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石狩灯台 ~喜びも悲しみも幾歳月 石狩挽歌の世界

2022-05-17 06:54:55 | 2022年の旅行記(国内旅行)
5月12日は7時半に起床、外は快晴でドライブ日和、今日はレンタカー借りています。よって8時半にチェックアウトするがロビーに修学旅行の中学生がいた、30人くらいで学校名は見なかったが札幌が目的地だとすると根室とか稚内とかかな?あのへんの学校だと北海道から出れないんだよね、修学旅行の距離制限と言うのがあって。ちなみに私の時は岩見沢から岩手県まで。岩見沢→函館をキハ183の10両編成という国鉄時代なみに長い編成の集約臨で移動、岩見沢から4両、江別で2両、大麻で4両の内訳でしかも山線経由。もしいまの時代に走ったら沿線にマニアが集まりそうだ、6時間20分もかかった。その先の海峡線も集約臨で50系が8両だったかでED76-551が牽引してたのだけは覚えている。



レンタカーは楽天トラベルで、3月同様のトヨタレンタカーを1泊2日免責込み9,500円で。ちなみに日帰りだと特価4,400円だったが腐れ縁が明日まで使うというので、私はきょう一日だけの乗車です。ちなみに直前に同じ内容で予約すると12,450円。出てきた車種はヤリス、いわゆるヴィッツですね。まずは国道231号線を北上し留萌方面へ向かいます。途中のセコマで軽く朝食。



筋子入りの大きなおにぎり、これ1個で十分腹が膨らみます。筋子の塩気がおにぎりにマッチ、北海道を離れてわかるセコマの良さ有難さ。食後はさらに北上するも左に折れて石狩旧市街へ。しかし今は過疎化衰退まっただ中で廃墟目立つ、風雪に耐えられず潰れた廃墟がね。行きどまりまで進んで駐車場に。



荒涼とした原野の中にぽつんと灯台が一基、北海道最古の石狩灯台で明治25年に点灯しいまも現役、小高い丘に建っているように見えるけど建造当時は河口の先端で、1世紀以上が経過して石狩川が運ぶ砂が堆積し強風や沿岸流により砂嘴が発達したためとあり、現在の河口とは1キロほど離れているそうだ。そして佐田啓二・高峰秀子の「喜びも悲しみも幾歳月」の撮影の舞台になったとあったが古すぎて知らない。それよりも真っ先に感じたいのはリアル石狩挽歌の世界だな。

あの歌は小樽からオタモイ、蘭島あたりのニシン漁最盛期を懐かしむ内容だけど、冬の吹雪の中の石狩灯台がマッチすると感じる。同じ石狩湾内であるしこちら側にも鰊御殿はあった。



新芽がぴょこぴょこ、7月あたりになれば花が咲くのかな。





こんな景色が札幌都心から25キロ程度の場所にあるとは、北海道出身者でも来たことはなかったわ、新鮮だね。新鮮ついでにマスクを外して深く空気を吸いましょう。周囲も外している人が多いです、こんな大自然でマスクだのコロナだのはちっぽけな話です。30分ほど滞在して国道を北上、いつしか旧厚田村に入る。厚田村と言えば漁港の市場は有名で平日も営業はしているが食べ歩きできるようなものはなかったはず。あくまでも素材系、冬なら太くてみずみずしいタコ足だけどこの時期はどうなんだろう。いずれにしろ北海道の市場で売っているタコ足は比べ物にならんほど旨いですよ。どうして道外で立派なタコ足が売ってないのと思うほど。



厚田の道の駅は近代的で内容が充実していた。1階には物産コーナーと十割そばの店、にしんそばが人気とのこと。にしんそばと言えば京都だけど鰊そもそもの産地はここですから。2階にはフードコートと厚田の資料室、43代横綱吉葉山の故郷です。横綱になっての優勝はなく悲劇の横綱と言われたそうだが召集令状を受けて出征しており銃弾2発を浴びて1発は貫通、1発は残留したままの体だったからとのこと。そして戸田城聖、って出身者かもしれないが宗教団体の代表者(創価学会2代目会長)の生涯を公的な施設で紹介するのはおかしい、違和感がある。売店では道の駅スタンプラリーの台紙を購入、今年で30周年とのことで中学生の頃に1回目に家族ぐるみで参加したことがある、よほど知名度低かったとみえ家族全員景品が当たって送られてきたのには驚いた。確か3,000円のハイウェイカードだったな。その後参加者は激増し何も当たらなくなったからやらなくなったがせっかくなので。



今回のレンタカーです。




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