映画「マクベス」(2021年) | 明日もシアター日和

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観たもの読んだものについて、心に感じたことや考えたことなど、感想を綴ってみます。

監督 ジョエル・コーエン

デンゼル・ワシントン/フランシス・マクドーマンド/キャスリン・ハンター

 

 この映画は今月AppleTV+で配信されるそうですが、年末〜年始の1週間だけ(場所によっては2週間)映画館で上演ということで、私はAppleTV+未契約なため迷わず映画館へ。すごく面白かった🎊 ちなみに、ジョエル・コーエン/コーエン・ブラザーズの映画作品は今までたぶん観てないので、この監督の手法、特徴などは知りません。

 

 全体的にとても様式的な作りでした。モノクロ映像で、画面はスタンダードサイズと呼ばれる、左右の幅が短いもの、サイレント映画時代に使われていた比率らしい。確かに往年の名画を思い起こさせる。

 冒頭、淀んだ薄ねずみ色が画面いっぱいに広がっていて(空だった)、そこを、鷹なのかカラスなのか、3羽の鳥が不気味な鳴き声を発しながら舞っている。カメラがパンして地面。荒廃した戦場のような原野に何か黒い(モノクロだからね)塊が。ズームアップすると、地面にうずくまる魔女(キャスリン・ハンター)だと分かります。身体が奇妙にねじ曲がっていて不気味😰  原作では魔女は3人だけど、ここではハンター1人が3人分を担う。セリフを言い終えた魔女の発する声が、冒頭の鳥の鳴き声と同じだった。

 シーンが変わり、マクベスとバンクォーに予言をした魔女ハンターは水たまりの淵に立っていて、その水面に映る影は2つ。1人の魔女と2つの影法師。次のカットで3人の魔女が並んで立ち、影法師は消えている、そして魔女たちは大気の中に消えていく。すべて幻だったのか?……もうね、この冒頭シーンで気持ちを鷲掴みされましたよ。

 

 光と影/陰のコントラストや画面の構図が見事で、その抽象性、幾何学的造形、奥行きや高さを意識した立体性などで表される映像は、ロシア構成主義風というのか、アート作品のよう。陰影を駆使した描写は意味深で、人の影が効果的に映され、人が陰から現れたり陰に飲み込まれたりする。人生は歩く影法師……のごとく、モノの影が生きているように見えることも。とにかく全体的に不安を煽る作りです。

 王宮など建物はモダニズム建築風で、壁や柱の直線&垂直性と、出入り口を作るアーチの曲線とのコントラストが美しい。装飾がいっさい排除された室内は冷たく殺伐としていて、マクベス夫妻の墓場のように思えるときもありました。

 

 独自の表現がいくつも入っている。例えばバンクォー暗殺後、マクベスは再び魔女に会おうと(原作では)荒野へ行くんだけど、この映画では城の中にいる彼の前に魔女ハンターが現れて予言をします。あれはマクベスの欲望が生み出した妄想なのか、自分で自分に言い聞かせているだけなのかと思ってしまう。

 あるいは「バーナムの森がこちらに向かって来る」部分の見せ方。部下の注進を聞いたマクベスが、嘘を言うな!と窓を開けると、おびただしい量の木の葉が部屋にザバザバザバーッと嵐のように吹き込んできます。そこに重なる兵士たちの行進の足音は、恐怖に怯えるマクベスの鼓動のようでもあった。

 

 デンゼル・ワシントンフランシス・マクドーマンドの夫妻。夫人に名前がないのは背中合わせの2人で1人だから、一方が光れば片方が陰る、この象徴性もモノクロゆえに強調されていたような。また、決して若くはない2人が演じることで、人生の終盤に差し掛かった夫妻が王冠への最後のチャンスに(魔女の予言を信じてじっと待つのでなく)先走ってダンカン王を殺害したとも考えられる。2人が違うベクトルで狂気に向かっていく演技が見事でした。

 ワシントンの、ダンカン王を殺したあとの、力の抜けたようなセリフ。その瞬間に魂を魔女に支配されたのか。だから、操られるように疑心暗鬼になり、ダンカン王の臣下を無駄に殺し、バンクォーを暗殺し、マクダフの妻子を惨殺していく。人格を崩し暴君化し狂気を帯びていくワシントンの演技に圧倒される。「トゥモロウ・スピーチ」は、妻の死を知らされ、心が麻痺したように放心してつぶやく感じだった。

 マクドーマンドは静かに狂気に向かっていく感じでした。マクベスがダンカン王の臣下を殺害したと知った時の表情は、本当に驚き一瞬狼狽したような風だったし、気を失ったのは演技ではなく、夫は一線を超えてしまった、何かが狂って行く……と直感して目眩を起こしたように見えた。夫人もここを起点に、夫と並走するかのように心を病んでいく。夢遊病になって命を失うまでの内面描写には説得力がありました。

 

 興味深かったのは、臣下のロスが原作にはない重要な役を担うという、独創的な解釈がされていたこと。例えば原作では、マクベス夫人は病死か自死か分からないけど、ここでは夢遊病のまま階段から落ちて死ぬ。でも夫人が階段の上に立つのを、下からロスが見上げ、近づくようなシーンを見せ、ロスが夫人を突き落とした?と取れるような演出でした。追記→ロスとマクダフ夫人っていとこ同士だと、原文読んで知った。だから、マクダフ夫人をマクベスに惨殺されたロスが、復讐のためにマクベス夫人を殺したという解釈はあり得る!

 またマクベスのダンカン王殺害後の、ロスと老人(映画ではfatherと呼んでいた)の会話は割とカットされがちなんだけど、しっかり入っていたので、ほ〜と思ったんですよね。で、2人の暗殺者がバンクォーと彼の息子フリーアンスを待ち伏せするところに第3の暗殺者が現れる、原作では名前すらないその男を、ここではロスにしてあった。そして、父を殺され逃げるフリーアンスをロスが探すところまで見せている。え?これは?と思っていたら、ロスはフリーアンスを助け出してあの老人に匿ってもらっていたことが後でわかるのです。ロスはフリーアンス(=未来の王)を救ったという読み変え。面白い🎉

 こうしてロスはフリーアンスを伴って新王が待つ地へ向かうんだけど、彼らが通った後方で無数の鳥(冒頭に出てきた鳥と同じ?)が空に飛び立つシーンで終わります。もっと邪悪な何かが解き放たれたような、すご〜く不吉な余韻が残りました😱

 

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