頼子百万里走単騎 "Riding Alone for Millions of Miles"

環境学者・地理学者 Jimmy Laai Jeun Ming(本名:一ノ瀬俊明)のエッセイ

頼子戦記序章

2021-04-13 19:36:36 | 日記
人生で一番勉強漬けになっていたのは大学受験前の一年半(陸上部を引退後)と思われがちであるが、実は1985年春(転学留年後の2回目学部3年生)から1986年夏までであろう。2年後の大学院(所属の学部と違う)進学および国家公務員I種試験(所属の学部の専門とは少し遠い)合格の2大目標を同時に達成するという悲壮な決意を固め、1年半の長丁場を臥薪嘗胆していくことになった。転学後の学科の「業界」がそれだけ悲惨だと思い込んでいたのだろう。1986年になったあたりからの記憶は飛び飛びになっている。春先に尊敬していた所属団体の先輩を交通事故で失い。。。残り半年となった受験への追い込みも佳境に入っていった。
人生で一番楽しく勉強していたのは、コロナ禍でまとまった空き時間を確保できた今現在なのかもしれない。(専門書も含めて)読書量は人生最高。

人生は綱渡りが如し。
この時の地獄のようなスケジュール(記憶は不正確)。
9月1日 工学系研究科筆記(教養:英語と数学)
9月2日 工学系研究科筆記(専門:都市工学と設計)
9月3日 理学系研究科筆記(教養:英語とドイツ語)
9月4日 工学系研究科面接(合格を告げられる)
9月5日 理学系研究科筆記(専門):受験辞退
翌週 理学系研究科面接:受験辞退
その前はこんな調子。
6月上旬? 三菱総合研究所の説明会(唯一の民間就職活動)
7月上旬 国家公務員I種試験択一(3年生でも受験しているので余裕?)
8月4日 小貝川氾濫
8月6日ころ 国家公務員I種試験筆記(小貝川氾濫について解答で記述)
8月11日ころ 人事院面接
9月中旬 人事院から合格通知(実はこの資格で修士修了後に霞が関へ任官、文部教官転任を経て今日のポジションにつながる)
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