β次元日記

α次元にはいけない。せめてフィクションの話をしよう。

それは希望を示すもの(ジュード・ロウ 撮影会レポ)

 

 『最高の人生の見つけ方』(2007)にて、モーガン・フリーマン演じるカーターとジャック・ニコルソン演じるエドワードを奇跡のような余生に導くのは、カーターが病床でこっそり書いていた「棺桶リスト」…分かりやすく言えば「死ぬまでにやりたいことリスト」です。

 『ガタカ』を観てしばらくした後で、私の「死ぬまでにやりたいことリスト」の中に新たな一項目が追加されました。
 それは「ジュード・ロウに会うこと」。それはほとんど夢物語のような願いで、死ぬまでに叶えばいいな、肉眼で見られたら御の字だな、という気持ちでいました。『ホリデイ』で見せたあの眩い笑顔を障害物なしに見ることが出来たらどんなに素晴らしいか。
 しかしある日の夕方、優しい相互フォロワーさんによってもたらされた一報により、私と夢の距離はぐっと縮まることになりました。
 それは「ジュード・ロウが東京コミコンに来る」というニュース。私は回る寿司屋で叫びかけました。向かいにいた母はスマートフォンを持ったまま呻く娘を見て「ものすごい早さで魚に当たったのかな」と思ったようですが、不整脈の波から考えれば棺桶に片足を突っ込んだと言っても過言ではありません。
 それからは当日まで記憶がありません。卒業論文を書いていたようなのですが、果たして私の頭はジュード・ロウでいっぱいだったのです。そもそもこの世でジュード・ロウに会うこと以上に重要なことなどあるでしょうか。チケットに幾ら払ったかも覚えていません。
 そうこうしているうちに当日になりました。
 事前に聞いていた通り、コミコンはものすごい人があり、且つ、何時に撮影ブースに並べばいいのかのアナウンスは全くなかった為、何の知識もないスターウォーズとマーベル作品の間で右往左往した後、このぐらいの時間だろうと当たりを付けて、雨の中、列に並びました。他の俳優の列と最後尾が合体しかかる、手が震えてチケットが取り出しにくい、などのトラブルはありましたが、どうにか直ぐそこに、ジュード・ロウのいるブースを臨むという位置に来ることが出来ました。嫌が応にも私の胸は高鳴ります。

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 ………ハァッ………スッ……………………ヘァッ……………

 会いました。
 絶句とため息を繰り返してブースを去ります。
 ほとんど記憶はありません。いい夢を見た時ほど、その内容を覚えていないのと同じように、私の記憶はコマ送りのように断片的な記憶しか残っていませんでした。
 とにかくそれまで想像していた何千倍も顔が良いのです。何か発光体のように輝いていたことばかり焼き付いています。その声の甘さ!青い目の透き通る美しさ!
 ガタカのユージーンを好きだと、拙い英語で伝えられたことは、その緊張の度合いから言って驚きでした。私の棺桶リストも良くやったと頷くはずです。
 混乱するまま歩いて行った隣のレーンで受け取った写真には、素晴らしく顔の良い男と、ものすごくニヤついた顔の妖怪が一匹。あまりの飾っておけなさに私は失望しましたが、帰路に着いた私は、額縁に入れて紙か何かでそれを隠せば良いのだと、名案を思いつきました。
 これまた全く記憶にない帰り道の途中、私はひとまず百均で額縁を買い、家に帰って妖怪然とした人間——私のことです——を隠すことに成功しました。


 以上が私の記憶喪失レポです。
 東京コミコン撮影会。10秒程度で剥がされる、それはまさに——事前に聞いていた通り——オタクのベルトコンベアではありました。カードの決済を見てチケットの値段も思い出しました。それでも、どうしたって私には後悔出来そうもないのです。
 今こうやって写真を見ると、実際に間近で、この目で見た、その、写真の何倍にもなる輝きを思い浮かべることが出来ます。
 それは私にとってまさしく奇跡のような出来事であり、そういう奇跡があったことそれ自体が、この世に素晴らしいものがあるということの証左として、これから長く私を支えるものになるのだと思われるのでした。