室生ダム(龍鎮神社)から移動する事少し。
室生寺へ参りました。
奈良県宇陀市室生
室生寺(むろうじ)別称 女人高野
室生寺は、真言宗室生寺派の大本山の寺院。山号は宀一山(べんいちさん)または檉生山(むろうさん)。本尊は如意輪観音。
創建年 宝亀年間(770~781)
開山 賢憬(けんけい/けんきょう)
室生寺入口である太鼓橋。
数ある駐車場の中で、愛想のいいおばさん(年齢はばあさん)が経営する「よもぎ入り回転焼き」屋さんの無料駐車場を本陣にする。お声がけくださいということと、せっかくなので「よもぎ入り回転焼き」を1個買い、モグモグしながら室生寺へ向かおうとすると、おばさんが「入口そっちちゃうでこっちやで」と、逆方向へ行こうとするボケたわしに教えてくれたモグ・・・
帰りしなにおみやげとして4個買うて帰ってからチンして食べたけど、やっぱその場で食うた方が旨かった。
ちなみに 我が地方で言う「回転焼き」は「大判焼き」「今川焼」「御座候」「おやき」「太鼓饅頭」など、地域により異なった呼び名がある。
太鼓橋を渡る。
太鼓橋を渡った正面は本坊がある宗務所。ここは入れません。
お読みになられてください。
境内地図と説明。説明は無理にお読みにならなくてもけっこうです。
入山受付はこの先です。受付を済ませてまず賓物殿(宝物殿)(別途料金)で、国宝の十一面観音立像、釈迦如来坐像、重文の地蔵菩薩立像、十二神将立像(六体)の仏像さんにご対面。見入ってしまいました。館内撮影は禁止なので画像はなし。
仁王門 元禄時代に焼失し、昭和40年(1965)11月に再建。
レッド阿形さん。
ブルー吽形さん。この両仁王さんも昭和に復活。
仁王さんに愛想を振りまいて仁王門を潜ると左手にあるバン字池。
梵字の「バン」を表した池だそう。梵字のバンは「大日如来」を表し、すべての生き物の根本となる仏さまです。 知恵と慈悲の仏徳で人々を悟りの世界へと導いてくださいます。 所願成就、現世安穏のご利益があるとされているとか。
鎧坂。下から見上げると、鎧の草摺のようにみえることからその名が付いた。
※ 草摺(くさずり)とは鎧を着用したときの、胴から下にスカートみたいにヒラリンコと垂れ下がってるあれね。
鎧坂の途中にある弁財天。先ほどあったバン字池にはこの祠に収められた河川の神・弁才天が祀られていました。
鎧坂を上がった正面に金堂(こんどう)[国宝]平安時代初期
正面側面ともに五間の単層寄棟造りで、屋根は茅葺(現在は保護してる?)、内陣には、地蔵菩薩立像、薬師如来立像、釈迦如来立像(本尊)、文殊菩薩立像、十一面観音菩薩立像の五尊像が並び、その手前には十二神将が安置されている。
上に同じくこんどーです。あっ すんません
上に同じ。
金堂の側にある 天神社 拝殿。
左横の岩をご照覧あれ。軍荼利明王(ぐんだりみょうおう)が彫られております。
軍荼利明王は、密教において宝生如来の教輪転身とされており、さまざまな災いを取り除いてくれるという。一般的には腕を8本に表現されることが多いが、この「軍荼利明王石仏」の腕は10本である。
天神社 拝殿から見る 本殿。
弥勒堂(みろくどう)「重文」 鎌倉時代
内陣には「弥勒菩薩立像」や国宝「釈迦如来坐像」などが祀られており、屋根裏からは籾塔(もみとう) という木製の小塔が多数発見されている。
ちなみに 最近テレビでもやってたが、お堂の回りに溝があるのがお分かりいただけるかと。あれて結界なんです。なので、お堂の溝、門の敷居、家の敷居は踏まないように心がけましょう。
本堂 潅頂堂(かんちょうどう)[国宝] 鎌倉時代
真言宗の重要な法儀である潅頂が行われるお堂で、正面には、日本三如意輪の一つに数えられる如意輪観音菩薩像(重文)が安置されている。
上に同じ。
五重塔(ごじゅうのとう)[国宝] 平安時代
高さ16.1mで、屋外に建つ五重塔では国内最小である。勾配がゆるく軒の出が深い檜皮葺の屋根は、朱塗りの柱や白壁と心地よい対象を保つ。平安時代初期の建立で、室生山中最古の建物である。
平成10年の台風で、巨木が屋根を直撃したエグイ姿をニュースで見た時は衝撃的であったが、修復工事により、再び天女が舞い降りたが如し優美な姿が蘇った。
凛とした立ち姿がお美しゅうございます。
五重塔の先にある石段を行けば奥之院ですが、先が見えない恐怖にビビってしもて行っとらんという愚か者です
室生寺から去る。
あばよ!
25/01/22