それ 認知症かも

認知力の衰えを頑なに否定する年老いた母。それを反面教師に自らのこれからを考える息子。

震える指

入院2日目。

身についた習慣とは絶対的なもので、場所がどこであれ”いつもの”時間に目覚める。

TVチャンネル色々あれど、早朝は通販、TVショッピングのオンパレード。

朝も早よから各局入り乱れるほどの需要があるのか、とても不思議。

BS1の文字放送で時間を潰し、5:45からBS7、8時に地上波へと切り替える。
早朝からこの時間帯までTV三昧、これはめったにない機会。

 

NHKの朝ドラが終わる頃、あたりが賑やかになる。

各病室へ朝食の配膳が始まったのだろう。
でも、今日・明日、この部屋に食事が運ばれることはない。

 

このタイミングで1階の売店へ。

起床後に歯ブラシを探したが見つからない。どうやら入れ忘れたようだ。

1階に小さなコンビニがある。そこで手に入るはず。

 

エレベーターを降りてすぐのコンビニは、軽食を買い求める看護師さんと思しき私服の女性で混み合っていた。軽食の準備をしておくのだろう。

「歯磨きセット」はすぐに目の着く場所にあった。

支払い済ませ、エレベーターへ向かう。

 

踊り場には、点滴スタンドを横に病衣を纏った初老の男性。

脇の女性と話し込んでいる。

女性は私服、患者ではない。身内が会いに来たのだろう。

 

コロナ禍で面会禁止と掲げていても、感染リスクをゼロにすることは難しい。

病室に向かおうとする面会者の流れは遮断できても、来訪者の所へ患者当人が自ら移動すれば、難なく会えてしまう・・・。

 

f:id:masakahontoni:20220111110311j:plain9時から洗浄剤のニフレックを飲み始める。

 

30分ほど後、次の看護師さん入室。
今度は男性、かなり若い。
若作り、という言葉があるが、見た目本当に20代?といった雰囲気。学生服なら高校生で通ってしまいそう。

 

「点滴の準備をします。」

 

f:id:masakahontoni:20220107134932j:plain”点滴の準備”、それは点滴用のルート確保、静脈に針を刺し置いて固定しておくアレだ。

どことなく遠慮がちに見える看護師さんに椅子をすすめる。

 

「座った方がやりやすいでしょう?
血管が細くてやりづらいかもしれませんが、よろしくお願いします。」

 

おきまりの呪文を唱え、グーパー開始。

うまくいってくれるといいな、と願をかける。

 

「あっ、ありがとうございます。」

 

人差し指と中指で血管を確かめるように、静脈の「値踏み」が始まった・・・

 

ん?・・・震えている?

 

血管を探ろうとする、その指が・・・

・・・震えている

・・・小刻みに。

 

まぁ、「狙い」さえ定まれば、指先もカチッと固まるはず。
精神的なものではないよね、そう、いくら何でも緊張しているわけない・・・いつもの作業だ。

 

シーンとした部屋。この状況で、このまま黙っているのもどうなのか、と口を挟む。

 

「入院前の採血で、x階のyブースにいる採血専任の方は流れ作業でもするかのように処置されたのでびっくりしました。あんな人もいるんですね。」

 

「あぁあの方たちは・・・」

と僅かに頷く横顔。

やはり、この病院の「あの方たち」は職員誰もが頷くプロ中のプロなのだろう。

 

「生まれてこの方あんな人は初めてで・・・。大抵は、皆さんやりづらそうにされますので・・・もう慣れました。ゆっくりで構いませんから。」

 

・・・指先の震えは止まっていない。

 

狙いが定まった、というより、やはりここかな、と決したのか、
恐る恐る、いや、注意深く、ゆっくり、針先が入ってくる・・・

 

・・・

 

(あ〜失敗、残念〜)

 

「すいません・・・もう一度・・・」

 

「はい、大丈夫ですよ。
そういうことこれまで何回もありました。」

「夏場、湿度の高い時などは血管が浮き出てますが、こう湿度の低い冬場だと余計にね・・・仕方ないですよ。」

 

「・・・なるほど・・・」

 

探る指先の小刻みな震えは止まっていない。

今度は、2cmほど離れたあたりに針が入る。

 

・・・

 

(ダメかぁ〜)

 

「どうでしょう、手首の方にしてみます?血管ばっちり見えてます。」

 

「ん〜、そこは神経が集中しているので・・・」

 

「あとは手の甲?ここも浮き出てます。」

 

「ん〜・・・そこは・・・痛いので・・・」

 

(何回もトライされるのも痛い、っちゃぁ痛い・・・)


それなら隣をためそう、ということか、
今度は隣をはしる血管、その「辺り」に針を・・・

 

・・・

 

(ん?これはどうみても無理じゃないかな・・・)

 

(おっ?・・・えっ?)

 

刺した針先、それで探るように、皮下で右寄りに突いてみたり、今度は左寄りに・・・

 

この所業はお初、
湧き上がり始めた不安に踏ん切りつけ口を開く。

 

「あ〜、これはだめですね。
まぁ仕方がないですよ。
ただ、僕も今、ニフレックを断続的に飲んでる最中なので・・・・これ以上ずっとこのまま続けるというのも都合が悪いし・・・。」

 

「先に他の部屋を廻られたらいかがでしょう?
その間に、僕はニフレックに集中できるし、
ひとまわりする間に看護師さんも心機一転、体も温まって案外すんなりいくかもしれませんよ。」

 

ニフレックを飲んでいる最中、というのが決め手になったか、
苦笑しつつ、看護師さんも納得した模様。

では後ほど、と相成る。

これにてルート探索一の幕終了。


腸内洗浄のため、この手の溶剤を2ℓ飲むこと自体に抵抗はない。
15分あたり250cc、コップ一杯づつ飲んでいけば2時間後には既に飲み干している勘定。

 

果たして第二幕でめでたくルート確保できるのか。

それを思い巡らしたところでどうにもならない。

今は指定されたノルマを淡々とこなす、それだけ。