Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

大都市部に移住しました

 読者の皆様へ

 お久しぶりです。忙しさにかまけて(?)またブログ更新が止まってしまいました。まあ正確には、現実逃避の手段としてブログに色々書き殴っていたのですけれども、諸事情によりそんな暇が無くなったんで(+飽きも来ていたし、ネタが払底していたから)書かなくなっていただけです。

 過去の記事でも少々言及しましたけど、家庭の事情で地方の医局・病院を離れて転居し、大都市部の病院に転職しました。住居も病院の結構近くが見つかったのでそこに住んでいます。「どのようにして病院を見つけたのですか?」と訝る方もいると思いますが、また機会を改めてお話しさせてください(いつになるか未定ですけど)。

 まだ大都市部の病院に来て3週間程度なのですが、これまで勤務してきた地方の病院との違いに気付き、色々と思うことがあったのでここでシェアさせて下さい。

 

 ①医師について:大学病院と田舎の二次医療機関で共通していたのは、端的に言って「模範的ではない、寧ろ非倫理的とも取れる言動をする医師が散見される」ことです。これまでこのブログで何度か具体例示してきましたが、専門診療科医師による介入や精査が必要なのは明らかなのに渋ったり, かかりつけの患者だからとか、状態的に3次医療機関で対処しないと救命できないから救急搬送を応需したのに、「なんで受けたんだ」といちゃもんを付けてくる医師が珍しくありませんでした。

 今の所、新勤務先ではそうゆう医師が見当たりません。また、些細なことで不機嫌になって怒鳴り散らしたり, ネチネチと罵詈雑言の類を垂れ流す医師も見当たりません。病院医局の空気が一気に綺麗になった感じがします。

大学病院・医局は監督者として適格なのか - Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

 

 ②看護師について:これは特に田舎の二次医療機関で顕著だったのですが、40歳代とそこそこの社会人経験(或いは卒後年数)があるはずなのに、医師への報告がメチャクチャで、一体何を相談したいのか理解できなかったり, 報告したい内容が不鮮明だったりしたことが珍しくありませんでした。また、私が病棟や救急外来などでの診療行為や体制などについて「これはこうした方がいいですよ」と助言しても、(上層部を含めて)大半はその意味も理解できず(或いはしようとせず)、従って実践もなかなかできない人間でした。私のフィードバックを常に期待し, 定期的に開催するレクチャーに毎回顔を出して積極的に質問をしてくれて, そうして学んだ内容を実践しようとする、所謂『意識の高い』看護師らが居たのは事実ですが、少数派だったので、なんとなく孤独感や息苦しさを感じていたものです。

 ですが、新しい職場は今のところ、20~30代くらいの若い看護師でも医師への報告や相談は内容が十分理解可能であり, 私ら医師からの指示・助言もちゃんと理解できており、従ってこれらの指示や助言を満足に実践可能である印象を受けます。

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 ③薬剤師について:地方の二次医療機関では、薬剤師の言動に首を傾げることが多かったです。具体的には、新卒2~3年目くらいの薬剤師が、医師には敬語などで疑義紹介をするにも関わらず、看護師に対しては年齢差等お構いなしでタメ口で話し, 場合によっては攻撃的な口調で話す事例が散見されました。他にも、疑義紹介の内容がすぐに理解できないくらいまとまっておらず、「一体何が言いたいのですか?」とキレそうになりながら傾聴することもありました。

 新勤務先では、そうゆうことは一切ありません。薬剤師の提案も、ちょっと表現が難しいのですが、『専門性』を強く感じさせるものが多く, もの凄く助かっています。フットワークが軽く、よく病棟や外来に顔を出しておられます。

 

 ④事務職員について:前もブログなどで愚痴っていたかもしれませんが、地方の二次医療機関などでは、地域連携室や医事課の職員の言動や依頼内容などに苛立ちを禁じ得ないことが少なからずありました。また、書類作成の業務は頻繁に医師へぶん投げられていました。

 新しい職場では、事務職員が我々医師や, 看護師の業務負担軽減を意識しているのか、率先して書類を作ってくれて、後で医師が内容を確認してOKを出すだけで済んでいます。

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 こうしてみると、地方と大都市部での格差を感じずにはいられません。大都市部が人口という面において地方より有利であることは否めず, また経済活動や自治体等の予算規模なども人口に比例していることは容易に推測できます。才能や, やる気のある人間は、自らの才能を遺憾なく発揮でき, 好きなことを十分にやれる環境を自ずから求めます。その点では、地方よりも大都市部の方が環境が整っていると認めざるを得ません。そうやって地方から有能な人間, 或いは 向上心がある人間が出ていき、後に残るのは、才能も『イマイチ』で, 自身の知識や技能を向上させる意欲があるのかすら怪しい人間ばかりです。このようにして、地域間で格差が生まれているのではないでしょうか。

 少子高齢化と, それが今後の日本経済や社会保障制度などに及ぼす影響とそれに対する政策について、今日に至るまで色々な議論がなされておりますが(その癖、ロクな打開策も講じられていないし, 国民間で十分議論が為されているか甚だ疑問)、いずれにせよ大都市部でも、地方で起きているような『(有能な)人材が居ない』という課題が生じるのは時間の問題と思います。先日言及した移民に関する課題(難民の問題もですが)も、「日本はこれまでうまくやってきたから、これからも何とかなる」という思い込みや, 「◯◯人は盗人だ, ▽▽人とは到底理解し合えない」等の人種的な思想(或いはstigma)を拝して議論すべきではないのでしょうか。もう日本全体で、人材の払底が始まっていると思わざるを得ません。今は地方で顕著になっているだけであり、全国津々浦々で深刻な障害を来すのは時間の問題ではないでしょうか。

生存報告&本の紹介

 お久しぶりです。プライベートでも仕事でも色々とありすぎて、ブログの更新がすっかり止まっていました。せめて生存報告だけでもと思い、パパッと更新しちゃいます。

 ひとまず近況報告から。ずっと地方大学病院救急科医局所属で、時折市中の2次医療機関配属になりつつも働いてきましたが、家庭の事情により転出することになりました。4月から全く別の地域で働きます。あんま詳細を書きすぎると身バレするんで、これくらいしか書けません。申し訳ありません。

 日々のニュースを見たり, 日々の診療の中で色々な課題に直面したりして思うことは色々あるんですけど、今回は手短に済ませたいので、またまた最近読んだ本の紹介でもさせて下さい。

『北関東「移民」アンダーグラウンド ベトナム人不法滞在者たちの青春と犯罪』安田峰俊 著, 文藝春秋

Amazon.co.jp: 北関東「移民」アンダーグラウンド ベトナム人不法滞在者たちの青春と犯罪 (文春e-book) 電子書籍: 安田 峰俊: Kindleストア

 ちょっと前まで、『技能実習生』の問題がニュースのヘッドラインを賑わせていたと思います(今は能登半島地震や, 自民党の政治資金問題等で忘れ去られているような気がしてなりませんが)。

 この本は、その『技能実習制度』により来日したベトナム人の中で、途中で逃亡したり, 逃亡後にトラブルを起こし逮捕されたりした人々を追跡し、彼ら・彼女らの実態を一般メディアよりもさらに深く掘り下げた内容となっています。この本の著者である安田氏は中国に造詣が深く(?)、これまで中国の社会問題や政治などについて色々な著書を書かれているようですが、彼は在日中国人の中で犯罪に走ってしまった人について調べている中で、ベトナム国籍の人々による犯罪が増えてきている、というデータを目にしたことで、当事者本人らへの取材を開始したようです(当然ながら?政治的・人種的イデオロギーは排した状態で取材をされており, 本の内容も然り、と思います)。

 そもそも『技能実習制度』を利用して、ベトナム側から人を送り出す側・日本で受け入れる側の双方に、良心的な業者だけでなく, 制度に便乗して悪銭を稼ごうとする仲介業者(ベトナム側)や, とにかく低賃金で働いてくれる労働者が欲しい以外に何も考えていない業者(日本側)が少なからず紛れ込んだことが問題のようです。良心的な仲介業者であれば、学歴・教養を十分に備え, 勤労意欲や資格・技術取得に積極的な人間を選抜して、日本側の優良企業にその人を派遣することができます(実際そうゆう事例はある)。しかし現実には、そんな意識もない仲介業者が、日本で言う所謂'DQN'のような若者を甘い言葉で誘惑して日本へ行かせ, そうゆう経緯で来てしまった彼ら・彼女らは日本の職場環境に慣れることもなく(そして特に学び取るような知識や技術も伝授されることなく)途中で離脱してしまう…ということが多いようです。

 そうして離脱した彼ら・彼女らはインターネットを介して自分たちだけのコミュニティーを形成し、その中で自分たち独自の経済活動(農家から果物・家畜等をくすねて、不法滞在中のベトナム人コミュニティー内へ転売する, 地下銀行を作ってベトナム国内の家族へ送金する etc.)を行なっているのです。

 こうした犯罪の要素もある彼ら・彼女らの生活像を、当事者から直接聴取したり, 実際に彼ら・彼女らの住居などに足を運んで見せてもらったりして浮き彫りにしたのがこの本です。医療現場に出て10年そこそこ経つ私ですが、田舎にいるせいかそうゆう患者さんは経験したことがありません。しかしそれでも、こうした人々の身の上などが手に取るように(?)生々しく分かる、非常に面白い本でした。

 今日の日本では、少子高齢化による人手不足が叫ばれることが多くなっています。こうした中で、外国人労働者をどのようにして受け入れていくのか、という課題について色々考えされられる本でもあると思います。私の貧相な語彙では表現が難しいのですが、人種的なイデオロギーを排除して、当事者に今起きていること, 及び それに対してどうゆう手を打つべきか, といった課題に重点を置いて議論すべき課題だと思います。

最近読んだ書籍を紹介 − 『金正恩の核兵器 北朝鮮のミサイル戦略と日本』(井上智太郎, ちくま新書)

 みなさんこんにちは。昼休みにパパッとブログを更新中の現役救急医です。このブログでは以前より、医療関連の話題以外にも、私が読んだ色々な書籍の紹介をして来ました。医療や医学がテーマの書籍も紹介して来ましたが、私の興味の範囲は自然科学や歴史, 国内外の情勢など多岐にわたるので、時折マニアック?なテーマの本もあったと思います。

 今回紹介するのは、最近もミサイルを発射したり, プーチン金正恩が会談する等してロシアと接近したりして、相変わらず世間を騒がせている北朝鮮の軍事 − 特に核兵器について一般向けに解説した、専門家の著書です。

金正恩核兵器 北朝鮮のミサイル戦略と日本』(井上智太郎 著, ちくま新書, 2023)

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 テレビのニュース番組でも、ミサイル発射や首脳のロシア訪問等々、何かある度に金正恩の統治体制や, 彼を含む首脳部の発言の意図, ミサイル発射の場合にはどこから何が発射され、北朝鮮は公式声明や報道で何といった(或いは何を公開した)のか等々色々取り上げられていると思います。ただ、テレビ番組の短所はやはり時間制限があり, 同じ番組内でも国内の情勢やその他の国・地域の出来事, スポーツ等々他に取り上げたい話題もあるので、そこまで北朝鮮のどうたらこうたらに時間を割けていないことだと思います。

 上述の書籍の筆者は共同通信に勤務しており、ワシントンや北京に駐在したこともあるほか、上記書籍にもあるように北朝鮮の衛星発射の一般公開に立ち会った経験もあります。こうした取材活動を通して北朝鮮-中国の外交筋や日本・米国政府の関係者などとも接触して、彼ら彼女らから得た証言等も交えて、北朝鮮の現状や, 日米韓各国の対北朝鮮政策の内情等をこの本に綴っておられます。私自身の感想ではありますが、テレビニュースや新聞報道では触れられていない(或いはあまり言及されていない)事情とかが分かって非常に興味深かったです。

 あと、ご存知の方がいるかもしれませんが、北朝鮮核兵器保有に関心を持っていたのは、金正日が権力の座に就き, テポドン発射等により世間を騒がせた1990年台後半〜2000年代初頭に限った話ではありません。朝鮮戦争で米軍の圧倒的な戦力に脅威を覚えたことに加え, 冷戦期に一時韓国国内の米軍基地に米国の核兵器が配備されたり, 朴正煕が一時独自の核兵器開発を計画するといった事情もあり、金日成がトップだった頃から「国民生活をある程度犠牲にしてでも軍備を強化し、核兵器保有を目指そう」という指針は存在していたそうです。核開発のノウハウをソ連や中国から取得しようとした時期もあったそうですが、ソ連への留学生派遣や, 民生用原子炉建設の協力を取り付けることはできたようですが、核兵器保有自体について首を縦に振ってもらえなかったそうです。その後、冷戦終結ソ連崩壊によって北朝鮮ソ連からの経済支援が受けられなくなるという危機的状況に陥ったり, ソ連崩壊のどさくさに紛れて旧ソ連諸国から原子力関連の技術者を引き抜いたりといった紆余曲折(?)を経て、その後、2000年台にパキスタン核兵器開発を指導した科学者の協力を得て本格的な核爆弾保有に至ったのです。

 ここに書いた歴史的経緯も、私が非常に大雑把に書き殴ったものですから、詳細がお知りになりたい方は是非この本のご購入をご検討下さい。また、この本にはこうした歴史的な背景以外にも、北朝鮮が核弾頭の運搬手段として今日に至るまでどのようなものを開発し配備に至っているのか, 実際に使用されうる状況は何なのか, 中国とは実際どのような関係性なのか等々、物凄く詳しく書いてあります。

体外循環に関する論文まとめ Part 2

 読者の皆様お疲れ様です。現役救急医です。間が空いてしまいましたが、今日は前回に続いて、体外循環に関する英語論文をざっくり紹介していこうと思います。前回の記事は以下のリンクから閲覧可能です。

voiceofer.hatenablog.com

その2: 'ECLS-SHOCK' trial (Thiele H, Zeymer U. et al., N Engl J Med 2023;389:1286-97)

(1) Method

 ドイツ・スロベニア2ヶ国で実施された研究者主導・多施設参加のランダム化open-label臨床試験。血行再建治療を予定され, 心原性ショックを合併した急性心筋梗塞患者において、通常の内科的治療単独と比較し、早期の無差別な体外循環式生命維持(ECLS: extracorporeal life support)に有益性があるかどうか決定することが主な目的であった。

① 被験者について

 急性心筋梗塞心原性ショックを合併し, 早期の血行再建術(経皮的冠動脈治療[PCI: percutaneous coronary intervention]或いは冠動脈バイパス移植術[CABG: coronary-artery bypass grafting])を予定されている18~80歳の患者が参加登録可能であった。ここで『心原性ショック』とは

  • 30分以上収縮期血圧<90 mmHgが持続する, 或いは 収縮期血圧>90 mmHg維持のためにカテコラミン投与を開始した
  • 動脈血中乳酸濃度>3 mmol/L
  • 意識状態変容, 皮膚・四肢の冷感or冷感と湿潤を伴う, 或いは 尿量<30 mL/hr のうちの1個以上を伴う組織灌流障害

の全てを満たす状態と定義されている。

 他方、以下のいずれかに該当する患者は参加登録から除外された。

  • ランダム化前に45分以上心肺蘇生を実施した
  • 機械的要因による心原性ショック or 重症末梢血管疾患(ECLSのcannulaの挿入ができない)

② ランダム化

 血行再建術が予定された患者で冠動脈撮影検査が実施された直後に、施設による階層化を伴うランダム化が行われた。被験者は「通常の内科的治療+ECLS実施」群「通常の内科的治療単独」群へ1:1の比で割り振られた。早期の血行再建術にはPCIが好まれたが、PCIが不敵である患者には緊急CABGの施行が可能であった。

 ECLS群では、可能であればPCI実施前の最初のカテーテル挿入の間に開始していた。下肢虚血リスク低減のために、大腿動脈シース挿入は順行性にすることが推奨された。

 対照群(内科的治療単独)ではECLSへのcrossoverは回避された。但し、内科的治療施行中に血行動態悪化基準が見られた場合には、大動脈内バルーンポンプ(intraaortic balloon pump) ないし 微小軸状-弁経由血流ポンプ(microaxial transvulvular flow pump)といったデバイスを使用した治療が許可されていた。なお、この『血行動態悪化基準とは、

  • 重度の血行動態不安定に, 
  • 切迫する血行動態虚脱 或いは 平均動脈圧>65 mmHgを維持するために血管作動薬がbaselineよりも50%増加

を伴うことであった。

転帰

 主要転帰は30日後のあらゆる原因による死亡であった。主要な副次転帰

  • 血行動態安定化までにかかった時間
  • ICU滞在期間
  • 腎代替治療が必要な急性腎不全
  • 心筋梗塞の再発
  • うっ血性心不全による再入院

だった。その他副次転帰

  • カテコラミンの開始と投与期間
  • 30日後の不良な神経学的転帰:Cerebral Performance Category(CPC) 3 or 4

であった。安全転帰

  • 中等度 或いは 重度の出血:Bleeding Academic Research Consoritium(BARC)基準のtype 3~5
  • 脳卒中 或いは 全身性塞栓症
  • 外科的ないし血管内治療を要した末梢血管虚血性合併症

だった。

統計学的解析

 主要解析は'intention-to-treat'の原則に則って行われた。データの堅牢性を評価するためのsensitivity analysisを'per-protocol'集団及び'as-treated'集団で行った。主要転帰イベント発生率を比較するために'chi-square test'という手段が用いられ、相対的リスク(relative risk)と95%信頼区間(CI: confidence interval)を計算した。また、30日のフォローアップ期間中における2群での累積発生率を可視化するためにKaplan-Meier曲線を計算した。

 副次転帰に関するeffect sizeはrelative risk 或いは 'Hodges-Lehmann estimator'で表現された。事前に設定したsubgroupによる解析は性別, 年齢(<65歳 vs 65歳≦), 糖尿病の有無, ST上昇の有無, 前壁心筋梗塞かそれ以外か, 入院時の動脈血中乳酸濃度(3~6 mmol/L vs 6 mmol/L<)を考慮して行われた。加えて、ランダム化前の心肺蘇生の有無によって分けたpost hoc subgroup解析も行われた。これらsubgroupにおいて、主要転帰のrelative riskと95%CIのforest plotを計算した。95%CIの広さは多重性について調整されておらず、そのため仮説検証の代わりに使用されなかった。

(2) Result

 2019年6月から2022年11月の間に44施設で合計887名の患者がscreeningを受け、420名の患者が臨床試験に参加登録した。3名が除外され、最終解析にはECLS群へ209名が, 対照群が208名が含まれていた。

 Baselineにおいて、両治療群間の患者の特性は均衡が取れていた。

  • 年齢中央値・・・63歳
  • 男性・・・81.3%
  • ST上昇心筋梗塞・・・患者の2/3
  • 最も多い梗塞部位・・・左前下行枝(47.6%)
  • ランダム化前に心肺蘇生が行われた患者・・・77.7%
  • 血行再建術前の乳酸濃度中央値・・・6.9 mmol/L
  • PCIによる血行再建術・・・大半の患者(96.6%)で実施

 ECLS群では、192名(91.9%)で最初の血管撮影中にECLSが開始された。ECLS群のうち17名(8.1%)でECLSが開始されなかった対照群では26名(12.5%)でECLSが開始された。ECLS群におけるECLS継続期間中央値は2.7日だった。両群で、カテコラミン投与必要性の合計は均衡が取れていた。ECLS群でドブタミンがより高頻度に投与されていた。

 対照群では合計28名(15.4%)がECLS以外の機械的循環補助を受けており, 主にmicroaxial transvalvular deviceが使用された。これらの患者のうち2名は『血行動態悪化基準』を満たさなかった。

Figure 1: 30日後のあらゆる原因による死亡

 あらゆる原因による30日後の死亡は、ECLS群: 100名/209名(47.8%), 対照群: 102名/208名(49.0%)だった(relative risk: 0.98; 95%CI: 0.80~1.19; P=0.81) (Figure 1)。Sensitivity analysisは主要解析と同等の知見を示した。

 事前に指定したsubgroup解析及びpost hoc解析は、全てのsubgroupで主要解析と一致した結果を示した(Figure 2)。追加のpost hoc解析でも、各施設の参加登録患者数に関係なく同等の死亡率を示しており、参加登録が<5名の施設の死亡率が50.9%なのに対し, 参加登録が5名≦の施設の死亡率は48.1%だった(relative risk: 1.02; 95%CI: 0.94~1.09)。

Figure 2: 主要転帰のsubgroup解析

 カテコラミン投与期間と血行動態安定化までにかかった時間について、治療群の間で実質的な差は見られなかった。その他の転帰については以下の通り。

  • 人工呼吸器使用期間中央値・・・ECLS群: 7.0日, 対照群: 5.0日
  • 代替療法・・・ECLS群: 17名(8.1%), 対照群: 29名(13.9%); Relative risk: 0.58, 95%CI: 0.33~1.03
  • 血行再建術再施行・・・ECLS群: 18名(8.6%), 対照群: 22名(10.6%); Relative risk: 0.81, 95%CI: 0.45~1.47
  • 心筋梗塞再発・・・ECLS群: 2名(1.0%), 対照群: 2名(1.0%); Relative risk: 1.00, 95%CI: 0.07~12.72
  • うっ血性心不全による再入院・・・ECLS群: 3名(1.4%), 対照群: 2名(1.0%); Relative risk: 1.49, 95%CI: 0.24~13.61
  • 不良な神経学的転帰・・・ECLS群: 27/109名(24.8%), 対照群: 24/106名(22.6%); Relative risk: 1.03, 95%CI: 0.88~1.19
  •  中等度 或いは 重度の出血・・・ECLS群: 23.4%, 対照群: 9.6%; Relative risk: 2.44, 95%CI: 1.50~3.95
  • 治療を要する末梢血管合併症・・・ECLS群: 11.0%, 対照群: 2.8%; Relative risk: 2.86, 95%CI: 1.31~6.25
  • 脳卒中 或いは 全身性塞栓症・・・ECLS群: 3.8%, 対照群: 2.9%; Relative risk: 1.33, 95%CI: 0.47~3.76

(3) Discussion

 ECLS-SHOCK trialでは、血行再建術を予定され, 心原性ショックを合併した心筋梗塞患者において、30日後のあらゆる原因による死亡という観点で、早期のルーチンなECLS開始は内科的治療単独に対し優越していないことが明らかになった。ECLSは合併症増加と関連しており、特に出血イベントや末梢血管イベントと関連していた。

 重症ないし急速に悪化する心筋梗塞による心原性ショックは、ECLS開始の最も多い適応である。経皮的なシステムがより広範にわたって入手可能となり, かつ 大動脈内バルーンポンプに生存に関する利益がないことを示す臨床研究結果が出た後に、ECLS使用とその他機械的循環補助の使用は顕著に増加した。

 ECLS-SHOCK trialは、より進行した心原性ショックがある患者のみを対象とすることを狙っていた(これらの患者は体外血行動態補助の利益を受ける可能性が最も高いと思われたため)。こうした患者の参加登録は、過去の同じ集団へ行われた臨床試験と比較して、ECLS-SHOCK trialの両治療群で合計死亡率が上昇したことを説明可能と思われる。

 これまでに心原性ショック患者でECLSの効果を評価したランダム化臨床試験は3件あり、ECLS-SHOCK trialの知見と一致した結果を示している。最初の超小規模研究では、30日後の左心室駆出率へ効果がないことが示された。122名が対象になった2番目の臨床試験では、あらゆる原因による死亡, 蘇生後の循環停止, ないし 機械的循環補助装置の使用からなる複合転帰に差がないこと、及び死亡率に差がないことが確認された。3番目の臨床試験は、参加登録が遅延していたため早期に中止されたので、死亡率に関して意義のある結論が出せなかった。

 心原性ショックに対するECLSが有益性を欠いている理由は複数存在する。まず、リスクや, それに関連したデバイス関連合併症が、潜在的な利益を相殺している可能性がある。ECLS-SHOCK trialではECLS群において出血や末梢血管合併症が対照群より多かったことが示された。こうしたデータは、過去の文献の報告と一致する。すなわち、合併症のリスクを減らす努力(cannulaを小さくする, 抗凝固薬使用を減らすなど)は現在進行形にも関わらず、これらの合併症は将来的にも臨床的に関連性のある問題であり続けるだろうECLS群で見られた人工呼吸器使用期間長期化も、同様にして転帰を変えてしまった可能性がある。更に、末梢からのECLS挿入は、逆行性の大動脈血流による左室後負荷増加と関連している。従って、異なる左室負荷低減方法が開発されている。最近の非ランダム化臨床試験では、ECLS単独と比較して負荷軽減デバイスに利益がある可能性を示したものの、出血, 溶血, 弁の合併症といった合併症の頻度が高いことが示唆された。ECLS-SHOCK trialにおいて、進行性左室不全の徴候の存在は左室負荷軽減の適応であるとprotocolで以前に決められていたにも関わらず、過去の観察研究や小規模前向き研究と比較しても、ECLS-SHOCKにおける左室負荷軽減の使用率は5.8%と比較的低調だった。左室負荷軽減がECLSにおいて転帰に影響するかどうか評価するランダム化臨床試験が必要である。ECLS群で見られたようなドブタミン使用頻度増加は、左室後負荷増加(酸素消費増加と, それによる有害事象に対する懸念とも関連性あり)を示唆している可能性がある。

 他にECLSの有益性の欠如を説明しうる理由は、患者の転帰が不良(そしてそれは循環不全との関連性は強くない)であったことだろう。ECLS-SHOCKでは、上記のような参加登録基準を採用した結果、過去の臨床試験と比較してランダム化前に心肺蘇生を受けた患者数が多かった。脳損傷という競合するリスクを伴う高い心肺蘇生施行率は、ECLSが予後へpositiveに影響した可能性を減少させたかもしれない。心原性ショック患者を対象としたランダム化臨床試験から心肺蘇生を受けている患者を除外するか否かについての議論は今も続いている。但し、そのような患者の除外は臨床試験の一般化を妨げるであろう。ECLS-SHOCKにおいて、心肺蘇生を受けた患者の生存率は受けていない患者のそれと同等(>50%)であり、subgroup解析でも両治療群間で転帰に差があることは示されなかった。難治性の心原性ショックは両治療群で主たる死因だった一方で、脳損傷後の死亡は約1/4で報告されている。脳損傷という文脈では、対照群と比較してECLS群で体温管理療法の頻度が低いことが報告された。しかしながら、ECLSは体温管理或いは発熱予防のためにも使われうるため、ECLS群で体温管理療法の報告が少なかったのはこうした管理によるかもしれない。

 ECLS-SHOCKには幾つか欠点がある。

  • 治療の盲検化ができなかった。
  • 合計39名の患者が別の治療群にcrossoverしていた。
  • 一般化を可能にするために、ECLSの経験数が中程度及び高程度である施設の双方が対象となった。

 前回のブログ記事で紹介した文献に引き続き、地味に渋い?キツい?内容の文献だったと思います。3次医療機関で、循環器内科や心臓血管外科の医師がICUでECMO管理について我々救急医のほか, 看護師や臨床工学士らとdiscussionする光景はそこまで珍しくありませんでした。そうゆう、標準的と思っていた救命のための治療法についてこんなデータが出ると、「え、どうすりゃいいんだ」と思いたくはなります。ただ、ランダム化前に心肺蘇生を行われた患者の割合が多いということは論文の著者も認めています。おそらく遠からぬ将来に、対象となる患者をもうちょっと絞り込んだ臨床試験とか, 介入方法を工夫した臨床試験の結果が出る(或いは行われる)かもしれません。それでコロッとエビデンスが変わってもおかしくないと思います。これもこれで、ガイドラインの推奨内容にどこまで反映されるか様子見ですね。