眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

風の引出、夢の出口

2022-01-18 02:30:00 | 夢追い
「まもなく……」 

 車掌が駅名を告げる。僕はまだ降りる必要はない。ささやかでも微睡むための時間が約束されていて、いつでも夢の扉は開かれている。それは僕がここに生きていて許されていることの証だった。
 スクールの終わり、街は闇に包まれて僕を迷子にさせた。行きつ戻りつしている内、突如闇の中から商店街の入り口が顔を出した。吸い込まれるように入っていくと店は既にどこもシャッターを閉ざしていた。中央に残る路上飲みの爪痕を町内会の人たちが片づけている。商店街を抜けると宴会が復活していた。若者の外出離れを嘆きながらカップをつきあわす人たち。地べたはミドルの聖域、シニアの天国と化していた。おじいさんの横顔が揺れ始める。

「次は……」

 車掌の声が交差点に響くと信号が瞬く。僕は急いで駆け出した。
 坂道の授業はダラダラとして気にくわなかった。炭酸の泡とジャンクフードに紛れてボールはずっと行方不明になっている。どれだけ声を出し、引き出そうと必死になっても、無意味に思えた。動いているテーマが違いすぎる。「何がサッカーだ!」僕は叫びながら中央に躍り出た。

(僕はこんなにもフリーじゃないか)

 突然やってきたパスに、思わずトラップをミスした。体が状況を理解する時間がなかったのだ。目を覚ましたように僕は駆け出した。突然現れた味方、なでしこの登場によって授業は新しいステージに移行した。ダッシュ、ドリブル、ミス、フォロー、奪取、ドリブル……。一度始まった攻撃はもう加速が止まらない。長く続いた退屈が、疲れを持ち去ったようだ。この坂道は、駆け上がるためにあった。ゴールは一方に限定されているように、敵も味方も関係なく同じ向きに走っている。マラソンかフットボールか、それはもはや同じゲームか、あるいはこれは遠足の中に取り込まれているお遊びの一種なのだ。けれども、突然、線審の旗が上がって、テーブルの前に引き戻される。

 パーティションの向こうのアイスティーは届きそうで届かなかった。見えているのに手に触れられないことが、もどかしい。つばめがやってきては、ぶち当たって戻っていく。何度も登ろうと努力を続けていたカナブンは、いつの間にかお腹を向けてゴロゴロとしてた。透明なパーティションは世界を真っ二つにし、僕らはあらゆる境界を跨ぐことを禁じられていた。突然、向こう側に謎の男が現れて財布を開いた。
「品川まで往復で」
 パーティションの下の隙間から男の声がした。違います。そんなつもりじゃないです。今はまだ待機の途中なのだから。

 さわやかな風を頬に感じた。その時、僕の脳内では記憶の発掘が始まっていた。これはただここに吹くばかりの風ではない。かつてあったさわやかな同士が共鳴し照らし合いながらよみがえって風に交じる。人、水、空、夏、夕暮れ、別れ、猫、草原……。風に結びついてとめどなくあふれてくる。みんな懐かしく、かなしいくらいに僕の味方だ。

「次は……」

 車掌の声が新しい駅名を告げる。きっとこれが最後かもしれない。風を突き抜けて、列車は夢の出口へと向かって行く。


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