※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)

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今日の労働判例

埼玉県(小学校教員・時間外割増賃金請求)事件】(さいたま地判R3.10.1労判1255.5)

 

 この事案は、小学校の教諭Xが、長時間労働したことによる残業代の支払いなどを県Yに対して求めた事案です。いわゆる「給特法」(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法)が、教員の残業代を支払わない根拠とされてきましたが、その合理性や適用範囲が正面から争われました。

 結論として、裁判所はXの請求を全て否定しました。

 

1.給特法

 まずは、給特法が、裁判所の判断にどのような影響を与えいているのかを概観しましょう。

 すなわち、ここでは、①(原則)給特法により残業代請求それ自体が否定される、②(例外)長時間労働が常態化しているなど、給特法の趣旨(教員の労働時間が無定量になることを防止する)を没却するような事情があり、校長が労基法32条違反の認識・認識可能性があり、勤務時間等の調整などの措置を執るべき注意義務の違反が認められる場合には、国賠法1条1項に基づく損害賠償責任が発生する、というルールが示されました。

 

2.原則ルール

 上記①に関して注目されるのは、給特法の趣旨の認定です。

 裁判所は、詳細にこの立法過程などを検証し、教員の業務が定量的な労働時間の管理に馴染まないことを基礎に、固定的な金額である教職調整額を支払う代わりに、時間外勤務命令を発することのできる場合を、いわゆる「超勤4項目」に限定し、教員の勤務時間の長期化を防止した、と認定しています。

 民間企業のルール(例えば諸手当や諸制度)についても、特に同一労働同一賃金に関する、有期契約者と無期契約者の処遇の違いの合理性の検討の際、会社が唱えるお題目ではなく、その実際の運用状況などを踏まえて具体的に認定します。

 このような立法趣旨の認定方法と同様に、国の法律についても、その立法趣旨を具体的に検討していると評価できるでしょう。本事案では、教員の勤務時間の長期化防止の点が強調されているように思われます。

 けれども、同時に法律解釈の限界も明らかにしています。

 これは、教員の業務が増加して勤務時間が増加している現状から、給料月額の4%とされている教職調整額が不十分、とする指摘について、「正鵠を得ている」と極めて肯定的に評価しつつ、上記立法趣旨それ自体は現在も妥当する状況に変わりがないとして、法解釈によって給特法の合理性を否定することができないことを明らかにしています。

 このように、給特法によって教員の残業代請求は否定された、と言われてきた解釈論は、原則ルールとして本事案で認められたのです。

 

3.例外ルール

 他方、給特法それ自体の内容を解釈によって改めることが難しいとしても、裁判所は②例外ルールを設定しました。すなわち、残業代の請求、という契約上の責任ではなく、損害賠償の請求、という不法行為法上の責任という、違う法律構成によって、教員の働きすぎに関する救済の可能性を残したとみることもできるでしょう。

 しかし結論的には、この例外ルールの適用も否定されました(校長が何らかの措置を講ずべき状況にはなかった、と認定しました)。

 さらに、何が給特法の趣旨に反し、どのような判断枠組みでこれを検討するのかについて、本裁判例では、長時間労働が日常的に継続していることを例として挙げているものの、このような場合が判断枠組みとして適切かどうかも含め、今後の議論の積み重ねが必要なように思われます。

 

4.実務上のポイント

 教員の働きすぎの問題は、民間企業の場合、業務に直接の影響はありません。

 けれども、残業代の請求が認められない場合であっても、例えば健康配慮義務違反などを理由に損害賠償が認められる事例は、かなり以前から数多く認められ、その判断枠組みもかなり明確になってきています。教員についても、これと同様の方向が見え始めた、と評価できるかもしれません。

 この意味で、民間企業の場合にも、従業員の働きすぎに対する責任や社会的非難は、より厳しくなることはあっても、緩和されることはない、と受け止めるべき状況にある、と考えられます。

 

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

https://note.com/16361341/m/mf0225ec7f6d7

https://note.com/16361341/m/m28c807e702c9

 

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!