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今日の労働判例

みずほ銀行ほか事件】(東京高判R3.2.24労判1254.57)

 

 この事案は、会社Yに対して以前から不満を有しており、Yの営業店に一般顧客を装って苦情電話をかけるなどして懲戒処分を受けたことのある従業員Xが、会社の機密情報を数年間にわたり10件以上持出し、出版社に漏洩していた事案です。YはXの情報漏洩を理由に、就業規則の規定に基づき、Xを懲戒解雇し、退職金の不支給を決定しました。

 1審は、退職金の一部(3割)の支払いを命じましたが、2審はこれを覆し、退職金全額の不支給を適法としました。

 

1.職務規律違反と退職金不支給

 懲戒解雇の場合に退職金を不支給とし、裁判でその有効性が争われる事案は、労働判例誌などで時々見かけます。本事案でも1審と2審で判断が分かれたように、多くの事案では、退職金の不払いが認められるのか、認められる場合、その金額はいくらなのか、が問題になります。

 その中でもよく見かける論点が、従業員の長年にわたる会社への貢献を全て無にするかどうか、という判断枠組みです。1審もこの判断枠組みを適用し、30年に及ぶ貢献を全て否定するほどに重要な影響はなかった(実際に銀行の顧客に迷惑が生じたわけではないなど)、と評価しています。

 これに対して2審は、このように「勤続の功績」と「非違行為の重大さ」を比較する方法について、「(比較は)一般的には非常に困難であって、判断基準として不適当である」とし、この判断基準を明確に否定しました。

 そのうえで、人事権の濫用の一般的な判断方法を採用しています。すなわち、懲戒解雇の場合、原則として会社は退職金を不支給とすることができるが、それが信義則上許されない場合には、「裁量権の濫用となり、許されない」、という判断枠組みです。そして、信義則上どのように判断するかについて、評価要素の具体例として、本事案の場合には「懲戒解雇事由の具体的な内容」「労働者の雇用企業への貢献の度合い」の2つが指摘されています。

 この2つの評価要素を見ると、1審の判断枠組みと同じ要素を考慮していることに気づきます。この意味で、1審も2審も、同様の事情に基づいて評価していることがわかります。

 けれども、評価要素が同じであるのに、その構造・判断枠組みの違いをわざわざ2審が指摘し、1審の判断枠組みを否定しているのですから、そこには違いがあり、それが結論の違いにつながっていると評価できます。

 すなわち、1審では勤続の功績と非違行為の重大さを対等に比較しているように見えますが、2審では、原則として会社の裁量権の行使として有効と評価しますから、勤続の功績が相当程度非違行為を上回るような場合でなければ、従業員の主張が認められないことになります。

 実務的に見た場合、評価要素としては、多くの裁判例である程度一致してきましたが、その重み付けについて、未だ流動的な面が残されている、ということが、1審と2審の違いから読み取れることでしょう。

 

2.情報管理

 この判断の中で、裁判所が明言していないのですが、Yが秘密情報を厳密に管理していたことが、実は①懲戒解雇の有効性や、②退職金不払いの有効性について、かなり大きな影響があると思われる点です。

 まだ②についての実例はあまり見かけませんが、①については、例えば「京都市(児童相談所職員)事件」(大阪高判R2.6.19労判1230.56、労働判例読本2021年版■)児童相談所の個別事案に関する情報を持ち出した職員に対する停職3日の処分につき、無効としました。この事案では、職員が悪意ではなく善意をもって情報を持ち出した点なども考慮されてはいますが、市役所の情報管理の信頼性を大きく損ねたことを考慮すれば、それにもかかわらずたった3日の停職処分を無効とした最大の要因は、市役所側の情報管理体制の杜撰さにあると評価されます。

 このような観点から見た場合、本事案でYは、金融機関という性格からでしょうか、不正競争防止法で求められる情報管理(組織的・人的・物理的・技術的な安全管理措置、継続的な情報管理教育など)を相当しっかり行っており、たしかに、Xの情報持出しを完全に阻止できなかったものの、実際に、徐々に漏洩者を絞り込んでいき、最終的にXを漏洩者と特定することに成功しています。

 しかも、金融機関の情報管理の重要さを、特に社内教育などの機会を十分認識しているのに、それでも情報漏洩を繰り返していたことが、Xの非違行為の重大さの根拠とされています。

 このように見れば、会社側が秘密情報を適切に管理していない場合には、逆に懲戒解雇が無効となったり、仮にこれが有効であったとして退職金の不支給が無効になったりしたでしょう。参考になる裁判例が少ない状況ですが、退職金不支給の有効性についても、秘密情報の管理が十分でなければ従業員側に有利に評価されると思われます。つまり、この裁判所も考慮要素と認めている「非違行為の重要性」に関し、情報管理体制は、懲戒処分の有効性と同様の影響を与えるでしょう。

 

3.実務上のポイント

 実務上、特に注目しているのは、Yの就業規則です。

 退職金の不支給が一部無効とされている事案のいくつかでは、就業規則の退職金のルールの中で、支給しないことができる、と記載されている場合、すなわち退職金は全部支給か全部不支給の二者択一であり、一部不支給はないかのような規定が多いように思われます。これに対して本事案では、「減額又は不支給となることがある」と規定し、一部不支給も選択肢として明示されています。

 たしかにこの違いは、結果的に本事案の結論に影響を与えていません。

 しかし、同じ懲戒解雇でも、本事案より「非違行為の重要性」が小さかったり、当該従業員の会社への過去の「勤続の貢献」が極めて大きかったりする場合、退職金全額を不支給とすることは、不合理とされる可能性が高くなります。このことがわかっている場合でも、規則上全額不支給しかできないような規定になっていた場合には、会社は減額支給をしにくくなります。もちろん、全部不支給ができるなら一部でも良いだろう、という解釈で一部不支給にすれば良いと思われますが、組織を統制する重要なルールである就業規則について、その文言を離れた解釈を行うのであれば、その後の統制上の問題(社内で異論が出て複雑な問題となったり、後の懲戒解雇の事例で全部不支給が相当であるのに一部不支給という主張が出されて、受け入れざるを得ない状況になったりする、等)が生じかねません。

 これに対して、最初から一部不支給(減額)の可能性も明文で定められていれば、もちろん将来のトラブル全てを回避できるわけではありません(全部不支給と一部不支給の基準など)が、それでも相当のトラブルを回避できます。

 このように、一部不支給も認められるような表現となっている就業規則の規定は、裁判所が全部不支給について一部の支払いを認める事案が多くなっている現状で、非常に参考になる規定です。

 

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

https://note.com/16361341/m/mf0225ec7f6d7

https://note.com/16361341/m/m28c807e702c9

 

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!