だいたい正しそうな司法試験の勉強法

30代社会人。「純粋未修」で法科大学院に入学し、司法試験に一発合格。勉強法・書評のブログです。

令和2年度重要判例解説ランキング(刑事系・知的財産法)

 「勝手に重判ランキング」、令和2年度の刑事系&知的財産法です。予備試験に間に合わず、すみません(幸い今年の重判からの出題はなかった?のかな?)。
 各ランクの意味につき、再掲しておきます。

 
  • 出題可能性&学習上の有用性(解説含む)を総合判断
  • A=必読。次回百選に掲載されるレベルの判例。
  • B+=読んでおきたい。主要な基本書で言及されそうな判例。
  • B=可能であれば読んでおくと安心。
  • C=暇があれば読んでおきたい。暇はないと思いますが。
  • 無印=読まなくてOK

刑法

  1. 幼年の被害者にインスリンを投与させずに死亡した場合に、母親を道具として利用し父親と共謀した殺人罪 B+
    ・被告人X(非科学的な難病治療を標榜:殺人の故意あり)
    ・被害者の母A(実子Vを助けたい一心:殺人/遺棄罪の故意なし)
    ・被害者の父B(Xの治療に半信半疑:遺棄罪の故意あり)
     Xの執拗かつ強度の働きかけにより、A・Bは糖尿病のVにインスリンを投与せず、その結果Vは死亡した、という事案です。さて、Xの罪責を、共同正犯のフレームで処理すると、(通説と、多分判例によると)こうなります。
    ・まず、母Aは故意が無いので除外
    ・父Bと被告人Xは、共犯と錯誤ー部分的犯罪共同説
    ・父Bと被告人Xに、遺棄致死罪の共同正犯
    ・殺人の故意があるXは、殺人罪の単独正犯
     …ふむふむ。うーん、あれ?死亡結果と因果関係のある実行行為は、作為義務者A&Bの不作為でしょ。Xは共謀を通じて寄与したんでしょ。それなのに単独正犯!?…と、このように、部分的犯罪共同説には、殺意のない共同実行者から死亡結果が生じた場合について、殺意ある共同者に殺人既遂罪を認めることはできないのではないか、という問題があります。多説あるようですが、簡単に言うと、
    ・共同正犯として死亡結果が帰責するんだから、単独正犯成立!(井田説)・そりゃ変だ。この場合は殺人の共同正犯とせざるを得ない(大塚説)
    …という考え方があり得ます。なお、この(意外に重要な)問題については、ロースクール演習刑法という本の91頁~、大塚先生が大変わかりやすく解説されているので、興味のある方は読んでみて下さい。この本、なかなか良い本だと思ったのに絶版なんですね…。ちなみに、筆者はこの問題を回避するために、行為共同説をとっていました。
     さて、前置きが長くなりましたが、上記の問題を回避するためでは(まさか)無いでしょうが、本決定は、
    ・被告人Xは母Aを道具として利用した殺人罪の間接正犯
    ・父Bとの関係では、保護責任者遺棄致死罪の共同正
     が成立する、としました。なるほど~1つの事実に対して、2つの異なる関与形式。その手があったか!…ということが学べるのが、本決定の最大の意義です。そんだけでも読む価値ありですね。上記の、「部分的犯罪共同説の限界」的な問題は残されたわけですが(鎮目先生の解説参照)、ここは受験生としては問題意識を持っておいた方が良いでしょう。

  2. 特殊詐欺の受け子の、詐欺罪の故意・共謀の認定方法 B+
    → 被告人Xは、マンションの集合郵便受けから(配送業者の)不在連絡票を取り出し、これに記載された暗証番号を用いて宅配ボックスから荷物(現金在中)を受け取る、という方法で2回にわたり同一のマンションの部屋宛ての荷物を回収し、その後それを回収役に渡していました。
     …さて、(だいたい)こんな事実から、特殊詐欺の受け子の故意・共謀を認めたのが本判決です。ていねいな推認過程を詳細に判示しており、故意・共謀の認定(あてはめ)の良い見本となりますので、一読を勧めます。

  3. 科刑上一罪の関係にある数個の罪のいずれにも罰金刑の定めがあるときの罰金刑の多額 C
    → ひょっとすると、ほんとにひょっとすると、択一に出るかもしれませんので、一応読むと安心です。

  4. 先行して暴行を加えた者との共謀成立後の暴行により被害者が傷害を負ったとは認められない場合の、刑法207条適用の可否 A
    → これは百選判例じゃないでしょうか。Appendixがあれば載りそうですが。いわゆる、「途中からの共謀成立(承継的共同正犯)と207条適用の可否」については、
    ・因果関係不明の場合の救済規定だから、先行者が罪責を負う場合は適用不可!
    ・共謀が無くても適用される規程なのに、途中から共謀があると適用不可となり罪責が軽くなるのはヘンだから適用可!
     という2説がありましたが、本決定により、後者が判例です、ということに(多分)落ち着きました。最高裁平成28年3月24日決定(平成28年重判 刑法6)とともに、読んでおいてください。

  5. 女性器をスキャンした三次元形状データファイルのわいせつ性、正当行為としての違法性阻却
    → いわゆる「ろくでなし子」事件です。

  6. 覚せい剤譲渡により支払われた代金と麻薬特例法
  7. 児童ポルノ製造剤の成立と、児童ポルノに描写されている人物がその製造時点において18歳未満であることの要否
  8. ストーカー規制法の「住居等の付近において見張り」をする行為の意義
    → GPS機器を取り付ける行為が、「見張り」として規制対象にあたりますか、という事案です。
  9. 医師でない彫り師によるタトゥー施術行為と医師法違反 C
    → 別の記事でも言及した通り、憲法判例としてはとても重要です。

  10. (番外編)詐欺の共謀の射程が窃盗に及ぶか B(東京高判平成31年4月2日 判時2442号120頁)
    → 「刑法判例の動き(上嶌先生執筆)」、いわゆる「今年のダイジェスト」の部分に掲載されていた判例です。こういうところからも出題されます。というか、下記記事で紹介したダイジェスト判例が、出題されたとのこと。

     警察官等になりすまし、被害者の玄関先で現金を交付させよう(詐欺)、という共謀だったところ、被害者が電話に応対していた隙に、現金在中の封筒を持ち去った(窃盗)、という事案です。そもそも成立する犯罪ー占有移転が占有者の意思に反するか、瑕疵ある意思に基づくかーという問題に始まり、共謀の射程がそもそも及ぶかという問題と、共犯間の錯誤が問題になります。
     色々な問題が組み合わさっており、取り組みがいがあるので、司法試験との関係でいうと、軽いジャブ?として出題される可能性はあるように思います。

  11. (番外編)配達票の受取人欄に偽名を記載する行為と、文書偽造罪 B+(京都池畔令和2年6月25日 LEX/DB25566235)
    → 被告人が、本名と異なる「甲野花子」としてネット通販で注文、配達された際の配達票に「甲野」と記載して手渡した、という事案です。確かに、私文書に本名じゃない名前を書いた訳ですが、これって偽造になるの?ーいわゆる「偽名の使用」という論点です。本判決は、配達票の受取人欄は注文者が受取人として指定する人物に荷物を届けたことを証明するものであり、本名での署名が期待されているわけではない、として偽造罪の成立を否定しました。妥当だと思います。
     詐欺系の事件の受け子等でよく発生しそう(=実務的)であり、かつ、文書偽造罪の保護法益ちゃんとわかってるかな?という基本事項の確認にもなるので、出題可能性はなくはない(笑)と思います。

 刑法はボチボチ、というところでしょうか。むしろ(番外編)の判例の方が出題可能性が高いように思います。

刑訴法

 今年の刑訴法はかなりの不作で、掲載判例は(学術的には趣深いものの…)出題可能性が高そうなものは皆無でした。残念。という訳で、「刑事訴訟法判例の動き(堀江先生執筆)」から、これは読んでおこう、と思えるものをピックアップしました。

  1. (番外編)嚥下されたSDカードの内視鏡による強制採取 B(千葉地判令和2年3月31日 判タ1479号241頁)
    → 警察官が、住居侵入・傷害事件の現行犯人として逮捕された被疑者が嚥下したと疑われるマイクロSDカードを発見・収集するため、医師の示唆を受け、捜索差押許可状(体腔内の検査及び異物の採取については医師をして医学的に相当と認められる方法により行わなければならない等の条件の付されたもの)・鑑定処分許可状及び身体検査令状をの発布を受け、医師により内視鏡を肛門に挿入し、マイクロSDカードを採取したという事案です。本判決は無罪の言い渡しですが、先立って千葉地裁は、
    (強制採尿と比較して)身体侵襲の程度は、内視鏡による異物の強制採取の方がはるかに大きい。…屈辱感等の精神的打撃も大きい」
    として同SDカード及びその派生証拠を違法収集証拠として排除しました(千葉地決令和元年10月29日)
     本件では、下剤の投与では出てこなかった… という事情もあり、「じゃあ内視鏡による採取はどんな令状でも不可能なの?」という疑問がありますが、それに対して上記の証拠決定は、
     (強制採尿に関する最決昭和55年10月23日刑集34巻5号300頁指摘の諸事情に照らして、)犯罪捜査上、真にやむを得ないと認められる場合には… 捜索差押許可状(条件付き)と鑑定処分許可状の発付を要する
     としつつも、本件では、
     大腸の内視鏡検査は、社会生活において通常経験する機会は多くなく、内視鏡による手技のリスクについての共通の理解も醸成されているとはいえないから、この点に関する請求者の疎明がなければ、裁判官が令状審査に当たって、検討する前提事情が欠けている
     とし、犯罪捜査上真にやむを得ないとは認められないまま、疎明を欠き、形式的に令状の発付を受けたに過ぎないとしました。捜査手段は日進月歩で進歩しているので、どんな要件・どんな令状のもと許され得るかは、チェックしておくと「相場感」ができて良いと思います。

  2. (番外編)公判前整理手続における裁判所の見解表明と、変更した見解に基づく不意打ち認定 C(東京高判令和元年12月6日 判タ1479号72頁)
    → 危険運転致死傷事件の公判前整理手続において、原備的訴因追加を請求し許可しました。ところが、公判審理を経て、危険運転致死傷罪の成立を認めちゃった!という事案です。
     そりゃ不意打ち認定だ~公判前整理手続の趣旨と相容れない!と、飛びつく前に、そもそも、裁判員裁判(危険運転致死傷)において、そんな見解表明ってして良いの?という論点に気づけるかがポイントです。控訴審は次のように述べて、事件を差し戻しました。

    構成裁判官のみによる判断の結果として公判前整理手続の中で予め見解を表明することは、裁判員法…に違反する明らかな越権行為である…訴訟手続には、その権限を逸脱した違法がある

      覚えておいて損は無い判例だと思います。

知財法

  1. 特許法102条1項による損害額の算定 B+
    → 巷の女性に大人気、MTGさんのReFa CARAT?の模倣品に対する損害賠償請求です。同製品の特許の有する2つの特徴、①回転体と軸受けが工夫してあり、スムーズに回る&②ソーラーパネルにより微弱電流が流れる、のうち①しか侵害していないー部分実施の場合、損害額はどうやって算定するの?という問題です。
     102条1項の損害額算定(譲渡数量×単位数量あたりの利益額)において侵害品が部分実施だった場合、従来は

    A:102条1項本文の「利益額」の推定を部分的に覆滅させる
    B:102条1項但書の「販売することができないとする事情」で考慮する
    C:いわゆる「(特許発明の、利益に対する)寄与度」として最終的に控除する

     という3つの方法があり、学説も裁判例もバラバラでした。てもとの、特許法入門は、B説のようです(382頁)。本判決は、知財高裁大合議判決として、A説ですよ、という一般論を示しました。理論的には大変面白いので突っ込んでいきたくなりますが、受験生的には、「ほう、そういうもんですか」と論パに追記しておく程度でよいと思います。

  2. リツイートによる氏名表示権侵害 C
    → めちゃくちゃ面白い裁判です。でも、(特殊な)氏名表示権単体で司法試験に出題されるとはとても考えられないので、流し読みを。

  3. 単色の色彩のみからなる商標の識別力
  4. 創業年に関する表示の、品質等誤認表示該当性 C
    → 京都八ッ橋事件です。知る人ぞ知る。「創業元禄二年(西暦1689年)」「since1689」等の表示(ちなみに、八ッ橋業界最古)が、不正競争防止法上の品質等誤認表示にあたるからやめて!という事案です。不競法?何それ美味しいの?と思いがちですが、実務上は極めて重要です。知ってると「知財選択っぽい」ことが周囲にアピールできるという副次的効果もありますので、ぜひご一読を。

  5. (番外編)音楽教室における音楽著作物の利用主体 B+
    → 「知的財産法判例の動き(小泉先生執筆)」からの抜粋です。音楽教室 vs JASRAC 事件で、これまた知る人ぞ知る。というか知らないとダメでしょう。

    ・東京地判令和2年2月28日
    → カラオケ法理(クラブキャッツアイ事件最高裁判決)により、教師による利用(演奏及び録音の再生)も、生徒による利用も、その利用主体は音楽教室!よって、(楽曲)使用料を支払うべし

      えええ!?マジですか。クラブのカラオケでお客さんが歌う行為と、音楽教室で生徒がピアノ演奏するのは(法的に)同じなのか。…と、ここまでが重判に記載されている内容ですが、その後、

    ・知財高裁令和3年3月18日判決
    → 総合考慮(ロクラクⅡ事件最高裁判決)により、生徒による利用は、その利用主体は生徒自身であって音楽教室ではない!よって、一部の利用料は支払わなくてよい

     と、一部ひっくり返りました。良かった良かった。
     筆者は、元マスコミ(どちらかというとクリエイター)だったので、権利者の皆さんのお考えやお立場もよくわかります。が、さすがに、音楽教室で生徒が演奏する行為にまで楽曲使用料とるなんて、音楽業界にとっては使用料収入以上にデメリットがあるんじゃないかと思います。

まとめ

 刑事系も知財法も、近年になく不作でした。とはいえ、刑事系は(細かいですが)出題の可能性があり、(207条のように)理論的にも面白い判例がありました。知財法も、司法試験を離れ、実務上は重要な判例が多かったように思います。