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今日の労働判例

【東京税理士会神田支部ほか事件】(東京高判R 6.2.22労判1314.48、X控訴分:一部認容(原判決一部変更)・一部棄却、Y控訴分:棄却、Y上告・上告受理申立)

 

 この事案は、税理士会Y1の会員(税理士)・役員であるY2から、Y1に勤務するXが性的暴行を受けたことと、その後の主にY1の対応・体制の不備を理由に、損害賠償を請求し、Y1による解雇を無効と主張したのに対し、Y2がXに対して反訴を提起して、記者会見でY2の名誉を棄損したとして、謝罪広告と損害賠償を請求した事案です。

 1審は、X・Y2両者の請求・主張の全てを否定しましたが、2審は、Xの請求・主張の一部を認め、Y2の請求を否定しました。

 判決で議論された論点は多数ありますが、特に気になる点について、検討します。

 

1.性的暴行

 詳細な状況をここで説明することは控えますが、概要は、Y1の会合で意気投合した数名のグループでの懇親会が続き、その中でも特にY2とXが意気投合し、2人だけで飲食を共にした後、Y2の事務所に2人で立ち寄り、キスやXの身体への接触に至ったものの、Y2の希望をXが拒否したためそれ以上の関係には至らず、解散となった、というものです。

 他方、Xは(精神科?)医師に対し、カルテの記載によれば、「強姦未遂」「恫喝」「無理やり(連れ込まれた)」「叩かれ(て性的交渉を要求された)」「(Xが)泣き叫んで(止めてもらった)」という証言をしたようです。法廷でも、Xは同様の証言をしたようですが、性的暴行の有無の証拠は、これらXの供述証拠だけでした。

 1審は、この原告の各供述証拠の合理性を検証し、性的暴行がなかった、と認定しました。それは、2人だけで食事に行く時点で、Xの任家性があること、Y2の事務所への訪問にも、Xの任意性があること、Y2の事務所から帰宅する際も一緒に駅に向かうなど、Xへの強要などをうかがわせないこと、Xのその後の言動などから、Xにとって不本意だった可能性は否定できないが、Y2の立場やその後の言動から、Y2が強引にXに関係を求めるとは思えないこと、がその理由の概要になります。

 これに対して2審は、Xが同意していたと感じていたY2が、それ以上の性的交渉を諦めたことや、実際にXがPTSDなどと診断されるほどの苦痛を受けたのだから、Xの抵抗は相当大きかったはずである、Xの主張は、事件後一貫している、Y2はXのY1への事件申告後、Xの真意を探るような言動をしている、Xが食事の誘いに応じるなどの言動は役員であるY2への経緯に基づくものだが、それ以上のものとは言えない、等の理由から、Y2の立場を利用した性的暴行である、と認定しました。Xの同意があったように誤解させる言動があったとしても、同意していなかった、という評価が、一番のポイントでしょう。

 1審と2審の裁判官によって評価の分かれる微妙な事実認定に関し、それぞれどのような点が重視されているのか、裁判官の事実認定に至る思考過程を垣間見ることができ、非常に参考になります。微妙な境界線が実感できるからです。

 そうすると、両者の違いがなぜ生じたのか、境界線はどこか、という点ですが、裁判官の視点の違い、ということの他にあえて指摘すれば、Xが税理士会Y1の事務員であるのに対し、Y2がY1の役員だった、XはY2に配慮すべき立場にあった、という関係性が背景にあるように思われます。証言の一貫性という点だけ見れば、XもY2も一貫していて、それがXの証言の重視する決定的な根拠になりえないからです。つまり、実際に人事権があったかどうかはともかく、業界団体の役員と事務員であれば、前者が後者の業務や処遇に大きな影響を与えるべき関係があったでしょうから、立場上、断りにくい関係があった点が重視されたのではないか、と考えられるのです。

 そして、このような問題意識は、犯罪被害者の心理として、アメリカの統計的な研究成果でも報告されています。少し古い研究ですが、強姦被害者の女性の言動に関し、体や心の傷害を少しでも軽減するために、迎合的な言動を取ることが多い、したがって、例えば被害者の女性が加害者の男性の要求に表面上・外見上同意していたように見えても、実際には同意していないことが多く、安易にこれを同意と評価してはいけない、という趣旨の議論につながります。

 2審でこのことを明言していませんが、背景には、このような問題意識があったかもしれません。

 

2.Y1の責任

 例えば、会社の懇親会の2次会や3次会でのトラブルであっても、会社の「事業の執行について」生じたとして、会社の損害賠償責任(民法715条1項)を肯定する裁判例を多く見かけます。

 これに対して1審2審は、いずれも、Y1の責任を否定しました。

 Y1の懇親会後に、私的な会合が難解か続き、さらにその中でXとY2の2人が意気投合して(Y2の認識)2人だけの会食が設定された経緯から、懇親会の2次会や3次会とは違う、Y1の「事業の執行について」とは言えない、と評価されました。

 そして、XのPTSDなども、同様の観点から業務によるものではないとして、メンタルに関する損害賠償責任や、解雇の労基法19条による制限(業務災害による解雇が禁じられています)について、いずれも否定しています。

 どこが境界線なのか、本事案だけではわかりませんが、会社の懇親会がきっかけにトラブルが生じた場合であっても、会社の責任につながらない場合がある点で、参考になります。

 他方、復職を認めるかどうかの面談の際のY1役員らによる面談の違法性については、1審と2審で評価が分かれました。

 すなわち1審は、「魅力的だから、また誘ってくる人が出てくると思う。」という出席者の発言について、復職後に「意に沿わないことがあれば上司に相談した方が良いという文脈の中での発言」として、この「発言のみを切り取って、これを原告に対する嫌がらせであると評価することはできない」と評価しました。

 これに対して2審は、この発言について「それ自体がハラスメントにあたる」と評価しました。さらに、Xに弁護士の同席を認めず、他方、Y1側は8人の面談者が参加するなど、「精神的圧迫を与えかねない状況」にあったこと、復職可否の判断調査の目的を超えて、「否定的な感情をこもごも吐露」したこと、も指摘したうえで、Y1によるXの人格権侵害を認めました(損害額50万円)。

 ここでも、1審と2審の判断の違う理由が気になりますが、上記1と同様の問題意識の違いが背景にあるように思われます。

 

3.実務上のポイント

 Y2は、Xが訴訟を提起し、記者会見までしてY2を非難したことがよほど我慢ならなかったのか、反訴を提起して損害賠償を求め、1審でこれを否定されたのに、控訴までして争いました。結局、1審2審いずれもこの請求を否定しました。

 Y2がここまでこだわった経緯を見ると、Y2としては、Xが本当に同意していたと思っていたのでしょうか。

 この点からも、上記1の「犯罪被害者の心理」のような評価が、大きな影響を与えたのかもしれません。