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1戦限りの特別カラーF1マシン10選

記憶に新しい2021年のトルコグランプリで、レッドブルは特別の日の丸カラーで出走し、多くのファンを魅了した。

そんな1戦限りの特別カラーで走ったマシンが、F1の1000レースにも及ぶ歴史の中で過去にも何度かあった。

今回はその中から、私の記憶に残っているマシン10台を、年代の古いマシンから順に紹介してみよう。

1977年日本GP ロータス

1970年代当時のロータスといえば、漆黒にゴールドのラインが入ったJPSカラーがあまりにも有名だ。

1977年の日本グランプリでポールポジションを獲得したマリオ・アンドレッティのマシンも、当然あのブラックのJPSカラーだった。

しかし富士スピードウェイでのロータスの1台、グンナー・ニルソンのマシンは、目の覚めるような真っ赤なカラーリングをしていた。

じつはマシンが来日した時点では黒い塗装をしていたのだが、レース前に富士スピードウェイの近所の塗装屋で赤に塗装を変更したという。

そして真っ赤なマシンにはゴールドでインペリアルのロゴ。そうJPSと同じタバコメーカーから販売されていたインペリアルタバコのデザインだった。

ロータスがインペリアルカラーの真っ赤なマシンで出走したのは、後にも先にもこの富士でのレースだけだった。

1986年ポルトガルGP マクラーレン

出典:https://akelta.wordpress.com/2008/10/31/felemas-csapatok/

マクラーレンといえば、1974年から1996年まで20年以上にわたりタバコメーカーフィリップモリスのブランド『Marlboro』とタイトルスポンサー契約をし、マシン全体をマールボロのパッケージのようにカラーリングした赤白カラーで走っていたのはあまりにも有名だ。

しかしそのマクラーレンは、4戦のみ別のカラーリングで走っている。

そのひとつが1986年のポルトガルグランプリで、当時新発売されたマールボロライトをPRするために、黄色と白のマールボロライトカラーで出走した。

しかもドライバーケケ・ロズベルグのレーシングスーツまで黄色の限定仕様というチカラの入れようだった。

ちなみに、黄色と白のマールボロライトカラーはケケ・ロズベルグのマシンのみで、もう1台のアラン・プロストのマシンは通常の赤白マールボロカラーだった。

※紹介した1986年ポルトガルGPの他には、1978年の北米ラウンド2戦と1979年のアメリカ西GPでフィリップモリス傘下ニールブランドのレーベンブロイカラー(水色と白)で出走している

1993年日本GP リジェ

1993年の日本グランプリでは、リジェがスペシャルカラーのマシンで登場している。

リジェのメインスポンサーといえば、リジェと同郷のフランスでもっとも有名なタバコブランドのひとつであるジタン。

1993年にジタンタバコが日本での販売を開始しており、その年の日本グランプリではそれを記念してマーチン・ブランドルのマシンのみ迷彩のようなアートカラーで走っている。

当時F1ブームだった日本では、日本グランプリのテレビ中継の視聴率が高く、その中継の中でもリジェの特別カラーの話題が一瞬だけ取り上げられたが、当のマシンには『GITANES』の文字はなくロゴのみで、あまり宣伝になっていないように思えた。

ちなみにこのデザインは、イタリアの漫画家ウーゴ・プラットなる人物が行ったらしい。

2001年イタリアGP フェラーリ

2001年9月14日から開催されたこの年のイタリアグランプリだが、このイタリアグランプリの直前9月11日に世界を震撼させる大きな出来事があった。

そう、アメリカ同時多発テロ。

そのためこのレースではいくつかのチームが追悼の意を込めてカラーリングを変更している。

ジャガーはエンジンカウルを黒くし、ジョーダンは星条旗をマシンに取り付けたが、もっとも大きく変更したのが地元フェラーリだった。

フェラーリはタイトルスポンサーのマールボロをはじめ、その他のスポンサーとも協議をし、すべてのスポンサーロゴをマシンから取り払い、ノーズを黒く染め上げた。

地元レースで多くの注目が集まるにも関わらず、スポンサーロゴをすべて取り払いマシン全体で追悼の意を表したフェラーリの英断に、多くのファンが賛同した。

まだまだあるスペシャルカラーF1マシン!

次のページでは、B・A・Rやレッドブルなども登場します!

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大福
モータースポーツをこよなく愛す、セナプロ世代の四十代。 サーキット観戦デビューは、1996年フォーミュラニッポン第7戦の富士スピードウェイ。ど迫力のエキゾーストノートとタイヤの焼ける匂いを実感し、それまでテレビでしか観戦してこなかった事を悔やむ。以降、F1・WEC・スーパーGT・スーパーフォーミュラなどを富士スピードウェイ・鈴鹿サーキットを中心に多数観戦する。