はじめに
1947~52年までわずか6年間の活動で数々の名作「ユア・チーティン・ハート」、
「コールド・コールド・ハート」などを発表したカントリー&ウェスタン界の巨人、ハンク・ウィリアムス(Hank Williams)8枚目のゴールド・ディスクがこの邦題「ジャンバラヤ」原題「Jambalaya」
ハンク自身の作詞・作曲で、52年に自分のグループであるドリフティング・カウボーイズをバックに発表。
同年ハンクの作品とコロムビア・レコードのジョー・スタッフォード(Jo Stafford)(後掲)の作品でヒットした。ハンク死後の58年にミリオンセラーを記録。
C&Wの枠を超え多くのポピュラー・アーティスト達にも歌われている作品。
歌詞の内容
ジャンバラヤというのはスペイン料理のパエリアを起源とするニューオーリンズ特有の食材を使った料理のことである。
同名のこの曲は「この料理を食べて友を送り出そう」という内容のカントリー・ソング。
ハンクが飛行機に乗っている時に書いたというこの曲にはルンルンと踊りだしたくなるような楽しさがある。歌詞は最後に書いておくが、およその内容はこうだ。
「ジャンバラやにザリガニのパイ
ヒレ肉入りのオクラ・スープ
今夜は大切な人と会えるのさ
ギターをかき鳴らし
果実瓶を一杯にして
陽気になれ
やい、入江で大いに楽しもうぜ」
Hank Williamsのオリジナル
Hank Williams(ハンク・ウィリアムズ)
Hank Williams プロフィール
1923年9月アラバマ州に生まれる。アラバマは黒人人口の多いことで知られるディープ・サウスの州である。
こうした環境はハンク作品の重要な要素となっていった。7歳で歌とギターを始め、12歳の時にコンテストで優勝した賞金で自分のバンド「ドリフティング・カウボーイ(Drifting Cowboys)」を結成した。
ハンクのブルース・フィール満点の作品は”ブルー・ハンクもの”と呼ばれ、熱心なファンに愛聴されている。
彼はカントリーとブルースの融合を試みたミュージシャンだった。ハンクがこうした音楽に到達した理由はその環境にあった。
幼い頃のギターの先生が黒人のストリート・ミュージシャンだった。ハンクはそのブルース歌手に憧れ、その人からギター、ヴォーカルを習い、将来は歌手になろうと思ったという。
またハンクの作品には、ロカビリーの誕生を予感させる曲が多い。
ロックの原型と評価されている「ムーヴ・イット・オン・オーヴァー」、
「ホンキー・トンキン」はほとんどロカビリーの体裁を整えている。
この2曲で重要なのが、パワフルなエレキ・ギターの存在だ。弾き手はブギウギ・ロッキン・カントリーでお馴染みのジーク・ターナー。
25歳でスターになり29歳でこの世を去った。その7年間で100曲以上の作品を生み出し、カントリーミュージックで最も偉大なシンガーソングライターとして後世まで名を残すことになる。
大恐慌のさ中に生まれ、父親が長期入院し、幼い頃から靴磨きをしたり食料を配達したりして働いた。3歳の時からピーナッツを売っていたというエピソードもある。
そんな中、教会で讃美歌、キャンプのダンスパーティでカントリーミュージックと出会い、音楽への興味を深めていく。13歳でバンドを結成し、以後は着々とスターになるため音楽活動に励んだ。
1947年、24歳になったハンクはMGMからデビューする。
大きな節目となったのが1949年6月11日。彼は25歳で、カントリーのメッカ、グランド・オウル・オプリに1曲だけ歌うゲストとして登場した。歌い始めるやいなや観客はどよめき、たちまち大喝采に。アンコールは空前絶後の6回、伝説的な成功を収めた。
しかしそれからわずか3年の間に、過度の飲酒で没落の道をたどる。2度の結婚も波乱に満ちたものだった。そしてあっという間の1953年1月1日、公演に向かう車の中で、運転手さえ気づかないうちにひっそりと息を引き取った。死因は11歳から飲んでいたというアルコールの長期摂取による心臓の機能不全ではないかといわれる。
彼は素朴で美しいメロディにのせて、自分の人生、むき出しの感情を歌った。それは率直で、愛や喜び、時に挫折感に満ちている。あたたかさと切なさの共存する声は聞くものの心に深く入り込む。
映画「アイ・ソー・ザ・ライト」
~「ロックの父」と呼ばれ、29歳でこの世を去った伝説のシンガーの光と影~
2015年9月11日米国初公開 日本公開2016年10月
1964年に伝記映画『ハンク・ウィリアムス物語/偽りの心』が作られたのに続いての伝記映画となる。
Jo Stafford(ジョー・スタッフォード)
ハンク・ウィリアムスのオリジナルと同じ年の1952年にカバーを発表し、全米3位の大ヒットとなった。
カバーセレクション
カバーも多いが自分にとっての定番はブレンダ・リー。きっとカーペンターズで知った人が一番多いと思う。
Brenda Lee(ブレンダ・リー)
The Carpenters(カーペンターズ)
Emmylou Harris
Frankie Laine
The Four Lovers(Feat. Frankie Valli)1956年
Creedence Clearwater Revival
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Nashville Jam 2014
Fats Domino
Tom Hiddleston and the Saddle Spring Boys
SONNY & CHER
John Fogerty
Marceau Camille
Micke Muster
K-Paz De La Sierra アメリカで活動するメキシコバンド
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日本のカバー
江利チエミ
これを見つけた時には涙が出そうになった。美空ひばり・雪村いずみと3人娘で映画に出ていたことを知る人が何人いるか。
日本でもウェスタンブームがあり、小坂一也などが活躍していた。キングレコードが江利チエミを起用してカバーを1954年に発売。これも大ヒットを記録した。
ペドロ&カプリシャス(高橋マリ)
高橋真梨子が二代目ボーカルとして加入した頃は「マリ」だったことを思い出した。
テレサ・テン
今陽子
<歌詞>
Goodbye Joe me gotta go me oh my oh
Me gotta go pole the pirogue down the bayou
My Yvonne the sweetest one me oh my oh
Son of a gun we’ll have big fun on the bayou
Jambalaya and a crawfish pie and filé gumbo
Cause tonight I’m gonna see my ma cher amio
Pick guitar fill fruit jar and be gay-o
Son of a gun we’ll have big fun on the bayou
Thibodaux Fontaineaux the place is buzzin’
Kinfolk come to see Yvonne by the dozen
Dress in style and go hog wild me oh my oh
Son of a gun we’ll have big fun on the bayou
Settle down far from town get me a pirogue
And I’ll catch all the fish in the bayou
Jambalaya and a crawfish pie…
Later on, swap my mon, get me a pirogue
And I’ll catch all the fish on the bayou
Swap my mon, to buy Yvonne what she need-oh
Son of a gun we’ll have big fun on the bayou
Jambalaya and a crawfish pie…
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