※ 司法試験考査委員(労働法)

※ YouTubeで3分解説!

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今日の労働判例

【国・名古屋北労基署長(ヤマト運輸)事件】(名古屋地判R2.12.16労判1273.70)

 

 この事案は、自殺した従業員Kの遺族Xが、労災認定を否定した労基署Yの判断に納得できず、労災認定するように求めた訴訟です。裁判所は、Yの決定を覆し、Xの請求を認めました。

 

1.労働時間

 注目されるポイントの1つは、労働時間です。

 厚労省の労災認定基準(裁判所も、この基準を原則的なルールとしています)では、職場のストレスが「強」であることが労災認定のために必要ですが、その認定では、労働時間の長さが極めて重要な意味を持ちます。残業時間の長さが、労災認定の重要な基準となっています。

 そこで、Xは、休憩時間がなかった、終業時間(居残残業)はKが帰宅前に電話をした時間に基づくべきである、と主張しました。

 けれども裁判所は、Xの主張を否定し、概ねYの認定した時間を労働時間と認定しました。

 例えば昼の休憩時間に関し、会社は規定どおり毎日1時間あった、と主張していました。これに対してYは、多忙で休憩が十分取れなかったとするXの主張も踏まえて休憩時間の実態を調査し、平均して30分、と認定しました。会社とXの主張のいずれでもなく、X自身が労働時間を認定したのです。

 そして裁判所も、Xの主張ではなくYの認定を合理的と評価しました。

 このように、労働時間の認定については、労基署の調査と判断を合理的と評価し、尊重している点が注目されます。

 

2.6か月より前の出来事

 2つ目は、Kにストレスを与えたとされる出来事・イベントの中でも、6か月より前のものについて、裁判所が、考慮しない(ストレスの原因に含めない)とした点です。

 これは、上記労災認定基準の内容に関わります。

 すなわち、労災認定基準では、同様の出来事・イベントが継続していたり、その影響が継続していたりする事情がない限り、6か月より前の出来事・イベントは考慮しない、としており、この事案でもこのルールの合理性が認められているのです。

 これは、労災認定基準が医学的な最新の所見も含め、慎重に検討されて定められたものであることによる信頼性を根拠にしています。労災認定基準のどこが、どのように評価されているのかを理解するうえで、参考になります。

 

3.実務上のポイント

 これだけ、Xにとって厳しい評価が重なると、労災認定されないように見えますが、結果的に裁判所は労災を認定しました。

 その理由は、過去の長時間労働の影響(ストレス対応能力が低下した状況)が続いていたこと(「強」に近い「中」のストレス)と、部下のトラブルについて責任者として重い責任を感じていたこと(「中」のストレス)の、主に2点を総合的に評価したものである、とされています。

 労災認定基準では、出来事・イベントごとにストレス強度を評価する構造となっていますが、それぞれの関連性も重要であり、これらを総合判断すべきであるとされています。たしかに、労基署Yも総合判断をした(そのうえで、労災にならないと判断した)のでしょうが、ストレスの影響が継続しているかどうか、社内の状況で管理職者のストレスがどの程度増幅しているのか、など、マニュアル化しにくい部分について、証拠による事実認定の専門家としての裁判官が柔軟な判断を示した、と言えるでしょう。

 労基署Yの認定も、特に上記労働時間の認定では、かなり合理性が認められていますが、客観的に測定することが困難な事情については、裁判所の判断がこれと異なる可能性の大きいことが理解できます。

 

 

 

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

https://note.com/16361341/m/mf0225ec7f6d7

https://note.com/16361341/m/m28c807e702c9

 

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!