ベッドの中でケータイを見ながらワタシはガタガタと震えていた。

2017年8月21日の深夜、ツイッターの通知は止まる気配すらなかった。

それは妹とのやりとりを書いたものだったが、まさかここまで反響があるとは……。

多くの人がコメントを書いていた。中にはケンカしてる人達までいた。

だがそんな喧騒をよそに“リツイート”と“いいね”の数は上がり続けた。

ワタシはそれを見ながら得体の知れない恐怖を感じていた。

それは大げさに言えば、大地が崩れ、無限の暗闇に落ちていくような感覚だった。

 

こんなに注目されたのは人生で初めてだった。

 

いつだって人目を避けて生きてきた。はっきり言ってワタシはつまらない人間だ。例えばワタシに何らかの興味を持って近づいて来た人がいたとする。その人はワタシと他愛ない会話をする。しばらくすると当たり前のようにその人は去っていく。「つまんないなぁ」という表情をしながら……。言っておくがこれは決してゼロから作り上げたフィクションなんかではない。これはこの人生を通じて得てきた経験を基に作られた例え話だ。

それが今、こんなにも注目されている。あの恒河沙遥が。あのワタシが……。(いや妹か?)

 

その時、不意に全ての音が重なった。(やっとだ)

全てがただ一つの声になっていく。

助かった。ちょうど不安に耐えられなくなった所だった。

 

「……ふふふ。調子良いみたいだね。ところでキミの天命に察しはついたかな?」

とスカイピープルは笑いながら現れた。

 

「いやいや、天命なんかわかるワケないでしょ。ただ激しく混乱してるよ」

とワタシが言うと、スカイピープルはこう言った。

 

「それは問題だね。じゃあ何に対して、どう混乱しているのかな?」

 

「色々だよ。色々。その色々に対して何というか自分が壊れてしまいそうな混乱だよ」

とワタシが言うと、スカイピープルはゆっくりと(あの嫌な口調で)喋りだした。

 

「ふふふ。キミらしい酷い説明だね。だけど言いたいことは理解したよ。いいかな?キミの混乱の原因は大きく分けて2つある。1つ目は大勢の人間に注目されたことで生まれた“恥”の感情。2つ目は“自我同一性の危機”だね。この2つが合わさってキミの今の混乱を生み出している」

 

いや、後半から全然わからないんだけど。

 

「じがどういつせい?」

とワタシが言うとスカイピープルは説明を続けた。

 

「1つ目の原因である“恥”に関してはこれから嫌でもこういう状況に慣れてもらうから何も問題はないだろう。しかし2つ目の原因の“自我同一性の危機”いわゆるアイデンティティ・クライシス。これに関しては説明が必要になる」

 

「いや『いわゆる』とか言われてもわからない言葉が別のわからない言葉に変化しただけなんだけど」

と言うとスカイピープルは笑った。

 

「ふふふ、安心してほしい。キミでも理解出来るように簡単に説明するから。“自我同一性”とは“自分で自分はこういう人間だと思っている”ということだ。それに対しての“危機”つまり“クライシス”が来たということさ。要するにキミは自分のことを『注目されない人間』だと思っていた。しかし大勢の人に注目されてしまったことでキミの中の『注目されない人間』である自分像が壊れかけているということだよ。これが混乱の原因だ。こうやって文章化すると大したことのないように思えるが、『自我』にとって変化というのは耐え難いくらい怖いことなんだ。ましてや『自分自身』だと思っているものの変化だからね。だけど心配はいらない。自我が危機を迎えるというのは“人間的な成長”という意味ではむしろ良いことなんだ」

 

「……じゃあ何も問題ないってこと?」

とワタシが訊くとスカイピープルは

 

「もちろん。逆にただ自我を守るような生き方をすればどうなるかというと、自我の防衛が極端に強まり、自分と意見の違う人を一切認めない性格の人間になる。たまにいる頑固な老人というのはそうやって出来上がったんだ」

と答えた。

 

「う~ん。よく分からないけど、だったら今まで抱えていた『注目されない自分像』を『注目される自分像』にワタシが新しく上書きすれば万事解決ってこと?」

と訊くとスカイピープルは笑った。

 

「ふふふ。心理カウンセラーならそう言うかもしれないね」

 

「違うの?じゃあアンタだったらどう言うの?」

 

するとスカイピープルから深く息を吸う音が聞こえた。

 

「それを伝えるにはまず先にキミはこのことを理解しなければならない。

地球上のあらゆる問題の原因となっている“この世界の最大の秘密”についてだ。

本来ならばこのことはもっとキミのあらゆることに対する理解が深まってから伝えるつもりだった。なぜならキミは絶対に理解できないからね。だけど安心してほしい。ボクは同じ内容のことを何度も形を変えて伝えていくつもりだ。きっといつかキミが理解してくれると信じてね」

とスカイピープルは言った。なんでこの人(?)はこういう謎めいた言い回しをするのかな?

 

「あのさぁ、そのもったいぶるのやめてくれる?」

 

「……話を聞く準備はできてるかい?」

 

「だからとっくにできてるって」

と急かすワタシにスカイピープルは衝撃的な言葉を口から発した。

 

「ふふふ。じゃあ教えよう。絶対にキミが理解できない“この世界の最大の秘密”を。

いいかい?実は『キミは存在しない』」

 

「……は?」

 

唖然とするワタシにスカイピープルは話し続けた。

 

「もう一度言おう。『キミは存在しない』もっと言えば『他人も存在しない』キミの存在とは言うならば触れることのできない“夢”のようなものだ。さっき出た“自我同一性の危機”の“自我”という言葉。この“自我”つまり『私』がいるという勘違いこそ地球上のあらゆる問題の原因となっているものなんだ。いいかい?この世界に『私』なんてものはどこにもない。この世界に『私』なんてものは一度も存在したことがないんだ。にもかかわらず誰もが『私』がいると信じて疑わない。では『私』というものが確固として間違いなく存在するというのならば、なぜ人は自分探しの旅なんかするのだろう?なぜ人は承認欲求なんか持っているのだろう?なぜ人は他人に関心を持ってもらいたがるのだろう?答えはいないからさ。いないものを必死にいると思い込みたいからなんだよ。だからボクなら自我同一性の危機に対してこう答える『あなたの肉体に傷一つつけない何かが、あなたという存在を危機に追い込んでいるという事実こそ、あなたという存在が自分のイメージ上にしか存在していないことの最大の証拠なんですよ。さぁ!ありもしないものに固執せず、目の前に広がる今という瞬間に喜びの歌を歌いましょう!』てね」

 

「…………………………………………………………………………」

 

「ふふふ。どうかな?理解できないだろう?」

 

何も考えられなかった。

当たり前だ。こんなこと理解できるはずがない。

 

「……全然わからないよ。それでさ……結局ワタシは具体的にどうすればいいの……?」

 

「たった今、言ったんだけどね」

 

いや、それがわからないから訊いているんだけど。

 

「『ありもしないものに固執せず』ってところ?

と言うことは……つまりワタシは何も悩まずにこれからもツイッターをすれば良いと?」

 

「それもある」

 

いやいやとワタシは思った。

「もしかしてそんなことがワタシの天命なの?」

 

「ふふふ。思ったよりも鈍いから驚いてるよ。そもそもキミの天命についてはボクがキミを選んだ理由を話した日にも大体伝えているし、それにたった今なんてはっきりと言ったんだけどね。ふふふ」

と小馬鹿にするように(いや間違いなく小馬鹿にしながら)スカイピープルは笑った。

 

「ワタシを選んだ理由?あぁ、あの『そこそこ文章が書けて、力強い声を持っている人』って言ってたやつ?」

 

「そうだよ」

 

「え~と、そしてたった今はっきりと言ったっていうのは、

さっきも言ったけど『ありもしないものに固執せず』ってやつでしょ?」

 

「違うよ。その後だよ」

 

「『目の前に広がる今という瞬間』ってところ?」

 

「いや、そのすぐ後だね」

 

その時、人生史上で一番の嫌な予感がワタシを襲った。

 

「もしかして……『喜びの歌を歌いましょう』?」

 

「ふふふ。そう」

 

「……え?」

 

「そうだよ」

 

「いや、え?」

 

「そうだよ」

 

「いやまさか……嘘でしょ?え?え?え?え?え?え?え?え?」

 

「いや、その通りだよ」

 

「えーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

叫んでるワタシをものともせず、

スカイピープルは我が子を眠りから目覚めさせる母親のような優しさと力強さで言った。

 

「そう、キミは歌うんだ。大勢の人にキミが作った曲に乗せたキミの歌声を聴かせるんだ。

今から2年と半年後の2020年、世界に重大な危機が訪れる。その時、キミは歌で世界を振動させるんだ」