世の中には社会や物事に関わる問題点を敢えて複雑に考えたがる人種が多い。


巷に存在する数多の問題点や課題というものは、おおよそ元を辿れば何らかの原因に行き着くもので、そこを根本的に改善すればほぼ片づくのが道理というものだが、問題点の解法を複雑化したがる輩は、「そんなに簡単な問題ではない」とか「正義や正当の定義は人それぞれだから、正解を見つけるのは難しい」などと屁理屈を捏ね繰り回し、いつまで経っても腰を上げようとせず、改善に向けた具体的な行動を取ろうともしない。

一見複雑怪奇に見える事象や問題であっても、余分な拘りをカットしていけば、たいがい一つか二つくらいの原因に絞り込めるはずであり、そこの解決に人的資源や資金を集中投下すればよいだけだ。

「物事はシンプルに考え、解決に向けてヒト・モノ・カネを惜しまず投入し迅速に行動する」
これこそが社会問題や政治経済に関わる問題を改善するための特効薬なのだが、“複雑化”を好む連中はこうした考えを毛嫌いし、延々と議論を続けようとする。
要するに、彼らは議論するのが好きなだけで、問題点や課題を解決する気などサラサラないのだろう。

“平成・令和大不況”の只中にある日本において、最も憂慮すべき課題は「家計や中小企業の所得不足や売上不足に端を発する消費力不足と、それが惹き起こす供給力や生産力(国富)の衰亡」である。
要するに「需要力の主軸たる家計等の経済主体の所得不足に起因する長期不況」というだけのシンプルな話だ。

これは世界的に見れば“贅沢病”とも言えるもので、世界最高水準の人材や教育水準、公的インフラ、技術力・生産力、流通網、情報網などを有していながら、そのポテンシャルを活かし切るだけの需要力や消費力がないため、供給サイドが不稼働や不活性状態に追い込まれ壊死寸前というバカげた現象を招いている。

まさに宝の持ち腐れであり、他国が100年経っても追いつけないほど高度な人材や生産力を稼働させるための需要力(=所得や消費)を国民や事業者に与えるのを惜しみ、国富を見殺しにするなんて愚行もいいところで、まともな生産力を持てない諸国家は「もっと貨幣をバラ撒いて消費を活性化させ、国内産業を動かせばよいのに、日本はなんてクレイジーな国なんだ?」と訝しんでいるだろう。

『「全国民に毎月10万円を配る」では貧困問題は解決しない…斎藤幸平がベーシックインカムに疑問をもつ理由~マルクスが批判した「法学幻想」と同じ』
(斎藤 幸平/東京大学大学院総合文化研究科准教授)
https://president.jp/articles/-/66307
「経済の問題を、労働者たちが自分たち自身で変えていくのではなく、国家や政治権力で解決しようとする「国家資本主義」や、革命や選挙などによって政権を奪取し法律を変えればいいという「法学幻想」に対するマルクスの批判は、今日その重要さを増しています。このような幻想は過去に限定される話ではないからです。
労働運動が停滞し、アソシエーション(自発的な結社)が弱まるなかで、国家の強い力を利用した資本主義の改革案が、再び打ち出されるようになっているのです。例えば、2000年代から人気の根強いベーシックインカム(BI)は、「法学幻想」の象徴です。
貨幣をみんなに配るという法律を作ってしまえばいいとするBIの発想は、一見すると非常に大胆です。十分なお金が自動的にもらえるなら、嫌な仕事をわざわざしなくてよくなる。好きな仕事をしながら、自由な時間も増えて、豊かな人生を送れる――というわけです。なるほど、BIは起死回生の特効薬に見えるかもしれません。とはいえ、月2、3万円を配る代わりに、年金や社会保障費を削減されてしまっては元も子もありません。
一方、BIとして毎月10万円くらいを全国民に配ろうとすれば、財源として大企業や富裕層に相当程度の負担を強いることになります。当然、資本はありとあらゆる手段を使って、そのような増税に抵抗するでしょう。グローバル企業は、日本政府がBIのために重税を課すなら、会社をたたんで税負担の低い海外の国へ逃避するぞ、と脅してくる可能性が高いわけです。
そうなれば、税収は減り、株価も下がってしまう。これが資本による脅し、「資本のストライキ」です。(略)」

斎藤氏のコラムはこの後も長々と続くが、それは該当のURLをクリックしてご参照願いたい。

さて、上記で抜粋したコラムを掻い摘んだだけでも彼の論にはいくつかおかしな点があり、それらを列挙してみる。

①革命はともかく、選挙で政権を奪取して法律を変えるのは現行の普通選挙制度下において当然の行為であり、「法学幻想」云々と批判すべきものではない。それを言ってしまうと、消費税法を始めとする諸税制度もまとめて法学幻想の範疇にぶち込まれてしまうが…。

②「月2、3万円を配る代わりに、年金や社会保障費を削減されてしまっては元も子もありません」などと寝惚けたことを言っているが、BIを支持するまともな論者で財源を社会保障費削減に求める者はいない。

③「BIとして毎月10万円くらいを全国民に配ろうとすれば、財源として大企業や富裕層に相当程度の負担を強いることになります」→繰り返すが、BIの財源は貨幣や国債の増発で賄えばよいだけの話であり、わざわざ増税や社保削減といったハレーション必至の議論に誘導する意味がない。

④「グローバル企業は、日本政府がBIのために重税を課すなら、会社をたたんで税負担の低い海外の国へ逃避するぞ、と脅してくる可能性が高いわけです」→そもそもBIのために重税を課す必要など微塵もないから、会社を畳んで国外逃亡するバカもいない。BIにより消費の大活況が見込まれる有望なマーケットを放棄して海外に逃げたいのなら止めないが、住み慣れた母国を棄てて不便極まりない海外逃亡に付き従う従業員がどのくらいいるのか大いに見ものだ。「資本のストライキ」を起こす前に社員にガチのストライキを起こされて終了だろう。

⑤BIの財源は貨幣や国債で賄われるゆえ、金持ちへの過度な課税を前提とする「資本のストライキ」みたいな厨二病っぽい幻想はそもそも起き得ない。

コラムの後段にも、コミュニズムを好む彼の思想が散りばめられているので、それらを紹介し、批判を加えておく。

斎藤氏は、BIやMMTには「下からの改革」の発想が抜けているとして、
「経済の問題を、労働者たちが自分たち自身で変えていく」
「「トップダウン」型から「ボトムアップ」型への大転換」
「アソシエーションに求められるのは、労働者たちが、何に投資をするか、どうやって働くか、などを自分で決められるような、生産の実権を握るということ」
と述べている。

要は、“民の社会保障を削り、金持ちから税を絞り上げる行為は「国家権力の横暴」であり、政府による経済への介入がマーケットから自由を奪い、資本のストライキが発生してしまう。そうさせないためには、国家権力の行使によるトップダウン型ではなく、市民主導のボトムアップ型の経済改革を目指すべき”とでも言いたいのだろう。

では、ボトムアップ型への転換とは何なのか?どうやってそれを具現化するのか?といった疑問に対して、彼は次のように結論付けている。

「マルクスは、賃上げよりも労働時間短縮を重視した(略)労働者たちはより長く働いて、貨幣を手に入れようという欲求からは解放されません。むしろますます貨幣に依存するようになっていく。欲望は無限だからです。(略) 実際、西欧福祉国家は労働時間短縮を採用しました。例えば、フランスは労働時間が週35時間です。こうした労働時間の短縮は、労働者に余暇(自由時間)を生みます。けれども、余暇があっても、日曜日にどこの店も開いていれば、やはり資本主義に吞み込まれてしまうでしょう。(略) 店が閉まっているので、必然的に別の形の、余暇の過ごし方が生まれます。カフェで読書し、政治談義をする人もいる。スポーツチームでサッカーをする人もいる。庭や農園の手入れをしてもいい。デモやボランティアをする人もいます。まさに脱商品化と結びついた余暇が、非資本主義的な活動や能力開花の素地を育むわけです。それが、さらなるアソシエーションの発展や脱商品化の可能性を広げていくことにもつながっていきます。」

んっ?なんだって?



・全ての労働者の労働時間を短縮し手余暇を増やせ!
・皆で休めば買い物もできないから時間を持て余した連中がカフェでお茶したり、サッカーしたり、デモやボランティアに勤しみ脱商品化が進むはず!
・これぞ究極のボトムアップ型への大転換や!

労働時間短縮には賛成だが、斎藤氏は“脱商品化”という言葉の持つ怖さを理解しているのか?
脱商品化や脱サービス化とはすなわち“供給力への攻撃”を指し、国内産業の衰退や大量の失業を意味する恐ろしい言葉に他ならない。

まぁ、カフェで読書している時点でカフェの店員さんは余暇を楽しめずに働いているやろ!というツッコミは置いておくとして、脱商品化とかいう幻想に酔い他人の職や所得を奪っておきながら、デモやボランティアを美化する幼稚さに呆れてしまう。
生産力も供給力も失われた世界でシュプレヒコールを上げて何が楽しいのか?

だいたい、“BIはダメ、減税も(たぶん)しない、社会保険料も(おそらく)減らさない”で国民の懐はスカスカなのに、いったいどうやって「労働者たちは何に投資するか」を決め、「生産の実権を握る」つもりなのか?さっぱり理解できない。
カネもないのに投資などできようはずがないし、モノやサービスも買えないのに生産の実権を握れるはずが無かろう。

経済に対する国民のボトムアップ力を高めるためには、雇用の安定化と十分に豊かな所得や資産の蓄積が欠かせない。
そのためにもBIは減税や社保料の軽減と並ぶ超重要政策であり、これを腐すような輩は経済ド素人だと罵られても仕方あるまい。