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2025年3月17日月曜日

小説 22歳の扉

青羽悠 2024年 集英社

複素力学系 フラクタル カオス

京都の大学の理学部に入学した田辺朔(たなべさく)が,いくつかのサークルが集まる旧文学部棟の地下で営業している学内バーのマスターを引き継ぐことになり,そこでいろいろな人と出会って成長していく学生生活を描いた話です.

僕が読んでいたのは複素力学系、とくにフラクタル幾何学と呼ばれる分野のものだった。ある時間の状態が、前の時間の状態からシンプルなルールに沿って決まる。では、そのルールを何度も反復させると、やがてどんな状態に辿り着くのか。その疑問が出発点の学問だった。 
結果は多様で、まるで予測できない結果(=カオス)を生むことも、結果が同じ構造を繰り返す(=フラクタル)こともあった。 同じ構造を何度も繰り返す。再帰的。その振る舞いはどこか奇妙で、僕はそこに興味を向け続けることができた。理解するためには他の知識も必要だったから、僕には自然とやるべきことが増えた。

複素力学系とは何でしょう.上の文中の 「ある時間の状態が、前の時間の状態からシンプルなルールに沿って決まる」 というのは 「数列の漸化式 xn+1=f(xn) または関数 y=f(x) に値を代入して次の値が決まる」 ことを意味し,そのルールで変化していく物事を数式を使ってモデル化する数学の分野を力学系といい,その対象が複素数なら複素力学系となります.

複素力学系では 「そのルールを何度も反復させると、やがてどんな状態に辿り着くのか」 を複素平面上で調べます.ある複素数 z0(初期値)を関数 w=f(z) に代入し,得られた値をまた同式に代入して次の値を得るということを繰り返していくと,初期値 z0f(z) の違いによって,ある値に近づいていったり (収束),無限に遠くへ離れていったり (発散),「同じ構造を繰り返す (フラクタル)」 や,「まるで予測できない結果( カオス)」 の状態になったりすることがあります.

その例として有名なものが f(z)=z2+C という関数です.これで繰り返し得られた (発散しない) 値を複素平面上で点をとっていくと,フラクタル図形で有名なマンデルブロ集合z0=0 と固定したときの C の集合)や,ジュリア集合C を固定したときの z0 の集合)になります.

マンデルブロ集合(左)と C=0.5+0.6i のときのジュリア集合(右)
WolframAlphaで作成
フラクタル図形とは,どんなに拡大・縮小しても同じ形が現れる(自己相似性の)図形のことで,これを研究するのが文中に出てきた 「フラクタル幾何学」 であり,この主人公が読んでいた分野になります.2次元,3次元,4次元の世界などというあの 「次元」 が非整数になるのが特徴で,この話は小説 「神様のパラドックス に出てきました.

因みに,整数が対象なら離散力学系といいますが,その例として小説 「夜中に犬に起こった奇妙な事件」 に生物の個体数についての話が出てきました.さらに実数が対象なら連続力学系といいますが,これは小説 「禁忌の子」 に出てきた死後直腸温変化の話が当てはまりそうです

[参考]

カオスとフラクタル
山口昌哉著 1986年 ブルーバックス

複素力学系入門
https://azisava.sakura.ne.jp/math/complex_dynamics.html

2025年3月13日木曜日

小説 禁忌の子

山口未桜 2024年 東京創元社

死亡推定時刻

主人公の救急医武田航(わたる)に瓜二つの身元不明の遺体が運び込まれたため,その死因や自分との関係を旧友で医師の城崎響介と一緒に調査をしていくという話.鍵を握る人物に会おうとした矢先,相手が密室内で死体となって発見された場面です.

(鑑識の)宗形が「直腸温を測りましょうか」と言いながら温度計をカバンから取り出した。
宗形「34.8度ですね。大体の予想とも合致してると思います」
武田「つまり、どういうことや」
城崎「直腸温を用いた死亡推定時刻の推定、っていうのは直腸温が元の37度から、1時間に0.8度下がるだろう、っていう理論がもとになっているんだ。国試でもやったでしょ」
武田「とすると、大体3時間前…………12時半頃やな」
城崎「前後にしっかり幅を持たせて、死亡推定時刻は11時半から午後1時半の間、というところでどうでしょうか?」
宗形「おっしゃる通りです」

この計算では「1時間に0.8度下がるだろう、っていう理論」なので,体温は死後経過時間tの一次関数 T=370.8t になっています.すると T=34.8 のとき t=2.75 になるので「大体3時間前」と予想しているわけです.

これがニュートンの冷却法則に従うなら,死後の体温Tは室温との差に比例して室温に近づいていきます.この場合,死後経過時間をtとし,その時の体温をT,室温を25°と仮定し,比例定数をkとすると,次の微分方程式が成り立ちます.dTdt=k(T25)変数分離してこれを解くと1T25dT=kdtln(T25)=kt+C1T25=eC1ektT=25+Cektここで t=0 のときT=37 ですから,37=25+Cより C=12 になり,最初の5時間で0.8×5=4度下がるとすれば,t=5 のとき,T=374=33 となるので,33=25+12e5ke5k=23k=ln(23)5=0.081......よって式(1)はこうなります.T=25+12e0.081tこのグラフはTが減少していく指数関数となり,下の赤いグラフになります. 青色のグラフは一次関数 T=370.8t です.34.8°のとき,点Aは(2.50, 34.8),点Bは(2.75, 34.8)なので,誤差はまだ小さいですが,時間がたつに連れて大きくなるので,現実的ではありませんね.


さて,「法医学は考える: 事件の真相を求めて」(赤石 英 著 1967年),法医学」(若杉長英 著 金芳堂 1983年)などによると,直腸温降下曲線は下図のような逆S字型になるそうです.通常の直腸温は,腋で測るよりやや高く37.2°ぐらいなので,そこからこのように下がっていきます.
法医学」若杉長英著より
死亡直後では体内の熱産生が未だ完全に停止していないためその低下は緩徐であるが,次第に急激となり,外界温度に近づくに従って,再び緩徐となり,直腸内温度の下降曲線は逆S字状を呈する.(法医学」P13)
S字型のグラフといえばロジスティック関数が有名です.基本的なロジスティック関数はこの式になります.T=11+et
これを,室温をやはり25°と仮定し,左右反転・拡大縮小・平行移動させるために,T=25+L1+ek(tp)という形にして,定数L, k, pを調節し,上の下降曲線を近似してみました.この場合,点Aは(3.85, 34.8),点Bは(3, 34.8)になります.T=25+13.51+e0.33(t6.8)

室温以外にも多くの条件によって違いが出て来ますが,これが事実に近い直腸温度変化だとしても,一次関数で近似して上の台詞のように「前後にしっかり幅を持たせて」(この場合は前後1時間の幅を考えて)推定すればそう問題はないのでしょうね.

[参考]

法医学
若杉長英 (著) 金芳堂 1983年

法医学は考える: 事件の真相を求めて
赤石 英 (著) 講談社現代新書 1967年

ロジスティック関数とは?
https://freshrimpsushi.github.io/jp/posts/1775/





2025年3月5日水曜日

漫画 はじめアルゴリズム 3巻 #21 数学少女・剛田ハチ

三原和人 2018年 講談社

極方程式 媒介変数表示

小学5年生の関口ハジメが天才的な数学の才能を持つことを,老数学者の内田豊に見いだされ,成長していくという話です.数学検定を受けたときにハジメから借りたコンパスをわざわざ家まで返しに来た剛田ハチへのお礼に,キーホルダーと同じ形のグラフを表す式をプレゼントする場面です.

ハジメ「これやってみて」
ハチ    「? グラフ問題 ……」
      「あ これ… 私のキーホルダーの…… すごい…」
ハジメ「コンパス持ってきてくれたお礼!」


3つの式がセットでひとつのグラフの方程式だと誤解しそうですが,1行目は極方程式で,2行目と3行目がセットで媒介変数表示なので,どちらか一方だけで同じグラフを表します.

極方程式は,動径がx軸となす角をθとするときの原点からの距離rをθの関数で表します.例えば,原点中心で半径1の円は原点からの距離rが常に1なので,デカルト方程式(xy方程式)では x2+y2=1,極方程式では r=1 になります.

上式の場合は,a=4なので r=sin4θ,すなわち原点からの距離rが sin4θ(周期π2)になります.これは,θが0から2πまで増加(動径が1回転)する間に0→1→0→−1→0の間の値(花びら2枚分)を4回繰り返しますから,y=sinx と r=sinθ のグラフは次のようになります.

y=sin4x

r=sin4θ

Geogebraで作成したので,角度を変えながらゆっくり見たい人はこちらを見てください.

一方,媒介変数表示は,xy平面上の点の座標を他の変数の関数で表したものです.例えば,x=t, y=t2なら,点(t,t2)の軌跡になるので,y=x2になります.上式の場合は,点 (sin4θcosθ,sin4θsinθ) の軌跡になり,上と同じグラフになります.

因みに,剛田ハチの持っていたキーホルダーはこれでした.


2025年2月18日火曜日

ドラマ 御上先生 第4~5話

第4話 2025/02/09放送

数列

今回の数学の授業の場面では,問題も解答も板書にありました.間違いではないのですが,(2)の1行目の log2(ak) には(  )がついていて,2行目の log2an には(  )がついていません.この場合,( )はなくていいですね.

小問(1)(2)(3)とだんだん難易度が上がるのがよくあるパターンなのですが,(1)(2)に比べて(3)が少し易しいように感じました.毎回単元が変わるので,入試問題の演習をしているという設定なのでしょう.

 

2025/02/18追記

第5話 2025/02/16放送

72の法則

高校生ビジネスプロジェクトコンクールでの生徒たちのプレゼンの中に,72の法則が登場しました.

「これにかかる年月はなんと576年.定期預金で実直に暮らしていく道も,72の法則によって,こうして絶たれたのです」


台詞にはありませんが,100万円を年利率0.125%の複利で200万円に増やすには,576年かかることをいっています.72の法則が悪者のように聞こえますが,これはただの便利な計算方法であって,72を年利率で割れば約何年で元金が2倍になるかが簡単に分かるという法則です.実際,72÷0.125=576になります.

正確には複利計算になるので,年利率r(%)でn(年)預けて元金A(円)が2倍の2A(円)になったとして次の方程式を解きます(lnは自然対数logeを意味します).

2A=A(1+r100)nln2=nln(1+r100)n=ln2ln(1+r100)

これにr=0.125を代入すると,n=554.864......となり,実際は約555年かかるということが分かります.なので,72の法則によってだいたいの年数は出せますが,正確な値を求めるためにはこの方程式を解くことになります.

因みに,このような倍加時間(または倍増時間)を英語で doubling time というのに対し,半減期は half life といいます.Half time という場合もありますが,スポーツの試合の前後半の間の意味で使うことが多いので,ちょっと紛らわしいですね.

2025年2月9日日曜日

ドラマ 御上先生 第1話〜第3話

TBS
TBS 脚本:詩森ろば 

第1話 2025年1月19日放送 

三角関数 ベクトル

文科省官僚の御上孝(みかみたかし)が,官僚派遣制度という左遷人事によって私立の進学校へ出向になりますが,現場から声をあげて権力に立ち向かい,内部から変革していこうとする話です.

授業で数学の問題を説明する場面ですが,板書の解答に少しミスがありました.

<大問4> a,bを実数とし,少なくともaとbのいずれか一方は0でないとする.θが0≦θ<πの範囲を動くとき, ((a\cosθ+b\sinθ)\cosθ-2a)^2+((a\cosθ+b\sinθ)\sinθ-2b)^2の最小値を求めよ.
御上孝 「これ,最小値を求めよってなってるから,三角関数を使った方程式として解こうとする人が多い.(上の解答を映して)でもこれ,実は図形の問題なんだよね.図で描いてみればすぐに答えが出る.(下の別解を板書して)こう考えたとき,ひとつの図形が見えてくる.つまり最小になるのは,点Pと点Aが一致した時だと分かる.そこまで分かればこうやって簡単に解ける.ここで大切なのは,代数と幾何,つまり関数と図形という2つのジャンルが数学にある,という謎の思い込みを捨てることなんだよね.そうしないと解ける問題も逃してしまう.交互に学んでいくのは,関連し合っているからなんだ.という視点を忘れないように」

「与式はP((acosθ+bsinθ)cosθ, (acosθ+bsinθ)sinθ)とQ(2a,2b)の距離とみることができる」とありますが,正確には「距離の2乗」ですね.また,図に点Qと点Rの記載がありませんが,Rは単位円周上の点(cosθ, sinθ)なのでしょう.

点Pがどこにあるのか知るために,\overrightarrow{OP}を次式で表していますが,板書では3行目の最後に\overrightarrow{OR}が抜けています.∠AORを\alphaとしましょう.\begin{eqnarray}\overrightarrow{OP}&=&((a\cosθ+b\sinθ)\cosθ, (a\cosθ+b\sinθ)\sinθ)\\&=&(a\cosθ+b\sinθ) \left( \begin{array}{c} \cosθ \\ \sinθ \\ \end{array} \right) \\&=& \left(\overrightarrow{OA} \cdot \overrightarrow{OR}\right) \ \overrightarrow{OR} \\&=& \left(\vert\overrightarrow{OA}\vert\cos\alpha \right)\overrightarrow{OR} \end{eqnarray}


最後の式は,\overrightarrow{OR} と同じ向きで長さが\vert\overrightarrow{OA}\vert\cos\alphaなので,\vec{OA}から\vec{OR}の上への正射影になっています.つまり,点PはORの延長上で∠APOが90°になるところにあります.すなわち,点PはOAを直径とする円周上を動くので,PQ^2が「最小になるのは,点Pと点Aが一致した時」だと分かります.

というわけで,この問題を図形の問題として捉えるのは,点Pがどこにあるかが理解できないと難しいですね.主演の松坂桃李が「代数と幾何,つまり関数と図形」と言ったとき,思わず「中トロ寄りの大トロ,大トロ寄りの中トロ」というCMを思い出してしまいました(笑).

2025/02/09追記

たまたまYouTubeで監修者の動画を見つけました.第1話の板書で「距離の2乗」が「距離」になっていたのは監修者のミス,\overrightarrow{OR} が抜けていたは撮影現場の転記ミスだったようです.

監修者の解答

 

2025/01/27追記

第2話 2025年1月26日放送

微分積分学の基本定理

第1話に続いて第2話でも授業場面に,数学の問題の解説と解答が登場しました.問題は,「演習109 (3) この方程式を満たす定数Cの値を求めよ」 だと思われます.残念ながら,ここにもひとつミスがありました.1行目の 「+C」 の前に 「dt」 が抜けています.

決して粗探しをしているわけではないのですが,数式を見ると正しいかどうか確認したくなるんですよね.宮島未奈の小説「成瀬は天下を取りにいく」主人公の成瀬あかりが「大きい数を見ると素因数分解したくなるんだ」 と言っていたのと同じような感じですね(笑)

気になったので,第1話の後半に少しだけ出てきた,小島よしおが講師役の授業の板書を見てみたら,またひとつミスを見つけてしまいました.軌跡は 「図の実線部分」 で正しいのですが,y=x^2のグラフは定義域が -1≦x≦1 なので値域は 0≦y≦1 でないといけませんね.

たぶん,監修の人がいるはずなので,数式を提供した人が撮影のときに実際に映る数式を再度確認してほしいですね.こんな視聴者もいるのですから…(笑)

 

2025/02/07追記

第3話  2025年2月2日放送

微分

今回も映った板書に問題がなく,解答のみでした.

問題を推測すると,次のようになるのではないかと思います.

[問題] a>0とする.f(x)=x^3-3a^2x について
(1) y=f(x)がx≧1で単調増加となる条件を求めよ.
(2) 次の2つの条件を満たすとき,a, bのとりうる値の範囲を求めよ.
     <条件1> f(x)=b が異なる3つの実数解を持つ
     <条件2> その解を小さい方からα,β,γとするとき,1<βとなる

板書の(2)の後半は,かなり説明不足ですね.(2)の分かり易い解答を試みてみます.

[(2)の解答]

<条件1>
   -2a^3<b<2a^3 …① であればよい

<条件2>
       1<β となるには
   b<f(1) つまり b<1-3a^2 …②

ところで -a<\beta<a であることから 1<β となるには 1<a …③ でなければいけないので
       -a<1<a
       f(a)<f(1)<f(-a)
       -2a^3<1-3a^2<2a^3 …④

求める範囲は ③ かつ 「④のときの①②の共通部分」より

       1<a かつ -2a^3<b<1-3a^2

ドラマにはありませんでしたが,御上先生がこの問題を解説するならどのようにするのか気になるところです.

2025年1月28日火曜日

小説 スピノザの診察室

夏川草介 2023年 水鈴社

幾何学 三角形 内角

妹が若くして亡くなり,残された甥の龍之介を育てながら町中の病院で終末医療に取り組む優秀な内科医雄町哲郎の話です.
哲郎は軽く額に指を当てた。
「どんなに意志が強い人でも、幾何学平面上の三角形の内角の和を、200度にすることはできない」
突拍子もない話に龍之介は目を丸くする。(P216)
ユーックリッド幾何,すなわち常識的な空間の幾何学では三角形の内角の和は180°と決まっているので,「どんなに意志が強い人でも」 200°にすることはできませんが,非ユーックリッド幾何学のひとつである球面幾何学では,三角形の内角の和は180°より大きくなります.例えば球面三角形の3頂点が,地球の赤道上で\frac{1}{4}周離れた2点と北極点だとすれば,角A=B=C=90°になるので内角の和は270°になります.


半径をrとすれば球面全体の面積は4\pi r^2なので,それに\frac{90}{360}=\frac{1}{4}を掛けると,スイカを食べた後の皮の形(球面二角形とか球面月形とかいいます)

の面積は\pi r^2になり,さらにこれの真ん中を切ると球面三角形になって,その面積は\frac{1}{2}\pi r^2になります.

この方法で内角の和が200°の球面三角形の面積を求めてみましょう.上の球面三角形で角A=20°とすれば内角の和が200°になりますから,その面積Sは次のようになります.S=4\pi r^2\times\frac{20}{360}\times\frac{1}{2}=\frac{1}{9}\pi r^2

実は球面三角形の面積を求める公式があって,その面積Sは次式になります (角度の単位はラジアン(=rad)).S=\{ (A+B+C)-\pi \} r^2内角の和が200°=\frac{10}{9}\pi (rad) の場合,この公式では次の値になります.確かに上の計算結果と一致しますね.S=\left( \frac{10}{9}\pi-\pi \right) r^2=\frac{1}{9}\pi r^2

2025年1月19日日曜日

小説 探偵の探偵

松岡圭祐 2014年 講談社

正多面体 確率

ストーカーとそれに協力した悪徳探偵のために命を落としてしまった妹のために,探偵の探偵を目指す主人公の紗崎玲奈が,探偵学校「スマPIスクール」経営責任者の須磨康臣から講義を聞く場面です.
正多面体といえば無限に存在するように思えるが、実際には四面体、六面体、八面体、十二面体、二十面体の五つしかない。これ以上には存在しないことも証明されている。探偵業も同じだ。際限なく可能性があると考えられる場合でも、きっと絞り込める」 (P26)


正多面体が5つしかないことの証明は,漫画「はじめアルゴリズム」で紹介しましたのでそちらを読んでください.もうひとつ,玲奈が悪徳「藪沼探偵事務所」のペテンを暴く場面です.

「別れさせ屋を謳ってるけど業務の実態はない。工作員なんてひとりもいない。依頼を受けて二、三ヵ月後に工作完了の連絡を寄こし、請求書を送りつけるだけ。どうせカップルが別れるかどうかなんて五分五分だし」
「あいにくだな。いまお客さんにも説明してたとこだ。うちは依頼料の十万円に対し、工作が不成功に終わったら十五万円をかえす契約でね。健全そのものなんだ」 (P216)
玲奈は女性客に目を向けた。「お名前は?」
女性客がびくつきながら応じた。「希美」
「希美さん。男女がほっといても自然に別れる確率は二分の一。あなたのほか、別の人からも藪沼に依頼があったとして、両方のカップルとも別れる確率は四分の一。藪沼は二十万の儲けになる。どちらか一方だけでも別れれば、藪沼は五万円の儲け。損をするのは両方別れなかった場合のみ、十万のマイナスになるけど、確率は四分の一。藪沼は二分の一どころじゃなく、四分の三の確率で利益を出してる。なにもせずに」 (P217)
「男女がほっといても自然に別れる確率は二分の一」 という前提が正しいのかどうか議論の余地はありそうですね.期間にしても1か月以内なのか,1年以内なのかでも大きく結果が異なりそうです.

とりあえず「別れる確率は二分の一」 と仮定した場合,2組のうち別れさせるのに成功した場合を〇,失敗した場合を×とすると,その確率と利益は次のようになります.
   〇〇        1/4    10+10=20万円
   〇×または×〇  2/4=1/2     10+10-15=5万円
   ××       1/4    10+10-15-15=-10万円
なので,1/4の確率で利益は20万円,1/2の確率で利益は5万円となり,確かに「四分の三の確率で利益を出してる」ことになります.このときの期待値(1組当たりの利益の平均)は,(利益)×(その確率)の総和になるので,20×1/4+5×1/2+(-10)×1/4=5万円になります.

1組の場合の期待値は,10×1/2+(10-15)×1/2=2.5万円なので,n組の場合だと2.5n万円になるでしょうか.検証してみましょう.まずその準備として_nC_r=\binom{n}{r}と書くと,次の2式が成り立つことを確認しましょう.\sum_{r=0}^n\binom{n}{r}=2^n \tag{1}\sum_{r=0}^n r\binom{n}{r}=n2^{n-1} \tag{2}

等式(1)は(1+x)^n=\sum_{r=0}^n\binom{n}{r} x^rx=1を代入すると求まります.等式(2)は(1)をxで微分して同じことをすると求まります.よって,期待値は次のように求められます.\begin{eqnarray}\displaystyle\sum_{r=0}^n\binom{n}{r}\left(\frac{1}{2}\right)^n (10n-15r) &=& \frac{1}{2^n}\displaystyle\{10n\sum_{r=0}^n\binom{n}{r}-15\sum_{r=0}^{n} r \binom{n}{r}\} \\&=& \frac{1}{2^n}\displaystyle\{10n\cdot2^n-15\cdot n2^{n-1}\}\\&=& 10n-\frac{15}{2}n\\&=&\frac{5}{2}n\end{eqnarray}ということで,n組の場合の期待値は2.5n万円になることが分かりました.

2025年1月9日木曜日

小説 葉桜の季節に君を想うということ

歌野晶午(うたのしょうご) 2017年 文春文庫

利息 年利

元私立探偵の成瀬将虎が,悪質な霊感商法業者の保険金詐欺について調査を依頼され奮闘する話です.高額な布団や健康食品を売りつける悪徳商法に騙された節子の借金が膨大になっていく様子を語る場面です.

トイチとは、融資の条件が十日で一割の利息ということである。百万円を借りると、十日後に返済するにしても百十万円。年利に換算すると三〇〇パーセント超。法定金利の上限は約四〇パーセントである。

このような超高利貸しを利用すれば結果は目に見えている。利子さえ払えず、借金はみるみる膨らみ、ますます返済が難しくなる。すると、別の金融業者から金を借りてくることで、最初の金融業者への借金を見かけ上返済するよう強要される。この新しい金融業者が輪をかけての悪徳で、トイチならぬ、トニ、トサンで貸し付ける。十日で二割、三割の利息を取るのだ。節子が一千万単位の借金を背負うのにそう時間はかからなかった。

トイチを「年利に換算すると三〇〇パーセント超」とありますが,10日で1割の利息なので365日なら,
 ●単利の場合,年利は0.1×36.5=3.65=365%
 ●10日ごとの複利の場合,1.1倍の36.5乗は32.42倍になって年利は31.42=3142%
なので,ここでは単利の方の年利のことを言っていると思われます.

金利の上限は法律で決まっていて,元金が10万円未満の場合,2000(H12)年までは40%,それから2010(H22)年までは29%,それ以降は20%になっています.ここでは「約四〇パーセントである」とありますが,この小説の初版発行が2003年なので,執筆中はまだ2000年までの情報(40%)だったのではないかと思われます.どちらにしろ,トイチの金利は法定上限金利を大幅に上回っていますから,公序良俗違反として無効になるそうです.

法律上,借金の元利合計が期日までに返済できないと,遅延損害金も追加されます.その計算式は次式になりますが,

(返済期日の元利合計)×(遅延損害金の利率)×(遅れた日数)÷ 365日

法定上限金利を守らないような悪徳金融業者が,法を守れといって遅延損害金まで請求するなんてことはしないと思われます.

ではその前提で「節子が一千万単位の借金を背負う」のにかかった時間を推測してみましょう.仮に100万円借りたとします.単利のトイチで1年後返済の契約で借りると,

100万×3.65=365万

「最初の金融業者への借金を見かけ上返済する」 ため,「輪をかけて悪徳な新しい金融業者」からトニで365万円を1年借りると

365万×3.65×2=2664.5万

1000万を超えるのはこの間なので,期間4か月と5か月を計算すれば,

365万×3.65×2×4/12≒888万  
365万×3.65×2×5/12≒1110万

となりますから,1年半立たずして100万円の借金が1000万円を超えるということになります.

これをもし10日ごとの複利で計算したら,

1.1倍の24乗で約9.8倍  
1.1倍の25乗で約10.8倍

つまり1年目の250日までに10倍の1000万円を超えてしまいます.恐ろしいですね.

単利(青)と複利(緑)増え方の違い

[参考]

出資法及び利息制限法が許容する上限金利の推移

遅延損害金とは?

2024年12月27日金曜日

小説 成瀬は信じた道をいく

宮島未奈 2024年 新潮社

線形代数学 ケイリー・ハミルトンの定理

「成瀬は天下を取りにいく」の続編です.「大きい数を見ると素因数分解したくなる」主人公の成瀬あかりが大学生になって勉強の大切さを語ります.
「そもそも今は大学生なのだから、勉強に打ち込んだらいいのではないか?  わたしは最近、線形代数学の授業でケイリー・ハミルトンの定理を習って感銘を受けた」
成瀬が華麗な正論を打ち返してきた。
P137

参拝を済ませたあとはのんびり歩いて湖岸に出た。冷たく張り詰めた空気の下、青い湖面が光っている。今年もいい年になりそうだ。
「2026は2×1013だな」
「1013って素数なんだ」
P199
線形代数学は,大学の教養科目として必修のところが多いですね.基本としては行列,ベクトルを扱いますが,発展して線形空間の話になると難しくなってきます.過去には高校数学に行列があったりなかったりしたので,なかった時代に高校生だった人は行列を知らない人が多いことと思います.

「習って感銘を受けた」とありますが,京大ぐらいのレベルだと「習って」ではなく,「(自分で)学んで感銘を受けた」のではないでしょうか.私もテーラーの定理を初めて知ったときに感銘を受けたのを思い出しました.

さて,ケイリー・ハミルトンの定理は,「正方行列Aの固有多項式 \mathrm{ det }(A-\lambda I)\lambdaAに変えた式は零行列になる」という定理なんですが,この表現ではちょっと難しいので,最も簡単な2行2列の行列A=\begin{pmatrix} a & b \\ c & d \end{pmatrix}を用いて言い換えると,次の式が成り立つことと同じ意味になります.

A^2-(a+d)A+(ad-bc)I=O \tag{1}

Iは単位行列\begin{pmatrix} 1 & 0 \\ 0 & 1 \end{pmatrix}Oは零行列\begin{pmatrix} 0 & 0 \\ 0 & 0 \end{pmatrix}

例えば,A=\begin{pmatrix} 1 & 2 \\ 3 & 4 \end{pmatrix}として計算すると,確かに式 (1) が成り立つことが分かります.A^2-5A-2I=\begin{pmatrix} 1 & 2 \\ 3 & 4 \end{pmatrix} ^{2}-5\begin{pmatrix} 1 & 2 \\ 3 & 4 \end{pmatrix}-2\begin{pmatrix} 1 & 0 \\ 0 & 1 \end{pmatrix}=\begin{pmatrix} 0 & 0 \\ 0 & 0 \end{pmatrix}=OA^2-5A-2I=O \tag{1'}これがわかると何がいいのかというと,A^2=5A+2Iとなるので,A^2をまともに掛け算せずに足し算で求められ,次数を下げることができるので,そこからさらにA^3A^4…と楽に計算できるからです.

ではA^nの計算ができると何がいいのかというと,例えばn元連立一次方程式を解くことや,ある現象が1年後にAを掛けた状態になるときにn年後の状態を求めることができるからです.行列のn乗をまともにn回掛けずに求める方法は他にもいくつかありますが,それが線形代学の基本といってもいいかも知れません.

[参考]

2024年12月1日日曜日

小説 JK Ⅱ

松岡圭祐 2022年 KADOKAWA

数学 物理 運動エネルギー

K-POPダンスのユーチューバー江崎瑛里華こと有坂紗奈が,悪行三昧のヤクザたちに容赦なく復讐をしていくという話です.

紗奈は満身の力をこめ、ブラックジャックを廣畠の前で振った。数学と物理はもともと得意だった。時速約百七十キロのヘッドスピードで振ることで、靴下の先端の穴から飛びだす小銭は、二百ジュール前後のエネルギーを有する。すなわち拳銃の弾丸に匹敵する威力と化す。

小銭は一瞬にして散弾のように、廣畠の全身に深々と刺さった。うち数枚は額と首筋を貫いていた。唖然とした面持ちの廣畠は、目を剥いたまま後方に倒れていき、仰向けに横たわった。
ブラックジャックは武器の一種で,靴下のような円筒形の革や布の袋に小銭や砂などを詰めて殴打するために使うものです.外傷が目立ちにくく,打撃音が小さく,事後処理も容易なので,推理小説でよく凶器に使われているそうです.

この場合は小銭が「靴下の先端の穴から飛びだ」しているので,殴打したのではなく,振ることで小銭を弾丸のように飛ばしているようです.はじめに穴が空いていたら回転と同時に中身が飛び出してしまうはずですから,強く回転させて高速で飛ばすことや,さらに標的に命中させることなど至難の業ではないでしょうか.

「数学と物理はもともと得意だった」ので時速170キロとエネルギー200ジュールという値がすぐに出たのでしょうか.数学というより物理の話ですね.検証してみましょう.

運動する物体の質量をm [kg],速度をv [m/s]とすると,その運動エネルギーK [J] は次式 (1) になります.つまり,この速さでこのエネルギーを出すにはある重量が必要ということになります.K=\frac{1}{2}mv^2 \tag{1}ここで両辺の単位の確認です.左辺の K の単位の J(ジュール)は J=N・m で,N(ニュートン)は kg・m/sなので,J=N・m=kg・m2/sになります.一方,右辺は kg と (m/s)を掛けて kg・m2/sになります.確かに左辺と右辺の単位は一致していますね.

では計算してみましょう.まずvを時速 [km/h] から秒速 [m/s] に変換します.v=\frac{170 \times 1000}{60 \times 60}=\frac{425}{9}v=\frac{425}{9} [m/s],K=200 [J] を式 (1) に代入して質量mを求めてみましょう.200=\frac{1}{2}m \left( \frac{425}{9} \right)^2これを解くと次の値になります.m=\frac{200\times2\times9^2}{425^2}=\frac{1296}{7225}=0.179377\cdot\cdot\cdotすなわち質量は約180gということになります.これは,1枚1gの1円玉なら180枚,1枚4.5gの10円玉なら40枚,1枚4gの50円玉なら45枚,1枚4.8gの100円玉なら37.5枚,1枚7gの500円玉なら25.7枚になります.咄嗟にこの武器を作ったとして,こんなに多くの小銭を日常持ち歩いていたとは思えませんね.因みに,適当に小銭180gを測ってみたらこれぐらいでした(笑).

2024年11月13日水曜日

小説 青の炎

貴志祐介 2002年 角川文庫

アポロニウスの円 中線定理

母と妹と仲良く平和に暮らしていた高校生の櫛森秀一が,母と離婚して10年後に急に現れた養父の許し難い素行不良に耐えきれなくなり,殺害してしまおうとする話です.暗い物語の中にあって数少ない微笑ましい場面,クラスメイトの福原紀子との会話です.

「アポロニウスの円」
「うっ・・・・・・」
数学の試験で、紀子が大失敗をやらかしたと言っている問題を持ち出してやる。紀子は、悔しそうな顔になった。用済みになったら必ず引き裂いてやると決意しているような目で、教科書を見やる。どうやら、数学が苦手だというのは、嘘ではないらしい。
「中線の定理」
さらに、追い打ちをかけてやる。紀子の動きが、びたりと止まった。カバンに教科書を入れながら、眉宇に険悪なものが漂いだしている。やばい。少し、やりすぎたかもしれない。
高校数学Ⅱで登場しますが,2点からの距離の比が一定である点の軌跡をアポロニウスの円といいます.これは2点を結ぶ線分の内分点と外分点を直径の両端とする円になります(導出は教科書参照).

実は全部で4種類,まったく異なるアポロニウスの円と呼ばれるものがあります.
① 2点からの距離の比が一定である点の軌跡(上に述べた円)
② 3つの円に同時に接する円.この円を求める問題を「アポロニウスの問題」といいます.内接・外接合せて2^3=8個あります.(黒い円が与えられた3つの円)
Wolfram MathWorld
③ 三角形の内角と外角の2等分線が,対辺(の延長)と交わる点を直径の両端とする円.この場合のアポロニウスの円は3つあり,それぞれ各頂点と等力点(3円の交点:下図ではS, S')を通ります.

④ 三角形の3つの外円(三角形の外側にあり,三角形の1辺に接し,他の2辺の延長線に接する円)すべてに接し,それらを囲む円

具体例をひとつ.②の図の下段の左から2番目,3つの円に同時に外接する円を求めてみましょう.計算をなるべく簡単にするために3つの与円を次のようにおきます.
x^2 + y^2 = 1 \quad \quad \quad
(x-4)^2 + y^2 = 2^2
x^2 +(y-5)^2 = 3^2
求める円を (x-a)^2 + (y-b)^2 = r とすると,上の3つの円に接するので,
a^2 + b^2 = (r+1)^2  \quad  \quad  \quad \ \   \cdot\cdot\cdot (1)
(a-4)^2 + b^2 = (r+2)^2  \quad \cdot\cdot\cdot(2)
a^2 +(b-5)^2 = (r+3)^2  \quad \cdot\cdot\cdot(3)
この連立方程式を解きます.(2)-(1),(3)-(1)より,
-8a+16=2r+3 \quad \ \Rightarrow  \quad a=\frac{13-2r}{8}
-10b+25=4r+8 \quad  \Rightarrow \quad b=\frac{17-4r}{10}
これらを(1)に代入して整理すると,面倒な計算を経て次の2次方程式になります.
1244r^2+6676r-7249=0
これを解くと次の値になります.
\ \  r=\frac{-1669+600\sqrt{14}}{622} \fallingdotseq 0.926
a=\frac{3(238-25\sqrt{14})}{311} \fallingdotseq 1.393
\ \  b=\frac{15(115-16\sqrt{14})}{622} \fallingdotseq 1.320
計算をなるべく簡単にするために3つの与円を上のようにおいたのですが,途中から大変な計算になってしまいました.求める円は図の赤い円になります.

[参考]

2024年10月16日水曜日

漫画 はじめアルゴリズム 2巻 #8 大きな差

三原和人 2017年 講談社

フェルマーの小定理

小学5年生の関口ハジメが天才的な数学の才能を持つことを,老数学者の内田豊に見いだされ,成長していくという話です.やはり数学の得意な手嶋ナナオと加茂川で知り合う場面です.今回登場したフェルマーの小定理の証明はいくつか知られていますが,ここでは2種類の証明が出てきました.

[フェルマーの小定理] 整数aと素数pが互いに素であるとき,次式が成りたつ.a \ ^{p-1} \equiv 1  \pmod p

言い換えると「整数aが素数pの倍数でないとき,a \ ^{p-1}pで割った余りは1になる」という定理です.

[手嶋ナナオの証明]\bar{ a } \in \left( \mathbb{ Z }/ p \mathbb{ Z } \right ) ^ {\times}とすると|\left( \mathbb{ Z }/ p \mathbb{ Z } \right ) ^ {\times}|=p-1\left( \mathbb{ Z }/ p \mathbb{ Z } \right ) ^ {\times}は有限巡回群なのでラグランジュの定理より\bar{ a }\ ^{p-1}\equiv \bar{ 1 }  \pmod p 

[関口ハジメの感想]
これ テジマの式 ……  
すごい
きれい…  

[関口ハジメの証明](\ \underbrace{1+1+\cdot\cdot\cdot\cdot+1\ }_{aコ})^p \equiv 1^p+1^p+\cdot\cdot\cdot\cdot+1^p\quad\ \equiv a∴ \quad a ^p \equiv a  \pmod p (a,p)=1\ なのでa ^{p-1}\equiv 1  \pmod p 

[手嶋ナナオの感想]
二項定理…? 
二項係数が割り切れる事実を使ったのか…? 
こんな幼稚な方法でも解けるのか…

[手嶋ナナオの証明]群論を使っています.群とは,演算が閉じていて(例えば有理数×有理数=有理数となるので有理数は掛け算について閉じている),結合法則 a(bc)=(ab)c が成りたち,単位元(有理数なら1)と逆元(有理数 a には逆数 \frac{1}{a} )が存在する集合をいいます.

まず\mathbb{ Z }/ p \mathbb{ Z } は,pで割った余りが等しい数で類別される集合の集合を表します.\mathbb{ Z }/ p \mathbb{ Z }=\{\bar{ 0 }, \bar{ 1 }, \bar{ 2 }, \cdot\cdot\cdot\cdot\overline{ p-1 }\}

(例えば\overline{ 2 }pで割った余りが2になる数の集合)

そこから\bar{ 0 }pの倍数の集合)を除いたものが\left( \mathbb{ Z }/ p \mathbb{ Z } \right ) ^ {\times}です.(証明の1行目)\left( \mathbb{ Z }/ p \mathbb{ Z } \right ) ^ {\times}=\{\bar{ 1 }, \bar{ 2 }, \bar{ 3 }, \cdot\cdot\cdot\cdot\overline{ p-1 }\}その位数(集合の個数)|\left( \mathbb{ Z }/ p \mathbb{ Z } \right ) ^ {\times}|p-1(個)になります.(証明の2行目)

具体例として\mathbb{ Z }/ p \mathbb{ Z }p=7で考えましょう.これは小学4年生で習うカレンダー算(日暦算)をイメージすると分かりやすいです.整数全体を曜日が同じ日で類別します.例えば7で割って2余る数の集まり\{…, 2, 9, 16, 23, 30, …\}\overline{ 2 }と表すと,\mathbb{ Z }/7\mathbb{ Z }=\{\overline{ 0 },\overline{ 1 },\overline{ 2 },\overline{ 3 },\overline{ 4 },\overline{ 5 },\overline{ 6 }\}となります. 

そこから\bar{ 0 }7の倍数の集合)を除いた(\mathbb{ Z }/7\mathbb{ Z })^{\times}=\{\overline{ 1 },\overline{ 2 },\overline{ 3 },\overline{ 4 },\overline{ 5 },\overline{ 6 }\}は有限巡回群(位数が有限で,単位元以外のあるひとつの元を累乗していくと他のすべての元を表すことができる群)なので, 「(\mathbb{ Z }/p\mathbb{ Z })^{\times}の元の位数(\overline{ a }^n \equiv \overline{ 1 }となる最小のn)がp-1の約数になる」というラグランジュの定理が使えることが分かります.(証明の3, 4行目)

実際,\overline{ 1 }^1\equiv\overline{ 1 }, \  \overline{ 6 }^2\equiv\overline{ 1 }, \  \overline{ 2 }^3\equiv\overline{ 4 }^3\equiv\overline{ 1 }, \   \overline{ 3 }^6\equiv\overline{ 5 }^6\equiv\overline{ 1 }となることから,(\mathbb{ Z }/7\mathbb{ Z })^{\times}の元の位数は1, 2, 3, 6,すなわち6の約数になっています.すると(\mathbb{ Z }/7\mathbb{ Z })^{\times}の元はどれも6乗すれば\overline{ 1 }になるので,\overline{ a }^6\equiv \overline{ 1 } \pmod 7が成り立ちます.これは7以外の素数pでも成り立ちますから次式が確かめられました.\overline{ a }^{p-1}\equiv \overline{ 1 } \pmod p

[関口ハジメの証明] は二項定理を一般化した多項定理を使っています.二項定理(x+y)^p=\sum_{r=0}^{p} {}_p \mathrm{ C }_r x^{p-r} y^rの展開式の係数は,{}_p \mathrm{ C }_0=1{}_p \mathrm{ C }_p=1以外はpで割り切れますから,次式が成り立ちます.(x+y)^p \equiv x^p+y^p \pmod p同様に3つ以上の項の展開でも次式が成り立ちます.(x_1+x_2+\cdot\cdot\cdot+x_a)^p \equiv x_1^p+x_2^p+\cdot\cdot\cdot+x_a^p \pmod pこれにx_i=1を代入すると次式になります.(証明の1~3行目)(1+1+\cdot\cdot\cdot+1)^p \equiv 1^p+1^p+\cdot\cdot\cdot+1^p \pmod p∴ \quad a ^p \equiv a  \pmod p ここで,両辺をaで割って終わりかと思いますが,=ではなく\equivなのでそれはできません.この式より,a ^p-apの倍数になります.すると,a(a ^{p-1}-1)pの倍数となり,(a,p)=1apは互いに素)より apの倍数ではないので,a ^{p-1}-1の方がpの倍数になります.よって,次式が成り立ちます.a ^{p-1}\equiv 1  \pmod p 

証明が「すごい」とか「きれい」などの感想は良いと思いますが,この「幼稚」という感想は賛同できませんでした.

[参考]

フェルマーの小定理とその3通りの証明
https://mathlandscape.com/fermat-little/

2024年9月6日金曜日

小説 光のとこにいてね

 一穂ミチ 2022年 文藝春秋

フレネル

7歳のときに出会って別れ,15歳で再会して別れ,29歳になってまた巡り会った同い年の2人の女性,結珠(ゆず)と果遠(かのん)の友情/愛情,著者曰く 「名前のつけられない関係」が描かれた物語です.

「灯台が好きなの?」
「そういうわけじゃなくて、たまたまスクールの図書室で『灯台の光はなぜ遠くまで届くのか』っていう本を読んだら、面白かったので」
「ふうん。どんなこと書いてあるの?」
「えっと・・・・・・フレネルっていうフランス人が発明したレンズで、灯台はぐっと明るくなって世界中の航海が安全になったっていう歴史です」
「ああ、そっか、単に大きい電球灯せばいいって話じゃないもんね」 (P.332)

フレネルはフランスの土木技師・物理学(光学)者で,今やほとんどの灯台で使われているフレネルレンズを発明した人として有名です.実際に発行されている『灯台の光はなぜ遠くまで届くのか』という本も読んでみました.フレネルレンズ発明のおかげで,その後多くの人の命が守られたそうです.

上が凸レンズ,下がフレネルレンズ (Wikipedia)

数学では光の強度等の計算に応用されているフレネル積分が有名です.この積分は次の式で表されます.S(x)=\int_0^x \sin{t^2} dt\quad\quad\quad C(x)=\int_0^x \cos{t^2} dt\tag{1}式 (1) は原始関数(=不定積分)ですが,次の定積分の極限(広義積分)もフレネル積分といいます.\int_{-\infty}^\infty \sin{x^2} dx=\int_{-\infty}^\infty \cos{x^2} dx=\sqrt{\frac{\pi}{2}}\tag{2}あるいは式 (2) をオイラーの公式 \cos x+i\sin x=e^{ix} の形でまとめて,次のように表すこともあります.\int_{-\infty}^\infty e^{i x^2} dx=\sqrt{\frac{\pi}{2}}(1+i)=\sqrt{i\pi}

小説「イコ トラベリング 1948-」のところで正規化・非正規化の話をしました.上の式 (2) は非正規ですが,スケールを変えて次式にすれば全区間の積分が1になって正規化されます.\int_{-\infty}^\infty \sin{\frac{\pi x^2}{2}} dx=\int_{-\infty}^\infty \cos{\frac{\pi x^2}{2}} dx=1

フレネル積分は一見簡単そうな式に見えますが,不定積分は式 (1) でしか表せないし,式 (2) の値は複素積分を使って導出するので意外に複雑です.

次の積分は高校数学Ⅲを既習なら導出できますが,フレネル積分と混同しないように気をつけましょう.\begin{eqnarray}\int_0^{\frac{\pi}{2}} \sin^2{x}\ dx &=& \int_0^{\frac{\pi}{2}} \frac{1-\cos{2x}}{2} \ dx\\ &=&\left[ \frac{x}{2}-\frac{1}{4}\sin{2x}\right]_0^{\frac{\pi}{2}}\\&=&\frac{\pi}{4}\end{eqnarray}因みにこの積分は,次のウォリス積分の式の n=2 のときのものになります.なぜ,これだけ積分区間が0から\frac{\pi}{2}になっているかというと,\frac{\pi}{2}ずつ絶対値の等しい値が繰り返されるからです.\int_0^{\frac{\pi}{2}} \sin^n{x}\ dx=\int_0^{\frac{\pi}{2}} \cos^n{x}\ dx

ところで,第3章の舞台だった和歌山県の串本町は何度も行ったことがあり,実際に知っている場所がいくつも出てきたので,それらの景色や施設が思い出され,読む前に予期しなかったことで楽しむことができました.

[参考]

灯台の光はなぜ遠くまで届くのか
テレサ・レヴィット (著) 岡田好惠 (翻訳) 2015年 講談社

フレネル積分(sin(x^2)の積分)とその導出証明
https://mathlandscape.com/fresnel-integral/

ナイフエッジからの回折
https://www.fbs.osaka-u.ac.jp/labs/ishijima/Diffraction-32.html

2024年8月30日金曜日

小説 イコ トラベリング 1948-

角野栄子 2022年 KADOKAWA

コサイン 三角関数

アニメ映画でヒットした「魔女の宅急便」の著者角野栄子の自伝的物語.主人公のイコが,戦後の中学生時代から,高校,大学,社会人へと成長していく中で,英語に興味を持ち,外国に憧れ,当時まだ女性には珍しかった海外渡航を実現するという話です.

思いあまって、またコウゾウさんに相談してみた。
「教えて、数学。コサインというの……ところで、三角関数ってなあに?」
「おい、おい、そこから始めなきゃならないのか! いったい学校で何してたんだ。あ~あ、西田家は伝統的に、思考力も弱いんだな」
イコのわからなさに、あきれてこう言った。

サインやタンジェントと並んで,コサイン (cosine / cos) が最初に登場する高校数学Ⅰの教科書では,直角三角形の辺の比として定義されています.

教科書
高校数学Ⅱで角の範囲を拡張し,三角関数をx座標やy座標を使って定義するときのために,上のように書かれていますが,参考書等では各辺に名前を付けて覚える方法がよく紹介されています.
参考書等
この adjacent を「底辺」とする参考書もありますが,adjacent は「近隣の」「隣接した」という意味なので「隣辺」と訳すほうが良いでしょう.正しくは直角三角形の直角をはさむ2辺の両方を「隣辺 (Cathetus)」というのですが,角θから見て向かい (opposite) と隣り (adjacent) というように区別したほうが都合がいいですね.こうすれば,三角比の定義は次のようになります.


例えば次の直角三角形の場合,θの対辺は12でθの隣辺は5なので(θの位置に注意),sinθ=\frac{12}{13},cosθ=\frac{5}{13},tanθ=\frac{12}{5} となります.θがここにあるときは,「底辺」で覚えると間違え易いですね.
 
ところでこの角θはいくらでしょうか? 上のコサインの値 \frac{5}{13}≒0.385 から三角比の表を見てみると,67°と68°の間であることが分かりますが,コサインの逆関数である  arccos または cos^(-1) を使って,関数電卓グラフ電卓で  arccos(5/13) と入力すれば,より正確な角度が分かりますまた,計算サイト  WolframAlpha を使えば,arccos(5/13) =1.176 [rad ラジアン] =67.38° と両方の単位ですぐに答えてくれます.

さて「三角関数ってなあに?」と改めて聞かれると,いろいろありすぎて答えるのが難しいですね.イコが関数の意味をを知っていると仮定して「三角関数にはサイン,コサイン,タンジェントなどいろいろあって,特にサイン,コサインはグラフが波の形になるので,音や信号などの研究に役立っている関数なんだよ」ってな感じでしょうか.


余談ですが,三角関数の導関数を求めるときに,次の関数 (1) の x\rightarrow0 の極限が1になることを使うことは高校数学Ⅲで出て来ますね.f(0) は定義されませんが,f(0)=1 を加えて定義域を実数全体にすることができます.f(x)=\frac{\sin x}{x}\tag{1}これは「非正規化sinc関数 (unnormalized sinc function) 」というのですが,なぜ「非正規化」なのかというと,正規(この場合は全区間の積分が1)ではないからです.全区間の積分(定積分の極限=広義積分)はこうなっています(2×ディリクレ積分).\int_{-\infty}^\infty \frac{\sin x}{x}dx=\piそこで次のようにスケールを変えた関数をつくります.g(x)=\frac{\sin \pi x}{\pi x}\tag{2}すると次のように全区間の積分が1になるので,関数 (2) は「正規化sinc関数」となります.\int_{-\infty}^\infty \frac{\sin \pi x}{\pi x}dx=1正規分布の元になる曲線 y=e^{-x^2} をスケーリングして標準正規分布の確率密度関数 y=\frac{1}{\sqrt{2 \pi}} e^{\frac{-x^2}{2}} をつくるのと同様ですね.

[参考]

2024年8月21日水曜日

小説 成瀬は天下を取りにいく

宮島未奈 2023年 新潮社

素因数分解 解の公式 加法定理

2024年『本屋大賞』受賞作.「わたしはこの夏を西武に捧げようと思う」とか「わたしはお笑いの頂点を目指そうと思う」などと突然宣言し,幼なじみの島崎みゆきを巻き込んで実行していこうとする,成瀬あかりの中学2年生から高校3年生までの微笑ましい活躍を描いた短編集です.

「5082は2×3×7×11×11だな」
成瀬はなぜかわたしたちのエントリー番号の5082を割り算していた。
「何それ」
「大きい数を見ると素因数分解したくなるんだ」 (P.70)

成瀬はシャープペンを机に置き、両手を後頭部に当てて天井を見上げた。ためしにかけ算九九を暗唱したら、ちゃんと最後まで言えた。解の公式加法定理もすらすら言える。気を取り直して入試問題に向かってみたが、やっぱり手が動かない。 (P.183)

大きい数を見ると素因数分解したくなるなんていう人はあまりいないでしょうね.さて素因数分解というと,このように小さい素数から割り算を繰り返す方法を習います.

"Division Method"

割り算をする前に割り切れるかどうかを判断する方法を知っていればもう少し速く計算できる場合があります.

■簡単な例

素因数分解したい数をNとすると,
<2で割り切れるか> 
Nが偶数ならNは2で割り切れる.
<3で割り切れるか> 
Nの各位の数の和が3の倍数ならNは3で割り切れる.5082は,5+0+8+2=15なので3で割り切れる.
<5で割り切れるか
Nの一の位が0または5ならNは5で割り切れる.
以上はよく知られていますね.

次の方法は教科書に載ってないのであまり知られていません.

<p=7, 11, 13で割り切れるか> 
Nを小さいほうから3桁ずつ区切り,奇数番目の和と偶数番目の和との差がpで割り切れるならNはpで割り切れる.
5082は,5 | 082と区切ると,82−5=77なので7と11で割り切れるが,13では割り切れない.
2028117は,2 | 028 | 117と区切ると,117+2−28=91なので7と13で割り切れるが,11では割り切れない.
証明はこちら

さらに,2と5以外の素数で割り切れるかどうか判定できる次の方法があります.

N=10A+aとする,すなわち十の位以上の数をそのまま並べた数をA,一の位の数をaとする.5082は,A=508,a=2となる.このとき,A−naがpで割り切れるならNはpで割り切れる.ただしnはpの値によって異なる2つの値(右表参照).
証明とnの求め方はこちら

いくつか例を見てましょう.

<p=7で割り切れるか>(右表よりn=2またはn=-5で判定する
5082をn=2で判定すると,A−2a=508−2×2=504.504は7で割り切れるので5082は7で割り切れる.
5082をn=-5で判定すると,A−(-5)a=508−(-5)×2=518.518は7で割り切れるので5082は7で割り切れる.

<p=11で割り切れるか>(n=1またはn=-10)
5082をn=1で判定すると,A−1×a=508−1×2=506.506は11で割り切れるので5082は11で割り切れる.

<p=37で割り切れるか>(n=11またはn=-26)
188034は,A=188803,a=4
これをn=11で判定すると,A−11×a =188803−11×4 =18759.同様にして,1875−11×9 =1776.また同様にして,177−11×6 =111.これは37で割り切れるので188034は37で割り切れる.


因みに,海外ではこんな方法もあります.これは,2数の積の形にすることを素数になるまで繰り返します.最初の2数がすぐに分かる場合は,こちらの方が速くできることがあります.

"Factor Tree Method"
 
2024/8/31追記
コミック版の方に少しミスがありました.2×3×7×11×11のはずが,2×3×7×11になっています.また「因数分解」でも間違いではありませんが,より正確に「素因数分解」としてほしかったですね.

[参考]

7の倍数の判定法

「○の倍数」を見分ける方法