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2023年11月18日

渋沢栄一 現代に顧みて 中庸

渋沢栄一は、少年時代から晩年まで一貫していることが3つあると感じる次第である。
それは、忠君愛国・中庸・やさしさの3つである。
今日は、中庸を焦点してみよう。




天秤.PNG



渋沢栄一は、少年時代でも、尊王攘夷を目指す志士の時代も
徳川慶喜の家臣の時代も、新政府の時代でも、銀行家の時代でも
常に現状に、また偏った考えに疑問を持ち、
それぞれの偏ったもの真実を探求し、
修正をし、今をどのようにすればいいかを熟考し、
最善を尽くし生きてきた。

もし、偏ったもの見方を修正できなければ志士をやっていた時に
死んでいたかもしれない。

フランスに行った時に、本国の日本が素晴らしく正しいと偏った考えがあれば
外国の先進的な制度・技術・法制度などを吸収できず銀行家にならなかったかもしれない。

渋沢栄一は悲観と楽観を例にこう言っている。
「悲観、楽観の両者はものの見方が偏っており、両極端に走っているからである。
一方に偏ったのは、すなわち当を得たのではなく、またいわゆる達観したものとも言えない。
であれば、達観とはどんなことを言うのか。
私は中庸を得た観察がすなわちそれであろうと思う。
偏ることなく、一つに特定できないところに真理が含まれているのだから、
その言動が当を得るならば、それを中庸を得た人、
達観した人と言うことができるだろう。」


令和の現代でもこの達観すなわち中庸の考えが大事だと感じる次第であります。
LGBT問題にしても、安全問題でも、エネルギー問題でも、税制の問題でも
日本の政治家やマスコミは何か偏った見方をしている。
軸がグローバルや大企業や米国などを見て、
一般の国民を見て達観した頂きたいものである。

最後まで読んで頂きまして有難うございます。



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2023年11月14日

渋沢栄一 現代に顧みて 忠君愛国

渋沢栄一は、少年時代から晩年まで一貫していることが3つあると感じる次第である。
それは、忠君愛国・中庸・やさしさの3つである。
今日は、忠君愛国を焦点してみよう。

志.PNG


忠君愛国とは、武士道にも通じるが、
何も武士だからとか、商人とかではなく、
このことは国民であれば誰でも持つべき義務と渋沢は言っている。
「国民は自然に国家のことを思うもので、
自分の国は他の国よりも強大であって欲しいと思い、裕福になることを願うのは、
国民の国家に対する情である。」

このことは強いか弱いか、厚いか薄いかがその国の違いが生じる。

渋沢は少年時代は父の行商を学び、村の代官の悪疫さをみて嘆き、
志士の時代には幕府にやり方に憤慨し、
侍になっては、中から国を変えようと思慮し、
銀国家となり、商業道徳をより良くしよとし、あらゆる手段を昂じた

これらは、すべて渋沢が国を思う心である愛国がでていると感じる次第であり、
その対象は家族であり、同士であったり、村民であったり、
幕臣であったり、慶喜公であったり、天皇であったり、
社員であったり、投資家であったり、お客様であったりと様々であるが、
その対象の頂点は天皇という雲の上の存在でありながら、
目の前の人を忠君とし、その人に尽くすことが愛国であると渋沢栄一の一生をみると感じる次第であります。

目の前の人、今関わっている人をしあわせにすることが忠君愛国と称するは
私のしょうもないまとめ方かもしれないが
渋沢栄一の一生を垣間見るとそう感じる次第あります。

最後まで読んで頂きまして有難うございます。




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2023年10月27日

渋沢栄一 現代に顧みて

前回まで、南洲翁遺訓をとりあげ、西郷隆盛を書いてみたが、
来年の7月に新紙幣の1万円の顔にもなる渋沢栄一のことを顧みてみよう。



渋沢栄一 アニメ.PNG



渋沢栄一は企業の設立に関わった数は500社にのぼり、
教育分野では、創立・設立に関わった学校は160校を超え、
他にも社会福祉事業で、養育院にも携わっている。

そこで、私は様々に疑問を持つようになった。
どうして、そんなに多くの会社をつくったのか?
なぜ、多くの会社をつくったのに財閥のようにしなかったのか?
渋沢栄一の運がいい原因は何か?

これだけのことをやった人物は、世界でも類をみないと感じる次第である。
どうして、これだけのことができたのか不思議で、それを考察しようと
本とか資料とか調べてみてみると非常に今まで自分が考えもしない
視点で、組み合わせが見えてきた。
彼の性格や道徳や宗教観も独特のものであり、
「論語と算盤」は有名であり、彼自身も論語を指針にていると言っているが、
私は渋沢栄一の考え方が論語に合っているから参考にしていると
感じる次第である。

次回からそういったこと考察して、
自分なりに現代に活かせることを考察してみようと考える次第です.。



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2023年08月31日

第41訓 西郷隆盛の遺訓を現代に顧みて

明治維新の立役者の西郷隆盛の訓話をまとめた「南洲翁遺訓」を垣間見て、
現代の日本の政治や世相を自分ながら解説してみよと思います。
南洲翁遺訓は全部で41訓ありますが、今日は最後の第41訓を垣間見てみます。

序文

令和の時代に一番失われたもの

原文

身を修し、己を正して、君子の体を具ふるとも、
処分の出来ぬ人ならば、木偶人も同然なり。

譬へば数十人客、不意に入り来んに、
譬え何程饗応したく思ふとも、兼て器具調度の備無ければ、
唯心配するのみにて、取賄ふ可き様有間敷ぞ。

常に備あれば、幾人なりとも、数に応じて賄はるる也。

夫れ故平日の用意は肝腎ぞとて、古語を書て賜りき。

文非鉛槧也。必有処事之才。
武非劔楯也。必有料敵之智。
才智之所在一焉而巳。


っっl.PNG



仮名入り


み   しゅう  おのれ ただ      くんし  たい  そな
身を修し、己を正して、君子の体を具ふるとも、
しょぶん   でき    ひと        で く   どうぜん
処分の出来ぬ人ならば、木偶人も同然なり。

たとえ  すうじゅうにんきゃく ふい     い   こん
譬へば数十人客、不意に入り来んに、
たとえ なにほどきょうおう   おも       かね  きぐちょうど   そなえな
譬え何程饗応したく思ふとも、兼て器具調度の備無ければ、
ただしんぱい            とりまかな  べ  さまあるまじき
唯心配するのみにて、取賄ふ可き様有間敷ぞ。

つね  そなえ      いくにん         かず   おう   まかな      なり
常に備あれば、幾人なりとも、数に応じて賄はるる也。

そ    ゆえへいじつ   ようい  かんじん       こご    かき  たまわ
夫れ故平日の用意は肝腎ぞとて、古語を書て賜りき。

ぶんはえんざんにあらざるなり 
文非鉛槧也。
かならずことをしょうするのさいあり
必有処事之才。
ぶはけんじゅうにあらざるなり 
武非劔楯也。
かならずてきをはかるのちあり
必有料敵之智。
さいとちのあるところひとつのみ
才智之所在一焉而巳。


私流訳

どんなに学び・修行をして、自分を正し磨いても、君子らしい体裁をしたとしても
いざという時にそれを対処のできない人は、まるで木で作った人形と同じだ。

たとえば、急に数十人のお客様が不意に訪れた場合、
失礼のないようにもてなそうとしても、
前もって、食器や調度品の備えの準備ができていなければ、
ただおろおろと心配するだけで、接待のしようもないだろう。

常に前もって準備ができていれば、
たとえ何人であろうとも、その人達をもてなすことができるのである。

したがって、普段の準備が何よりも大事な事である。
翁は、古語を示してくれた。

学問というものは、紙面の上だけのことをいうだけではない。
どんなことが起こっても必ず適切に処理ができるように
学び対処できる才能のことである。

武道とは、剣や盾をうまく使いこなすというのではない。
必ず敵のことを知り、どう対処をしたらいいかという知恵のことである。

才能と知恵のあるところはただ一つである。



私流解釈

この41訓は、南洲翁遺訓の最後であるが、
これまでの遺訓の中では、些かインパクトがかけるものである。
前の40訓で終われば、ハッピーエンドと感じるわけだが、
この遺訓の重要性を探れば事前準備をしっかりし、
それをしっかり実行すること読み取れる。

つまり、この遺訓に書かれた内容を知識だけでなく、
しっかり自分で智恵にできるまでように、
自ら修養し、実践できるように日々の生活に活かすことと
読み取れることもできる。




現代に顧みて

この頃、また政治家の不祥事が多くなった。
しかも、ほとんどが東大 法学部という最高学歴の方ばかりであり、
素晴らしいキャリアを積んで、幾多の辛酸をくぐり抜けた選挙に当選し、
国政をやっている方である。
この遺訓の最後の
「才智之所在一焉而巳。」
さいとちのあるところひとつのみ
「才能と知恵のあるところはただ一つのみである。」とある。

この「一つのみ」とは何かは、この41遺訓の中には書いてはないが、
この全遺訓が網羅されていると感じる。
西郷は、この遺訓を通じて、
私欲をなくし、学び、やり遂げる勇気をもって実践することが終始一貫している。
すなわち克己であり、自分に勝つことである。
令和の時代に一番失われたものではないだろうか?





最後まで読んで頂きまして有難うございます。



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2023年05月29日

第40訓 西郷隆盛の遺訓を現代に顧みて

明治維新の立役者の西郷隆盛の訓話をまとめた「南洲翁遺訓」を垣間見て、
現代の日本の政治や世相を自分ながら解説してみよと思います。
南洲翁遺訓は全部で41訓ありますが、今日は第40訓を垣間見てみます。


序文

至福のひととき


原文

翁に従て、犬を駆り兎を追い、
山谷を跋渉して、終日猟り暮らし、
一田家に投宿し、浴終りて、
心神いと爽快に見えさせ給ひ、
悠然として申されけるは、
君子の心は、常に斯の如くにこそ、
有らんと思ふなりと。




風呂.png



仮名入り

おう したがい  いぬ  か  うさぎ お
翁に従て、犬を駆り兎を追い、
さんや  ばっしょう    しゅうじつか  く
山谷を跋渉して、終日猟り暮らし、
いちでんか  とうしゅく  よくおわ
一田家に投宿し、浴終りて、
しんしん   そうかい  み      たま
心神いと爽快に見えさせ給ひ、
ゆうぜん     もう
悠然として申されけるは、
くんし  こころ   つね  かく   ごと
君子の心は、常に斯の如くにこそ、
あ      おも
有らんと思ふなりと。




私流訳

門弟が、ある時翁に従って犬を連れて兎を追って、
山や谷を渡り歩いて終日狩りをして暮らしていた。
田舎の家に宿泊し、家人のととのえた風呂を一浴びて
心も体も爽快になったところで、
翁は悠然として言われるには
「君子の心というものは、いつもこのように満ち足りて、
爽快なものであろう。」と言われた。



私流解釈

この遺訓は他の遺訓と違う趣があります。
なんとものどかであり、すがすがしいものであり、
西郷の言う爽快さを感じる次第であります。

この遺訓は、征韓論の後の明治6年の政変で、
あらゆる地位を捨てて、鹿児島に戻った時の遺訓であり、
門弟と書かれておりますが、この遺訓を作成をした庄内藩の方であります。

まさに、生の声であり、今までの西郷の艱難辛苦と
翻弄した明治維新を成し遂げたことがあるがゆえ、
このほっとする遺訓がなんとも言えない趣があるものであります。



現代に顧みて

人は、常に何かと相対関係の中で思考します。
ずっと昼も夜も年間を通して、25度の地域があったとします。
こんな地域の人は暑いも寒いも感じたことがない人になります。
この地域の人の言語の中では「暑い」「寒い」という言葉も生まれないでしょう。

この遺訓も西郷の生きた翻弄した中を生き抜いたこそ、
爽快で、しあわせを感じる内容になったと感じます。

不幸だからしあわせになる喜びを感じる。
お金がなかった頃があったから金持ちになったら喜びを感じる。
戦争があるから平和を噛み締めることを感じることができる。

どの時代でも様々な問題は発生します。
人も国も世界もそれを克服をしようと前進します。
それが現代であり、次の未来もそれを克服したものであると
信じる次第であります。




最後まで読んで頂きまして有難うございます。



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2023年05月21日

第39訓 西郷隆盛の遺訓を現代に顧みて

明治維新の立役者の西郷隆盛の訓話をまとめた「南洲翁遺訓」を垣間見て、
現代の日本の政治や世相を自分ながら解説してみよと思います。
南洲翁遺訓は全部で41訓ありますが、今日は第39訓を垣間見てみます。


序文

才能よりも大事なもの


真心.PNG


原文

今の人、才識有れば、事業は心次第に、
成さるるものと思へども、
才に任せて為す事は、
危くして見て居られぬものぞ。

体有りてこそ、用は行はるるなり。

肥後の長岡先生の如き君子は、
今は似たる人をも見ることならぬ様に、
なりたるとて嘆息なされ、
古語を書きて授けらる。


夫天下非誠不動。
非才不治。
誠之至者其動也速。
才之周者其治也広。
才興誠合然後事可成。



仮名入り

いま ひと   さいしきあ      じぎょう こころしだい
今の人、才識有れば、事業は心次第に、
な             おも
成さるるものと思へども、
さい  まか    な  こと
才に任せて為す事は、
あやう      み    い
危くして見て居られぬものぞ。

たいあ          よう  おこな
体有りてこそ、用は行はるるなり。

ひご     ながおかせんせい ごと   くんし
肥後の長岡先生の如き君子は、
いま  に    ひと      み           よう
今は似たる人をも見ることならぬ様に、
      たんそく
なりたるとて嘆息なされ、
こご    か    さず
古語を書きて授けらる。


それてんかまことにあらざればうごかず
夫天下非誠不動。
さいあらざればおさまらず
非才不治。
まことのいたるものはそのうごきやはやし
誠之至者其動也速。
さいのあまねきものはそのおさむるやひろし
才之周者其治也広。
さいとまことをあわせしかるのちことなるべし
才興誠合然後事可成。




私流訳

今の世の中の人は、才能や知識があれば、
どんな事業も心のままにできると考えているようだが、
才能に任させてすることは危なっかしくて見ていられないものだ。

しっかりした内容があってこそ物事は立派に行われるものだ。

肥後の長岡先生のような立派な人物は、
 長岡監物 1813−59 肥後熊本藩家老

近頃はまったくお見受けすることができなくなったと嘆かれ、
昔の言葉でお示しなされた。

世の中のことは真心がない限り動かすことができない。

また、才能や見識がないと治めることはできない。
真心に徹するとその動きも速くなる。

才能や見識があらゆる方向に活かされれば、
その治めるところも広い。

才能や見識と真心が一緒になった時、
すべてのことは立派にできあがることができる。



私流解釈

才能・知識と真心がないと大成しないという内容でありますが、
確かに才能と知識は必要であり、それに長けた人物は大成の要件であるが、
才能と知識は、学べば得ることができるが、
真心となるとそれは、一応に学ぶだけでは得ることは難しい次第です。
このことの追求がこの遺訓の一貫としているものでもあります。
真心を養う最も偉人がとおる道は艱難辛苦とその時間ではないかと感じる次第であります。

西郷隆盛は奄美大島と沖永良部島の2度の島流しを経験しました。
一度は雲隠れ的なものではありますが、2度目の島流しは完全な刑罰であります。
1858年から1864年までの8年間はまさに西郷隆盛の艱難辛苦の時代です。
この時に、西郷は腐らず、恨まずにその島でできる最善を行い、
古今東西の書物に学び、日本のため、次の時代のために精進した成果が
江戸幕府を崩壊させ、新たな日本の時代の幕開けとなった明治維新につながったことは歴史が証明しています。

偉人を顧みますと必ずそういう時代があります。
聖人といえども同じであります。
マホメット5年、キリスト6年、ブッタ7年
この時を過ごした後に、開花したと言えます。

失敗の中に、艱難辛苦の中に成功のエッセンスは必ずあると言えますが、
このことは、現代でも同じだと感じる次第であります。




現代に顧みて

今の時代で飛躍の時代を生き、そこからどん底まで落ち、
復活を成し得た人物の代表格はスティーフ・ジョブズではなかろうか。

ジョブズは、アップルの代表を解任されてから復活するまで10年かかっている。
その間にも、アニメクリエイト会社のピクサーや新しいOS開発などを行っており、そのOSの基本技術がもとで、アップルに返り咲いた。

その時は非常勤取締役であったが、製品の開発に集中をした。
それでiMacが発売され、世界を一世を風靡してCEOに返り咲いたのである。
名誉欲よりも彼のやり遂げたいものが変わった成果ともいえよう。

ジョブズは、不遇の10年を語っている。
当時は分からなかったが、アップル社に解雇されたことは、
私の人生で起こった最良の出来事だったと後に分かった。
成功者であることの重さが、再び創始者になることの身軽さに置き換わったのだ。
何事につけても不確かさは増したが、
私は解放され、人生の中で最も創造的な時期を迎えた。


ジョブズは、ユーザーエクスペリエンスにとことんこだわった。
「テキサスのおばさんでも簡単に使える機械」
この考えの答えがiPadやiPhoneである。

艱難辛苦・失敗・心が折れるようなことなど
生きていれば、いろいろなことがあります。
その時に腐らずに、大切なものを見失わずに、
精進することの大切さはいつの時代でも同じであります。

「逆境は神様がくれたプレゼント」という言葉は、
私はあまり受け入れたくありませんが、
真実と感じる次第であります。

最後まで読んで頂きまして有難うございます。





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2023年03月31日

第38訓 西郷隆盛の遺訓を現代に顧みて

明治維新の立役者の西郷隆盛の訓話をまとめた「南洲翁遺訓」を垣間見て、
現代の日本の政治や世相を自分ながら解説してみよと思います。
南洲翁遺訓は全部で41訓ありますが、今日は第38訓を垣間見てみます。


序文

時代の流れを精査する。


精査.PNG


原文

世人の唱ふる機会とは、
多くは僥倖の仕當てたるを言ふ。

真の機会とは、理を尽して行ひ、
勢を審かにして動くと云ふに在り。

平日国天下を憂ふる誠心厚からずして、
只時のはずみに乗じて成し得たる事業は、
決して永続せぬものぞ。



仮名入り

せじん  とな    きかい
世人の唱ふる機会とは、
おお     ぎょうこう しあ         い
多くは僥倖の仕當てたるを言ふ。

しん  きかい      り  つく     おこな
真の機会とは、理を尽して行ひ、
せい つまびら       うご    い     あ
勢を審かにして動くと云ふに在り。

へいじつくにてんか  うれ   せいしんあつ 
平日国天下を憂ふる誠心厚からずして、
ただとき         じょう   な    え    じぎょう
只時のはずみに乗じて成し得たる事業は、
けっし    えいぞく 
決して永続せぬものぞ。


私流訳


世の中の人が言う絶好の機会とは、
多くは偶然に訪れた幸運を指すけれど。

本当の機会とは、道理を尽くして行い、
時流を見極めて行うということだ。

常日頃から国や世の中のことを注意深く紐解き、
誠心誠意に、良くしようと考えて思慮せずに、
ただその時の時流に流れに流されての成功した事業は、
決して長続きするものではない。



私流解釈

西郷は、明治維新という江戸幕府から明治新政府の立ち上げの日本における
最大の転換期であり、最大のチャンスの時代でありました。
西郷はこの遺訓に書いてあるように
「理を尽して行ひ、勢を審かにして動くと云ふに在り」を見事に実践し、
明治維新の黎明期を見事に成し得たのであります。
西郷の言う「理」とは、志を立てること、私心をださないこと、
全力を尽くし精進すること、利他の精神、真心を尽くすことであります。

近年では、電話の民営化かなと感じる次第であり、
この遺訓の「世人の唱ふる機会」にピッタリなチャンスであります。
この時は、日本中の大企業がこぞって参入しました。
しかし、現在まで残っている創業時から一貫した会社は、第二電電をスタートしたKDDIだけであります。
他の企業は、西郷が言うように「只時のはずみに乗じて成し得たる事業は、決して永続せぬものぞ。」と言う通りの結果になりました。
稲盛氏は第二電電を創業する時に、
「動機善なりや、私心なかりしきりか」を自問自答し、
本当に日本の通信を安くし、日本のためになることを目指し、
しかも、自分自身の道理を筋道を見事に貫いた。
その証拠に創業者でありながら第二電電の株を一切持たなかったのである。

その他にも稲盛氏の京セラも盛栄であり、破綻しかけのJALの再建も見事に果たしました。
時流の流れに正眼し、誠心誠意に行うことが何よりも大切と信じる次第であります。


現代に顧みて

現代では、「世人の唱ふ機会」に値するのは、環境問題であるが、
その中で太陽光パネルや風力発電が問題になっている。

もともとCo2排出問題になっているが、山林を切り裂き、休耕地やはたまた
田んぼに太陽パネルを設置するなど、愚の骨頂である。
山林はCo2を酸素にしてくれる。

農耕地は、酸素も食料も生産し、緑地化で太陽光の熱を抑えてくれる。
そこに、太陽パネルを設置するなど、政府の政策ミスである。
山林や農耕地の太陽パネルの設置を規制制限が必要と考える次第である。
農業は、高齢化が著しい、高齢で田んぼをするよりも太陽パネルで儲ける
農家の方も多く聞くが、それでは、食糧問題にもなる。

もう、この頃では、田舎の田園風景が反射をする太陽光パネルが一般化した。
中国で人権侵害で作られたパネルで、日本の緑地化が侵害され、
国民は高い電気負担を負わされている。

はたして、これが日本のために、国民のために、環境のためになっているのだろうか?
西郷の言っているとおり「平日天下を憂ふる誠心厚からず」の意味を噛み締めたいと感じる次第であります。


最後まで読んで頂きまして有難うございます。



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2023年02月19日

第37訓 西郷隆盛の遺訓を現代に顧みて

明治維新の立役者の西郷隆盛の訓話をまとめた「南洲翁遺訓」を垣間見て、
現代の日本の政治や世相を自分ながら解説してみよと思います。
南洲翁遺訓は全部で41訓ありますが、今日は第37訓を垣間見てみます。


序文

真心や誠実は永遠

真心.PNG


原文

天下後世迄も、信仰悦服せらるるものは、只是一箇の真誠也。
古へより父の仇を討ちし人、其の麗ず挙て数へ難き中に、
独り曾我の兄弟のみ、今に至りて児童婦女子迄も、
知らざる者の有らざるは、衆に秀でて、誠の篤き故也。

誠ならずして、世に誉めらるるは、僥倖の誉也。

誠篤ければ、縦令当時知る人無くとも、
後世必ず知己有るもの也。



仮名入り

てんかこうせいまで    しんこうえっぷく             ただこれいっこ  しんせいなり
天下後世迄も、信仰悦服せらるるものは、只是一箇の真誠也。

いにし    ちち  かたき   う    ひと  そ    か   あげ   かぞ  がた なか
古へより父の仇を討ちし人、其の麗ず挙て数へ難き中に、
ひと  そが   きょうだい    いま   いた    じどうふじょしまで 
独り曾我の兄弟のみ、今に至りて児童婦女子迄も、
し もの あ  しゅう ひい まこと あつ ゆえなり
知らざる者の有らざるは、衆に秀でて、誠の篤き故也。

まこと          よ  ほめ           ぎょうこう ほまれなり
誠ならずして、世に誉めらるるは、僥倖の誉也。

まことあつ      たといとうじ  し    ひとな 
誠篤ければ、縦令当時知る人無くとも,
こうせいかなら ちき  あ      なり
後世必ず知己有るもの也。



私流訳

世の中で、未来永劫に信じ語り継がれたものは、ただひとつ人間の真心である。
昔から、父の仇討ちをした人は数えきれないほどたくさんいるが、
その中で、曾我の兄弟の仇討ちだけは、
今の世に至るまで女性や子供までも
知らない人のないくらい有名なのは、
多くの人にひときわ高くでており誠実で真心が深いからである。

誠実で真心がなくて、世の中に称賛されるのは
それは偶然の幸運に過ぎない。

誠実で真心が深ければ、たとえその当時は、誰も知る人がいなくても、
その後の世に必ず尊いことと称賛されるものである。




私流解釈

人の真心は、未来永劫に語り継がれ尊いものであり、
真心で誠実であることの大切を説いている遺訓であります。

この中で、仇討ちが例となっていますが、
鎌倉時代から江戸時代までは、仇討ちは公認のものでありました。
幕府や藩が及ばないものであれば、仇討ちの手続きをすれば公認になった時代であります。
武士の親などがだれかに殺されたら、その息子は、仇討ちをするような風潮があったようです。
何もしないとなるとその家臣に、仇討ちをしないのは武士ではないとまで言われた時代です。
そこが時代背景が、今とは異なるものですね。
明治になると仇討ちは禁止になり、その代わりに法律がその変わりになりました。
まだ、西郷の時代でそれが大切にされていました。
現在でも忠臣蔵が仇討ちとしては、有名ですが、私は、曾我兄弟の仇討ちはこの遺訓に触れるまではまったく知りませんでした。

私の母は、今は90歳ですが聞いてみると、母の子供の頃は、町内に演劇団が来て、この曾我兄弟の仇討ちの演目は普通にあり、当時の子供でも知っていた内容だったそうです。つまり、日本中でかなり有名なものだったみたいです。
今でも鹿児島では毎年、「曽我どんの傘焼き」は、鹿児島三大行事の一つに数えられており、昨年の7月に開催されていました。曾我兄弟が仇討ちをする時に暗闇を亡き父が使っていた和傘を燃やして松明代わりに使ったのが由来です。
さすが西郷さんの生まれ故郷です。今でも受け継がれているには素晴らしいです。

曾我兄弟の仇討ちは、父の仇討ちの物語で最後には、源頼朝まで出て来ますので結構面白いのですが、人間関係が難しいのでYouTuberの戦国BANASHIさんの動画をご覧ください、彼の語りも素晴らしいですし、解説もわかりやすく、面白いですよ。



戦国BANASHIさんの解説で、
「仇討ちの話は現在ではそれほど語り継がれなくなりましたが、
勧善懲悪ものに変わりました。
時代劇で言えば、水戸黄門や銭形平次や必殺仕事人であり、
鬼滅の刃もそれにあたるかもしれません。」
この解説は私も共感する次第であります。

日本人には悪を憎み、人の尊厳を犯すことを許さないDNAや心や精神があると思います。
それがあるからこそ、日本人の道徳・おもてなし・やさしさ・強さ・正義感があると感じる次第であります。

先人が残した真心を大切にし、自らも真心を持つよう精進する次第であります。






現代に顧みて

時代によって、語り継がれるものは変遷する。
仇討ちはそのひとつかもしれませんね。
戦後もしばらくは、歌舞伎・演劇などの演目になっていましたが、
現代では、そういったのは「忠臣蔵」ぐらいですね。
でも、平成から令和にかけてそういったものはほとんど目にしなくなりました。
ただ、忠臣蔵を題材にしたNHKの「忠臣蔵狂詩曲」、パロディもので「決算!忠臣蔵」などがあります。

私は、仇討ちの文化を継承しなければとまでは思いませんが、
日本には、鎌倉時代から昭和の初期までそういったものが大切に語り継がれていることが、重要と感じる次第であります。
親に対する畏敬の念、家督を大事する教え、自尊心を傷つけらてた時の反骨心
こういったものを大切にする日本の文化があったということと、
そのことに気づくことによって、現代の価値観や道徳を考えると、新たなこれからの日本人の価値観が創造できそうな感じがします。

仇討ちまでもして、親の尊厳を守る価値観は、到底今の世の中では通用しないかもしれませんが、
尊厳や威厳を大切にした武士の誠実さは見習うことはあると感じる次第であります。

最後まで読んで頂きましてまして、有難うございます。







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2023年01月30日

第36訓 西郷隆盛の遺訓を現代に顧みて

明治維新の立役者の西郷隆盛の訓話をまとめた「南洲翁遺訓」を垣間見て、
現代の日本の政治や世相を自分ながら解説してみよと思います。
南洲翁遺訓は全部で41訓ありますが、今日は第36訓を垣間見てみます。


序文

自分自身を高めていく

志.PNG



原文

聖賢に成らんと、欲する志無く、
古人の事跡を見、
迚も企て及ばぬと、云ふ様なる心ならば、
戦に臨みて、逃るより猶卑怯なり。

朱子も白刃を見て、逃る者はどうもならぬと云はれたり。

誠意を以て聖賢の書を読み、其の処分せられたる心を、
身に体し心に験する修業致さず、
唯个様の言、个様の事と、
云ふのみを知りたりとも、何の詮無きもの也。

予、今日人の論を聞くに、何程尤もに論ずるとも、
処分に心行き渡らず、唯口舌の上のみならば、
少しも感ずる心之れ無し。

真に其の処分有る人を見れば、実に感じ入る也。

聖賢の書を空しく読むのみならば、
譬へば人の剱術を傍観するも同じにて、
少しも自分に得心出来ず。

自分に得心出来ずば、万一立ち合へと申されし時、
逃るより外有る間敷也。



仮名入り


せいけん   な          ほっ   こころざしな
聖賢に成らんと、欲する志無く、
こじん   じせき     み 
古人の事跡を見、
とて くわだ およ         い    よう   こころ
迚も企て及ばぬと、云ふ様なる心ならば、
いくさ のぞ     にげ     なおひきょう
戦に臨みて、逃るより猶卑怯なり。

しゅし  はくじん   み    にげ   もの               い
朱子も白刃を見て、逃る者はどうもならぬと云はれたり。

せんい  もっ  せいけん  しょ  よ      そ  しょぶん        こころ
誠意を以て聖賢の書を読み、其の処分せられたる心を、
み   たい こころ けん   しゅぎょういた
身に体し心に験する修業致さず、
ただかよう  げん  かよう  こと
唯个様の言、个様の事と、
い         し            なん  せんな      なり
云ふのみを知りたりとも、何の詮無きもの也。

よ  こんにちひと   ろん  き      なにほどもっと  ろん
予、今日人の論を聞くに、何程尤もに論ずるとも、
しょぶん   こころゆ わた      ただくぜつ  うえ
処分に心行き渡らず、唯口舌の上のみならば、
すこ     かん   こころこ  な
少しも感ずる心之れ無し。

しん  そ   しょぶんあ  ひと  み      じつ   かん   い   なり
真に其の処分有る人を見れば、実に感じ入る也。

せいけん   しょ   むな     よ
聖賢の書を空しく読むのみならば、
たとえ   ひと  けんじゅつ ぼうかん      おな
譬へば人の剱術を傍観するも同じにて、
すこ    じぶん   とくしんでき
少しも自分に得心出来ず。

じぶん    とくしんでき       まんいちた     あ    もう     とき
自分に得心出来ずば、万一立ち合へと申されし時、
にげ      ほかあ    まじきなり
逃るより外有る間敷也。



私流訳

素晴らしい人になりたいと志すこともなく、
古の偉人の書籍や読むことや、学んだとしても、
そのことに挑戦し、努力し、その偉人に学ぼうとしないのであれば、
戦争に臨んで、逃げるよりいっそう卑怯なことである。

朱子も刀の刃をみただけで、逃げるものはどうにもならいものであると言われた。

誠心誠意をもって素晴らしい偉人の書籍を読み、
その内容を学び活用としようとする思う心がないと、
自分自身に実践し、心に刻みつけ学び修めることをせず、
ただ書物の語録と捉え、ただそのようなことと捉え、
知識として知り得たとしても。何の価値もない。

こんにち、人々が言うことを聞いて、私なりに思うところがある。
それは、誰もがいかにももっともらしく自論を論じていても、
実際に行動もせず、心が動かさらず、口先だけのものであれば、
少しも心に響いてこないものだ。


偉大なる偉人の精神や行動に感服し、
学び、行動し、経験を積んだ人が見れば、
実に素晴らしいものであると感じるものである。

聖人や賢者の書物を、うわべだけで読むのであったら、
例えば、他人が剣術の試合するのをそばで見ているのと同じで、
少しも自分に納得し、学び、行動し、経験をして身についていないのである。

自分に納得し、学び、行動し、経験をして身についていないのであれば、
万一、立ち合いしようとひとから言われた時、
逃げ出すよりほかないであろう。


私流解釈

偉大なる人になることを目標にすることが、
人としての努めと、この遺訓は言っていると感じる次第であります。

本とか様々なことを知り得るようになったが、
少しでも今の自分が良くなるようにとか、
悩みが解決できるようになればいいなと思い本を紐解き
自分の向上になればいいなと思っているだけでは駄目と言っている。

「聖賢」になることまでを目標にし、
それになるように挑戦し、学ばないといけないというのは
ちょっと大それたことと感じるところでありますが、
西郷は、そこまでの気迫と気構えが大切と説いています。

さらに、「卑怯」や「戦に臨みて、逃る」という言葉が書いてあります。
この言葉は、西郷の時代では、人を侮辱する最大最悪の言葉で、
特に、戦いが身近にあった時代です、
人の人格で最も恥じる言葉の引用でありますから、
その重要性を感じる次第であります。

かなり自分としては自戒することであります。




現代に顧みて

自分自身を高めていこうと「志」を持ち、
自分自身が精一杯努力すること以外ないと西郷は説いています。

今の日本は、テレビ・新聞・ネットでも批判するものばかりでありますが、
自己啓発の本や動画もたくさんあります。
こういった環境をうまく使えるのは、現代のいいところです。
何が正しい考え方なのか、その根本を考えた時に、私は日本の偉人に学ぶのがベストかなと思い、
兼ねてから愛読していた、この遺訓をブログにしようと思った次第でありますが、
この遺訓の解説している本は、著名な方が多いため、経営者向けとか、政治家向けとか多いです。
そこで、もっと一般の人に向けて解説しているものがないかと探したのですが、
自分が探した中では、なかったのでこうやってブログを書いている次第であります。

「聖賢に成らんと欲する」とレベルにはほど遠いかもしれませんが、
挑戦ぐらいしようかと思いで書いております。

「自助論」の著者サミュエル・スマイルズはこの中で、
政治のレベルは国民のレベルになると書いておりますが、
今の日本は、おかしなことばかり、特に政治は最悪であります。
この遺訓のブログを書く前は、そういった批判めいたブログばかり書いておりました。
ただ、いくら書いても、この日本は変わることもなく、ましてや自分が変わることはありません。

そこで国民のレベルをあげるというサミュエル・スマイルズの言葉を信じて、
一国民である自分のレベルを上げるために書いております。
挑戦すること、学ぶこと、努力することを天にいらっしゃる翁に報いるために精進している次第です。

このブログを見て頂き少しでも参考になれば幸いです。

最後まで読んで頂きまして有難うございます。





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2023年01月10日

第35訓 西郷隆盛の遺訓を現代に顧みて

明治維新の立役者の西郷隆盛の訓話をまとめた「南洲翁遺訓」を垣間見て、
現代の日本の政治や世相を自分ながら解説してみよと思います。
南洲翁遺訓は全部で41訓ありますが、今日は第35訓を垣間見てみます。


序文

コソコソするよりも公平至誠に。


公平.PNG



原文

人を籠絡して、陰に事を謀る者は、
好し其の事を成し得るとも、
慧眼より之を見れば、醜状著るしきぞ。

人に推すに、公平至誠を以てせよ。

公平ならざれば、英雄の心は決して攬られぬもの也。



仮名入り


ひと ろうらく       かげ   こと   はか   もの
人を籠絡して、陰に事を謀る者は、
よ   そ  こと   な    う
好し其の事を成し得るとも、
けいがん   これ   み     しゅうじょういちじ
慧眼より之を見れば、醜状著るしきぞ。

ひと  お        こうへいしせい  もっ
人に推すに、公平至誠を以てせよ。
こうへい            えいゆう こころ けっ     と         なり
公平ならざれば、英雄の心は決して攬られぬもの也。




私流訳

人を巧みに言いくるめて、影でこっそりとたぶらかす者は、
たとえその事ができあがろうとも、

物事の本質を鋭く見抜く力ができる人がこれを見れば、
醜いことがはっきりわかってしまうものである。

人に接し何かを成し遂げる時は、誠実に真心を尽くすことである。
公平でなければ、優れた人の心は決してつかむことはできない。



私流解釈

影で、作略するには、何かエゴがあるものである。
それは自分さえよければとか、私利私欲とか、自分の周りだけとかである。
公明正大であれば、万人のため、日本のためとか多くの人がしあわせになるため
というものでなければならない。

そういったことが欠けたものだから、影でこそこそということになる。
西郷は独断豪傑な物事を裁量することは、ほとんどしていない。
明治政府の初期の様々なことでも、関係する人に話しを聞き、
時には、教えを請うことまでしている。

まだ、渋沢栄一がまだ若い大蔵官僚の時に、西郷は彼の自宅まで行って
教えを請い、情報収集をし、その解決道を探ったのである。
今でいうと大臣が官僚の自宅に頭を下げ、教えを請うようなものである。
これほど公平誠実なことはなかなかできない。

西郷の国や国民を想う心が公平誠実な心をつくりあげていると感じる次第であります。




現代に顧みて

日本は、公平な国であろうか?
何故か国外の人には、手厚い不思議な国である。
国が推進しているカーボンニュートラルは、様々なことがあるが、
電力事業は、国内メーカーの太陽パネルや風力発電のほとんどが
海外製であり、国内にも製造メーカーはあるが、ほとんどが、
中国製の太陽光パネルであり、しかも、ウイグル自治区のものである。

太陽光パネルの国内大手であったシャープは台湾の会社に買収され、
それ以外の国内メーカーは、中国製の安いパネルで痛手になった。
半導体も国内メーカーがあるのに、なぜか台湾企業に数千億の補助金。

日本に税金に払っていないのに、日本国籍をもっていない特に中国人・韓国人に
生活保護や医療費に提供している。留学生もほぼ同じである。
民事裁判も日本人と在日中国人・韓国人では日本人が敗訴の事例が多くなっている。

2000年以前なら、日本がアジアの地域において豊かであったから
こういった補助や困窮を助けるということがあってもいいが
現在は、GDPは日本より中国が上であり、
国民一人当たりのGDPは日本より韓国の方が上である。
それでいて政府・財務省・マスコミは財政不安を声たからかに言い。
国債を発行し、増税案がこの頃よくでる。

日本人の中は、困っている人が大勢いる。
大学を諦めている子供がたくんさんいる。
EV車には補助金がでるが、
お金に困っている田舎の人で、車がどうしても必要な方に
車を購入する補助は何もない。

そもそも、補助金は税金である。
海外の人や高価な購入をする人に対しての補助金に充てられるのであるならば
消費税をなくし、偏った補助金を撤廃しほうがいいのではないだろうか?

そのほうが公平であり、至誠な使い方と信じる次第であります。


最後まで読んで頂きまして有難うございます。



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