『読売新聞』(2021.10.17朝刊)「広角多角」に編集委員の森川暁子氏が「終活する若者に思う」を執筆されていた。「そうなんだ」と思ったので転載しておきます。
社会部の若手記者が、「若者も『終活』が気になっている」という原稿を書いて持って来た。就職活動をさす「就活」ではない。人生の終わりを想定して準備をする終活だ。
インターネットリサーチ会社「楽天インサイト」(東京)が2019年4月、20~60代の1000人に行った調査で、「終活の意向がある」と答えたのは、30代が46%で最も高かったという。20代も37.6%で前年の調査より6.6%増えていた。
思い当たるフシはあった。以前シングル女性向けの読者イベントを開いたとき、申込者に関心事を尋ねたら、20、30代で「老後」と書く人が何人もいた。
終末期医療や葬儀、相続などの意思表示だけでなく、若い人がいう終活には「老後をイメージする」というニュアンスがあるのかもしれない。
昨年度、文化庁メディア芸術祭マンガ部門で優秀賞を受賞した「ひとりでしにたい」 (講談社)は、35歳の独身女性が終活を考える話だ。主人公は、伯母の孤独死をきっかけに、お金、介護、孤立、結婚さえすれば安心なのか!など数々の課題や疑問を直視し、わが身と周囲を見つめ直す。
作者のカレー沢薫さん(38)が、若い世代が終活に関心を持つ理由をこう語っていた。「『今遊んでいても先々何とかなるだろう』という活きのいい時代を経験していないので、早いうちに考えないとまずいと感じているのでは」。いわゆるバブル入社組の私(55)には、重い言葉だ。
若いころ自分の老後や死に方に思いを巡らせる発想はなく、目の前のことだけにかかずらわっているうちに時が流れていた。
若くして終活に着手する人たちの目には、私か見ているのとは違う世界が映っているのだろうか。(以上)