馬屋記ーヤギとクリの詩育日誌

詩育日誌12.05いま世界はうなだれている⑲誰もが通る道

(今から、たった4年前のことだ。)

そうしたい、けど。
そうもいってられない
時間がない
徹夜して
店から帰ってみると

しっかり、看て。

(そのころウシはKennyという名のジャズ・バーを柳町でやっていた。昼も働いていたので、なるべく早く帰るようにしていたのだが、友だちが来ておそくまで話しこんでしまうこともあった。そういうときは夜が白みはじめるころに家に帰った。自転車で片道10キロを2往復した。)

「洗剤、きれてる。」
えんぴつの文字が震えている
書き置きの下に
孤独感

(ウシのお父さんが亡くなってから16年のあいだずっと、ウシのお母はさんは一人暮らしだった。息子たちのことを考えて、あまりさびしいとは言わなかった。)

窓をしめて
エアコンのスイッチをいれる
8月なのに
コタツで寝ている

(たとえさびしくてもさびしいとは言わなかった。しっかりした話しぶりはむしろ、気丈なかんじがした。性格も厳重なほうなので、自分のことは自分でしていたのだが、このころから目は見えなくなっていたし、腰が曲がってひとりでは立っていられなくなっていた。)

ふろ水を流し
洗剤なしでバスタブを洗い
洗濯機をまわす
シーツもパンツもスリッパも
あやしいものはすべて
放りこんで
家事を終わらせる
夜が明ける前に

(ウシのお母さんはずっと一人でがんばっていたが、ウシのほうにもちょっとここでは言えないような重い理由があって、最後の2年半は、いっしょに暮らすことになった。ウシがお母さんの家に引っ越した、それで安心したのか、がくっと、弱った、からだもこころも。)

「それにしてもお母さんの
ひたむきな姿には、
うたれますよ。」
朝になって
新しいヘルパーさんが来た
いい話し相手だ
テレビに向かって話すとき以外は

(手に負えない、としても、誰もが通る道なのだ)

「洗剤、買うてくる」
ありがと、なぁ~。
出ようとして
ドアを開けたところに
どしゃ降りの雨

(どうやったら、足りないものがなくなるのか。もとに戻れるなら……いやぜいたくはいわない……いまのままでいい、このままで……とウシは考えている)

そうしたい、けど。
そうさせてもらえない

もぉ~~~。

悲鳴をあげる
雨に打たれる

(もうあの仕事は、やめよう。)

ザグザグまで
頭のなかでは朝日のようにさわやかに
歌いながら
洗剤を買いに
誰もが通る道をウシは急いだ

(つづく)


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