※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)

※ 司法試験考査委員(労働法)

※ YouTubeで3分解説!

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今日の労働判例

【東菱薬品工業事件】(東京地判R2.3.25労判1247.76)

 

 この事案は、医薬品メーカーYで働くXが、上司の指示に従わないなど問題のある行動を繰り返していましたが、交通事故による傷害などを理由に休職し、復職を求めたところ、試用期間を設けて業務遂行状況を確認し、始末書の提出などを条件に復職を認めた事案です。Xは、上司などによる一連の言動9つが、いずれもハラスメントに該当すると主張したほか、Xが休職の手続きを適切に行わなかったことを理由とする懲戒処分についても、無効と主張しました。

 裁判所は、懲戒処分を無効と評価したほか、ハラスメントとされた行為の一部を(その名称はともかく)違法と認定し、Yの損害賠償責任(慰謝料30万円、弁護士費用3万円)を認めました。

 なお、労働時間も問題とされました(Xの主張が否定されました)が、ここでは検討を省略します。

 

1.論点のズレ

 Yとしては、休職以前から問題の多かったXについて、その問題行動を理由に処分したかったのでしょうが、訴訟では、休職以降のYの対応の適否に焦点が当たっています。

 すなわち、Yの対応で違法とされた点を確認すると、①Xの休職に至る経緯について、それがルールに違反する違法なものであることを裏付ける事実や証拠が不十分である点(これにより懲戒処分が無効となります)、②復職を可能とする医師の診断書があるのに十分検討しなかった点、③復職にあたって始末書を提出させた点(これも、懲戒理由がないのに行われた懲戒処分、と評価されています)の三点です。

 これに対して、復職後間もない時期に事務所の引っ越し作業や産業廃棄物の廃棄作業などの軽作業をやらせた点や、復職に際して「試用期間」を設けた点、Xの業務態度などが改善されなければ解雇になりうると警告した点、そのために業務指示を文書などで残しながら行った点、等について、Yの対応に問題は無かったとしています。

 

2.復職

 ここでまず注目されるのが、復職の問題です。

 特に障害や疾病を理由にする休職の場合、復職の際に復職可能性を医学的にきちんと評価することと、それを可能にしつつ、従業員に復職の機会を適切に与えるために「試し出社」を行うことが、最近特に重要なポイントとなっています。

 このうち本事案では、前者の医学的な評価が不足していた点が違法とされました(②)が、後者の「試し出社」に相当するものとして設定された「試用期間」については適法とされました。

 医学的な問題と法的な問題が複雑に絡み合う難しい問題ですが、本事案は復職に関する近時の傾向に沿った評価を行っているのです。

 

3.業務管理

 次に注目されるのが、業務管理の問題です。

 裁判所は、休職前のXの言動について、「欠勤前から勤務態度等の問題が指摘されており」「復職後も上長の業務指示に従わなかった」「上長や同僚との軋轢やトラブルを生じさせる等の問題行動が見受けられた」と認定しています。このような、状況にあることを裁判所も認定したうえでの評価である点が、留意されるポイントです。

 そのうえで、解雇可能性の警告や文書での業務指示などについて適法と評価しました。

 一部には、解雇の可能性に言及しただけで当然にハラスメントである、違法である、と考える人もいますが、そのようなことはありません。むしろ、解雇の可能性が本当にあるのであれば、そのことを適切に伝えないと改善の機会を与えないことになる場合すらあります。

 また、業務指示をわざわざ書類で与えることも、それによって脅していると評価されるのではなく、特にXのように問題行動が続く従業員の場合には適正な記録を残すという意味で積極的に評価される可能性があると言えるでしょう。

 けれども、いかに従前の問題ある言動の改善を約束させるためとはいえ、実質的に懲戒処分に該当する始末書の提出を求めた点は違法である、と評価しました(①)。懲戒処分には、予め就業規則などに懲戒事由が明示されていて、実際にそれに該当し、それに対する処分が合理的であることが必要ですが、この必要な要件が満たされない、と評価したのです。懲戒処分を行う際に注意すべき基本的な点を確認しましょう。

 このように、業務管理に関する上記各判断は、いわゆる問題社員の管理について、どのようなことが可能であり、どのようなことが許されないのかを理解する参考になる判断です。

 

4.実務上のポイント

 Yとしては、Xの不適切な言動を記録として残し、その蓄積を待ってXを解雇するなどの処分を考えていたのかもしれません。

 けれども、対応を急いだために3つの違法な処分を認定されてしまいました。その結果、Yの側から処分を行う前に訴訟が提起され、一部とはいえYの責任を認められることとなりました。Xへの対応の機会を逃してしまったようにも見えます。

 他方で、業務指示を書類で交付し、その記録を残すという業務管理の方法について、違法ではないという評価がされました。このことからYは、少なくともこの方法で業務管理を行っている期間のXの問題行為は、今後のYによる処分を合理付ける事実と証拠になる、という手掛かりを獲得しています。

 

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

https://note.com/16361341/m/mf0225ec7f6d7

https://note.com/16361341/m/m28c807e702c9

 

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!