それ 認知症かも

認知力の衰えを頑なに否定する年老いた母。それを反面教師に自らのこれからを考える息子。

(何度目かの)まさかという坂

予めググっておいた道を進む。

なるほど駅からそう遠くはない。

救急専用のゲートを横目に、ここかな?と当たりを付けた入口は、錚々とした建屋に不釣り合いなほどにこじんまりとしていた。

f:id:masakahontoni:20211117113318j:plainが、抜けた途端に前方が開け、中核病院然とした雰囲気が漂う。


この規模の病院は、幼少期以来、いや、正確に言えばだが、実家で転倒骨折した母が救急搬送された時以来となる。


前方の壁面まで進み掲示されたフロアマップで、総合受付を探す。


左へ進んで正面か・・・


10はあるだろうか、それら窓口が全てが受付用なのかわからない。

が、いかにもといった窓口が向こう突き当たりに並んでいる。

外来受付時間前、全ての窓口にはカーテンがかかり中の様子は伺えない。

前の棚に番号表を吐き出す機器がある。

番号表を手にとったら、窓口が開き呼び出されるのを待て、ということらしい。


受付前には長椅子が数列。

“時“を待つ先客がぽつりぽつりと間をおいて座っている。

番号表を手にその長椅子の端に腰を下ろす。

辺りを見回すと、左の壁際にATMのような機器が5〜6台並んでいる。

どこかで見たような、どこかしら違うような。


やはり、あれだな・・・


ピンときた。


自動精算機だ。

 

あの時、骨折した母は地域の中核救急病棟に搬送された。

手術を終える前から、転院先(=受け入れ先)をあらかじめ決めるよう促される、それが急性期病院のルーティーン。

術後1週間もすれば、回復期・リハビリ病床のある病院へ転院しなければならない。

そして、当たり前ながらも、通らねばならぬのが精算。

そう、あの時も支払いは全て精算機。

二十数万円の紙幣を見事なまでに秒で一気に丸呑みした、あのにっくき精算機。

息つぐいとまもなく、お返しに、と明細書を次から次へと壊れたコピー機の如く何枚も吐き出してみせたあの精算機。

あの手のマシンに違いない。

 

初診なので30分ほど前に受付を、と予約センターの方に指示されていた。

朝一番で予約は取ったが、果たして受付窓口は何時ごろ開くのだろう?

混まないうちにお願いしたいものだ・・・

 

幼少期についた大病院に対する僕のイメージ、それは 大病院=混む、だ。


世迷言を頭の中で呟いているうちに窓口のカーテンが開いた。

自分の番号が呼ばれ、紹介状、保険証、ダウンロードし記入しておいた同意書を見せる。

ちょっとした手続の後、


では、左手向こうの通路をまっすぐに進んだ一番奥、消化器内科の受付へ向かってください。

と書類一式が挟まれたクリヤファイルを渡され、指示された。


なるほど”総合受付”とはこういうことか・・・

 

途中、院内のコンビニやら、休息室らしきものやら、さまざまな診療科などが所々にあるのを右左に眺めながら進む。

丁度海外のエアポートのデザインに似ている。

仕切りの無い廊下、通路の右左に搭乗ゲートが次々に並び、時たま軽食コーナーだったり土産物店があったりする、あれだ。

兎にも角にもそんな通路の「一番奥」へ。私のような初診者に”一番奥”とはまことに助かる。

 

突き当たりの意外にこじんまりとした消化器内科の受付に先ほどのファイル、準備しておいた問診票を提出。

氏名年齢を確認され、受付横の血圧計で脈を測るよう促される。

測定結果をファイリング、では、一番奥に問診室があるので、受付番号が電光表示板に点灯するまでそこで待て、と指示される。

受付から奥に進みそこから今度はUターンするように右におれた通路の一番奥突き当たりに表示版が見える。

その前に長椅子が数列。

ここが消化器内科の待合室、ということなのだろう。


病院の外来受付開始後間もない時間、それでも既に何人かの方が順番を待っている。

左側にはいくつかドアがあり、担当医名がそれぞれ掲げられている。


予約時間になり私の番号が掲示板に表示され、

x番の方、y番のお部屋にお願いします。

と看護師さんが呼びにきた。


持ち込んだ問診票にお伝えしたいことは全て記載してある。

相対した医師に特にお知らせる話題もない。

内容について2、3質問され、早速本題に。


一番の予想外、それは・・・一泊入院では済まない、ということ。


なるほど、定期的に内視鏡検査をお願いしているあのクリニックは、検査を行う院長の評判が良く、実績も相当数あるが、完全分業制。

問診司る医師は全く別の嘱託の方々だ。 

問診室での会話は通り一遍、事務的なもの。 

小さなポリープなら取ってしまえば終わり、病理検査で切除片が良性なら万事めでたし(と言っても、たいていの場合は良性に違いないと思うが)、問診室でのやりとりが機械的になってさもありなんな部分もある。

 

あの時、問診室であの嘱託医(らしき方)はこう仰った。


「・・・取りきれないポリープについては紹介状を書きますのでそちらで切除されるようお願いします。」


「と言いますとどういうことですか?」


「紹介先に入院して切除をする、ということになります。」


「にゅ、入院ですか?入院と言いますと?」


「一泊していただいて切除をするということになります。」


「そうですか・・・」

 

それならそうで仕方がないか、と今の今まで思っていた。


それがだ。

紹介先たるこの病院の長い廊下の一番奥にある消化器内科の問診室、そこで徐に告げられたのはこうだ・・・


「なるほど、xxクリニックで切除できなかったポリープが三つありますね。サイズも小さくなく、形状的にもESD、内視鏡的剥離術にて手術を行う必要がありますね。この場合、通常1週間ほど入院していただくことになります。」


「・・・・」

 

「内視鏡的剥離術についてですが、出血、発熱、そして稀とは言え穿孔、腸壁に穴が開いてしまうリスクもあります。

もちろん、リスク回避の為、X線等十分な検査、経過観察、食事管理が必要となりますし、万が一、不測の事態が起きた場合は入院期間の延長、再手術等が必要になる場合もあります。

手術自体にもある程度の時間が必要となりますので、長時間同じ体勢で横たわることによる、鬱血、エコノミー症候群のような問題ですね、それを回避するため体圧を分散する処置も適時施します。」

 

「入院のスケジュールですが、ご都合はどうですか?」

 

こういう時は、医師側の都合にできるだけ合わせることにしている・・・ので・・・

 

「逆に、先生側の方で都合の良い日取りなどありますか?」


「そうですね・・・ちょっと調べてみましょう。」


「もしもし、xxですが、ESDがありますが、室のほうは?・・・はい、わかりました。」

 

「真坂さん、x月x日はどうでしょう?」

 

「わかりました、その日で大丈夫です。」

 

「では、x月x日で予定させていただきます。」

 

「大腸内視鏡手術にあたって、前処置の方は?あらかじめ準備してからの入院になりますか?」

 

「いえ、手術前日に入院していただき、院内で全ての準備をしていただきます。腸内をきれいにする2Lの薬剤は翌日、手術当日の朝から飲んでいただき、その後昼ごろからの手術となります。」

 

「以降、24時間点滴を打っていただき、経過を見ながら少しづつ食事を、といっても、初めは三分粥、そして五分粥といったふうに徐々に、取っていただくことになります。そして数日経過を見ながら、問題なければ退院、となります。」

 

「お部屋について、相部屋・個室のご希望はありますか?」

 

「差額はどのくらいになりますか?」

 

「詳しくはこのあと入院担当のものから説明あると思いますが、確かx万円ほどだったと思います。」

 

「個室だとトイレはついてますね。」

 

「はい。ただ、こういう病院ですから皆さん同様、相部屋で特に問題ありませんし、トイレも近くにたくさんあるので大丈夫ですよ。」

 

「部屋とトイレを行ったり来たり、というのも・・・特に事前準備の段階でトイレの勝手が良い方が気が楽、というのがあります。」

 

「なるほど、そうですね。」

 

「・・・個室でお願いしましょうか。」

 

「わかりました、そのように伝えます。具体的には、この後入院受付で確認させていただくことになります。」

 

「因みに・・・入院するx月x日は私の誕生日です、先生。記憶に残る入院になります・・・」

 

「あっ、どうしましょう? 別の日になさいますか?」

 

「大丈夫です。覚えやすいのでメモする必要なくなりました・・・」

 

「そうしましたら、時節柄、入院日2日前のPCR検査が必要になりますので、こちらの容器に唾液を入れx月y日z時までにαフロアのβ受付に提出してください。」

 

「この書類にサイン頂いて、その後、総合受付の横にある入院受付で、担当職員が入院にあたっての説明をさせていただきます。続いて、入院にあたり血液検査、レントゲン、心電図等検査をしますので、ファイルにあるそれぞれの担当受付を順に巡って検査を受けてください。」


「わかりました。」

 

一番奥の消化器内科から今度は逆にたどって総合受付の横にあるという入院受付へ向かう。


あれからまだ1時間も経っていないが、総合受付周辺は既にごった返していた。

あのこじんまりとした入口からは次々に入ってくる人、人、人。

総合受付前にあったいくつもの長椅子は待つ人で埋まり、座る隙間はもうない。

通路を行き交う人にはキャリングケースを引く者もいる。これから入院なのだろう。


「個室ご希望と聞いておりますが、こちらのどのタイプを希望されますか? 但し、救急病院ということもあり入院当日の状況によっては個室が空いていないこともあります。その際は相部屋となりますのでご了承ください。」

 

「連帯保証人をたてられる場合は、x万円のお預かり金は必要ありません。

高額療養費制度についてですが、あらかじめ限度額認定証を取得することでこちら窓口でのお支払いを負担の上限額までに止めることができる場合もあります。事後申請もできますが、その場合は一旦こちらの窓口で全額お支払いいただく事になります。詳しくはご加入の健康保険組合等にご照会ください。なお、食費、レンタル品、差額ベッド代等の費用はその限りではありません。」

 

「院内でのWi-Fi機器使用、Wi-Fiルータの持ち込みは禁止となっています。各ベッドには備え付きのTVがありますが、TVカードの購入、コード付きイヤホンの装着が必要になります。スリッパは踵が固定できる滑りにくいものをご用意ください。タオル類、下着類他、持ち込み品詳細はこちらのパンフをご覧になってください。」

 

ほとんどのことは、母が搬送された急性期病院でのそれと大差なく、抵抗なくすっすっと耳に入ってくる。

 

あの時は高額療養費制度(母の場合は後期高齢者高額療養費制度)などと言われても具体的に何することもせず、そのことが、にっくき精算機にお札を吸い取られる羽目につながった。数ヶ月後最寄りの保険組合から申込書が母に届き、相当分の医療費が返金されたとはいえ、だ。

 

高齢の母の場合と異なり、果たして現役世代にも「使える」制度なのだろうか? 前年の所得水準により負担上限額が決まっているようだが、結局利用しても大して還付されないのか?それともそれなりに有用なのか?帰宅してから調べてみることにしよう。