※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)

※ 司法試験考査委員(労働法)

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今日の労働判例

【シルバーハート事件】(東京地判R2.11.25労判1245.27)

 

 この事案は、様々な施設を経営する会社Xに勤務するYが、児童デイサービスの仕事がメインとなったことや、賃金のベースアップの無いこと、通勤手当、雇用保険料の負担など、様々な処遇や手当について争った事案です。裁判所は、振込手数料の負担と、シフトの削減による損害賠償について、一部Yの請求を認めました。

 ここでは、シフト制度に関する問題について検討します。

 

1.シフト制度

 コロナ禍で問題点が顕著になってきた問題の1つに、シフト制度があります。

 なぜ問題になってきたかというと、シフトが入らなければそもそも働く時間も決まらず、給与も決まらないので、コロナ禍で仕事が入らないと従業員は給与を全くもらえない事態ことすらあり得るからです。

 そこで、従業員側の請求を認めるための法律構成としては、例えばそもそも最低限の就労日数が約束されていた、シフトが実は入っていたが会社の都合で減らされた、シフトが実は入っていたが有給を取った、等の法律構成によって、給与が支払われるべきである、と評価されることがあります。

 この事案は、結果的に会社の責任を一部認めました。この理論構成を確認しましょう。

 まず、シフトが決まらなくても一定の労働時間が約束されていたかどうか、という点です。

 裁判所は、この点を否定しました。一定時間働いてもらうという合意はなかった、と認定しています。

 次に、一定の勤務時間が約束されていた、という点です。この点は少し込み入っています。

 まず、具体的な賃金請求権が発生したものではない、という前提になっています。これは、シフトで具体的な勤務日や勤務時間が決まるのであり、それが適法であることから、シフトに入らなかった分の賃金は請求できない、というものです。

 けれども、「合理的な理由なくシフトを大幅に削減した場合には、シフトの決定権限の濫用に当たり違法となりうる」というルールを示しました。これは、「シフトの大幅な削減は収入の減少に直結する」「労働者の不利益が著しい」ことが理由とされています。

 そのうえで、従前と同様のシフトが期待されていた点などを重視し、一定の時間に相当する賃金の請求を認めました。

 ここで、損害賠償請求権ではなく賃金請求権が認められた点が、理論的には興味深いところです。会社が人事権を濫用したので、濫用のなかった状態を回復するとなれば、たしかにシフトが入り、それによって賃金請求権が発生する、という理論になるのでしょうが、働く機会を奪われた損害、ということであれば損害賠償請求権とすることも考えられるでしょう。シフトに入れるかどうかについての問題は今後も議論されるでしょうから、この点の議論もより深まっていくと思われます。

 

2.実務上のポイント

 もっとも、この事案でYのシフトが入らなかったのは、コロナ禍による経営不振が原因ではありません。

 したがって、実際にコロナ禍などによる経営不振によってシフトを入れない場合の会社の責任がどのような場合に認められるのか、については今後議論され、明確になっていくべきポイントとなります。その場合、整理解雇の4要素と同様の判断枠組みを基本とする考え方も出てくるでしょう。整理解雇の4要素自身は歴史が長く、多くの事例で合理的な判断を導てきた実績があり、実際、会社側と従業員側の事情やプロセスなど、重要な要素を適切にバランスよく判断することを可能にするからです。

 他方、この事案は、会社にとって扱いにくいYに、Yにとって不本意な業務をあてがい、シフトにも入れなかったという事案です。裁判所は、Yが配置転換先である児童デイサービスで勤務しないと明言した日以降については、Yを知るとに入れなかったとしてもXに損害賠償義務はないが、それ以前については損害賠償義務がある、としました。児童デイサービスへの配置転換が有効であることが前提となっていますが、働かないことを宣言している従業員をシフトに入れないことの合理性が認められた、と評価できるでしょう。

 これに対して、配置転換以前にシフトに入れなかった点は、合理的な理由が示されなかったことを理由に、シフト決定権限を濫用したと評価されました。

 シフト決定権限の濫用が認められる場合と認められない場合の1つの判断枠組みとして、ここでは従業員が仕事をしないと宣言したかどうか、という点が示されたと言えます。けれども、従業員が仕事をしないことを明言するような場合は、実際には限られるでしょうから、特定の従業員を敢えてシフトに入れない場合には、やはり個別に合理性を検討していく必要があります。

 

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

https://note.com/16361341/m/mf0225ec7f6d7

https://note.com/16361341/m/m28c807e702c9

 

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!