スタートアップやサーチファンドの事例をベースに、シリアルアントレプレナーでVCのパートナーも務める実務家の教授の指導の下、ロールプレーベースで経営の重要局面での立居振舞を学ぶ。課題発見、メンバーの解任、昇進の判断、リーダーとしての意思決定の線引きなど、センシティブな内容を一挙手一投足やりながら学んでいく。取締役会と起業家・CXOのダイナミクス、投資家と経営陣の関係のあるべき姿、Empowermentとなし崩しの違いなど、具体的な事例の数々がとても勉強になった。
  • Takeaway:シリアルアントレプレナーで、今はVCとして投資先の取締役を務める教授の言葉遣いと間合いが、実践における細かく一貫したコミュニケーションの重要性を教えてくれた。ロールプレーの後に聞かれる、"Did you achieve what you wanted to achieve in this meeting?"という質問は、アジェンダを網羅できたか、というよりも、メタなレベルの目標を認識し、それに向けて準備し、セッションを通じて達成できたか、という高次な達成度を問うていた。あらゆる意思決定には、個別の判断以上に、組織に発するメッセージがあり、CEOはチームをまとめる職責上、メッセージの一貫性を何よりも大切にしなくてはいけない。エンパシーを持つとか、みんなで創るとか、ベンチャーには美談がつきものだが、実際は高エネルギーを持つ少数が、はっきりとした目標・目的を持ち、一貫したメッセージを細かな判断を通じて組織に伝えていくことが、怒涛の如く押し寄せるモメンタムに流されることなく、経営するための根幹になる。"The purpose of this meeting is..."という言葉で会議を始められるか、はっきりと何のために、何をどのように議論するか、明確なイメージを持っているか、あらゆる場面で自問すべき。経営陣、従業員、起業家、投資家、取締役など、様々な利害が混線するときこそ、相手の話を聞きながらも、筋を通してオープンに伝え続ける胆力と粘り強さが大事になる。

 

Organizational Behavior / Managing Groups & Teams:

  • 総評:組織論、というと、組織構造やマネジメントスタイルの議論を想像してしまうが、社会心理学的な内容が中心。実験的な内容もあって、交渉や意思決定のケースでは、多様なバックグラウンドをもつ優秀なメンバーが、いかに教科書通りの愚かな行動をとるか、実感させられた笑。
  • Takeaway:経営の意思決定において、心理学的なバイアスは遍く存在していて、「中立な意思決定」というものは存在しえない。理性的に行動している・意思決定していると思うことこそ、優秀な経営陣が判断ミスを重ねる温床になっている(過ちは意識的ではなく、無意識に起こるから)。だからこそ、有害なバイアスを最小化するには経営者の意識改革だけではだめで、構造上の措置を重ねていくしかない。意思決定の前に、自分の状況を典型的なバイアスに照らして点検し、プロセスそのものにバイアスを増幅させる仕組みがないか、考えてから臨むこと。

 

Lead with Values:

  • 総評:昨今の時代を踏まえて、ESGやCSRなどの源流をなす、Ethicsに関する授業。前半はMoral Intuitionをテーマに、人が陥りやすい一面的な倫理観や心理学的なバイアスについて、後半はMoral Reasoningをテーマにカントやロールズなどを参照しながら「どうあるべきか」について学ぶ。学生から集められたジレンマのケースでのディスカッションが白熱していた。
  • Takeaway:Management Ethicsは、持つべきものから持たなばならないものになっている(Managementは株主のInterestの最大化に寄与すると説明できる範囲内において、目先の利益以外の価値を優先することをFiduciary Dutyの一部として法的に認められている)。一方で、事業環境、チーム、ステークホルダー、あらゆる面で多様性が必然になる中で、「かくあるべし」という単一的な価値基準では、ビジネスの意思決定を下せない。人々の価値観が急激に変わっていく中で、「どう考えるべきか」さえもイデオロギーに頼っていては、あっという間に取り残されてしまう。したがって、どう考えるかではなく、何を考えるか、をフレームワークとして持つべき。ざっくりまとめると以下の通り。
    • 心理学的なバイアス:人には「正しい」と思う価値観のセットがインプットされている(e.g. HaidtのMoral Foundations)。自分が直感的に「正しい」と感じた時こそ、Moral Intuititonを立ち止まって分類し、Moral Reasoningをすべき。組織論でみられる様々なバイアスも要注意。
    • 動機:意図の方向性が正しいか。他者を利用するだけではないか?自分だけがずるをして、ほかの人が全員やったら破綻するような身勝手な意思決定になっていないか?見落としている選択肢はないか?
    • プロセス:プロセスに公平性が担保されているか。特定の方向にバイアスがかかっていないか。自由で独立した意思決定・参加が行えているか?
    • 結果:行動の結果はどのようなものか?自分だけではなく、社会に対して便益をもたらしているか?受け入れなければならないトレードオフは何か?
    • 検証:重要な意思決定こそ、事後に批判的に検証する必要がある。記憶は感情によって修正されてしまうし、当時は「見えていなかった」ほかの選択肢が、後になって出てくることもある。

 

まとめとふりかえり:

「MBAで、いまさら勉強しなくてならないことなんてあるのか?」とよく尋ねられる。

結論から言うと、たくさんあった。

最初の学期は、すべて必修科目であり、職務経験に基づいて難易度分けはされるものの、テーマとしてはMBAプログラムの基底をなす、テクニカルな科目とソフトスキルに特化した科目がバランスよく合わさっていた。

会計やモデリングのようなテクニカルな科目であっても、他業種・他業界の学生の発言から思わぬ発見があったりするし、教科書的に主要なテーマをさらっていくと、専門書で独学していた時は読み流してしまった部分も細かく勉強することになる。

また、同じ「モデリング」であっても、ファイナンスや経営計画の計数とは違ったアプローチで最適化問題を解いたりすると、細かな手法以上にビジネスそのものへの考え方、構造化への理解が深まった。

 

ソフトなスキルという意味でも、あらゆる授業が徹底的な批判的内省の場となった。

ロールプレイの授業で登場するハードな場面や組織論の授業で教えられるバイアスの恐ろしさは、実体験として馴染みのある世界で、何度となくフラッシュバックする。

「あの時どうすればよかったのか?」という問いに答えが見つかることもあれば、当時は全く気付いていなかったが大きな過ちを犯していたと気づくこともあり、マネジメントにおけるInstitutional Learningというか、まとまった理解の重要性を痛感した。

自分は職業人として現場に立つ資格がないとヘコみながらも、次回はもっとうまくやってやるという執念に燃えている。

 

来学期は、引き続き大半が必修・選択必修であるものの、Design for Extreme Affordabilityのような感覚的なクラスや、ロースクールのクラスも履修する。

自分のプロジェクトの時間の捻出は、引き続き難しくなりそうだが、あらゆる面をカバーする網羅性と最新の知見に触れられる同時性にビジネススクールのカリキュラムの真価はあるので、プロジェクトへの寄与を念頭に置きつつも、視線を広く勉強したい。

また、教授との個人的なつながりも、大切にしていきたい。